魔道の果て

桂慈朗

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第3章 魔道の価値

(12)魔導師対戦闘狂

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 外国のエージェントたちは面食らったに違いない。
 常にどこからともなく新しい情報が彼らの手元の端末に届くのである。
 罠かと色めき立ったのは最初のみ。
 更新されていく情報は、ターゲットに関する様々な特徴を的確に教えてくれる。

 たとえ悪魔の情報であろうとも、有益なものは使い尽くすと考えたのか、一紀の思い通りに露払いを演じてくれた。
 施設内で様々な情報が乱れ飛んでいることも既に情報として掴んでいる。
 どうやら公安関係に繋がる線のようだ。こんな機関が日本にあるとは知らなかったが。

 施設を臨める丘の上から状況を見ていたアレクと一紀は、息を合わせるようにお互いの顔を見合い頷いた。
 美鈴さんは、撤退時の拠点に残している。
 いざと言う時にも、美鈴さん一人で新たな隠れ家に入る手はずは整えてある。

 目の前に見える施設の図面データは容易に手に入った。入国管理関係の施設のようだが、政府が公表している正規の施設ではない。
 情報入手や侵入のあまりの容易さに、果たして安西はきちんと働いているのかと言う疑問も湧く。
 しかし、これだけの機関ともなれば安西が仕切っている訳でもないだろう。
 組織が大きくなるほどに弱点も増えてく。
 本来、魔法使いを収容するような施設などない。
 何らかの研究施設を代替に用意したと考えるのが自然だ。

 ただ、キーとなる場所に行けば必ず安西が待ち構えているという自信はあった。
 あいつが、そんなおいしい場面を逃すはずはないのだから。
 他国エージェントの襲撃という非常事態であっても、安西は必ず紗江子さんのところにいるはずだ。
 得ていた写真から、紗江子さんが監禁されているであろう部屋も既に推測している。
 監禁場所を移動されていれば仕方がないが、今はその情報に従って探す。

 施設のあちこちで銃声が響いていた。
 エージェントの狙いは、王女と王子である。一紀はそれをダシに使ったのだ。
 もっとも、安西がいるならばそう容易に二人を奪われることはないだろうという目算もあった。

 アレクサンダラスの転移魔法により施設建物外部の物陰まで、2回連続の転移で一気に移動する。
 施錠システムも、ハッキングによりもうすぐ全て開くように手を打った。
 二人はある扉の前に目立たないように陣取った。

 施設では緊急を知らせるサイレンが鳴り響いているが、それももうすぐ止まるであろう。一紀はポケットにしまってあった腕時計を見てタイミングを計る。
 アレクも、魔法による破壊は控えて一紀の合図を待っている。示し合わせている内容だ。

 カチリ。という音と共に鍵が自動的に開く。
 電子システムで制御されているからこそできる技だが、いざとなればアレクの魔法があるので問題があるわけでは無い。
 他国のエージェントらに気づかれないための方策である。
 無言のまま、一紀を前にして二人は建物の中に入った。

 道中に人体実験を想起させるような怪しげな装置があれば、完全に破壊しようと考えていたがそれを見ることはなかった。
 アレクの警戒魔法で得られた内部の警備などの情報は、念話を通じて一紀の頭の中に入ってくる。
 それ故に、巧みに敵と遭遇しないタイミングを計りつつ紗江子がいるであろう場所に向かった。

「待ちくたびれましたよ。予想より遅かったですな。」
 予想していたというか、むしろ確信があったというべきか。
 安西は部下も携えずに、たった一人で紗江子が繋がれている場所の横に立っていた。
 アレクと一紀は部屋に入ると同時に安西の歓迎を受けたのだ。
「出迎えありがとう。と言うべきかな。」
「いえ、私の本命はそちらの魔導師です。」
「本命? なるほど、本音が出たな。」
「本音ですか? いえ、魔導師さえ押さえれば、あなたは物の数ではないということですよ。一紀さま。」
「そう思うか?」
「この世界の人間は、魔法を使えない。それは既にあなたも気づいていると思っていましたが。」
「どうしてそう思う?」
「それを教える必要は感じませんな。」
「くだらぬ答えだ。」
「そうでしょうな。」
 そう言いながら、一紀の家にいた時と同じような雰囲気で、首をすくめて見せた。

「那須様なら、差し上げますよ。ただし、そこの魔導師の相手は私がさせていただきますがね。」
「人間が生身で魔導師の相手が務まると思っているのか?」
「私は物わかりが悪いタイプでしてね。」
 魔導師さえ手に入れば、紗江子さんの価値はないということなのだろう。
 紗江子さんは今もぐったりとした感じで鎖に繋がれている。
 一紀の登場にも無反応なのは、内科薬を使われているのかもしれない。
 そして、鎖を切るための道具は用意しているが、容易に切れるものでもなさそうだ。

 結局のところ、その時間をアレクサンダラスに稼いでもらう必要がある。
 安西を相手にしながら、紗江子の鎖を切る余裕があるかどうかはわからない。
 二人はお互いの目を見ながら、じっとと対峙している。
 アレクもある程度の日本語はわかっているというか、会話ならすでに相当理解ができる。状況は理解しているだろう。

 二人の距離は約10m。
 水や炎の魔法の射程としては遠い。
 しかし、戦闘開始の合図が示される前にアレクが動いた。
 懐から小さな石を掌の上に取り出す。
 短い詠唱を始めた瞬間、アレクの顔が歪んだ。

「そう簡単に魔法が使えるとは思わない方がいい。」
 安西はにやりと笑った。彼の手に以前のジャマーは握られていない。
 だとすれば、この部屋は最初から罠として準備されているものだろう。
 でも、この事態を想定していなかったわけでは無い。
 一紀は周囲に目を走らせる。

 ジャマーは距離などのポイントが合わなければ効果が無い。
 すなわち、安西は一紀たちがこの位置で止まることを想定して、最初からここにポイントを絞って使っているという予測が立つ。
 多少のずれは数でカバーしているということではないか。

 一紀が一瞬思考を巡らせている間も、安西は襲ってくる気配はなかった。
 ということは、やはりアレクの魔法を警戒している。
 魔法が本当に無力化できれていれば、体術のみでは安西の圧勝なのだから。
 そんな葛藤をよそに、安西はゆっくりと紗江子の両手にはめられていた鎖を解き放った。

(何の罠だ?)

 一紀は、安西が紗江子を人質として常に帯同させようとしているのかと考えたが、気を失っている女性を抱えて戦える訳はないのも明らかだ。
 魔法が使え、紗江子が人質として役立たないアレクに対して、一紀の制止が届くとは限らない。
「もう邪魔なので、いいですよ。」
 安西がそう唱えると、その瞬間に部屋の扉が自動的に閉じた。
 そして、倒れている紗江子から離れて円を描くように少しだけアレクに近づく。
 いかにも一紀に紗江子を介抱しろと言っているように見える。

「私は一度魔法と戦ってみたいのですよ。王子のようなちゃちな奴ではなく、真剣勝負できるレベルでね。」
 それが本音か。
 戦闘狂であることは知っていたが、同時に常識も兼ね備えていたから忘れていた。
 安西は強者を求めていたのだ。自分が本気を出せるようなそれを。
「ただ、転移されると面倒なのでこの部屋では転移はできないようにさせていただきました。」

 さっきの石を飛ばす魔法も転移魔法である。
 飛ばした石が体内に入れば、肉体かもしくは石がはじけ飛ぶ。
 どちらにしても大きなダメージが残り、頭や重要な臓器なら致命傷に至る。

 それが発動しなかったのは、どういう方法かわからないが転移魔法を防ぐ仕掛けがここにはあるということ。
 なぜそんなことが可能なのか、それを聞き出す余裕は今はない。

 ただ、当初目的の通り紗江子さんを助けられるのであれば、それに越したことはない。
 アレクに目配せして、一紀は紗江子を抱えに行った。
 安西はアレクに向き合ったまま。
 そしてアレクも、安西の殺気を正面から受けている。

 じりじりとした焦燥感。
 今の一紀では決して届かないレベルの攻防。
 まだ、一つの攻撃も始まっていないが、巨大なプレッシャーが部屋を支配している。

 アレクは確かめるように右手から小さな炎を吹き出した。
 安西の言っていることは嘘ではないようだ。
 ただ、転移魔法をジャミングできるというのであれば、他の魔法も可能と考えるのはおかしな話ではない。
 今の状況が安西の気まぐれで生み出されているとすれば、早急に片を付ける必要がある。

 気を失っている女性の体は、軽いはずであってもずしりと来るものだ。
 元々身長の低い一紀にとって、女性として多少大柄な紗江子を担ぐのは容易ではない。
 ただ、それを言っても今は何も始まらない。
 アレクの邪魔にならない場所に避難して、一紀は今の自分にできることを始めた。

「いやあ、久しぶりに血がたぎりますね。」
 安西はとても嬉しそうだ。
 一紀でも、児島や水橋でも本気にはなれない。
 一紀が持ちこむ裏のトラブルでも、どこまで本気を出したかはわからない。

 そもそも命のやり取りをしたいのなら、海外で傭兵でもすればいいだろうに、それも違うのだとかつて言っていた。
 今の時代に道場破りがあれば、喜んで行っていただろう安西が今そこで本気の闘志を表していた。
 逆に言えば、この魔導師は本気を出すに相応しい相手と言うことなのだろう。
 そして、今のところ銃を使う気配はない。

「来い、小僧。」
 アレクも場に当てられたのか、挑発的な言葉で答えた。
「いいねぇ。ぞくぞくしやがる。」
 安西の言葉尻から丁寧さが消える。先制攻撃は魔導師から、鋭い水の刃を安西に伸ばす。
 が、直線的な攻撃をかわすことなど造作もない。
 軽いステップで、進んできた薄い水の刃を最小の動きで躱す。
 と思った瞬間、直線的だった刃が一気に鞭のように撓った。

 が、それすらも安西は躱して見せた。
 口からは軽い口笛。
 驚いたという表情はしているが、予想を超えたという顔はしていない。

 魔導師は両手で2本の水の鞭を操作し、器用にそれで安西を撃ちつけようとする。
 二人の距離は約6m。
 通常の魔術師では魔法の威力が大きく削がれる距離ではあるが、この大魔導師は苦も無く鋭い魔法の鞭を操作する。
「避けてばかりと言うのも芸が無いな。」
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