魔道の果て

桂慈朗

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第2章 美しき復讐者

(11)暴発の魔法

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 易々と女性を奪還されて動揺したのか、あるいは腕に自信があったのか、ごろつき集団たちは激昂し始めた。
 幾人かは頭に血が上ってしまったようで、懐から光り物を取り出す。

(それで萎縮するような俺たちではないのだが。)

 安西は別格として紗江子さんや水橋は一応女性である。
 彼らから見れば弱いはずの女性二人に軽くあしらわれたことが、プライドがいたく傷つけたらしい。
 ただ、そんなプライドはそっこに出も捨てておくべきである。
 それを盾にするのは非常にまずい選択だ。
 こちらからすれば、面倒な遊覧における少し刺激のある遊びと認識していたのだから。
 刃物が出てくれば、可能性が低いとは言えど偶発的に誰かが傷つく可能性がある。
 それを考えると、三人も本気にならざるを得ない。
 せっかく、たまのお遊びと子供のように戯れているに過ぎなかったのに。

「ガキどもが粋がってんじゃねぇ!」
 男たちから響いてくる声が何か侘しく聞こえる。
 安西からすれば男どものは随分年下になるし、紗江子さんは同程度だろうか。
 水橋でさえきっと彼女の方が年上だと思う。

 ただ、一紀としてはここで大ごとにするのは本意ではない。
 パーティータイムもこれまでということ。
 おそらく既になされているであろう通報により警察が来る前に、早々に幕引きをすべきであろう。
 そして、安西も状況がわからないはずもなく、手早くナイフを叩き落としていっている。
 ひそひそ声の傍観者が取り巻くサークルの中で、事態は徐々に落ち着き始めているようだ。

 紗江子さんと水橋の方は、武器に無手で易々と対処できる安西ほど流れるようにとはいかなかった。
 それでも、相手のナイフを上手く避けながら水橋が当身などで男どもを各個撃破していく。
 本当に勝ちたければ一人ずつかかるのではなく、連携して同時に攻撃すべきだろう。
 もちろん、アンザイにはそれすらも通用しないだろうが。
 順調と言えば順調。
 あっけないと言えばあっけない。
 馬鹿なプライドなど、何の役にも立たないということ。
 彼らは戦い慣れていない。

(まあ、本職相手じゃ仕方ないのだが。)

 意外にも男たちに同情的な視線を一紀は向ける。

(これも社会勉強と思って、これからを俺の視線に入らないように生きてくれればよい。)

 一紀は、自分で戦ってもいないにさも当然と言った感じで笑みを浮かべながら状況を眺めている。
 第三者からすれば、それは一紀が王女に対して抱いたと同じようなものかもしれない。

 と、いきなり後方から頭が強い衝撃を受けて目の前が歪む。
 そして強い力で引っ張られたことは辛うじて意識できたが、平衡感覚を失い状況を把握できなくなった。
 ただ、その中で一瞬ではあるが視線の端にちらりと映った顔には見覚えがあった。

(こいつらか。。)

 そう考えながらも、意識が混淆してそれ以上の思考を進めることが出来ない。
 激しく頭を揺さぶられたせいで、軽い脳震盪状態である。ある程度物事を考えられるようになった時には、一紀と王女は大通りの路地に引きずり込まれていた。
 あまりに鮮やかな手口を称賛したいところではあるが、紗江子さんあたりに言わせれば周囲の気配が察知できない時点で「下の下」とでも言われるだろう。
 安西の動きから学ぼうと集中しすぎたことが徒となったようだ。
 ただ、一方に囚われているときに別の攻撃を加えるのは常套手段。
 やはり、反省が必要である。

(あとで紗江子さんにお目玉を受けるのか。)

 最初に浮かんだのがそれと言うのも、紗江子さんには決して伝えられないこと。
 ただ、一紀からすれば相手の正体がわかったことで、心に余裕ができたこともあった。

「前からお前のことは気に入らなかったんだよ。」

 確か、こいつは大川といったか。
 殴られた後頭部を抑えながら、一紀はその男の顔をしっかりと睨みつけた。
 確か、いつも親の権力を笠に着る取るに足らない奴である。
 普段は相手にすることもないが、見回すと4人の同級生が立っていた。
 やや屈みながらの状態から、一紀は視線を上げる。
 ユリアナ王女は男性陣のそばで座り込んでいた。

「おい、疲れた女性を引きずり回して何様のつもりだ。」

 こいつは確か、里山とか言ったっけ。
 体が大きく力が強いことだけに頼っているバカだったはずだ。

「そんなことはお前らには関係ない。」
 まだ、殴られたであろう後頭部に痛みが残っているが、徐々に狂った平衡感覚は戻りつつある。
 とは言え、もう少し時間稼ぎをしようと返答したが、あまり効果的ではなかったようだ。

「お前のそういう態度が気にくわねぇんだ!」

 里山の右腕が一紀の顎に一閃する。
 回復が間に合わず、きつい一発を受けた。
 一瞬目の前が暗転すると、その後一気に痛みが襲ってくる。
 さらに他のメンバーだろうが、倒れた一紀に蹴りを加えようとしてきた。
 それを転がりながら、かろうじて躱す。

 痛めつけられるのには、紗江子さん相手で慣れている。
 実践と修練の違いこそあれど、何せ紗江子さんはマゾ的なほど苛め抜いてくれるのだから。
 昔からの腐れ縁とは言え、あれは愛情レベルを遙かに超えたしごきであろうと一紀は考えていた。

「不意打ちに加えて4人がかりとは、全くお前ららしいな。」

 幾度かの蹴りを避ける間に、不意打ちによるダメージは随分と抜けてきた。
 そろそろ反撃にかかることもできるだろう。
 意識の中で痛みのみを切り離す。
 一紀は体力にそれほど自信がないし運動が得意なわけでも無いが、それ故に以前から紗江子による指導を受けていたのだ。
 正確に言えば半分押しかけられたと言っても良いが、単なる不良学生程度が相手ならば十分対処可能なレベルには達している。

「やかましい!」
 一紀を気に食わない程度いしてはやや偏執的だと思わなくもないが、里山が再び殴り掛かってきた。
 今度はそれをギリギリのところで躱して右腕を捉えると、テコの原理を利用してもう一人の方に投げ飛ばす。
 カウンターの要領ではあるが、相手の力を利用した返し技だ。二人はもんどりうつような形で壁に激突した。
 ぐぅぅ、と言った声が聞こえているが、その隙にもう一人との間隔を一気に詰めて驚く相手を体落としの要領で投げつける。
 もちろん、大怪我をしない程度には手加減済みだ。

 あと一人も軽くひねれば茶番も終わりかと最後の一人に目を向けようとしたところ、先ほど里山と衝突した大川と言うやつが座り込んでいたユリアナを抱え上げて、如何にもありきたりな脅し文句をかけてきた。

「やめろ!でないと、この女がどうなってもしらねぇぞ。」

 一紀は己の認識の甘さに臍をかむ。
 クラスメートと言えるほど親しくはないものの、高校生が人質を取ってくるとは考えていなかった。
 しかも、その右手にはサバイバルナイフ。
 王女の頬に突き付け、目が何やら狂信的な気配を醸し出している。

「お前、何をしているのかわかっているのか。」
 脅しをかける意味で、低い声で大川に向かって圧力のある凄味を出して言い放つ。

「俺に対する傷害だけでなく、誘拐という線も出てくるぞ。犯罪者になりたかったとは知らなかったが、今すぐその娘を解放するなら見逃してやる。」

「わ、わかっているに決まっているだろうが!お前が、俺たちに刃向わなければいいだけのことだ。」
 声の震えが彼の心理状況を示している。
 その後ろでは、怖気づいたもう一人が小さな声で牽制しているが、大川のテンパってしまった心理状況を改善できるほどではない。
「や、やめておけよ。やり過ぎだぞ。」
「うるせぇ!なめられ続ける訳にはいかねぇんだ!それより、今のうちにやってしまえ。」
 里山も起き上ってきたようだ。こちらも制止しようと考えたのであろうが、大川の様子を見て動きを止める。
 言葉はないものの、一紀に何かを伝えようとしたいようにも感じられるが、そんな気持ちだけがあっても全く意味がない。

 一紀の背後に、安西や紗江子の気配がした。
「あら、かずちゃんが居ながらこれはどういうこと?」
「ごめん、不覚を取った。」
「不覚ねぇ。」
 紗江子は、王子も連れてきているようだ。
 向こう側の騒動は終わったのであろう。
 しかし、紗江子に連れられるようにやってきた王子は、状況を見て突然大声を上げ始めた。
 普通に考えて、王女であり姉でもある女性が囚われているわけだから、興奮するのはわからなくはないが、ここでは相手を刺激するから控えてほしかった。

「やかましい!そいつを黙らせろ!」
 そう言いながら大川が身構えた時、ナイフが王女の肌に触れ血がにじむ。
 緊張のあまり震えた手が、ナイフを肌に当ててしまったのだろう。
 それほど大きな傷ではないが、ナイフの鋭利さが徒になったようだ。
 ユリアナ王女の頬にうっすらと傷口の筋が現れる。

 王子はそれを見ると、再び叫びながら狂ったように大川に向かって飛び出し突進していく。
 さすがの紗江子さんも、そして横にいた一紀も突然のことに制止ができない。
 一瞬見合わせた後、すぐに止めようと動くが相手との距離は短く追いつくのは難しい。
 とは言え、小さく線の細い王子の突進がそれほどの脅威になる筈もない。
 大川に大きな動揺はなく、さらに王女を強く引き寄せた。
 そして、王女を左腕に抱えながら右手にナイフを持つ大川は、突っ込んでくる子供に蹴りを入れようと構えたのが見える。

(どうする!?)

 そう考えた瞬間、後方から何かが飛んできて大川の左手に絶妙の角度で刺さり、王女を拘束している戒めが緩む。
 安西だ。
 いまがチャンス。

(王子も同時に上手く救う。)

 刹那、王子が大川に触れるや否や、大川の体が一気に燃え上がった。
 まさに、瞬間に巨大な発火現象が生じたと言ってよい。
 小さな火が広がるとか、そんなものではない。
 衝撃なのか何なのかはわからないが、瞬間に王子の中から何か力が発せられたのは一紀にも十分感じられた。

 おそらく王子が使った「魔法」であろう。
 しかも、なぜか大川から離れその場に倒れた王女には火がついていない。
 そして、全身に火を纏った大川は泣き叫びそうな声を放ちながら、火を消そうとしてか踊り狂っている。
 見ている学生連中は、声も出せなければ動くこともできず、放心状態で推移を眺めるばかりであった。

「安西!消すぞ!」
 そう言うと、一紀は上着を脱ぎそれを暴れまくる大川にかぶせようとする。
 上着に火がつかないように一気にかぶせることで酸素を絶って消火しようという試みだ。
 ただ、一人だけでは全てを消火できるはずもない。
 間髪をおかず、安西も続いて火の勢いを殺すように上手くかぶせて消火する。

 幸いにも、二人の行為によりそれほど火が広がることなく鎮火できたようだ。
 やけどの程度によっては大変なことになってもおかしくないが、生きたまま焼け死ぬということは防げたはずである。

「直ぐに場所を移すぞ。」
 合図を送る前に水橋が動いたようだ。
 宮下医師のところに早急に運び込むことにする。
 目立つわけにはいかないのだから、警察沙汰はこちらも避けたいのである。
 幸いにも路地内の出来事、見ているものは多くはない。

 呼び止めたタクシーに二人分の服に包まれた大川と、頬に傷を負っている王女を乗せ、安西と水橋が即座に行動する。
 一紀は、こちらもさすがに流れについて行けず呆然としている紗江子さんと、魔法に全力をつぎ込んだのか意識を失ってしまった王子を携え、その後を追うことにした。

 里山たちは、言葉を失い一紀たちの迅速な行動をただ茫然と見ているのみであったが、一紀が王子を抱えて動き出そうとした時、ようやく口を開いた。

「今のは一体何なんだ。」
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