魔道の果て

桂慈朗

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第2章 美しき復讐者

(5)『技術』との接触

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『私の言葉が足らず申し訳ございません。別の星と言うのは異世界を表す言葉でございます。』
『異世界とは妖精界や鬼界、あるいは神界のことか。』
『私も正確には存じ上げておりませんが、この世界にはいくつかの似た世界が存在するものと聞いたことがあります。その魔導師がどのような力を使ったかはわかりませんが、ユリアナ殿下とレオパルド様は異なる世界に飛ばされたのだと思います。』
『それがここニホンという国なのか。』
『浅学の推論にすぎませんが、あまりに異なる文化や情報を見る限り、私には同じ世界とは思えないのでございます。』
『ふむ、、確かにこの世界はエーテルが薄い。』
『エーテル?』
『妾は精霊を感じることまではできないが、魔法の、、いやこの世界にはひょとして魔法はないのか?』
『慧眼恐れ入ります。』
『エーテルを知らぬということは、魔法が使えぬと言っているに等しいではないか。』
『だが、魔法の意味は知っているようだな。』
『この世界に魔法が皆無かどうかはわかりませんが、仮に使える者がいたとしても奇跡のような存在ではないかと考えます。』
『その方はこれまで見たことが無いということか。』
『いかにも。』
『しかし、妾はこの世界でも使えるようじゃが。』
 そう言うと、ユリアナ姫は空いている左手を掌を上にして持ち上げたながら目を閉じて何かを念じたようだ。
 ただ、その言葉の意味は全く分からない。念じていくと、徐々に掌の上に光の玉が現れ大きくなっていく。

『心配するな。人を害するものではない。』
 一紀の不安を感じ取ったか、ユリアナ姫は頭の中を通して語りかけた。
 周りを見ると紗江子さんは口をあんぐりと開けて震えながら光を指差しており、安西ですらぼーっと光を見つめている。
 掌の上方に生じた光がユリアナ姫の体の中に吸い込まれていき、その全身を光り輝かせる。
 全身を覆った光は数秒後徐々に消えてゆき、それが終わった頃合いに姫は大きく深呼吸した。
『治癒の魔法じゃ。おかげでかなり元気を取り戻した。』
『生まれて初めて魔法というものを拝見させていただきました。』
『基本的な魔法さえ知らぬということは、この世界では魔法が使われていないと考えても良いのかもしれんな。しかし、魔法なしにしてはこの部屋は随分明るい様じゃが、上にある明かりは魔法でなければ魔石でも利用しておるのか?』
『光は電気により起こしております。』
『電気とはなんじゃ?』
『おそらく、雷のようなものでございます。』
『何? 雷魔法を魔法なしに用いているというのか!?』

 どうやら、雷という概念は理解できたようである。
 一紀は若干安堵を覚えながら続けた。
『説明が難しいのですが、ユリアナ殿下の世界とは異なる魔法の様なものがあるとお考えください。』
『魔法ではないのに魔法の様なものとは一体何じゃ。よもや、妾を愚弄しておるのではあるまいな。』
『嘘ではございません。エーテルは用いておりませんが、『技術』というこの世界特有の方法があるのです。』
『エーテルを用いない魔法などある筈がない。』
『正確に言えば魔法ではございませんが、魔法のような仕掛けを『技術』により実現しているのがこの世界なのです。』

 一拍の間をおいてユリアナ姫は反応した。
『なんと。しかし、今一つよく分らぬわ。』
 苦笑いをしながら応えようとしている一紀に先だって、再び我慢できなくなったのであろう紗江子が口を挟んだ。
「もう!さっきから二人だけで見つめ合って!いったいどんなやり取りをしているのか、きっちり私に教えなさい!」
 姫から手を放すと、一紀は振り返り紗江子と安西に向かって概要を語り始めた。
 紗江子さんらへの説明において不明な点があると、そのたびに王女の手を取り質問をしながらの話ではある。
 ただ、王女の方も自らが陥った状況を理解しようとしているようで、特段の抵抗にあうこともなかった。
 ちなみに、説明途中でレオパルド"王子"目を覚ましてすぐ騒ぎ始めた。
 もしろん、こちらも難なく紗江子さんが制圧して落ち着いたのである。

  ◆

「ちょっと待ってよ!それじゃあ、この娘は異世界から来た魔法少女だっていうの?いくらなんでも、それはないでしょうが!」
「魔法少女というか、魔法がある世界のお姫様。で、もう一人が弟の王子様らしい。でも、さっきの光の玉は見たでしょう。」
「それは確かに見たけども、あれが魔法って証拠はどこにもないじゃない。単なる手品か特異体質かもしれないし。」
「まあ、確かに証明は難しいかもしれないね。このお姫様は、治癒の魔法と破邪の魔法というものしか使えないらしいから、物燃やしたり動かしたりということはできないらしいし。」
「怪しいーっ!騙されてるんじゃない。自称何とかというのも最近多いし。」

 あまりに抵抗が激しかったので、紗江子さんにも手をつないでもらい、一紀気が見たイメージを再度伝えてもらった。
 王女は少し嫌そうな表情を見せながらも、それを飲み込み再び城内のイメージを紗江子さんにも見せてくれたようである。
 その状況を傍らに控えている王子の方はと言えば、オロオロと見ているだけの状況だ。
 見る限り大変可愛らしい姿でもあるが、一紀にそれを愛でる神経はない。

(出来の悪そうなやつだ。)

 その後も、二人の両親である王と王妃の死のイメージを見た紗江子さんが、泣きわめきながら暴れそうになるのを抑える必要が生じた。
 また、この世界の部屋にある様々なものに興味津々と問いかけ始めたユリアナ王女に、技術の説明をかみ砕いて行うとか。
 さらに、気付くと言葉が通じないにもかかわらずレオパルド王子に稽古をつけている安西がいるとかで大変ではあった。
 しかし、当面王女たちの身柄はこの家で預かることが決まった。

 夕方遅くに宮下医師が訪れ、簡単な診察を行った。
 特に障害の様なものは見られないそうだ。
 ただ、先ほど見せた治癒の魔法の結果であろうか、王女の足にあった傷痕はものの見事に消えていたのにはさすがに驚かされた。

 どうせ父親は今日も帰ってこないだろう。
 と言うことで、勝手に客室を二人にあてがうと、浴室の使い方などを説明してまずは風呂に入ってもらう。
 姉弟なら一緒で大丈夫かと考えたが、やはりそれは難しいらしい。
 シャワーの使い方を説明するため紗江子さんが駆り出されるなどのトラブルはあったものの、何とかなった。
 明日以降はある程度使えるだろう。
 弟の方はと言えば、安西のボディーランゲージに何だか頷いているようだ。
 何か通じるものがあるのだろうか。

 言葉が全く通じないためいろいろと意思の疎通に苦労はするが、肌を触れ合せばイメージによる会話は可能だ。
 王女が紗江子さんを畏れるため、結果として自ずと王女と一紀の接触は増えていく。
 その状況を弟の方はと言えば苦々しく見ているようだ。
 ただ、弟には接触してイメージを伝え合う力が無い様なので、当然必要な措置とくだらない視線に無視を決め込む。

 食事の後に、再び王女との情報交換タイム。
 これまで交換してきた情報の大部分は魔法とこの世界の技術に関する情報が中心だ。
 しかし、最も重要である懸案事項は残ったままである。

 ただ、さすがに王族であったようで食事の振る舞いは大変立派なものであった。
 十分なマナーを叩きこまれてきた一紀ではあったが、王女と王子の振る舞いの自然さには感嘆させられた。
 文化の違いはあるようで、おそらくナイフフォークの形状が異なっているのだろうか、一瞬の戸惑いを見せたがほどなくそれらを使いこなし優雅に食事を勧めて行く。
 その悠然たる態度は見事なものだと思う。

 そしてなぜか、この食事の席まで紗江子さんは残っているのだが、無理矢理追い返すと後が面倒なので仕方なく許容している。
 ここまで足を踏み込んだのならば、共犯者になってもらうしかないだろう。

 二人が食事中に最も興味を示したのはガラスのグラスであった。
 向こうの世界ではガラスは貴重であり、グラス形状に加工する技術は存在しないのではないかと想像する。
 落ち着きを取り戻すと、若い二人だからかこの世界のあらゆるものに興味が湧き始めたようだ。
 ただ、必要なことはきちんと確認しておいた方が良い。

 王女を促し、肝心なポイントについての話し合いを始めた。
 最も話し合いとは言っても、手を触れての『念話』と言った方が良いだろうか。
 紗江子さんの要求に応じて一紀が質問と答えを口にしながらの進行である。

『では、お伺いします。アレクサンダラスという魔法使いは、あなたたちだけを魔法により異世界に飛ばしたのですか?』
『いや、妾たちは父上と母上の敵を討つため奴の腹にこれを撃ち立てたのだが、反撃を受けて気を失った。』
『その時の状況はどんな感じだったのでしょうか。』
『必死だったので詳しくは覚えておらぬが、一瞬宙に浮いたような感じがしたかも知れぬ。』
『では、質問を変えさせていただきます。アレクサンダラスと言う人は、異世界に転移する魔法を使えるのですか?』
『妾の知る限りにおいて、そのような魔法は聞いたこともない。転移魔法すら使える者は極めて限られており、大魔導師アレクサンダラスであってもそれほど遠くまでは移動できん筈じゃ。ただ、見たこともない複雑な魔法陣を準備していたのは気付いておった。だからこそ、あの時待ち構えていたのじゃ。』

 そう言うと姫は、王子の方に向き直り向こうの言葉で何かをを問いかけたようだ。
 数度のやり取りの後イメージを伝えてきた。
『レオパルドの話によれば、あ奴は『異世界転移』と大声で叫んでいたらしい。妾は必至で聞こえなかったのだが、間違いないと申しておる。』
『それで、アレクサンダラスと離れてしまったのはどの段階かわかりますか。』
『わからぬ。』と念話を送りながら、姫は再び弟に問いかける。
『強い光が見えた時に振りほどかれたと言っておる。そして凄い衝撃を受けて妾たちは気を失ったのじゃ。』
『先ほどは魔導師の反撃を受けて気を失ったと仰られていたと思うのですが、その光は攻撃だったのでしょうか?』
『そんなことはどちらでも良い。どちらにしても、あ奴は決して許さぬ。』

『では再び話を変えましょう。この世界では原則として魔法は存在しません。王女様はどこかで魔法の発動があるかどうかを検知することはできませんか?』
『そうか!その手があったか。あ奴ほどの大魔導師、大魔法を用いれば即座に存在はわかろうというものよ。』
『状況は概ねわかりました。その大魔導師と同じ世界に来ているのであれば、ほどなくわかるようになるでしょう。ただ、異なる世界に来ていたのでしたら、元の世界に戻る術はないと思います。』

 一紀の一言に呆然と立ち尽くしながら、美しい顔にポロポロと大粒の涙を流す少女がそこにいた。
 その姿を見て大声で叫びながら弟王子が一紀に飛び掛かろうとしたが、一瞬のうちに安西に組み止められてしまう。
 ただ、事実を認識してもらう他はない。
 事実を認識すれば、あたらな道筋も立とうというものだ。
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