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第1章 裏切り
(30)幻惑
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二頭の魔獣が再び次々と咆哮した。
魔獣とは、特定の魔法に対する耐性を秘めた動物。
通常、人に懐くことはない。
それが片方とは言え人間の味方をしている。
魔獣使いの少女は気を失っているのだから、魔獣が自ら決めたことのようだ。
あのちび魔獣が何か伝えたのかもしれないが、魔獣同士でどのようなコミュニケーションが取られたのかはわからない。
カズキたちのいた世界の野生動物よりも体格が大きめだが、それに加えて知能もかなり高いのだろうと想像する。
どちらにしても、戦力が多いに越したことはないではないか。
王サイドは残り3人。
しかも、一人は瀕死の状態なのだ。
敵サイドの戦力低下を考えれば、ほぼ勝負あったと言いたいところ。
だが、こちらがわも実質的に戦える人数を考えれば魔獣を除いて数の上では丁度タイ。
そして、今ならわかる。
最後の一人の兵士は、他の兵士とは明らかに違うと言う事を。
そう、間違いなく体内に魔石を潜ませている。
感じ取れるそれは非常に強力。
今まで気づかなかったのが不思議なくらいだが、隠ぺいする技術や能力があるのだろう。
加えて、卓越した体躯を持つ王もまだ無傷で健在。
一方の、カズキはそろそろ魔法の限界が近い。
サエコさんは未だ王の影響で焦点が定まらない。
それでも強いけど。
魔獣達も、強力な魔術師や神官相手にどれだけ戦えるかは疑問。
ユリアナがいつまた目を覚ますのかという虞(おそれ)。
あれこれ考えてみると、ここまで来ても全く有利な状況は見えてこないことに気づく。
だが、だからこそ。
ここからが正念場だ。
舞台は全く違うが、これまでも何度も不利な状態を覆して来たじゃないか。
「さあ、ようやく楽しくなってきたんじゃないか。」
その顔に浮かんだ笑いは、知らないものから見れば邪悪にさえ見えただろう。
「やれるか? ベルゼ。」
「御意。」
王の横で仁王立ちしていた兵士。
それが、ゆっくりと前に歩き始めた。
2mをゆうに超える身長。
太い腕に、頑丈な胴回り。
サエコさんの胸囲くらいもありそうな太腿。
右腕には、巨大な戦斧。
その上、魔法まで使う。
普段なら、決して会いたくない相手だ。
この世界では、必ずしも魔法が優位なわけではない。
魔法と、武芸をミックスした戦いが最も求められる。
ただ、ジャンルが異なる二つの技術を修めるということは、ことのほか難しい。
だから、魔術師は魔術を主体として技を学び、兵士は武芸を中心に幾ばくかの魔法を使う。
ただ、両方を高いレベルで使いこなせる者は決して多くない。
魔法に関しては資質がなければ使えないと言うことも、双方を満足させる兵士が少ない理由としてある。
結果として、戦いにおいては魔術師が後方支援で、兵士が前線と言うスタイルが出来上がっていた。
だが、目の前にゆっくりと近づく兵士を見ればわかる。
魔法の技量はたいしたことがなくとも、強い魔石を使えば超人的な兵士を生み出せるということだ。
カズキやサエコさんの技は、流麗だが力で押すものではない。
真正面からぶつかっても、勝負にならないのは見えている。
手元に使えるロクな魔石は残ってない。
手りゅう弾も、サエコさんが持っているあと2発だけ。
本来なら最適な戦術は、撤退。
もちろん、逃げ切れればの話である。
だが、気を失っているユリアナに傷ついた少女、そして酩酊したサエコさん。
その全てをつれて逃げ切れるとは思えなかった。
「王命により、お前たちを討つ。」
やや無機質にも思える低音の声が響く。
体重などは、カズキの3倍はあるだろうか。
威圧感、存在感、迫力。
どう説明しようが、これまで想像したことのないもの。
アンザイの抜き身のような恐ろしさとはまた別物。
圧倒的な物量と破壊の圧力である。
魔獣の一匹が動いた。
体躯だけでいえばベルゼと呼ばれた兵士を上回る。
唸り声を上げながら、一歩を踏み出す。
明確な敵と見定めたようだ。
そして、強靭な四肢から生み出される素早い動きで兵士へと迫る。
だが、その疾走を襲いかかる直前に突如として止めた。
恐怖? 本能?
いや、全く別物だ。
一人のベルゼがそのまま歩みを止めずに前進してくるのに、もう一人のベルゼが魔獣の腹部に戦斧を突き立てている。
最初から二人いた訳ではない。
攻撃した方のベルゼが戦斧を魔獣から抜くと、その魔獣は崩れるようにしてその場に倒れた。
そして、その瞬間にベルゼは一人に戻っている。
攻撃したはずのベルゼが消えたのだ。
これは魔法?
それとも幻惑の術?
カズキが感じ取ったのは魔法の発動、その残滓。
だが、その存在は二人のベルゼ双方から感じていた。
すなわち、二人とも本物であるということ。
いや、この兵士は元々魔法の力を隠蔽していた。
もう一匹の魔獣が、仲間の敗北に強烈に反応する。
牙をむき出して唸り声をあげた。
すぐ後ろに位置するカズキたちにも腹の底に響き渡るような声である。
だが、その恫喝はベルゼの行進に何ら影響を与えることはない。
なんなんだ、これは。
一体どう考えればいい?
仮に魔法だとしても、その秘密がわからなければ対応のしようがない。
いや、魔法以外であればもっと対応しようがない。
事の異様さをサエコさんも感じ取ったのだろうか。
カズキの方を向き直り、何か言いたげな目を向けた。
だが、その無言の問いかけに返せる言葉はない。
首を横に振るしかないのだ。
二重存在。
果たしてそんな事があり得るのだろうか。
魔法の武器化は、炎の剣や鞭、その他様々な形でなされ、それらは時に物理運動の常識を覆すこともある。
だが、魔法の基本的な理論を逸脱することはない。
そもそも、魔法は基本形の組み合わせによりさまざまなバリエーションを持つ。
それは料理のようなもの。
アレンジによって様々な形態や効果を発揮するが、素材や調理方法には一定の制約がある。
その決まりごとの中で、どれだけの可能性を探るのかが競われる。
しかし、目の前にあるのは明らかにその体系とは異質な存在。
和食と洋食どころではない大きな差のあるモノ。
アレクがカズキに託した魔道書にも書かれていないこと。
王の感覚を狂わす力も同種の匂いがした。
双方とも、魔法の体系がカズキが知るものと明らかに違うからである。
(ひょっとして、人の意識に影響を与える力なのか? 視覚を誤認させる。まさか。)
あくまでその考えは一つの仮説にすぎない。
だが何の情報も持たない今なら、そして何か対策を立てなければならないのであれば、考えられる仮説を検証するというのも有効な方策となる。
カズキは予想が正しいと自信がある訳ではない。
ただ、向こうの世界で学んだそれと結果の上で似た状況がある。
そう考えて、カズキはゆっくりと距離を詰めてくる敵を前に目を閉じた。
(問題は、少々の刺激では抜け出せないかもしれないってことか。)
幻覚を見せられているというのが、現状の判断。
魔獣までもが見る幻覚など想像がつかない。
そもそも、幻覚の効果がベルゼと言う兵士の存在そのものなのか、あるいは姿かたちなのか、はたまた位置する場所だけなのか。
それすらも不明だ。
だから、音によりそれを確認する。
ベルゼがゆっくりと距離を詰めていることからの推理である。
それを音により判断させないためと判断した。
しかし、「くっ」と言う声を発して目を開く。
音から得られる情報は、ベルクが実物であるという証明をしただけ。
幻覚だけでなく実体だということ。
「サエコさん、迫ってくる兵士は大柄かい?」
「ええそうよ。」
「今どのあたりにいる?」
「あと20mほどでここまでくる。」
何故そんなことを聞くのか不思議そうに、そして若干甘えたイントネーションで返答が来る。
「俺と同じだな。同じ幻影を見ているのか。その、サエコさん、今は大丈夫?」
「何が大丈夫って?」
「体は動くかい?」
「問題ないわよ。でも、どうすればいいのか思いついたの? あの敵、さっき魔獣を切るとき二人に分裂したわよ。」
「俺の勘じゃ兵士はおそらく一人だ。エーテルはそこにしか感じられないからね。でも、正確な位置については自信が無い。」
「じゃあ、気を手繰ればいいのね。」
「サエコさんならできると思う。目に見えるものに惑わされないで。」
「了解よ。」
「それに今俺は動けない。だから、サエコさんが動きながら攻撃を仕掛けてほしい。でも、決して無理をしないで。」
「わかってるわ。やばそうな相手だものね。それは、私にもわかる。正直少し怖いという気持ちもあるわ。」
「何度も言うけど、絶対に無理しないで。」
こくりと頷くと、サエコさんは勢いよく飛び出していった。
カズキがするのは後方からの支援。
サエコさんへの魔法攻撃をキャンセルすること。
飛び出していったサエコさんを、カズキたちの前にいる魔獣は首を動かして視線で追った。
サエコさんは、円形に回り込みながらベルクに接近する。
だが、ベルクはそれに注意を払うことすらなく、ゆっくりとカズキの方に向かってくる。
魔法による防御に自信があるのか、あるいは絶対的な肉体を誇っているのか。
ただ、不気味で傲慢な面構えは、不敵な笑みを見せつけている。
サエコさんが走り込みながら鞭による攻撃を仕掛けた。
鞭の長さは約3m。
当然、防御魔法が掛けられているのは承知している。
しかし、瞬間に鞭がベルクの体を通り抜けた。
見ると、ベルクが1mほど離れた位置に転移している。
転移魔法を使った。
それは、アレクの弟子しか使えないと言われていたもの。
だが、高弟であったゲーリックが伝えていたとすれば、それを使用できるのは当然かもしれない。
しかし、サエコさんは驚くことなくその気配に連続して攻撃をかける。
(おかしい!)
カズキは目を閉じ、集中して魔法を発動した。
探索魔法である。
「サエコさん、全部が幻覚だ! 後ろにいるぞ!!」
その言葉に弾かれるように、撃ち付けた鞭を後方に撃て反(かえ)す。
「ビシッ!!」
と言う音と共に、何もなかった空間に血しぶきは飛び散った。
「ぐぅおぅ!」
一瞬現れた血しぶきが、再びかき消すように消える。
視覚を誤魔化されているのか、光の効果で姿を消しているのかはわからない。
しかし、一度その存在を捉えればサエコさんの鋭敏な感覚は逃すことはない。
「見つけた!」
サエコさんは、再び何もない空間に向かって鞭を撃ち付ける。
しかし、今度の攻撃は障壁の魔法で弾かれた。
「俺を見つけられるのか!」
「もう、気配は覚えたわ。霞がかかったようでわかりにくいものだったけど、この気の流れもう忘れない!」
障壁の魔法を意識を集中した瞬間、これまでそこにいなかったはずの兵士が現れる。
そう、ベルクである。
「だが、その程度で俺を倒せるとは思わないことだな。」
視界の端っこに捉えた魔獣が、もう一人ゆっくりと歩き続けているベルクの方から視線を外さない。
だがカズキはより広い範囲に探索の手を広げた。
目で惑わされるのであれば、最初からこうすればよかったのだ。
集中力を高め、風の操作を一本の流れから蜘蛛の巣のようなネット状のイメージに変える。
初めてのチャレンジだが、それをしなければ更なる危険を回避できない。
高さは地上50cm。
ソナーの様なイメージ。
魔獣とは、特定の魔法に対する耐性を秘めた動物。
通常、人に懐くことはない。
それが片方とは言え人間の味方をしている。
魔獣使いの少女は気を失っているのだから、魔獣が自ら決めたことのようだ。
あのちび魔獣が何か伝えたのかもしれないが、魔獣同士でどのようなコミュニケーションが取られたのかはわからない。
カズキたちのいた世界の野生動物よりも体格が大きめだが、それに加えて知能もかなり高いのだろうと想像する。
どちらにしても、戦力が多いに越したことはないではないか。
王サイドは残り3人。
しかも、一人は瀕死の状態なのだ。
敵サイドの戦力低下を考えれば、ほぼ勝負あったと言いたいところ。
だが、こちらがわも実質的に戦える人数を考えれば魔獣を除いて数の上では丁度タイ。
そして、今ならわかる。
最後の一人の兵士は、他の兵士とは明らかに違うと言う事を。
そう、間違いなく体内に魔石を潜ませている。
感じ取れるそれは非常に強力。
今まで気づかなかったのが不思議なくらいだが、隠ぺいする技術や能力があるのだろう。
加えて、卓越した体躯を持つ王もまだ無傷で健在。
一方の、カズキはそろそろ魔法の限界が近い。
サエコさんは未だ王の影響で焦点が定まらない。
それでも強いけど。
魔獣達も、強力な魔術師や神官相手にどれだけ戦えるかは疑問。
ユリアナがいつまた目を覚ますのかという虞(おそれ)。
あれこれ考えてみると、ここまで来ても全く有利な状況は見えてこないことに気づく。
だが、だからこそ。
ここからが正念場だ。
舞台は全く違うが、これまでも何度も不利な状態を覆して来たじゃないか。
「さあ、ようやく楽しくなってきたんじゃないか。」
その顔に浮かんだ笑いは、知らないものから見れば邪悪にさえ見えただろう。
「やれるか? ベルゼ。」
「御意。」
王の横で仁王立ちしていた兵士。
それが、ゆっくりと前に歩き始めた。
2mをゆうに超える身長。
太い腕に、頑丈な胴回り。
サエコさんの胸囲くらいもありそうな太腿。
右腕には、巨大な戦斧。
その上、魔法まで使う。
普段なら、決して会いたくない相手だ。
この世界では、必ずしも魔法が優位なわけではない。
魔法と、武芸をミックスした戦いが最も求められる。
ただ、ジャンルが異なる二つの技術を修めるということは、ことのほか難しい。
だから、魔術師は魔術を主体として技を学び、兵士は武芸を中心に幾ばくかの魔法を使う。
ただ、両方を高いレベルで使いこなせる者は決して多くない。
魔法に関しては資質がなければ使えないと言うことも、双方を満足させる兵士が少ない理由としてある。
結果として、戦いにおいては魔術師が後方支援で、兵士が前線と言うスタイルが出来上がっていた。
だが、目の前にゆっくりと近づく兵士を見ればわかる。
魔法の技量はたいしたことがなくとも、強い魔石を使えば超人的な兵士を生み出せるということだ。
カズキやサエコさんの技は、流麗だが力で押すものではない。
真正面からぶつかっても、勝負にならないのは見えている。
手元に使えるロクな魔石は残ってない。
手りゅう弾も、サエコさんが持っているあと2発だけ。
本来なら最適な戦術は、撤退。
もちろん、逃げ切れればの話である。
だが、気を失っているユリアナに傷ついた少女、そして酩酊したサエコさん。
その全てをつれて逃げ切れるとは思えなかった。
「王命により、お前たちを討つ。」
やや無機質にも思える低音の声が響く。
体重などは、カズキの3倍はあるだろうか。
威圧感、存在感、迫力。
どう説明しようが、これまで想像したことのないもの。
アンザイの抜き身のような恐ろしさとはまた別物。
圧倒的な物量と破壊の圧力である。
魔獣の一匹が動いた。
体躯だけでいえばベルゼと呼ばれた兵士を上回る。
唸り声を上げながら、一歩を踏み出す。
明確な敵と見定めたようだ。
そして、強靭な四肢から生み出される素早い動きで兵士へと迫る。
だが、その疾走を襲いかかる直前に突如として止めた。
恐怖? 本能?
いや、全く別物だ。
一人のベルゼがそのまま歩みを止めずに前進してくるのに、もう一人のベルゼが魔獣の腹部に戦斧を突き立てている。
最初から二人いた訳ではない。
攻撃した方のベルゼが戦斧を魔獣から抜くと、その魔獣は崩れるようにしてその場に倒れた。
そして、その瞬間にベルゼは一人に戻っている。
攻撃したはずのベルゼが消えたのだ。
これは魔法?
それとも幻惑の術?
カズキが感じ取ったのは魔法の発動、その残滓。
だが、その存在は二人のベルゼ双方から感じていた。
すなわち、二人とも本物であるということ。
いや、この兵士は元々魔法の力を隠蔽していた。
もう一匹の魔獣が、仲間の敗北に強烈に反応する。
牙をむき出して唸り声をあげた。
すぐ後ろに位置するカズキたちにも腹の底に響き渡るような声である。
だが、その恫喝はベルゼの行進に何ら影響を与えることはない。
なんなんだ、これは。
一体どう考えればいい?
仮に魔法だとしても、その秘密がわからなければ対応のしようがない。
いや、魔法以外であればもっと対応しようがない。
事の異様さをサエコさんも感じ取ったのだろうか。
カズキの方を向き直り、何か言いたげな目を向けた。
だが、その無言の問いかけに返せる言葉はない。
首を横に振るしかないのだ。
二重存在。
果たしてそんな事があり得るのだろうか。
魔法の武器化は、炎の剣や鞭、その他様々な形でなされ、それらは時に物理運動の常識を覆すこともある。
だが、魔法の基本的な理論を逸脱することはない。
そもそも、魔法は基本形の組み合わせによりさまざまなバリエーションを持つ。
それは料理のようなもの。
アレンジによって様々な形態や効果を発揮するが、素材や調理方法には一定の制約がある。
その決まりごとの中で、どれだけの可能性を探るのかが競われる。
しかし、目の前にあるのは明らかにその体系とは異質な存在。
和食と洋食どころではない大きな差のあるモノ。
アレクがカズキに託した魔道書にも書かれていないこと。
王の感覚を狂わす力も同種の匂いがした。
双方とも、魔法の体系がカズキが知るものと明らかに違うからである。
(ひょっとして、人の意識に影響を与える力なのか? 視覚を誤認させる。まさか。)
あくまでその考えは一つの仮説にすぎない。
だが何の情報も持たない今なら、そして何か対策を立てなければならないのであれば、考えられる仮説を検証するというのも有効な方策となる。
カズキは予想が正しいと自信がある訳ではない。
ただ、向こうの世界で学んだそれと結果の上で似た状況がある。
そう考えて、カズキはゆっくりと距離を詰めてくる敵を前に目を閉じた。
(問題は、少々の刺激では抜け出せないかもしれないってことか。)
幻覚を見せられているというのが、現状の判断。
魔獣までもが見る幻覚など想像がつかない。
そもそも、幻覚の効果がベルゼと言う兵士の存在そのものなのか、あるいは姿かたちなのか、はたまた位置する場所だけなのか。
それすらも不明だ。
だから、音によりそれを確認する。
ベルゼがゆっくりと距離を詰めていることからの推理である。
それを音により判断させないためと判断した。
しかし、「くっ」と言う声を発して目を開く。
音から得られる情報は、ベルクが実物であるという証明をしただけ。
幻覚だけでなく実体だということ。
「サエコさん、迫ってくる兵士は大柄かい?」
「ええそうよ。」
「今どのあたりにいる?」
「あと20mほどでここまでくる。」
何故そんなことを聞くのか不思議そうに、そして若干甘えたイントネーションで返答が来る。
「俺と同じだな。同じ幻影を見ているのか。その、サエコさん、今は大丈夫?」
「何が大丈夫って?」
「体は動くかい?」
「問題ないわよ。でも、どうすればいいのか思いついたの? あの敵、さっき魔獣を切るとき二人に分裂したわよ。」
「俺の勘じゃ兵士はおそらく一人だ。エーテルはそこにしか感じられないからね。でも、正確な位置については自信が無い。」
「じゃあ、気を手繰ればいいのね。」
「サエコさんならできると思う。目に見えるものに惑わされないで。」
「了解よ。」
「それに今俺は動けない。だから、サエコさんが動きながら攻撃を仕掛けてほしい。でも、決して無理をしないで。」
「わかってるわ。やばそうな相手だものね。それは、私にもわかる。正直少し怖いという気持ちもあるわ。」
「何度も言うけど、絶対に無理しないで。」
こくりと頷くと、サエコさんは勢いよく飛び出していった。
カズキがするのは後方からの支援。
サエコさんへの魔法攻撃をキャンセルすること。
飛び出していったサエコさんを、カズキたちの前にいる魔獣は首を動かして視線で追った。
サエコさんは、円形に回り込みながらベルクに接近する。
だが、ベルクはそれに注意を払うことすらなく、ゆっくりとカズキの方に向かってくる。
魔法による防御に自信があるのか、あるいは絶対的な肉体を誇っているのか。
ただ、不気味で傲慢な面構えは、不敵な笑みを見せつけている。
サエコさんが走り込みながら鞭による攻撃を仕掛けた。
鞭の長さは約3m。
当然、防御魔法が掛けられているのは承知している。
しかし、瞬間に鞭がベルクの体を通り抜けた。
見ると、ベルクが1mほど離れた位置に転移している。
転移魔法を使った。
それは、アレクの弟子しか使えないと言われていたもの。
だが、高弟であったゲーリックが伝えていたとすれば、それを使用できるのは当然かもしれない。
しかし、サエコさんは驚くことなくその気配に連続して攻撃をかける。
(おかしい!)
カズキは目を閉じ、集中して魔法を発動した。
探索魔法である。
「サエコさん、全部が幻覚だ! 後ろにいるぞ!!」
その言葉に弾かれるように、撃ち付けた鞭を後方に撃て反(かえ)す。
「ビシッ!!」
と言う音と共に、何もなかった空間に血しぶきは飛び散った。
「ぐぅおぅ!」
一瞬現れた血しぶきが、再びかき消すように消える。
視覚を誤魔化されているのか、光の効果で姿を消しているのかはわからない。
しかし、一度その存在を捉えればサエコさんの鋭敏な感覚は逃すことはない。
「見つけた!」
サエコさんは、再び何もない空間に向かって鞭を撃ち付ける。
しかし、今度の攻撃は障壁の魔法で弾かれた。
「俺を見つけられるのか!」
「もう、気配は覚えたわ。霞がかかったようでわかりにくいものだったけど、この気の流れもう忘れない!」
障壁の魔法を意識を集中した瞬間、これまでそこにいなかったはずの兵士が現れる。
そう、ベルクである。
「だが、その程度で俺を倒せるとは思わないことだな。」
視界の端っこに捉えた魔獣が、もう一人ゆっくりと歩き続けているベルクの方から視線を外さない。
だがカズキはより広い範囲に探索の手を広げた。
目で惑わされるのであれば、最初からこうすればよかったのだ。
集中力を高め、風の操作を一本の流れから蜘蛛の巣のようなネット状のイメージに変える。
初めてのチャレンジだが、それをしなければ更なる危険を回避できない。
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