魔道の果て

桂慈朗

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第1章 裏切り

(24)崩落

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 その瞬間である。
 なんと気を失っていた筈のユリアナが動き、その男をかばうように身を呈したのだ。
 カズキはユリアナを避けようとするが間に合わない。ユリアナに強烈な電撃を与えてしまう。

「カズキ。ごめんなさい。」
 薄れる意識の中で辛うじてユリアナがそう呟いたようにカズキには聞こえた。
 ユリアナの肌が紅潮している。
 サエコさんと同じように、薬か何かの影響を受けているのだろう。

「悪魔を逃がすな!」
 取り囲んでいた兵士たちが一斉に声を上げた。
 しかし、カズキはそんな反応には左右されることはない。
 すかさずもう一本のトンファーを右手に取り、ユリアナを抱いている男に打ち付けようとした。
 だが、なんと打ち付けたトンファーを易々と男の掌で容易に掴まれ抑えられてしまったのだ。
 確かに体格の良い男性ではあるが、打ちつけられる金属製の武器を素手で止められるはずはない。
 しかし現実にそれは止められ、さらに強烈な力でカズキの手からそれは取り上げられてしまった。

「王を守れ!」
「何だと?」
 周囲から聞こえる兵士たちの声が耳の奥に響く。
 この男がルジアナ=ケルベルト王ということなのか?
 どう見ても王の服装ではないし、同時に暴君と言う雰囲気も見えない。
 むしろ、ただの商人と言われた方が納得できる姿であった。
 そもそもこんな場所でユリアナを連れて何をしようとしていたのだろうか。

「ゲーリックに勝つとは、なかなか面白い小僧だな。カズキとか言ったか。だが、王女は既に儂のものだ。お前には渡さんぞ。」
 年のころは30代後半だろうか。
 ユリアナを軽々と左手一本で抱きかかえている。
 身長は180cm弱と巨漢とは言い切れないが、全身が筋肉でできているような体躯。

「あんたが王様か。こんなところで会えるとはな。」
「ふん、身分を弁えぬ不遜さか。お前らの動きは逐一教会から聞いておったわ。」
「気にかけてくれたって訳か。ありがたいことで。で、あんたはここで何をしようとしている?」
「民の救済よ。聞かなかったか?」
「奴隷狩りが救済とは笑わせるな。」

 既に、障壁の外側は武器を構えた兵士で覆われている。
 ただ、魔法を打ち破れる者はいない様で、騒然と取り囲んでいるだけ。
「奴隷? おお、まだ地方までは情報が出回ってはおらぬか。ここに呼ばれたものは、災厄を生き延びるために選ばれたものだぞ。」
「生き延びる? 地下に招かれると言う事か。危機を乗り越えるため。だから、若い者と言うことか。」

「うむ。そして、その中でも選ばれた女たちは儂の子をなす。平民が貴族の地位を得る機会だ。子孫の代とはいえこれ以上の栄誉はあるまい。」
「あんた、厄災がどんなものかを知っているのか?」
「知らなければ、これほどの事を容易するはずも無かろう。大陸の国々が滅びようとも、ケルベルト王国は生き延びようぞ!」
「お前が今ここで何を言おうが、何を考えようが、そして何をしようが。そんなことは俺にとってはどうだっていい。ただ、、」
「ただ?」
「ユリアナだけは返してもらう!」

「ほう、ではあの女はどうでも良いということか。」
 ケルベルト王が首を振った先には、兵士たちに捕えられたサエコさんがいた。
 表情は色ぽいのに、体はぐったりとしている。
 薬剤の影響が出すぎたのだろうか。

「くそっ。」
 歯噛みするカズキに、ケルベルト王は畳み掛けた。
「王に見初められることがどれだけの栄誉か、お前は知らぬようだな。異世界から来た悪魔よ。」
「そんなものは俺の知ったことじゃない。」
「ふっ。アレクサンダラス最後の弟子と聞いておったが、転移魔法もロクに使えぬとはとんだ食わせ物だったな。お前の魔法は見せてもらった。魔石を使わねば碌な魔法も使えぬとは、教会のクソ神官らと大して変わらぬではないか。」

 王と対峙する中、カズキにゆっくりと魔法酷使の影響が出始める。
 全身を激しい筋肉痛が我慢しきれなくなりつつあるのだ。
 その影響か、精神集中が乱れて障壁の魔法が揺らぎを見せる。

「このあたりが限界のようだな。全くつまらぬ奴だ。ただ、この程度の男を悪魔と畏れるとは教会も全く情けない。」
 苦しそうな表情のまま、屈むような姿勢でカズキは問いかける。
「災厄の折に、この地下に何人の民が逃げ込めるんだ?」
「民を守る為ではない。選ばれた子孫を作るための栄誉である。貴族と兵を除けば、百人も入れば十分だろう。儂にも限界があるのでな。」
 ケルベルト王はごく当たり前のこととばかりに笑った。

「そうか。それがこちらの世界の常識なんだな。絶対君主・専制君主という奴か。だが、俺にはそんなこと認められないな。」
「全く口だけは達者な奴だな。魔法を維持することすらままならぬ状態だというのに。」
「それはどうかな?」

 そう。カズキが何の対策もしていなかったわけではない。
 全身を強烈な筋肉痛が襲い始めているのは事実だが、王の話を聞き続けたのは状況を確認して情報を集めるため。
 痛みは精神力さえ続けば耐えられる。

 一瞬でユリアナをカズキの手元に召喚した。
 ぐったりとしているユリアナ。
 ちょうど足下に倒れていたゲーリックを触媒として利用したのだ。
 王は腕が抱いていた質量が突如として消え去り、空を掴むが如くよろめく。
 驚いているケルベルト王をよそに、カズキはサエコさんも足元に召喚した。
 相変わらず、サエコさんは色っぽい表情のまま目をとろんとさせ何かを呟いている。
 まるで悪い薬でもやっているようだ。

「こやつ、謀りよったか!」
 ケルベルト王がようやく状況を把握し、呪文を唱え大きな炎の魔法を使おうとした。
 しかし、それより一瞬前に障壁魔法が消え去り、カズキたちもその場所から消失した。

 ただ、現在位置が平面位置どころか深さすらわからないので、いきなり地上への転移を試みるのは危険すぎる。
 カズキは開いていた扉の内側の目視で、安全が確認できる場所に転移を図った。
 そこは地下通路の中心。
 地下王宮を作っている場所の入口である。

 兵士たちは、瞬時に消えたカズキたちを探して右往左往しているが、ここで敵に容赦をするつもりはない。
 それよりも追っ手と成る勢力を少しでも削いでおきたい。
 だから、無理してでも今攻撃をかける。

 何を使う?
 それは当然腰に下げている手りゅう弾。
 こんなに早々に使うとは考えていなかったが、やむを得ない。
 歯を食いしばりながら、衝撃を回避できる場所までユリアナとサエコさんを連れて再度転移。
 そして手りゅう弾を兵士たちがいる中心の天井付近に転移させた。

 凄まじい爆発音と、悲鳴が聞こえる。
 防御魔法で衝撃ははじけたとしても、突然天井から崩れ落ちる岩の塊に耐えられるような奴は多くない。

 ただ、そろそろカズキの魔法行使は限界に近い。
 今、攻撃されれば抵抗ができない。
 とりあえずではあるが、最低限の時間稼ぎのために入り口を強制的に封鎖する必要がある。

 魔法を使っても容易に入ってこれないレベル。
 まずは、手元にあった石を続けて入り口付近の天井の岩の中に転移させた。
 それにより岩の中に飛んだ石が内部で破裂し、天井部分の岩石内部で無数の軽い破裂が走る。
 そこに残りの手りゅう弾は3発を信管を抜き、タイミングを計って転移。
 本当はこの国で使うことは想定していなかったのだ。
 しかし、いざと言う時のために携行してきたのが役立った。

 続けざまに爆発音が生じ、天井の岩どころか地盤そのものが崩落した。
 凄まじい音と全身が揺さぶられるような猛烈な振動が響き、そのあとに小石が跳ねまわりもうもうと土煙が立ち込める。
 薄れつつある意識の中で、これなら容易には入ってこれないと考えていた。

「かずちゃん。かずちゃん。」
 体を強く揺さぶられる。
 ひそひそ声ではあるが、これはサエコさんだ。
 どれくらい眠っていたのだろう。
 まだ筋肉痛は完全には解消していないようだ。
 目を開けるが、真っ暗で何も見えない。

「ここはどこだ? 今どうなっている?」
「しーっ。静かにして。大勢が私達を捜しているの。」
 時間を確かめようと腕時計を顔の前にもってくる。
 デジタル表示板のランプが小さく灯る。
 現在は真夜中。
 カズキが気を失ってから、およそ6時間が経過している。

「ユリアナは?」
「いるわよ。目を覚まされると困るから、あの薬を嗅がせているけどさっき目覚めた時は大変だったんだから。」
 サエコさんが今話したのは、カズキ達がこの世界に持ってきた睡眠薬のこと。
 必要に応じて貴族や王族を拉致する時のために準備したものだが、まさかユリアナに使うことは想像していなかった。

「大変って?」
「いきなり立ち上がって逃げようとするの。急に『王のところに帰らないと』と言ったかと思えば、その後は『嫌だ。ここにいたい』って叫ぶの。訳がわからないわ。」
「精神支配の影響だな。」
「自由が無くなっちゃうのね。怖いものね。私達にはかからないってのが助かるけど。」

「いや、俺たちもかからないとは限らないぞ。本来、貴族はかからないものだと聞いていた。ところがユリアナは支配されている。想像に過ぎないけど、ある程度の時間こういった状態が続くと、最後には気持ちが従順になっていくんだろう。」
「えっ、そうなの!? 人の気持ちってそう簡単には変わらないんじゃないの?」
「これは深層心理というか、無意識領域の話だと考えている。トラウマってあるだろ、あるは食べ物の好き嫌いを考えてもいい。」
「好き嫌いがどんあ関係なの?」

「人の脳は、無意識領域に何かが刻み込まれると、瞬間的にはそれに抵抗できなくなる。嫌いなものは反射的に嫌いと反応してしまうし、恐怖にも同じなんだ。これもおそらくその強烈なものじゃないかと思っている。」
「ふ~ん。」

 相変わらずサエコさんは、分かったのか分かってないのか曖昧な返事を見せた。
「問題は、俺には支配を上書きできる力はないし、どんなショックをどの程度与えれば打ち破れるかも分からないことだ。ユリアナは常にケルベルト王の元に戻ろうとするだろう。あいつが言った『儂のもの』とは、まさにそのまま、その通りだな。」
と、カズキは苦笑しながら言った。

「じゃあ、ずっと眠らせておくしかないってこと?」
「良い方法を見付けるまではそうなるかもな。」
「でも、かからないはずのユリアナに、どうして精神支配が及んだのかしら。」
「それも正確には分からない。ただ、一度かかったことがあると、そのあとかけ続けるのは容易だと言っていた。子供の頃にかけられたまま、放置されていたとすればどうだろう。」
「誰が?」

「今回、ユリアナに精神支配をかけたのはあの大司教だ。すなわち教会ということになる。他人が仕込んだところに、時間を経て上書きできるのかどうかはわからない。」
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