魔道の果て

桂慈朗

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第1章 裏切り

(21)王の狙い

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 立ち上がると共に、すぐそばに落ちていた気を失っている兵士が持っていた剣を拾い上げ、一人控えていた兵士の後方から低い姿勢のまま攻撃する。
 予想通りと言うか、当たり前の如く鎧が無い足首に打ち込んだそれも金属に当たった様に弾かれることとなった。

「卑怯な! 不意打ちか!」
 ただ、攻撃は弾かれても攻撃の勢いそのものは受ける。
 攻撃により与えられた運動エネルギーは消えることはない。
 カズキも狙いは最初からそれ。
 切りかかるというよりは押し込む感じの攻撃であった。
 そして、驚いたように打ち込まれた兵士は態勢を崩す。

 ギリギリのバランスを保って倒れなかったものの、鎧兜が重いこともあり無防備な体制になる。
 そこに再度のカズキの体当たりを浴びせると、ぐらついた体をそれ以上押しとどめることは難しいようだ。

 無様な体制でその兵士が倒れ込んだ。
 しかし、その瞬間に気配を感じてカズキはその場を飛び退く。
 一瞬の間を置き、カズキがいた空間を水の鞭が鋭く通過した。
 魔法である。
 しかも、比較的正当な魔法と言えよう。
 司教たちが使っていた、でたらめな能力を持つ魔石によるものではない。

 魔法の力は、本来この世界では図抜けて大きなものではない。
 むしろ戦闘の中心は兵士である。
 ただ、一部の魔術師たちは戦闘に特化した形で戦うことができる。
 その者たちを「戦闘魔術師」と呼ぶが、王宮などに仕えているものは「宮廷魔術師」と別の呼称で示される。

 もちろん、魔術師の中でも最上級のレベルの者。
 アレクが育てた弟子たちもその地位に付いたものが多いと聞いていた。
 さらに「宮廷魔術師」の最高峰が「宮廷魔導師」と呼ばれるが、それは呼び方の違いであって実質的には同じ性質の人間である。
 こうした話の概略は師匠であるアレクサンダラスからおおよそは聞いていた。

 教会の司教らの魔法が信じられないようなレベルに達しているのがおかしくて、普通はこうした形の魔術師が戦闘に参加する。
 主に、剣技と魔法の組み合わせによる変幻自在の攻撃。
 ただ、剣技に優れるモノはそれほど多くはないため、兵士とセットで魔術師が戦うことになる。

「お前、魔術師と戦ったことがあるな。」
「さあ、どうかな。特に覚えがないが。」
 魔術師からの問いかけに、曖昧な返事をカズキは返す。どのようなやり取りでも、情報が引き出せるに越したことはない。
「お前も魔術師か。しかも、戦闘魔術師だな。」
「呼び方などはどうでもいい。あんたこそ、魔術師でありながらこの国の企みに気づいていないのか? アレクサンダラスが泣くぞ。」
「その名前!」
「ほう、やはり気になるか。」

 先ほどカズキが転がした兵士がようやく立ち上がる。
 向こう側では、サエコさんが兵士二人と戦っている。
 今は鞭を手放して剣に持ち替えたようだが、斬撃が効かないのは全く同じ状況。
 奇妙な剣技の舞いが繰り広げられている。
 兵士側にリスクはないが、サエコさんは攻撃を受ければ傷つくという不公平な舞踏である。

「大魔導師の名前を知っているとすれば、お前は弟子の一人か!」
「さあ、どうだろうな。ただ、この国で行われていることは許せないと考えている。」
「アレクサンダラスの企みは失敗に終わった。今さら何を足掻こうと意味はないぞ。」
「知っているさ。ただ、本当に終わったかどうかはあんたが決める話じゃない。アレクサンダラス自身が決めることだ。」

「無駄な事を。そもそも、この国がしていることの本当の意味を知らぬ追放者風情が、ほざくでないわ!」
「本当の意味?」
「人類の未来ため、、、いやここで死ぬお前にはそれ以上は不必要なことだ。」
「暴君が、人類の未来のためねぇ?」
「これ以上の問答は無用。カサノヴァ、右から行け!」
 カサノヴァと呼ばれる兵士が、強烈な剣技を見せた。
 この後から駆けつけてきた兵士たち、技量的にはここまでの兵士とは段違いである。

 カズキも兵士の速度に一瞬戸惑い、少しだけ距離を取って様子を見ようと下がるが、そこに魔術師からの今度は炎の槍が飛び出してきた。
 即座に体を捻り避ける。
 兵士と魔術師のコンビネーションプレイ。見事な連動だ。

 大司教が持っていた魔石を使うことはできるが、サエコさんまで巻き込んでしまう。
 また、その影響で体が動かなくなれば、今後の行動に支障が出る。
 同じような魔術師は複数人いると考えるのが普通の事だろう。
 それを考えるとあまり良い状況とは言えない。

 だが、それは大司教と戦った時も同じこと。
 明確な勝算があった訳ではないことに違いは全くないのだから。
「でも、この程度ではまだ満足できないな。」
 連続して繰り出される魔法と剣技の攻撃をギリギリのところで見切りながらも、カズキの表情には徐々に笑みが浮んでいく。
 繰り出される攻撃はいずれも鋭く殺気の籠った力強いものであるが、それと同時に綺麗でかつ単調なのだ。
 道場で学ぶような素直な剣筋に、素直な魔法。
 アンザイが用いてきたような、駆け引き十分の変幻自在な攻撃とは明らかに質そのものが違う。

「くっ、こんな動きは見たことが無い。お前は一体何者だ。」
 この世界にはない武術の体捌きだから、驚くのも仕方がない。
 しかし、カズキは容易に攻撃には転じなかった。
 ある程度の技量がわかったものの、宮廷魔術師ならばそれ以外の技も持っているだろうと考えたのだ。
 それは、魔法と武術の混合技である。

 大魔導師アレクサンダラスは、新しい魔法の開発だけではなく魔法と武術を複合化した技をも創り上げていた。
 その知識は魔道書を受け継いだカズキの頭の中に入っている。

 ただ、知っているのと使えるのは同じではない。その全てを極めるだけの時間はカズキにはなかったのだ。
「答える必要はない。強いて言えば、正義の味方だな。」
「賊のくせに、ふざけたことを!」
「この世界の破滅を救いに来たつもりなのだが、悪魔呼ばわりの次は賊呼ばわりか。ちょっとグレードダウンなのが悲しいけど。これも正義の味方の試練だな。」
「破滅だと!? どうしてそれを!」
「なんだ、お前も知っているのか。」
「と言うか、悪魔と言ったのか。予言された悪魔。まさか、反逆者アレクサンダラス最後の弟子!」

 悪魔の呼称は教会だけでなく、魔術師の間にも広まっているらしい。
 この感じで行けば、どこの国に行っても怖れられるであろう。
 アレクサンダラスを手伝い世界を救うというカズキのミッションは、相当の抵抗に遭うことは間違いなさそうだ。
「そこまで有名人だったとは、お礼を言うべきところなのか?」
「お前だけは決して自由にはさせぬ。ここで私の命が尽きようとも、必ず邪悪な企みを止めてみせる!」

 やはり、第三者的に見ればカズキが悪役にしか見えないのだろう。
 そのことで内心こっそりと凹んでいるが、それを表情に浮かべるほどにナイーブではない。
 その直後、雷の魔法がカズキに向かって放たれる。
 方向さえ間違わなければ躱すことができる、はずだったのだが、この放たれた雷撃はこともあろうかカズキの逃げた方向に突如向きを変えたのだ。
 咄嗟に剣を前に出して雷撃を受けるが、当然剣は手放してしまった。
 それを待っていたかのように、カサノヴァという兵士が切りかかってきた。

 剣を手放したカズキは、上半身を動かして幾度かの斬撃を避けるがそこに魔術師からの雷の魔法が飛び込んでくる。
 その発動を自然の傍らで感じたカズキは、即座に位置取りを変え兵士に向かって間を詰めようとした。

「カサノヴァ! そこをどけ!」
 宮廷魔術師の叫びも空しく、放たれた雷撃はカズキに届く前に兵士の剣に到達した。
 しかし、剣に掛けられている防御魔法がそれをはじく。
 光が粉々になったガラスの破片のように散っていく。
 戦いの最中ではあるが、綺麗だなとカズキは考えていた。

 魔法により制御された雷撃は、おそらく防御魔法によりその構成を一瞬の内に砕かれて消える。
 しかし、自然の電気を砕けるわけでは無い。
 カズキは懐にしまっていたスタンガンを再び取り出すと、メーターを最大にしたまま、剣を躱す勢いで兵士の懐に入り込み金属製の鎧に押し付けた。

 小さな火花が飛び散り、カサノヴァと言う名の兵士はその場に崩れ落ちる。
 やはり、魔法と物理的な力のみを防いでいるに過ぎない。
 熱や電気を抑えられるものではないようだ。

「それは何と言う魔法だ! 防御魔法を打ち破るなどとは見たことも聞いたこともないぞ!」
「そうだな。なら、この魔法について教えてやるから、この国の王が何をしようとしているのかを教えろよ。」
 実際は魔法ではない。
 しかし、無視したり技術の説明するよりも、会話の糸口をつなげた方がいい。
「賊と交渉する口は持たない。そもそも反逆者の弟子ならば、何が行われたかを知っているはずであろう!」
「それが知らないので困ってる。」
「五月蝿い!」

 今度は再び炎の剣を生じさせた。
 槍に剣に自由自在のようだ。
 カズキとしては剣の方が対しやすい。
 魔法と剣技の連携技なら面倒だが、一体のそれの方が与し易いからである。

「う~ん、話し合いが通じないな。」
「ここまで兵士を倒しておいて、話し合う余地など無かろうが!」
「確かに、そうかもな。」
 笑いながら返答したカズキに、炎の剣から炎の弾が襲いかかってきた。
 見た目に騙されるのは良くない。
 剣の形をしているからと言って、それは魔法なのだ。
 一発がローブに触れて焦げ目ができる。

「全く怪しい反応を見せる奴だ。王は人々を来る災厄から救済すべく、努力されているのだ。お前などに邪魔はさせん!」
 どうやら、本気でそれを信じているようだ。
 だが、カズキには信じられない。
 そもそも奴隷狩りと称される行為がまかり通っている国で、王が国民を守ろうとしている?
 全く筋が通っていないではないか。

「予言されたこの世に仇なす悪魔め。しかし、お前の魔法は近づかないと駄目な様だな。なら、私にも策があるぞ。」
 そう言いながら激しい敵意をカズキに再び向けてきた。
「面白い。見せてもらうとするか。」
「そんな口が利けるのも今だけだ。思い知るがいい!」

 宮廷魔術師が発したのは、カズキも知らない魔法。
 音による衝撃波だった。
 三半規管を揺すぶられたカズキは、肉体や精神的ダメージではなくバランス感覚を失う。
 それこそがカズキの動きや魔法行使を支える最も重要なポイントである。

 魔術師は、自らの仕掛けが成功したことに満足したのか、大きな笑い声を上げながらカズキに向けて水の魔法による鞭を叩きつけてきた。
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