魔道の果て

桂慈朗

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第1章 裏切り

(15)王女捕縛

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「何するのよ!」

 早速やらかしてくれたようだ。
 あれだけ念押しをしていたのに、サエコさんは一悶着起こし始めてしまった。
 とは言え、正直に言えば状況的には仕方がない面もある。
 カズキ自身はもう少し見極めてから動くつもりだったが、それでもいずれは行動を起こさざるを得なかっただろう。

「お前は自分の立場が全く分かっていないようだな。」
 そう言いながらにやけたよな笑いを浮かべそそり立つ巨漢は、鞭をびしっと地面に打ち鳴らし警告を発した。
 冬の寒い時期だというのに、この大男は上半身裸で自らの肉体を誇ってでもいるのだろうか。
 確かに凄い筋肉だが、もちろんカズキにそれを愛でる気持ちは一切無い。
 ただ、それでもサエコさんを直接打ち付けないでくれて助かった。
 これ以上面倒事を大きくはしたくないのだから。
もちろん、サエコさんの方がが暴れるという意味で。

 ここはカズキたちが取れ込まれた大きな屋敷の中。
 屋敷と言うよりは巨大な倉庫か工場と言った方が良いくらいの空間。
 そこには既に先に集められていた人たちが50人近くはいた。
 さっと見回した限りでは、あの娘は見当たらない。
 前日に送り込まれたのだとすれば、毎日国中からこのレベルの数を集めているということになる。

 首都の人口が10万人と仮定して、集中率を20%として50万人。
 10%と考えても国の人口は100万人である。
 毎日50人近くを集めているとなると、その総数は全く馬鹿にならない。
 ざっと計算しても年間で15,000人、それを連れてくることなど人口規模からすれば正気の沙汰ではない。

(他の国からも、それほど流入者はないだろう。悪い噂が広まっているとすれば尚更である。だとすれば供給源の大部分は国内からと言うこと。さて、この国の王は一体何をしようとしているのか?)

「その子をどうしようというのよ!」
 やはり、サエコさんは状況をもう少し見るという選択をしてくれなかった。
 ある程度予想はしていたとはいえ、最初からこれではこの先が思いやられる。

 サエコさんを睨みつける男は、さすがに今度は口元の笑みが消えていた。
 その向こうでは、ユリアナが別の高齢の男に羽交い絞めに拘束されている。
 抵抗はしているが、力では及ばない様で抑え込まれていて逃げられそうもない。

「うん? お前たちには関係ないことだ。それよりも、俺たちに抵抗すると痛い目に遭うということを、どうやら体で覚えたいようだな。」
 再び、男の顔に笑いが復活した。
 両腕を手錠に拘束されているサエコさんではあるが、その大男のにやけた笑いに対して、舌をぺろりと出して挑発する。
「あら? 私たちにそんな口を利くことが許されるかどうかを、あなたこそ体で覚えたい様ね。」

(あああ、挑発しちゃっているよ。)

 トラブルは、選別の途中で発生した。
 どういう基準で決めているのかはわからないが、集められた奴隷達は一瞥で2つのグループに分けられていった。
 カズキ達3人は最初同じように右側のグループに分類されようとしたのだが、突然高齢の男が声を出すとユリアナのみが拘束されてしまったのである。

 ただ、今の段階でユリアナを取り戻すこと自体はそれほど難しくはない。
 ユリアナと一緒にいる間に窺っていたが、今ここにいる役人なのか商人なのかよくわからないメンバーではあるものの、その中に強い魔法を使えるような気配はなかった。

 だとすれば、体術ならカズキでもサエコさんでも十分立ち向かえる。
 すなわち、ユリアナが遠くに引き離されない範囲では、二人がいれば間違いなく助けることができる。
 ただ、トラブルを起こす訳には行かない。
 まさにそのための策を考えようと考えていたところだったのだが。

 そもそも、当初の目的は攫われた娘を探し出すこと。
 ここで目立って騒げば、本来の目的の支障になることはすぐわかる。
 だから、それを回避しつつ行動を起こさなければならない。
 馬車の中で散々言っていた筈だが、一つ一つ具体的に言わなかったカズキが悪いのか、それともサエコさんだから仕方がないと考えるべきなんだろうか。
 とりあえず今のところはサエコさんを餌にして、上手く立ち回る方法を考え方がいいだろう。

 大男の精神は、我慢の限界というバロメーターをいともたやすく振り切ってしまったようだ。
 顔を真っ赤にしながらサエコさんに向かって鞭を用いようとしたのである。
 後方では、何人かの男達が制止しようと叫んでいたが、一度振り切ったレッドゾーンは容易に元には戻らない。

「じゃあ、自分の体で確かめるんだな! 女だからと言って、今更泣き喚いても遅いわ。」
 そう言うと、手慣れた手つきで鞭をサエコさんに向けて振り下ろす。
 ただ、その程度の攻撃でやられるようなサエコさんなら、カズキも普段から手を焼くことがない。
 華麗なステップと言うよりは、最小限の見切りで鞭の軌道を避ける。
 あまりに見事な体捌きであるが故に、あたかも巨漢の鞭の方が勝手に軌道を逸れているようにすら思える。
 要するに、大男の鞭使いが下手に見えてしまうのだ。
「くそぅ。ちょこまかと、なぜ当たらねぇ。」

 身長だけを言えば170cmを超えるのだから、女性としては小さい訳ではない。
 カズキよりも身長が上なのだ。
 汚れたローブを羽織った体を最小限の動きで制御し、男の攻撃に余裕の笑みのサエコさん。
 鞭を振り回す男だけでなく、周囲の他の相手にも十分に気を配っている。
 学生時代から師範代を任されるだけのことはある。
 最初から心配はしていなかったが、あとは相手をぶちのめさないことを祈りたい。

 一方のカズキがすべきことは、理想を言えば問題なく場を納めること。
 ユリアナも同時に取り戻すということだが、サエコさんの暴発で実際には難しくなった。
 いつの間にか、サエコさんは手錠も外してしまっている。
 なら、カズキもそれに従うことにする。

「おお、でくの坊が鞭振りダンスとは、面白いショーだな。どんなところに連れて行かれるのかと思っていたが、三文芝居よりは少しは楽しめそうな場所のようだ。」
 カズキの言葉を受けて、仲間の暴走に呆然としていた他のメンバー達が、カズキの方を一斉に睨み付けた。
 5~6人はいるだろうか。

「何だと! 奴隷の分際で!」
 サエコさんの振る舞いでは火を付けられなかった彼らでも、カズキの挑発には乗ってくれるようである。
 非常に優しいことだ。
 こちらは皆剣を抜き去った。
 他の奴隷として集められた者達が慌ててカズキの周りから散っていく。

「ほう、俺も楽しませてくれるというのか。奴隷狩りとは聞いていたが、なかなかに面白い遊びも提供してくるのだな。」
「そんあ訳あるか! どうせお前らは、教会に送られて狗っころの様に使われるだけだ!」
「でも、別の口もありそうだが、そちらの方が面白いのか?」
 更に挑発するようにジェッシャーを交えてカズキは言った。

「はん? 王家の奴隷になるのが望みか。そちらに放り込んでやっても良いが、お前などはすぐに切り刻まれるだろうぜ。」
「はあ、それも楽しそうだ。もちろん、簡単に殺される趣味はないがな。」
 そう言いながらゆっくりと手錠を外す。
「な! お前らひょっとしてどこかの間者か。まあいい、どうせここから逃げることなど叶わない。なら、今はせいぜい抵抗して見せてくれよ。お前以上に俺たちを楽しませてくれればそれで良い。」

 1対6という安心感もあるからだろう。
 その上で、カズキは武器も持っていないように見えるし、腕に鎖が嵌められている。
 この屋敷の扉は大きく、容易に逃げ出せるものでもない。

 兵士か用心棒かはわからないが、数で押されれば普通に考えればカズキは間違いなく負ける。
 そう考えても全くおかしくない。
 そして、あっという間に取り囲まれる。

「ほう、こうやって毎日奴隷達をいたぶっているんだな。」
「ほざいてろ! お前も穴蔵送りにしてやる。」
「穴蔵ねぇ。王の命令か。一体何をやろうとしている?」
「お前が知る必要はない!」
「まあ、下っ端のお前達には何も知らされていないのだろうがな。」
「五月蠅い!」

 どうやら、この状態で引き出せる情報はこのあたりまでのようだ。
 カズキを取り囲んでいる6人のうち、半分はかなり頭に血が上っている模様。そちらの方が扱いやすい。

 相手の内2人が同時に襲いかかってくる。
 体躯では明らかにカズキが劣る。
 取り囲む男達は、サエコさんを襲っている巨漢よりは小さいものの、それでも余裕で身長180cmを超えている。

 ただ、その攻撃は素人臭く単調で余裕で躱せるレベル。
 アンザイの攻撃から比べれば、スローすぎて欠伸が出る。
 とは言え、もちろん油断はしない。

 軽やかなステップで二度ほど殴りかかられるのを避けると、他の4人が腰にぶら下げている剣を手に取った。
 いよいよ、殺しても良いと腹を決めたようだ。
 残りの2人もそれを見て剣を手にする。

(さて、そういう気ならこちらも本気で行くとするか。)

 ユリアナと離れた今、カズキには魔法が使えない。
 しかし、相手が熟練の兵士や魔術師でもなければ十分に戦える。
 ローブの中から一つの道具を取りだした。おざなりな検査のおかげで、持ち込めた向こうの世界の武器の一つ。

 その短い装置を右手で持って構えると、斬りかかる相手を巧みに躱しながら、触れた3人を次々と電撃ショックにより倒した。
 触れられた男達は、その屈強さとは似つかないだらしなさでその場に倒れていく。
 倒れた後も、ショックで体がひくついている。

「魔法だ! こいつ、魔法を使うぞ!」
 男達が叫ぶ。
 まあ、普通に考えればそうなるだろう。
 実際はスタンガンだけど。
 その声を聞いたからだろうか、隣の部屋から10人ほどが飛び出してきた。
 若い兵士のようなものも多いが、一人豪華な服に身を包んだ高貴そうな男もいる。
 カズキの視線はそいつに吸い寄せられた。

(こいつ、おそらく魔法を使う。)

 ユリアナがいない今、正確には分からない。
 しかし、ここにきて魔法を使いエーテルを感じられるようになった今なら、感覚がそれを教えてくれる。

 どうやら情報を得ようと画策している暇はなさそうだ。
 まずは、ユリアナの奪還を最初に目指すことに変更だ。
 サエコさんは、まだ巨漢とダンスを踊っている。
 楽しみすぎではないか。

 そう考えると、カズキはユリアナのところに向かって一気に走り出した。
 斬りかかろうとする男達をスタンガンで牽制すると、魔法を恐れてかすぐには行動に出ない。
 ユリアナを抱えている高齢の男の前に、4人ほどが剣を構えて邪魔をする。
 しかし、カズキは走ってきた勢いのまま一気に通り過ぎようとした。

 狭い場所では剣を振り回せない。
 4人も固まれば、懐にさえ入り込めばもはや敵ではないのだ。
 一瞬腰を屈め、剣筋を見切り、フェイントを入れて4人の中央をスタンガンを使って倒しながら押し通る。
「この程度では全く面白くないぞ。」

 ほんの数秒の動きであるが、魔法のように剣を持った男達の間をすり抜けて、ユリアナを抑えていた男に近づきスタンガンで無力化した。
「ユリアナ。大丈夫か?」
「カズキ、わ、、僕はユリウスだ。」
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