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桂慈朗

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雨ニモマケズ

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 人が俺のことを称して「強欲が服を着て歩いている」と裏では囁いているのを知っていた。
 そりゃ人より金に五月蠅いのは確かだが、所詮は無い者の妬みだとおおよそ歯牙にもかけていなかった。
 今の俺が20代半ばにして高級車に乗り良い酒を飲めるのは、人にはできないことをやってきたからだ。この世の中、金を稼ぎたければ格好など気にせずに誰もやらない仕事を懸命にすればよい。楽なことではないものの、多少の金ならそれで容易に手に入る。
 俺の場合、自分が出来るであろうことには全てをかけて挑戦してきた。多少では満足にはほど遠い。高級車も酒も女も現状の自分のステイタスを高めるために利用しているに過ぎず、これを利用して取引上有利な結びつきを得られるからこその道具である。それに溺れて何があるというのであろうか。ずっとそう考えてきた。

 だから俺は体も極限まで鍛えてきたのだ。いくら頭が切れようとも、体力が不足しては何の役にも立たない。人は俺のことを強欲だと言うようだが、強欲ではなく貪欲なだけなのだ。俺は誰よりも貪欲故に粘り強く、自らに限界を課すことはない。
 いや、そうであった。。。そうであったのだ。

 思い出すも忌々しい、ほんの一週間ほど前の出来事だ。
いつものように接待を終えた俺は夜の繁華街を歩いていた。多少酒には酔っていたものの、理性を失うレベルにはほど遠かった。ただそれでも酔いの影響はあっただろうか、酸っぱいような何とも言えない異臭に気づくのが少し遅れたのは事実だと思う。
 その男は、どこの街にでも良そうなホームレスの男性だった。まだ寒い時期だとは言えないのに、何重にも何年洗ってないかわからないような汚れた服を重ね着して、靴も破れた部分を無理矢理縫い付けたようなひどい状態だ。頭にはフードをかぶり、長く伸びた髪と髭により表情はほとんど読み取れない。
 歩みは非常に遅く、右足をやや引きずるようにして追いつく人を押し込める動きでとぼとぼと下を向きながら進んでいる。それを目にした人は思わず視線を外して意識の外に置こうとするのだが、強烈な異臭がその存在を強く主張する。

 俺はその男が臭気を後方になびかせながらすぐ近くに来るまで気づかなかった。
 もちろん、ホームレスが近づいてきたからと言って、発散できないエネルギーをぶつけるような馬鹿ではない。少し距離を置いていなせばそれですむ話である。お互い、興味がある存在ではないのだから。
 すぐ近くに来ていた男を意識した俺は、その臭いの範囲から逃れる方向に向きを変えようとした。その時、男はまるで倒れるような動きで俺に組み付いてきたのだ。
 まさかそのようなことが生じるとは考えていなかった俺は避けきれずに、男の倒れ込むようなタックルを受ける形になってしまい、アスファルトにしたたか頭を打ち付けた。男の顔は俺の腹の上に乗りかかるようになっている。
 痛みのため、咄嗟に怒鳴りつけることも出来ず呻いていた俺に対して、男は嬉しそうに囁いた。
「見つけた。」

 その後俺は気を失い、今の状態になっている。
再び目を覚ました俺は、強烈な異臭をまず味わった。妙に湿っており、同時に乾燥している。
 そして確かめるように見回して異変に気がついたのだ。場所は倒れた繁華街そのままである。ただ、誰も助けてくれる気配はない。そして、自分の手元を見て驚く。何故だかわからないが俺はあの男の服を着ている。
 まさか、俺が気を失っている間に男が俺の服を奪って逃げたのか。
強烈な異臭のため、落ち着いて考えることさえ容易ではない。ただ、考えてみれば俺の服を奪うだけなら俺にあいつの服を着せる必要など無い。では、なぜ俺はあの男の服を着ているのか。
 そういえば、周囲を歩く人たちも俺のことを意識から消したいような存在として睨み付けている。
 体裁を繕うように慌てて服を脱ごうとするがうまく体が動かず、服を脱ぐことさえ難しい。
 頭を打ったせいか体が思うように動かないが、立ち上がることはかろうじて出来た。

 そして立ち上がった瞬間に俺は全てを悟った。
それは直接頭に流れ込んできた。このホームレスが着ていた汚れたぼろぼろの服、それそのものが寄生生物なのだ。服の形を取っているものの明らかに生き物である。それ故、俺の行動は完全に操作されてしまう。何せ全身を覆っているのだ。えりの部分が、喉に食い込んで呼吸は出来るが大きな声を出すことも容易ではない。
 俺の行動は全てこの寄生生物に支配されてしまったのだ。排泄すらままならない。そして、食事はこの寄生生物が容易に手に入れられる残飯が中心になる。それを俺が消化し最小限を残してエネルギーは寄生生物に吸い取られる。ただそれだけの存在である。

 なぜこんな寄生生物がいるのかはわからない。
ただ、俺の居場所はこいつの思い通りに決められる。雨が降ろうが、雨宿りなどしない。風が吹こうがそれを避けようともしない。暑かろうが、こいつが俺から離れることなどありはしない。もちろん、寒さすら感じないというのが正直なところである。俺の感覚がどれだけこいつに支配されているのかは今となってはよくわからない。ただ、こいつが思うがままに歩かされ、こいつが思うがままの場所に移動する。
 この異臭にはあっという間に慣れてしまったが、臭いのおかげで誰も近寄って来もしない。ほんとにうまくできたものだ、最大の擬態と言っても良いだろう。

 今となっては俺は自分の強さが疎ましい。これは想像に過ぎないが、俺の気力や体力がずっと低下するまでこいつは俺から離れてくれないのだろう。それがいつまでかはわからない。

 その上で、みんなに忠告しておきたい。
思っている以上にこいつは多く存在するのではないだろうか。ほら、あちこちで見かけないか?
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