転生師

桂慈朗

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(18)羨望

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 非常に気分が良い。なんだか、生まれ変わったような気がする。清々しいとは、まさに今のような気分のことを言うとしか表現できない。思わず、鼻歌でも歌ってしまいそうだ。
 俺は、軽々と先ほど生まれたばかりの『ビースト』を力任せに吹き飛ばしたあと、その力を振るった自分の手を見ながら感慨にふける。

- どうして、こんな力があるのに、今まで俺は使えなかったのか?

 そう。この力さえあれば、この前の戦いでも苦戦することすらなかったかもしれない。少なくとも単に見逃してもらったと考えなければならないような、情けない結末は迎えなかっただろう。そのような力を自分が使えるなんてことを、今の今まで知らなかったなんて笑い話にもならない。

 自然に浮かび上がってくる笑み。だが、それ以上に精神的な変化に戸惑う部分もある。子供が大人になったような感覚。急激な変化に心がついていけない感覚。その上で感じる万能感。いい勝負ではなく、勝てるという自信。

「じゃあ、そこの野獣も『特異種』も、とりあえずさくっと片づけるか」

 野獣がぶるぶると首をふるいながら、立ち上がろうとしていた。さすがに、衝撃耐性はかなり強い。その肉体的な強さが『ビースト』という存在のありようなのだろう。かつて知っていた、自然発生的に生まれる『犬神』と比べても桁の違う強靭さである。
 しかし、元は小柄な女性だったが今見ると姿も顔だちも全くその面影が残っていない。犬というのが適切か少し迷うが、獣の顔に全身毛だらけの姿。大きく伸びた爪に加え、口元には牙が覗いて見える。これがわずか数分前までは人間の女性だと言われても、誰も信じられないだろう。

「グルルゥ」

 田植えが終わって1か月ほどの、まだこれから成長しようという稲が連なる場所に頭から突っ込み、泥だらけのまま唸りつけてくる野獣。だが、強敵だと考えたのかすぐさまには襲い掛かってこない。声とも言えない唸り声だけが届く。それでも敵対する存在の様子を伺うだけ、幾分かの知性があると見るべきだろうか。

「ほら、来いよ。まずはお前からだ」

 そう言いながら、俺はちらりと離れた場所で『特異種』と戦っているお館様たちの方を見る。相変わらず状況は拮抗しているようだが、良く見ると比較的若い白人の『特異種』は広範囲に逃げ回りながら、器用に繰り出される攻撃を躱し続けている。
 さすがに俺が視線を外したのを隙と見たのだろう。10mほどの距離があった『ビースト』が唸り声と共に襲い掛かってきた。だが、気配もきちんと感じている。単純な爪による切り裂き。今の俺にはスローモーションとまでは行かないものの、余裕を以って攻撃を見極められる自信がある。

「そんな攻撃では駄目だな」

 ギリギリの位置で攻撃を見切ると、体勢を崩している野獣に対し再び今度は右足からの蹴りを打ち込む。

「さあ、もっと今の俺の力を試させてくれよ」

 自分で言うのも何だが、心の余裕とは怖ろしいものかもしれない。以前じじいの別荘で会った時には、気持ちで負けるつもりはなかったとは言え、正直勝てるイメージが湧かなかった。人間を超える圧倒的なスピードと力。熊やライオンどころではない恐怖感。今考えてもゾッとする。
 ところがである。それに十分対抗し得る力を手にすれば、当時の必死に抗っていた恐怖心すら忘れてしまいそうな心持になっている。そして、それ以上に自分の力を試したいという湧き上がってくる欲求。とてもではないが、この甘美な誘惑には耐えられそうもない。

- ああ、この力を振るえるのならば、俺は何でも成し遂げられるだろう

 早々に、この野獣のカタをつける。そう瞬時に認識すると、再び倒れている野獣の下に一気に駆け寄り、魂に力を込めた拳を叩き込む。今の俺ならば、こざかしく魂を伸ばしたり飛ばす必要もない。肉体と共に力を振るえば何でもできるはず。そういえば、俺の戦いを見ている里の人たちが何か叫んでいるようにも思えるが、よく聞こえない。

「さあ、いつまで耐えられるかな?」

 俺の身体よりも大きな野獣にマウントポジションを取ると、上部から連続的な攻撃を頭部に加える。5,6発目からは野獣の頭部が変形し始めた。血も飛び散っている。この一方的な攻撃は気持ちがいい。

- これこそが、里の皆が求めてきた力ではないか?

 人としての位階を上げ、人を超越するようなレベルに到達する。今俺はそこに到達しているのではないか。俺の心を支配する高揚感のせいだろうか。体中が熱くたぎっている。

 急速に、目の前の野獣の力が失われた感じがした。ここまでのようだ。もう興味はない。仮に復活してもここまでのダメージである。里のものでも十分対処できるだろう。次はあの『特異種』に向かおう。それでこの茶番を締めくくる。そう考えて、立ち上がろうとした。

「ユウちゃん、その力に溺れてはだめ!」

 貴美子の声だ。しかも、こちらに向かって近づいてきている。

 だが、俺の力の何がダメというのか。今もこうして『ビースト』を制圧したではないか。その力を使い今から『特異種』すらも制圧して見せよう。それが皆を守ることにもつながる。それに、俺は力に溺れたりしていない。里の狂信者たちとは違う。
 なのに、一体何を言っているのか。だから、俺は貴美子が苦手なのだ。俺の考えと相いれないのだから。

「邪魔するな!」

 現在の俺が持つ気迫は、周囲を畏怖させるに相応しいレベルにある。その声を聞いただけで、あの貴美子が『ひぃっ!』とすくみ上った。そして、貴美子はその場に腰を下ろしてしまう。それ以上は気にも留めない。

 俺はすぐに意識を切り替え、お館様たちと戦っている『特異種』に向かって駆ける。

「ここからは俺が相手だ!」

「『兎野郎』! お前の手助けなど必要ない!」

 近付く俺に気づき、そう俺に言い放ったのは名前も知らない若い退魔師。俺は里にいた時、結局退魔師としての適性がないとされ交流した人の数は少なく、そのすべてを知っている訳ではない。

「五月蠅い。一人で戦えもしない奴が!」

「お前ら、味方同士で争うでないわ!」

 攻撃の手を緩めることなく、俺たちの会話に喝を入れるお館様。だが、以前の俺ならば発せられる気合に委縮してしまっただろうが、今は脅威をほとんど感じない。

「ほほぅ。面白いやつがいるではないか」

 相変わらず器用にお館様の素早い切込みを器用に避け続ける若い白人の『特異種』がそう口を挟んでくる。だが、有無を言わず勢いよくその斜め後方から俺は殴りかかる。

「なるほど、我が『ビースト』を倒してきたということか。さすがに、生まれたてでは相手にもならなかったか」

 しかし、その口ぶりには驚きも苛立ちも見えない。そして、俺の続けざまに繰り出される怒涛の様な攻撃を、あたかも舞うように躱していく。

「馬鹿野郎! 邪魔しやがるな!」

 そんな声も聞こえてくるが、攻撃が当たらない俺は、更に気合いを入れて魂を解き放つ。

「五月蠅い! なら、これだ!」

 右手を繰り出して、かつてとは比べ物にならないような大きな力を鞭のように投擲した。今も自分の魂の位置は見えることが無く、あくまで手からの感触と相手の表情からではあるが、それはおそらく奴の左半身を直撃した。

「グッ! この力は…」

 おそらく初めて攻撃を食らったであろう、白人の『特異種』は大きく顔をゆがめ、あたりを見渡す。そして、移動速度を上げると俺を含めた4人から距離を取ろうとする。

「逃がすか!」
「勝手に攻撃態勢を乱すな!」

 文句は聞こえてきたが、俺の攻撃がダメージを与えたのを見てお館様を含めた三人は俺のフォローに回ることを決め、逃げようとする『特異種』を包囲するように追いかける。だが、この『特異種』。想像以上に逃げ足が速い。

「ちょっとした遊びのつもりではあったが、さすがに4人はきつそうだ」

 逃げながらも、笑い声を上げる『特異種』。

「不味い! 里の皆の方に!」

 先ほどとは異なるもう一人の、少し年配の退魔師が低い声を発した。『特異種』は追いかける俺のスピードをも超える速さで、攻撃態勢を整え始めていた里の皆の方に俺たち4人の追撃をかわしながら迫っていた。お館様は瞬時に方針を伝える。

「皆を守るのだ!」
「しゃらくさい!」

 そういうと俺は、今度は腰から抜いた銃を構えて狙いを定める。別に狙わなくても俺の直感に任せるだけでよいのだが、これは一つの精神集中のためのルーティーン。
 俺以外の3人は、逃げる奴の後方から里の皆を守るように囲みながら追いかけている。だが、俺は一気に魂の弾丸を放った。

 まばゆい光が一瞬見えたような気がした。俺の攻撃は直感頼みのもの。しかし、瞬時にぶれた奴の姿は若い方の退魔師をいつの間にか盾にして、俺の攻撃を防いだのである。直感に任せた攻撃は間違いなく奴の動きを追いかけていた。だが、それは完全に障害物になる人間までは回避しなかったのである。

「ぐえっ!」

「ははは、お前たちも役に立つことがあるようだ。私の盾としてな。光栄に思うが良い」
「馬鹿野郎! 味方を攻撃してどうする!」

 年かさの退魔師の方が俺に怒号を浴びせる。しかし、『特異種』はショックで気絶しているであろう若い退魔師を掴んだまま、それを盾にして更に里の住民たちの方に進む。だが、攻撃を防ぐ瞬間に速度を緩めたことを利用して、お館様が回り込んでいた。

「これ以上好きにはさせん」
「なるほど、冷静な奴もいるのだな。これはこれで面白い。くだらぬ余興にも、こういったものがないとな」
「いつまでも逃げ切れると思うな」

 自らの武器である槍を構えた年かさの退魔師は、それを使って『特異種』の後方から眼にもとまらない連続攻撃を繰り出した。今度は挟み撃ち状態であり、そう簡単には避けきれない。だが、

「ぬるいな」

 その攻撃は全て上半身だけで避けられてしまう。お館様は、奴をそれ以上里の人たちに近づけさせないため、追撃を出してはいない。

「馬鹿な!」
「この里の人間たちは少しは違うと聞いてきたが、眉唾物であったか」
「言わせておけば!」

 今度は片手に抱えていた若い退魔師を前に出して、繰り出される攻撃よけに使う。

「くそ! 卑怯だぞ!」
「卑怯? お前たちの考える卑怯とは何だ?」

 味方を盾に使われて怯む年かさの退魔師。だが、俺は違う。その攻撃に割り込むように若い退魔師ごと一気に薙ぎ払うように、再び大きな鞭のような攻撃。俺自身が以前よりもっとも慣れている攻撃を繰り出した。

「こいつだけは、少々やっかいだな。だが」

 若干不満そうな表情を見せる『特異種』。だが、今度は器用にその攻撃すら避ける。退魔師の繰り出す祝福を受けた武器よりも、俺の魂による攻撃の方が奴にとっては嫌なようだ。

「そろそろ時間のようだな。余興は終わりにしよう」

 そう言うと、右手を大きく掲げて言う。

「我に従うものは、今すぐここに参集せよ!」

 すると、突然十名近い村人たちが俺たちの方に走ってきた。女性の方がやや多い感じである。攻撃? ではない。明らかに感じが違う。だが、睨み合う場所に飛び込んでくる村人を止めることは出来なかった。一人の女性だけは、お館様が抱える様に捕えたが、それ以外は俺たちの間を走り抜けて『特異種』の傍まで躊躇なく近づいていく。

「おい、お前ら! 危ない!」

 年かさの退魔師の声も空しい。近付くのは明らかに『特異種』に攻撃を加えるためではなく、その下に参集するため。すなわち、里を裏切り『特異種』の仲間に加わろうというのだ。

「おっさん! これはどういうことだ!?」
「わしにも分からぬわ!」

 駆け付けた里の住民は、『特異種』の後ろに立ち俺たちの方を向いている。そして、その眼には間違いなく意思が見える。操られている感じではない。自ら望んだと考える方が良いだろう。

「ここに来たのは、私と共に生きることを望んだ者たち。人を超え、新たな地平を望む挑戦者たちよ。心して聞け! この日本は、これから新たな時代を開くための戦いの場となる。私に従いたい者は、いつでも私を目指すがよい。私の名前は、『ロイス・グレーシア』。新たな時代の王である」
「五月蠅い! どんな技を使ったのが知らぬが、里の者を返してもらう!」

 四十はとうに過ぎているであろう退魔師は、憎々しげな表情で『特異種』を睨みつける。だが、里の者たちが一緒にいるだけに、うかつな攻撃ができないでいた。

「ついでに『宝玉』もと考えてはいたが、今日はこれで十分としよう。では、また会うときまで創建なれ。そこの『王種』くずれよ」

 そう言うと、掲げていた右手をゆっくりと降ろし始める。それと共に、奴の右手から白い霧のようなものが放たれていく。目くらましの一種か、一気に視界が閉ざされていく。だが、逃がすつもりはない。

「逃がすか!」

 そう言うと、俺は再び直感頼りだが里の皆を気絶させるべく、大きく鞭のように魂を放つ。同時にお館様も捕まえた女性を気絶させたのか、刀の峰を使い切り掛かっている。同じ考えだったようだ。殺さず、気を失わせる。

 だが、そんな横を一瞬のうちに風が駆け抜けていった。俺は知っている、『伐者』の『縮地』に違いない。このスピードならどんな攻撃よりも速い。だが、『伐者』が風を伴い駆け込んだ霧の先から、落胆したような呟きが聞こえた。

「誰もいない…」

 そこにお館様の剣が撃ち込まれる、勢いでさらに霧が吹き飛ばされたが、もうそこには誰の姿も残っていなかった。そして、俺の直感も首筋のチリチリ感が消え去っていたのである。

「逃げられたのか。あれだけの人数がいたのに…」

 初老に手が届きそうな退魔師は、がっくりと項垂れて、悔しそうに涙を流していた。

「まだ、何らかの目くらましを使ってるやもしれん。探すのだ!」

 お館様の号令で、いきなりの展開に呆然としていた里の者たちが一気に動き出す。おそるおそる、だが徐々に必死に。しかし、里の者を探す声が響いても、その痕跡は霞のように消えてしまっていた。

 それを確認する頃には、装甲車に乗ったじじいが大きなエンジン音と共に近づいてきていた。その姿を見ると、俺は一気に気が抜けたようにほっとする。そう言えば、装甲車の横では貴美子が見ている。だが、近づいては来れないようだ。

「これはまったく、とんでもない演習だったな。これもあんたらの予定の内か?」
「馬鹿もん。そんな訳あるか!」

「まあ、さすがにそうだろうな。それにしても、この力を得ても届かなかった。奴ら、いったい何者だ?」
「だから言っているじゃろうが。人を超越した存在じゃ。ただ、それが我々人類が望む進化の形かどうかは別にしてな」
「ああ、俺はあんな化け物にはなりたくないな…」
「わしがそうわさせぬわ」
「そうか、頼りにしてるぞ…」

 そう言うのが精一杯だった。無理矢理の力をねじり出したからであろうか。身体から急速に力が抜けていくのが分かる。まるで深い闇の中に吸い込まれていくような感覚。

- もうこれ以上、立っているのは無理そうだ

 そう考えた瞬間、俺は崩れ落ちる様に気を失った。
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