売れ残りの神子と悪魔の子

のらねことすていぬ

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3-1.騎士

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……これは恋なんだろうか。


それほど広くない、ベッドが入れば精一杯の、神殿の中に与えられた部屋でため息をついた。

目を逸らしていても、毎日頭に思い浮かぶのはレーンのことばかりだ。

初めは自立のためにと行っていた仕事も、最近では彼に会えることを心待ちにしている。
目が合うだけで心が高鳴り、彼の甘い言葉に愚かな期待をしてしまうなんて。

この気持ちの悪い感情は恋と言ってはいけない気がする。

彼の歳は聞いていないが俺よりも一回りは幼いだろう。
ただでさえ壮絶な美貌をもっている彼に、節操のない不埒な大人の俺が汚い欲望を押し付けるわけにはいかない。
俺は同性にしか興味がないが、彼はそうではないだろう。

その少年の、不意に触られる指先を心待ちにしてしまっているなんて……俺はつくづく汚れ切った情けない男だ。
俺は変態だったのか。

今まで人を好きになったことなんてなかった。
そこまで誰かに踏み込んだことも踏み込まれたこともなかった。
初めて他人に強く惹かれて……そしてその想いを伝えることすらできないことに、少しだけ失望した。






いくら失望しようが絶望しようが、日常は淡々と残酷に過ぎていく。
いつも通りの時間に起床して身支度を整えていると、珍しく神官長が部屋にやってきた。


「呉木殿、今日は仕事に行かず神殿に居て頂きたい」

「ああ……今日は新任騎士が来る日でしたか」


どうせ俺には関係ないことだ。
捻くれた卑屈な考えだと自分でも思うけれど、5年間も誰にも選ばれなかったら今回だって同じことだろう。

それよりも早く王宮に行きたい。
いつもと変わらないレーンの笑顔を見て他愛もない話をして、掃除をしていたい。

……あの綺麗な笑顔を見て癒されたい。
そこまで考えて、自分でも相当彼に参っているようだと内心頭を抱えた。

神殿に置いてもらっている以上、最低限の義務は果たさなければ。


「分かりました。後ろの方で、大人しくしています。」

「ええ、なにとぞ。」


俺が神妙な顔をして頷くと、神官長もほっとした表情で部屋を去った。
ここのところ妙に浮かれている俺が、騎士などに娶られたくないと逃げるとでも思ったんだろうか。

実際、もし今の状態で誰かが俺を娶ってくれると言われたら……贅沢な話だが受けたくないと思ってしまう。
誰かに娶られたら、もうレーンに会うことはできないだろう。
俺が掃除夫として働いていたら騎士の顔に泥を塗ることになる。
相手から欲しがられていなくても、ようやく誰かのそばに居たいと思ったんだ。
それだったら、いつか夢から覚める時があるとしても、もう少しだけこの幸せな気分の中で揺蕩っていたい。

もちろん俺を欲しがる人間などいないのだから、まったくの杞憂なのだが。






だだっ広い神殿の広間に、神子たちが集められている。

白い大理石の床に、高く建ち並ぶ大きな柱。
光を取り入れる構造になっているから、室内なのに眩しいほど明るく、既にやってきていた他の神子たちをキラキラと輝かせている。
皆一様にぴらぴらとした神子服を着せられてまるで妖精だ。

そう言えば最近また新しい神子が召喚されたんだっけ。
みずみずしい肌をして少し高い声でおしゃべりに興じる少年たちに視線を向けて、俺はそっと出口に近い柱に凭れた。

神官長め。
見てみろ、あんなに可愛らしくて若々しい素直そうな神子たちがいるじゃないか。
これで俺の相手なんて見つかるわけないのになぁ。

中でも光に溶けるような金髪を持った小柄な少年が誰よりもこの中では目立っていた。
彼自身も自分の容姿を理解しているのだろう。
たくさんの他の神子に囲まれて騎士の到着を待ちきれないという風情で笑っている。

彼は、レーンと同じくらいの歳だろうか。
もしレーンが騎士だったら彼のような子がお似合いだ。

漆黒の髪を持つレーンと、金髪ふわふわの彼だったら、まるで絵画の中の天使と悪魔のように美しい。


「騎士の方々が到着しました!」


明らかに異物の俺が隅っこにいると、若い神官がそう大声を上げて広間の扉を開く。
なぜか彼の声は、今までの5年間よりも緊張しているように聞こえた。

観音開きにされたそこから、まだ成人したての若い騎士たちが規律正しく広間に立ち入ってきて。

その姿を見た俺は、愕然としてその場に凍り付いた。


「え、……、レーン……?」


艶やかな黒髪に、線の細い、だがしなやかな筋肉の付いた美しい体。
ひと際人目を引く、まだ少年らしさを残した美貌。
不敵に笑みを浮かべた表情さえ強い者の余裕を感じさせる。
その白い騎士の礼服に身を包んだ姿は、神々しいほどだ。


あれはレーンじゃないか。

彼を見間違えるはずなんてない。
彼のような人なんて二人といない。

あれはレーンだ。
レーンは……騎士になったのか?

小柄な彼はまだ成人するような歳じゃないと思っていた。
だけどこちらの成人年齢は日本よりも遥かに早くて、そう考えたら不思議じゃないのか。

いや、でも、なんで。
レーンは俺が神子だってことを知っているのに、教えてもくれないなんて。

騎士になるなら俺を娶ってくれとでも言われると思ったんだろうか。
そんなことは言わない。
俺だって身の程くらい弁えてる。
そう喚き散らしたいけど彼は他の神子たちの向こうで、みんなの視線を一身に集めていた。


頭がぐちゃぐちゃになって、神官長がなにやら長い口上を述べているけどまったく頭に入ってこない。

そうか、彼はここで……自分にぴったりの可愛い神子を娶るのか。
俺の目の前で、他の子を欲しいと言うのか。

喉がつまって体が震える。
このままだと泣いてしまいそうだ。

その場に立っていられなくて、俺はできるだけ目立たないように踵を返すと、出口から外に向かって駆けだした。





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