売れ残りの神子と悪魔の子

のらねことすていぬ

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2-3.出会い

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「すみません。掃除をしようと思って、その、」

「怒ってるわけじゃないよ。ただ人がここに入ってくるの珍しくて。」


今まで会ったことのないような美しい少年に俺がまごついて唇を震わせると、彼は気にした素振りもなく更に俺に一歩近づく。
あまりに近くに寄られるのが怖いような恥ずかしいような変な感覚に陥って、俺は彼を避けるように一歩後ろに飛びのく。
なにをやっているんだ。
いい大人のくせに子供相手に慌てふためいて。

そう思って頭を掻こうとして、帽子に手がひっかかりぱさりと床に落ちる。
しまった、と床に落ちたそれに手を伸ばした。

だが、しゃがみ込む俺の肩を、少年が強く掴んだ。


「……っ!」


不意に掴まれて、さらに縮まった距離に俺は息を詰める。
至近距離に迫った顔。
瞳の奥を覗き込まれて、俺は体に震えが走った。


「あなた、王宮の掃除夫なの? ……それだけじゃないよね?」


無理矢理に合わされた視線に、彼の瞳がゆっくりと色を変えていく。
瞳孔が縦に開き、その周りを囲むように海のように濃い青に。
そしてその周りを囲むように薄い青や赤が混じった色がゆらゆらと瞳の中で揺らめいた。

邪眼だ。
この世界に来て、俺が魔力を貯める能力があると分かった時に聞かされたことがある。
強大な魔力を持った者……それこそ人と魔族の境界線にいるような人間にだけ発露するものだと。
人の心を操り、呪いをかけ、意のままに操ることができるという。
歴史上に数名しかいなかったと神官は言っていたのに、こんなところにいるなんて。

彼から圧倒的な雰囲気を感じるのもようやく理解できた。
この少年は魔力の保有量が桁外れに多いのだ。
彼の体から漏れ出た魔力が、魔力がまったくなくて鈍い俺にも伝わってきていたんだ。


「神子、も、してます」


なんとかそう口を動かすと、彼は邪眼をすっと細めた。
その細い体から刺すような怒気を迸らせる。


「そう。……なんで神子なのに掃除夫の真似事してるの? もしかして、あなたのことを顧みない騎士にでも娶られた?」

「あ、えっと、」

「それだったら別の騎士を選びなおせる。すぐに専属を解消に行こう。心配しなくてもいい、僕が手伝うよ」


彼の手が俺の肩に回り、俺を部屋から出すように引きずられる。
細い体に比べて存外に強い力に驚きながらも、俺はなんとか足を踏ん張った。


「違います!俺は誰にも、その……誰にも娶られなかったんです」


そのままにしたら俺を連れて神殿まで行きそうな彼を引き留めて叫ぶ。
いわれのないことで神官長に迷惑をかけて、ようやくありついた職まで危うくなっては困る。

誰にも選ばれなかったというのは口に出しにくかったけど、他にいい言い訳も浮かばないので正直に告げた。
選ばれない神子など前代未聞。
そんな俺を、美しい彼は一体どんな目で見るかと不安に思いつつ伺うと。


「そう……あいつら、言いつけは守ったのか」

「え?」


なぜか刺々しさの抜けた顔でそう呟いた。
さっきまで渦巻くように立ち込めていた禍々しい魔力も、あっという間に霧散する。

あまりの変わり様に俺が拍子抜けしていると、「なんでもないよ」とにっこりとほほ笑まれる。
代わりにそっと部屋の奥まで通されて、中でもとりわけよく陽の光の入るところに置かれたガーデンベンチに座るように促された。


「じゃあ、お兄さんはまだ誰のものでもない神子なんだね。」

「お恥ずかしいですが」


あまりしたい話題じゃない。
好奇の目で見られるのは分かっていたし、だからこの掃除夫になる時に神官長に頼み込んで俺が神子だというのは隠してもらった。
邪眼の持ち主だということに焦って口にしてしまったが、できれば触れないで欲しかった。
だけどそんな俺の心情を知らない彼は何やら朗らかに、むしろどこか照れたように笑うばかりだ。


「良かった。……やだな、思わず邪眼がでちゃった恥ずかしい」


何が良かったのか。
それに邪眼というのは思わず、出るものなのか。
そもそもそれは強い魔力の証で、恥ずかしがるものだなんて聞いたことない。
だが。


「僕はレーン。レーン・ヘンネルベリ。これからここに掃除に来るならよく会うだろうから、よろしくね」


だが、俺の心のうちで思っていることなど吹き飛ばすくらいに。
甘く微笑んだ彼は美しかった。






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