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「呉木と申します、よろしくお願いします!」
作業着に身を包んで帽子をかぶり頭を深く下げると、同じ掃除夫の人たちから明るい声がかかる。
あちこちで「よろしく」と背中を叩かれて、俺はようやく人に戻れた気がした。
神官長は予想外に仕事が早かった。
彼自身も俺がこのままずっと神殿に居座っていたらどうしようと内心思っていたのかもしれない。
神官長と話した翌日の朝には、彼が直々に王宮の内部管理をしている部署に掛け合ってくれて、俺が神子だという立場を隠して働けるよう手配してくれた。
そうして晴れて俺はおじさん社会人としての尊厳を取り戻したのだ。
俺が王宮に働きに出ることを、なぜか騎士団が猛烈に反対したらしい。
だが、であればすぐにでも娶ってくれるのかと問い詰めたところ、そこは手を挙げる者はいなく。しぶしぶながらにも承諾したらしい。
これには神官長も首を捻っていた。
騎士の沽券にかかわる、というやつなのだろうか。
ともかく無事に掃除夫デビュー、王宮デビューを果たした。
掃除用具を渡され、午前中は先輩について回ってとにかくこの王宮に慣れるように尽力した。
なにしろ広い王宮は迷路のようだ。
うっかり知らない道や部屋に入り込んだら出られないし、掃除夫には立ち入り禁止のところもあるらしい。
__それに、どうも王宮の人間というのは変わった人が多かった。
「あ。君、掃除の人? さっきこっちに水零しちゃったんだよね。拭いておいてくれる?」
「承知しました」
モップを手に隅の方を掃除していると、不意に声が掛けられた。
声を掛けてきた相手は上質で派手な衣装に身を包んだ男で、高級文官かはたまた貴族か、という身なりをしている。
まだ若く整った顔立ちをしている。
水を零したぐらい自分で拭けよと思うが、それも仕事のうちだ。
乾いた布を手に彼の指し示す部屋まで走り寄ると、机の上にほんの少しだけ水滴が付いていた。
まさかこれか。
頭が痛くなりそうだが説教なんてできないので、粛々と机の上を拭い去り、床に零れていないかもチェックする。
一瞬で拭き終わり、ついでにクズ入れを空にしようと手を伸ばすと、俺を呼びつけた男がその前に立ちふさがった。
「君、真面目に働くねぇ。最近、入ったのかな?」
ニコニコと気持ちの悪い笑顔を張り付けた背の高い男は、俺のことを見下ろしながらどこかねっとりと囁く。
真面目に働いているんだから邪魔しないで欲しいと思うが邪険にはできない。
「はい、そうです」
頷くと、男は満足そうに笑って勝手に俺の帽子を少し持ち上げる。
そして人の顔をじろじろと眺めまわした後に、俺の薄汚れた手を取った。
「この繊細そうな手が荒れるのは忍びないな。どうだい、今からでも俺の小姓に推薦してあげようか」
繊細そうな手って。
この男は目が腐ってるのか。
それに中年男に向かって小姓もないだろう。
俺の地味な顔立ちで煌びやかな小姓のお仕着せなど着たら噴飯ものだ。
握った手をそっと指先でなぞられて寒気がする。
からかわれてるんだな、というのは理解できるが、どう対処していいのか分からずに固まっていると、後ろから鋭い声が飛んできた。
「新人!そんなところで何をしているのです!」
俺より少し高めの声。
握られていた手が放されて、後ろを振り向くと掃除夫の先輩が立っていた。
先輩と言っても俺より若いのだが。
彼は俺たちのところへ一直線に向かってくると、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、新人がなにか失礼なことでも? もしなにかあるようでしたら、すぐに上席に申し伝えます」
「い、いや、なんでもない。よく働いているから、労っていただけだ」
貴族的な男はそう早口に呟くと、明後日の方向を向いて咳ばらいをした。
「呉木と申します、よろしくお願いします!」
作業着に身を包んで帽子をかぶり頭を深く下げると、同じ掃除夫の人たちから明るい声がかかる。
あちこちで「よろしく」と背中を叩かれて、俺はようやく人に戻れた気がした。
神官長は予想外に仕事が早かった。
彼自身も俺がこのままずっと神殿に居座っていたらどうしようと内心思っていたのかもしれない。
神官長と話した翌日の朝には、彼が直々に王宮の内部管理をしている部署に掛け合ってくれて、俺が神子だという立場を隠して働けるよう手配してくれた。
そうして晴れて俺はおじさん社会人としての尊厳を取り戻したのだ。
俺が王宮に働きに出ることを、なぜか騎士団が猛烈に反対したらしい。
だが、であればすぐにでも娶ってくれるのかと問い詰めたところ、そこは手を挙げる者はいなく。しぶしぶながらにも承諾したらしい。
これには神官長も首を捻っていた。
騎士の沽券にかかわる、というやつなのだろうか。
ともかく無事に掃除夫デビュー、王宮デビューを果たした。
掃除用具を渡され、午前中は先輩について回ってとにかくこの王宮に慣れるように尽力した。
なにしろ広い王宮は迷路のようだ。
うっかり知らない道や部屋に入り込んだら出られないし、掃除夫には立ち入り禁止のところもあるらしい。
__それに、どうも王宮の人間というのは変わった人が多かった。
「あ。君、掃除の人? さっきこっちに水零しちゃったんだよね。拭いておいてくれる?」
「承知しました」
モップを手に隅の方を掃除していると、不意に声が掛けられた。
声を掛けてきた相手は上質で派手な衣装に身を包んだ男で、高級文官かはたまた貴族か、という身なりをしている。
まだ若く整った顔立ちをしている。
水を零したぐらい自分で拭けよと思うが、それも仕事のうちだ。
乾いた布を手に彼の指し示す部屋まで走り寄ると、机の上にほんの少しだけ水滴が付いていた。
まさかこれか。
頭が痛くなりそうだが説教なんてできないので、粛々と机の上を拭い去り、床に零れていないかもチェックする。
一瞬で拭き終わり、ついでにクズ入れを空にしようと手を伸ばすと、俺を呼びつけた男がその前に立ちふさがった。
「君、真面目に働くねぇ。最近、入ったのかな?」
ニコニコと気持ちの悪い笑顔を張り付けた背の高い男は、俺のことを見下ろしながらどこかねっとりと囁く。
真面目に働いているんだから邪魔しないで欲しいと思うが邪険にはできない。
「はい、そうです」
頷くと、男は満足そうに笑って勝手に俺の帽子を少し持ち上げる。
そして人の顔をじろじろと眺めまわした後に、俺の薄汚れた手を取った。
「この繊細そうな手が荒れるのは忍びないな。どうだい、今からでも俺の小姓に推薦してあげようか」
繊細そうな手って。
この男は目が腐ってるのか。
それに中年男に向かって小姓もないだろう。
俺の地味な顔立ちで煌びやかな小姓のお仕着せなど着たら噴飯ものだ。
握った手をそっと指先でなぞられて寒気がする。
からかわれてるんだな、というのは理解できるが、どう対処していいのか分からずに固まっていると、後ろから鋭い声が飛んできた。
「新人!そんなところで何をしているのです!」
俺より少し高めの声。
握られていた手が放されて、後ろを振り向くと掃除夫の先輩が立っていた。
先輩と言っても俺より若いのだが。
彼は俺たちのところへ一直線に向かってくると、深く頭を下げた。
「申し訳ありません、新人がなにか失礼なことでも? もしなにかあるようでしたら、すぐに上席に申し伝えます」
「い、いや、なんでもない。よく働いているから、労っていただけだ」
貴族的な男はそう早口に呟くと、明後日の方向を向いて咳ばらいをした。
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