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12.フワフワ
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小さく泣き声を上げて目を開けると辺りは真っ暗だった。
一人きりは嫌だ。
悲しい。
寂しい。
もういなくなってしまいたい。
そう思って顔をくしゃりと歪ませたら……低い声が響いた。
「アイレ」
闇の中で浮かび上がる赤い瞳がこちらを見ていた。
何かと暗闇で目を凝らすと、蔓で編まれた団扇でアルディートがゆるやかな風を俺に送ってきていた。
「アイレどうしたんだ、寝苦しかった? それとも怖い夢でも見た? 俺の愛しい番」
番。
……そうだ。
俺はアルディートと番になったんだ。
彼が手に入らないなら寿命なんてどうでもいいと思って番をつくらないと決めたのに、突然アルディートが俺を選んだんだ。
じっと彼を見つめる俺を胸に引き寄せて、アルディートは俺の背中をさすった。
金縛りが解けたようにその体にぎゅっと抱き着く。
「アルディート、アルディート、」
「うん、アイレ。ここにいるよ」
「俺の、番だよな?」
「うん。アイレだけの番だよ」
その言葉に俺は大きく息を吐いて体の力を抜いた。
昔の夢を見て縋りつくなんて女々しすぎる。
でも何度も涙した記憶がなかなか抜けなくて、目が覚めた時に一人だとすべて夢だったのか、俺はもしかしてまだ一人なのかと取り乱してしまう。
そのせいでアルディートは俺を決して一人で眠らせないし、起きるときは側にいてくれる。
いつの間にか俺のために新鮮な果物や花の蜜も用意しているし、いつ寝ているんだと尋ねたら『竜族は生きるのに食事も睡眠もあんまり要らない。必要なのは、番の愛情だけ』と蕩けるような顔で微笑まれてしまった。
「昔の夢、見たの?」
彼は俺の求愛に気が付いていなかったことをすごく後悔しているらしく、俺が小さく頷くと俺を抱きしめて苦しそうに呟いた。
「ごめんね、俺がもっと早くアイレを閉じ込めておけばよかった」
「別にいい。気にしてない」
本当に気にしていない。
むしろ俺が何度も昔のことを思い出してしまうのは、今が幸せすぎるからだと思う。
相手にされていない意識されていないと思っていたアルディート。
まさか気が付かれていなかったとは思わなかったけど、そんなずっとずっと恋していた相手と番になれて、どれだけでも愛おしいと囀れる。
彼と一緒に過ごす日々は夢のように幸せなんだ。
「俺、アルディートと一緒に止まり木で休みたい。朝日を浴びて囀りたい。……時間はかかったけど、アルディートに会えて本当に幸せなんだ」
「俺も幸せだよ」
ちゅ、と音をたてて何度も唇が俺の頬に落とされる。
首筋を指先で撫でられて、くすぐったくてもぞもぞ動くと柔らかく微笑まれた。
「じゃあ今度、南の湖まで行こうか。あそこなら二人で止まれそうな大木があるし、誰にも見られないで水遊びができるよ」
「見られないって……竜族は本当に心配症なんだな。俺みたいな地味な羽の奴、誰も気にしない。誰かに見られても平気だって」
アルディートは、俺を番にするときに彼自身がそう宣言した通り、俺を一人で外へ出さない。
他の誰かに俺が攫われるんじゃないかと無駄な心配ばかりしている。
おかげで竜族の領土に来ているのに未だに他の竜族とは誰も会っていない。
でもアルディートも知っている通り俺は地味で誰にも奪われることはないから、そんなことに気を回す必要はないのに。
そう思って笑うとアルディートはとても微妙な顔で眉根を寄せた。
「……アイレ、気が付いていないの? アイレの羽、生え変わりかけてるよ」
「へ?」
アルディートの手が伸びて来て、そっと俺の羽をかき分ける。
彼の手に導かれて覗き込んだ俺の羽の付け根は……雪のように白かった。
「アイレは成長が遅かったんだろうね。ようやくもうじき成鳥の姿になりそうだ。きっと真っ白な翼も綺麗だと思うよ」
「嘘だろ……」
俺はずっとずっと鼠色で。
薄汚れた色で、一族の恥さらしで、誰も欲しがらない色で。
そう思ってきたのに……そんなことがあるんだろうか。
呆然と目を見開く俺の頬を、アルディートの大きな掌が包む。
間近で瞳を覗き込まれて、彼の赤い瞳に吸い込まれそうだ。
もう何度も見ているはずだしキスもそれ以上もしているのに、近い距離にどきりと心臓が高鳴る。
「だけど忘れないでね。俺は、アイレの羽の色に恋したわけじゃないよ。……俺はフワフワして柔らかい、アイレの魂に恋をしたんだから」
唇が近づいて来て、甘く口づけられる。
優しく唇を噛まれ、薄く開けた口に舌を吸われてくらりと頭の中がぼやける。
アルディートと出会ってから、ずっと心にフワフワと柔らかい、あたたかな感情が宿っている。
きっとこれは恋なんだろう。
そしていつの間にか、愛に育ったみたいだ。
◇◇◇
アルディート:他の有翼族がアイレにしていた仕打ちを『アイレに有翼族の番を作るため』に我慢していたけど、自分が番になっちゃったので鳥族の領土で暴れて追い出す。それまで有翼族は竜族のおひざ元にいることで守られていたので、散り散りになって人間に狩られて数を減らすことに。
アイレ:あんまり閉じ込められてる自覚はないまま、のんびりな日々。
またいつか、鳥族のその後も書けたらいいなと思います。
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