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Side: ルース :離婚
しおりを挟む……ついにこの時がきてしまった。
私は目の前で怒号を発する人々を見ながら、心を襲う痛みに呆然と立ち尽くしていた。
レイナ嬢……いや、今はレイナ妃殿下であるのだが……はアルガーノン様と出会ってからたった数か月後に婚約をし、その1年後に入籍を果たした。結婚をしてからはもう5年にもなる。父親に爵位はあるとはいえ身分の低い彼女が王族の仲間入りをすることに王宮では様々な意見が交わされたのだけれど、アルガーノン様はそれをすべて跳ねのけて結婚したのだ。
彼女に対する風当たりは強いもになると予想されたが、意外にも貴族からの批判は長く続かなかった。庶民から人気がでたのだ。ただでさえレイナ妃殿下は天使か妖精かと言われるほど美しい。そのうえ身分の低い彼女が王族入りをすることは、庶民の目から見るとまるで御伽噺だったのだろう。愛し合う二人の話は人々の口に上り絵画が描かれ、レイナ妃殿下の姿絵は王妃様のものよりも人気になるほどだった。
貴族の間でもその人気は無視できないほどになり、さらにはアルガーノン様は彼女に対して無礼な行いをする者を厳しく罰した。そのせいで、レイナ妃殿下には逆らわないほうが得策だと貴族たちが白旗を上げたのだ。
そうして平和な結婚生活が続いていくはずだった。そう、はずだったのだ。
だがその平穏は、レイナ妃殿下の美貌によってまたもや危うい物となってしまった。
彼女は美しく若い。その美貌は結婚しても衰えることがなかった。いや衰えないどころか王家の贅を凝らした衣装をまとい、体を磨き上げられてますます美しくなっていった。光り輝くレイナ妃殿下を当初は誇りに思っていたようだったが、美しすぎる妻というのは諍いのもとのようだった。レイナ妃殿下が積極的に不貞をおこなったことはなかったようだが、隙を見ては彼女へ群がる男が後を絶たなかった。臣下も、護衛も、はては外交で会った国外の王侯貴族も、みな彼女に見つめられると誘われていると勘違いしたのだ。
はじめはそれを男が悪いと荒れていたアルガーノン様だったが、いつからかレイナ様に疑惑の目を向けるようになってしまった。本当に彼女には自分だけなんだろうかと零す姿をちらほら見だした……と思ったら、それが次第に加速して彼女が男を誘惑しているという妄想に取りつかれるようになってしまった。5年経ってもまだ懐妊せず、茶会に夜会にと顔を出すのもアルガーノン様の心を穏やかではないものにしたのだろう。
そしてついにアルガーノン様が「レイナと離婚をする」と今日宣言したのだ。
王族の離婚は異例中の異例。しかも相手は庶民に絶大な人気のレイナ妃殿下。
王宮の中はひっくり返ったように騒がしく慌てふためいていた。慣例を吹き飛ばして結婚したお二人がまさか別れてしまうなんて。王ですら頭を抱えてしまった。
だがそれよりも私の心には別のことが浮かんでいた。ギルバートだ。
離婚。まさかあのお二人が別れてしまうなんて、5年前にギルバートが憔悴した顔でやってきた夜には思いもしなかった。ギルバートを押しのけて結ばれたはずなのに、なぜその愛は永遠ではないのだろう。
もし今レイナ妃殿下が離婚して一人になるのなら、ギルバートとよりを戻すこともあるのではないか。もしくは復縁はしないとしても、彼女が離婚したということで、ギルバートは私から離れていってしまうのではないか。
そんなことが頭の中をよぎって、周囲の声が全く耳に入ってこなくなってしまった。離婚をするお二人もきっとさぞ心を痛めているだろうに、身勝手なものだと思う。だが私にとってはギルバートとのことの方が心に深く心に杭を打つできごとだった。
ギルバートと別れたくない。愛しているんだ。付き合った当初は彼の気まぐれなのだから、本気にしてはいけないと自分に言い聞かせてきた。だけどその日数が一日また一日と増える度にどんどん心が揺らいでしまった。もとから10年も片想いをした相手だ。その相手から毎日のように愛を囁かれ手を握られ、あまつさえキスや抱擁や……体を深くまで触れられたのだから、骨の髄まですっかりトロトロになってしまった。仮初の恋人なのだと固く決心したはずなのに、1年経つ前にはすっかり本当の恋人のような気持ちになってしまっていたのだ。
「……どうしよう」
ぽつりと吐いた言葉はまるで途方に暮れた子供のようだった。
すっかり彼を愛しきって、さらには彼の体の熱さまでも知ってしまった。その私が今更、彼をすんなりと手放すことができるだろうか。
二人の今後についての議論が紛糾する王宮を離れて帰路へ着く。するとそこには、すでに自宅のようにくつろぐギルバートがいた。
「ルース? どうしたんだ? 顔色が悪い」
「ギル……」
第一騎士団に任命された彼はますます男らしさを増した気がする。名誉職と言われるだけあって夜勤や遠征などはないようだけど、訓練に参加しているらしく筋肉が増して体がさらに大きくなった。のんびりとした笑顔を浮かべた彼は私の方を見るなり、驚いたように近寄ってきた。
「風邪かな。横になってくれ。痛いところはある?」
肩を抱かれて部屋の奥まで連れていかれる。高位貴族だというのに慣れた手つきで私の服を緩めていき、ベッドへと腰掛けさせられてしまった。心配そうに額に掌をあてられ、その固い感触に私は胸が詰まるのを感じた。
優しい掌。穏やかな視線。温かい言葉。ギルバートから溢れんばかりに与えられてきた愛情を、もうじき失くしてしまうかもしれないんだ。それが辛くて胸が痛む。でも彼が言い出す前に自分で幕を引かないとと、震える唇を無理やり開いた。
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