【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ

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Side :ギルバート:仮初の恋人

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 レイナ嬢と付き合ったことにしてルースに伝え、そしてその後に彼女を伴い第2王子の参加する夜会に出る。王子のほうは後は彼女が自力で誘惑するだろう。

 第2王子はルースが補佐でついている。つまりルースは王子がレイナ嬢を口説くところに出くわす可能性が高い。年の若い補佐が王子に意見できるはずもないのだから、きっとルースは俺がレイナ嬢と恋仲だということを言えずに応援するしかなく……そっと心を痛めるだろう。親友を裏切ったと勘違いして傷つくだろう。そうして俺は振られた傷心男のふりをしてルースのもとへ行き、気にしなくていいと慰める。

 それが俺が考えた浅はかな計画だった。
 本当のことを言うと、もっと酷いことをしてしまおうかとも一瞬思った。レイナ嬢をつかって彼を陥れ、俺に逆らえないようにしてから手籠めにしてしまおうなんて卑劣なことも考えた。彼が泣いて俺の名前を呼ぶところを何度も夢想していた。腕の中で嫌だと叫びながら震えるところを何度も想像し、その度に自己嫌悪に襲われた。だから彼の体だけでも手に入れようかとも頭によぎったけれど、臆病な俺の頭はより狡猾に彼を囲い込むことを選んだようだった。

 ルースならきっと俺の思う通りに動いてくれ、そして俺のことを思って傷ついてくれるだろう。もしかしたら涙を流してくれるかもしれない。涙に濡れる彼はどれほど美しいだろうか。傷つけたくない。でも傷つけたい。
 
 ルースが謝罪をしてきたらなんて言おうか。その時ならきっと彼の頬に触れ、その細い体を抱きしめても厭われないだろう。彼の体はどれほどに温かいだろうか。……そんな無駄な妄想を繰り広げていた。



 だが、人生とはいつも想像しない方へと転がるらしい。

 レイナ嬢は見事第2王子であるアルガーノン様を射止めた。だがその後のルースの行動は俺の予想していたものとは大分違ったのだ。
 てっきりいつも通り思慮深くその口を噤んでいるのかと思ったら、アルガーノン様に逆らったらしい。彼女には恋人がいるから手を出さないでくれ、と。それを知った時は驚いたし歓喜に体が震えた。思ってもみないことだった。思慮深いルースなら王子に逆らうことがどれだけ危険なことか分かるはずだ。不興を買えば家にまで迷惑がかかるかもしれない。だけどその恐怖を押しのけて俺を取ったのだ。俺は彼を傷つけたいだなんて浅はかにも考えていたのに、ルースは俺を守ろうとしてくれたのだ。恥ずかしさと嬉しさとが混ざり合いひどく罪悪感が刺激された。だが真実を伝えることはできず、一人で煩悶に身を捩るしかなかった。

レイナ嬢は『そんなことを言う男だなんて聞いていない』とひそかに俺に怒っていた。だが結局それでも二人の恋の炎とやらは鎮火しなかったようで、俺は特に必要にしていなかったが第一騎士団という名誉職を与えられた。
 それが一つ目の予想外なこと。

 そしてもう一つ、大きく予想外だったのが、ルースに好きな相手がいたということだ。
 
 ルースが何気なく零した「ずっと片想いをしていた」という言葉に飛び上がるほど驚いた。
 聞いていない。好きな相手? ずっとルースの片手には分厚い哲学の本や古典の詩集が握られていて、女性への恋文も花束も遠いものだと思っていたのに、いつの間に? いや「ずっと」ということは長年誰かを想い続けていたのか。つまり俺がそばでのんびりと間抜け面を晒して彼の後を付いてまわっている間、彼の心には別の人間が住んでいたのだ。

 ルースが私を庇ってくれたと知って落ち着きかけていた心が抑えきれないくらいにざわついた。
 だがその片想いの相手とやらはどうやらとんでもない盆暗で、ルースの魅力にも彼が心を寄せているということにも気が付かなかったのだ。そんな相手に負けて堪るか。そんな、ルースのことを顧みないような人間に彼を渡せるわけがない。

 その場で何とか言いくるめてルースから「付き合う」という言質を取ったが………………。








「……ギル? ギル、ギル!」
「え? ああ、ごめん。ルース」


 ふ、と意識が浮上する。どうやら寝てしまっていたようだ。瞼を擦って目を開くと眼前にはルースの心配げな顔。彼のタウンハウスに来たのに寝てしまっていたのか。せっかく彼と触れ合う時間だったのにもったいないことをしてしまった。華美ではないが質のいいソファから身を起こすと、頭を振ってルースの方へと向き直った。

 あの夜からもう1年。つまりルースと付き合いだしてもう1年ほどになる。付き合い始めは酷くぎこちなかった彼だけれど、今ではだいぶ恋人として振る舞うことにも慣れたみたいだ。そっと手を握ると嫌がることもなくその手を握り返される。キスをしても大人しく口を開いて受け入れてくれる。ベッドに引きずり込んでも……最初こそ抵抗したけれど今はすっかり従順で、体を震わせながらも甘く鳴いてくれるのだ。 

「大丈夫? 最近忙しいみたいだし、ちゃんと寝ているのか?」
「問題ないよ。ルースに会えたら疲れなんて吹き飛ぶ」

 俺がそう言うとルースは呆れたように笑った。何を言っているんだと笑いながら言う彼が愛おしくて、掴んだ手を引っ張って抱き寄せる。学生の時ほどではないが相変わらず細い体。薄い背中に手を這わせるとぴくりと揺れる様が可愛らしい。

「ルース、愛しているよ」

 誰も聞いてはいないけれど、声を潜めて甘く囁く。できるだけ彼の心を絡めとることができるように。彼の心から「片想いの相手」なんて不届き者を追い出せるように。甘い毒を仕込むように彼の耳へと息を吹き込むと、じわりと耳朶が赤く染まった。

「ありがとう。……私もだよ」

 いつからだろうか。俺が好きだと囁くと私もだとルースは返してくれるようになった。だけどその心は本当に俺の方を向いているのだろうか。付き合おうと言ったあの夜から、彼は貞淑で優しい恋人だ。浮気をする素振りもないし、恋人の私の手を跳ねのけることもない。でも彼が「ギルを好きだよ」と小声で呟くたびに、喉の奥に苦い物がせり上がってくる。

 俺は愛しているルースを俺は傷つけようとしていたのだ。彼が泣いて傷つく姿が見たいと、彼の心に傷をつけたいと願っていた。そんな俺はとんでもなく醜悪な魂を持っていると思う。俺のものにならないなら傷ついてしまえばいいなんて、子供ですら考えないような幼稚な願いだ。

 ……そんなどす黒い感情を、持っていた罰だろうか。
 傷ついて、泣いて、絶望するのはきっと俺の方だ。これまでも、この先もずっと。
 彼の心がつかめなくて暗闇の中でもがくのは俺なのだ。

 それでも、こんな恋したくなかったなんて、そんなことは絶対に思わない。
 そう思って腕の中のルースの温かさを感じながら、そっと目を閉じた。

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