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6.仮初の恋人
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なに言っているんだ?
付き合う?
聞き間違いだろうか。
「ギル、なに言って」
「俺は恋人を失って傷ついている。それで丁度、親友のお前も片想いを諦めたところだ」
「それはそうだけど」
「だったら、俺とお前が慰めあってもいいだろう? それとも片想いの相手が諦めきれない?」
彼の言葉が理解できなくて目を白黒させていると、ギルバートが追い打ちをかけるようにつらつらと言いつのる。たしかに俺もギルバートも二人とも失恋したてだ。だけどどうしたらそれで俺たちが付き合うということになるんだ。
まるで当然のことのように言うギルバートに押されそうになりながら、いやおかしいだろうと彼の手を振り払って首を横に振った。
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ルースは男を相手にするのは嫌か?」
じっと瞳を覗き込まれる。まるで探るような瞳。今まで見たことのないような瞳の色におもわずたじろいでしまう。
男だから付き合うのが嫌というわけではない。だって私が好きなのはギルバートなんだから。だから問題はそこじゃない。むしろ、ギルバートこそ今まで男に興味があるような素振りを見せたことはないけど、両方いける人間だったんだろうか。
「嫌じゃない、けど」
「だったらいいよな。俺はお前のことを誰よりも知ってるし、気が合うだろ」
「いや、でも、ちょっと待ってくれ」
彼が私のことを誰よりも知っているのはその通りだし、気が合うのは分かる。もう10年の付き合いだ。だけど私はずっとギルバートが好きで、ようやくそれを諦めようと決心したというのに、なんで急に彼はそんなことを言い出したんだ。
今まで長い付き合いだけど、彼が私を好きな素振りなんてなかった。だから私は彼の将来の邪魔にならないように恋心を封じ込めたのに、今になって付き合うって? 彼と私は親友で、ギルバートには好きな人がいて。だから私たちは友人以上にはならないはずなのに。
混乱して頭を抱える私の背中を、ギルバートがそって掌で撫でた。
「俺の両親もこんなフラれ方をした俺に同情的で、一生独身でもいいと言っている。弟に爵位を継がせるとも。ルースは兄上がいたよな。なら家はそっちが継ぐだろ」
「ええ!? ご両親が!?」
貴族の長子でありながら結婚しないというのはかなりのことだ。貴族の役目は血を継ぐこと。それを放棄するということ、そしてそれをご両親が許すなんてことは普通だったらあり得ない。思わず大きな声で叫ぶと、ギルバートは一転してどこか悲しみを彩った憐れな表情をした。
「ああ、そうだ。……俺はそれくらい傷ついたんだよ」
「そ、そうなのか……ギル……」
そんなに傷ついていたのか。ご両親がそう言うほど彼は家では荒れていたのかもしれない。はじめて本気になった恋で、その相手を王子と言う絶対的な権力者に奪われたのなら……確かに相当辛いだろう。
思わず声を落とす私に、彼は『だから』と言葉をつづけた。
「男同士だから嫌というわけでないなら、俺と付き合ってみないか? 俺もルースと付き合えて気がまぎれるし、ルースだって片想いの相手を吹っ切るには丁度いいだろ」
「……気がまぎれる?」
気がまぎれる。
その言葉を聞いて、私はどこか心にすとんと落ちてくるものを感じた。
なるほど。彼は私が好きだというわけではない。でも恋を失った後の気まぐれの相手に私を選んだのか。なるほどたしかに『慰め』とはその言葉通りだ。一瞬、私を本当の意味で恋人にしてくれるのかと浮かれそうになったが……そういう訳か。彼の言う通り丁度いい。親友で彼のことはよく分かっているし、彼に夢中になる女性たちと違って面倒くさいことも言わないし、さらには妊娠もしないから結婚しろと迫ることもない。いつか別れることになった時に、私のように暗くて知人の少ない人間が騒いだとしても誰も耳を貸さないだろうし。考えれば考えるほど彼が暇をつぶす相手としては最適な気がしてくる。気を紛らわす、気まぐれの相手として。
ほんの少しだけ心が痛んだけれど、彼が私と付き合いたいという理由が腑に落ちて、私はわたわたと慌てふためていていた気持ちが落ち着いていくのを感じた。いや本当のことを言うと、少しだけ落ち込んでいたのかもしれない。
「ルース、傍に居てくれないか?」
静かになった私にギルバートがそっと囁いてくる。
まるで悪魔のささやきだ。
ギルバートは私のことなんて好きじゃない。きっとすぐに彼は失恋から立ち直って、私をあっさりと振るだろう。そんなこと分かり切っている。いつまでも恋人同士として付き合ってはいられない。傷つきたくないなら、この甘い誘惑を跳ねのけるべきだ。そう分かっているのに。
「ルース?」
ギルバートがまるで真実私を求めているかのように何度も繰り返し私の名前を呼んでくる。背中を撫でさすっていた手はいつの間にか私の手を握り、まるで愛の告白をしているかのようだ。
そして鼓膜を揺らす彼の吐息に、……私は屈してしまった。
唾を飲みこみ首を縦に振ると喉の奥から声をひねり出す。
「分かった。ギル、付き合おう」
「……! ルース! 嬉しい。大事にするよ」
まるで本物の恋人に言うようなセリフを吐いたギルバートは、握りしめていた私の手を引くと優しく抱きしめてくる。先ほども抱きしめられたけれど、それよりもずっと柔らかくて暖かい抱擁だった。
仮初の恋人だっていうのに、彼はこんなにも甘いのか。長年望んでいたものがあっさりと与えられ、だけど胸にせり上がってきたのは穏やかな幸せではなく、遅効性の毒のようなじわりとした痛みだった。
彼が好きで好きでずっと好きで苦しかった。
苦くて辛い片想い。私は自分の気持ちをずっと持て余していた。
この人を傷つけたい。
傷ついて、泣いて、絶望してしまえばいい。
自分の中にそんな醜い感情があると、彼に出会ってはじめて知った。
これほど恋焦がれても、こちらの気持ちに気が付きもしない男など、傷ついてしまえばいい。
……そんなどす黒い感情を、持っていた罰だろうか。
傷ついて、泣いて、絶望するのはきっと私だ。これまでも、この先もずっと。
私の方なのだ。
そう思って彼の腕の中でそっと目を閉じた。
こんな恋、したくなかったとひっそりと己を呪いながら。
※続きます
付き合う?
聞き間違いだろうか。
「ギル、なに言って」
「俺は恋人を失って傷ついている。それで丁度、親友のお前も片想いを諦めたところだ」
「それはそうだけど」
「だったら、俺とお前が慰めあってもいいだろう? それとも片想いの相手が諦めきれない?」
彼の言葉が理解できなくて目を白黒させていると、ギルバートが追い打ちをかけるようにつらつらと言いつのる。たしかに俺もギルバートも二人とも失恋したてだ。だけどどうしたらそれで俺たちが付き合うということになるんだ。
まるで当然のことのように言うギルバートに押されそうになりながら、いやおかしいだろうと彼の手を振り払って首を横に振った。
「いや、そういうことじゃなくて……」
「ルースは男を相手にするのは嫌か?」
じっと瞳を覗き込まれる。まるで探るような瞳。今まで見たことのないような瞳の色におもわずたじろいでしまう。
男だから付き合うのが嫌というわけではない。だって私が好きなのはギルバートなんだから。だから問題はそこじゃない。むしろ、ギルバートこそ今まで男に興味があるような素振りを見せたことはないけど、両方いける人間だったんだろうか。
「嫌じゃない、けど」
「だったらいいよな。俺はお前のことを誰よりも知ってるし、気が合うだろ」
「いや、でも、ちょっと待ってくれ」
彼が私のことを誰よりも知っているのはその通りだし、気が合うのは分かる。もう10年の付き合いだ。だけど私はずっとギルバートが好きで、ようやくそれを諦めようと決心したというのに、なんで急に彼はそんなことを言い出したんだ。
今まで長い付き合いだけど、彼が私を好きな素振りなんてなかった。だから私は彼の将来の邪魔にならないように恋心を封じ込めたのに、今になって付き合うって? 彼と私は親友で、ギルバートには好きな人がいて。だから私たちは友人以上にはならないはずなのに。
混乱して頭を抱える私の背中を、ギルバートがそって掌で撫でた。
「俺の両親もこんなフラれ方をした俺に同情的で、一生独身でもいいと言っている。弟に爵位を継がせるとも。ルースは兄上がいたよな。なら家はそっちが継ぐだろ」
「ええ!? ご両親が!?」
貴族の長子でありながら結婚しないというのはかなりのことだ。貴族の役目は血を継ぐこと。それを放棄するということ、そしてそれをご両親が許すなんてことは普通だったらあり得ない。思わず大きな声で叫ぶと、ギルバートは一転してどこか悲しみを彩った憐れな表情をした。
「ああ、そうだ。……俺はそれくらい傷ついたんだよ」
「そ、そうなのか……ギル……」
そんなに傷ついていたのか。ご両親がそう言うほど彼は家では荒れていたのかもしれない。はじめて本気になった恋で、その相手を王子と言う絶対的な権力者に奪われたのなら……確かに相当辛いだろう。
思わず声を落とす私に、彼は『だから』と言葉をつづけた。
「男同士だから嫌というわけでないなら、俺と付き合ってみないか? 俺もルースと付き合えて気がまぎれるし、ルースだって片想いの相手を吹っ切るには丁度いいだろ」
「……気がまぎれる?」
気がまぎれる。
その言葉を聞いて、私はどこか心にすとんと落ちてくるものを感じた。
なるほど。彼は私が好きだというわけではない。でも恋を失った後の気まぐれの相手に私を選んだのか。なるほどたしかに『慰め』とはその言葉通りだ。一瞬、私を本当の意味で恋人にしてくれるのかと浮かれそうになったが……そういう訳か。彼の言う通り丁度いい。親友で彼のことはよく分かっているし、彼に夢中になる女性たちと違って面倒くさいことも言わないし、さらには妊娠もしないから結婚しろと迫ることもない。いつか別れることになった時に、私のように暗くて知人の少ない人間が騒いだとしても誰も耳を貸さないだろうし。考えれば考えるほど彼が暇をつぶす相手としては最適な気がしてくる。気を紛らわす、気まぐれの相手として。
ほんの少しだけ心が痛んだけれど、彼が私と付き合いたいという理由が腑に落ちて、私はわたわたと慌てふためていていた気持ちが落ち着いていくのを感じた。いや本当のことを言うと、少しだけ落ち込んでいたのかもしれない。
「ルース、傍に居てくれないか?」
静かになった私にギルバートがそっと囁いてくる。
まるで悪魔のささやきだ。
ギルバートは私のことなんて好きじゃない。きっとすぐに彼は失恋から立ち直って、私をあっさりと振るだろう。そんなこと分かり切っている。いつまでも恋人同士として付き合ってはいられない。傷つきたくないなら、この甘い誘惑を跳ねのけるべきだ。そう分かっているのに。
「ルース?」
ギルバートがまるで真実私を求めているかのように何度も繰り返し私の名前を呼んでくる。背中を撫でさすっていた手はいつの間にか私の手を握り、まるで愛の告白をしているかのようだ。
そして鼓膜を揺らす彼の吐息に、……私は屈してしまった。
唾を飲みこみ首を縦に振ると喉の奥から声をひねり出す。
「分かった。ギル、付き合おう」
「……! ルース! 嬉しい。大事にするよ」
まるで本物の恋人に言うようなセリフを吐いたギルバートは、握りしめていた私の手を引くと優しく抱きしめてくる。先ほども抱きしめられたけれど、それよりもずっと柔らかくて暖かい抱擁だった。
仮初の恋人だっていうのに、彼はこんなにも甘いのか。長年望んでいたものがあっさりと与えられ、だけど胸にせり上がってきたのは穏やかな幸せではなく、遅効性の毒のようなじわりとした痛みだった。
彼が好きで好きでずっと好きで苦しかった。
苦くて辛い片想い。私は自分の気持ちをずっと持て余していた。
この人を傷つけたい。
傷ついて、泣いて、絶望してしまえばいい。
自分の中にそんな醜い感情があると、彼に出会ってはじめて知った。
これほど恋焦がれても、こちらの気持ちに気が付きもしない男など、傷ついてしまえばいい。
……そんなどす黒い感情を、持っていた罰だろうか。
傷ついて、泣いて、絶望するのはきっと私だ。これまでも、この先もずっと。
私の方なのだ。
そう思って彼の腕の中でそっと目を閉じた。
こんな恋、したくなかったとひっそりと己を呪いながら。
※続きます
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