【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ

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4.夜半

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 夜半過ぎにタウンハウスの門が叩かれ、主人である私もたたき起こされた。
 ……いや正確に言うと、主人である私は眠れずに書斎で突っ伏していると、寝ぼけ眼の使用人がギルバートを連れてきたのだ。

「こんな時間に悪いな」
「ギル……」
「その顔は、全部知っているようだな」

 青白い顔で立ち尽くした私に、ギルバートは嘲笑するように唇の端を吊り上げた。

 そうだ。私は全部知っている。アルガーノン様があの後、恐ろしいほどの熱意でレイナ嬢を口説いたことも。それが夜会のホストで噂好きの子爵の耳に入り、あっという間に社交界で広まったことも。……レイナ嬢が、近々アルガーノン様と婚約するという話がでているということも。

 そこにギルバートの存在はなかった。彼らはもともと婚約すらできていなくて、ひっそりと逢瀬を繰り返していたのだ。王子が裏から手を回したら、彼とレイナ嬢が恋仲だという事実はあっさりともみ消されてしまった。そしてレイナ嬢も、ギルバートよりも王子の方を選んだようだった。

 疲れた顔で応接用のソファに腰を下ろしたギルバート。彼は深い深いため息をついて、ぐしゃぐしゃと整えられていた髪の毛をかき混ぜた。

「笑えるよな。王家から招待が来たら、俺はコロッと捨てられたよ。もう家にも入れて貰えなかった」
「そんな……そうだ、彼女のお父上のせいかもしれない。彼女はきっとまだ、ギルのことが……」
「好き? 好きだとしても、どのみちもう無理だろう。年が明けたら王子の婚約者様だ」

 ふ、と皮肉気に笑うギルバート。
 まさか彼がこんなに簡単に捨てられてしまうなんて。
 傷ついてしまえと思ったくせに、彼がこうして打ち捨てられた姿を見てまるで自分のことのように胸が苦しくなった。

「心配しなくていい。王子が直々に会いに来て、俺も来月から第一騎士団に入団が決まった。大出世だ」
「……ギル」
「第一騎士団だぞ。貴族だからってそうそう簡単に入れるところじゃない。名誉なことだろ」
「ギル。すまない」
「ルース? なにを謝ることがあるんだ?」
「本当にすまなかった……」

 よろけそうになりながら、座ったままだった執務席から立ち上がる。
 彼の前まで行くと跪いて謝った。

「申し訳ないことをした……。私が悪いんだ」
「ルース。ルースは悪くないだろう。アルガーノン王子の意見に逆らうことはできないだろ」
「……ごめん、ギル。アルガーノン様を止めきれなかった」

 すまなかった。そんな言葉じゃ表しきれないほど申し訳ない。
 ギルバートの、はじめての本気の恋だったのに、それを私は守ることができなかった。

 あの夜、私は一瞬躊躇した。
 己の汚い欲望のために、ギルバートの恋心を砕いてしまおうかとほんの少しの間ではあるが考えた。
 ギルバートが傷ついてしまえばいいと、確かに願ったのだ。

 その薄汚さに自分でも吐き気がした。なんて不誠実でおぞましい存在なんだ。
 こんな男がギルバートの傍に今までずっと居たのか。

 慌ててその考えを打ち消してアルガーノン様に「レイナ嬢には恋人がいる」と伝えたが……それでもこんな薄汚い男には、彼の心を守り切ることができなかったのだ。

 私がギルバートと同じように強く明るい存在であったなら、アルガーノン様に堂々と伝えることができていたかもしれない。もう少しでも私が強ければ、アルガーノン様の脚に縋りついてでもレイナ嬢から手を引いてくれと願えていたのかもしれない。

 だが私は矮小な存在で、どれだけ私が頭を下げてもアルガーノン様は意見を聞き入れてくれることはなかったのだ。王子の部屋で何度も彼を諫めた。だけど恋に落ちてしまった男を止めることができず、アルガーノン様は早々に勝手にすべてを手配してしまったのだ。レイナ嬢の身分の低さを気にする他の補佐さえも蹴散らして。

 すまなかった。ギルバート。
 私は君が彼女を愛していると知っていながら、それを応援すると言いながら、助けることができなかった。
 自分自身の汚さを目の当たりにしただけで、君の役に立つことなんて何もできなかったんだ。

 そう考えるとますます情けなく、私はうずくまったままギルバートにただ細く震える声で謝り続けた。

「……本当に、すまなかった」
「ルース」
 
 だがいつまでも下を向いている私の肩に、そっとギルバートの掌が置かれた。
 私のものよりも遥かに大きくて温かな感触。その掌がそっと私の肩から背中までを撫でさすった。

「王子に言われたよ。ルースが、彼女はお前と愛し合っているから邪魔するなと言っていたって」

 背中から離れた手にするりと顎を撫でられて、上を向かされる。すると思ったよりも近い距離にいたギルバートに、不謹慎にも私の心臓はドキリと跳ねてしまった。床に跪く私と目線を合わせるように、彼もまた床の上に膝を付き、じっと強い視線で見つめられていた。
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