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3.王子の恋
しおりを挟むだが、人生とはいつも想像しない方へと転がるらしい。
恋心を葬ったつもりで、でも心の奥が空っぽになってしまったような虚無感を抱えながらも、仕事を続けていた。第2王子とは言え王族相手の大事な仕事だ。怠けていたら実家にまで迷惑がかかる。その義務感だけで働いていた。
連日眠れなくて若干痩せてしまった体を押して出仕していたある日、夜会があった。
いつもの格式ばった夜会ではなく、若者が多い比較的気楽な夜会。
下位貴族や商人なんかも出入りして夜を楽しむような、それほどたいした夜会ではないものだ。そんな夜会にアルガーノン様が出たいと言い出したのだ。
まぁ数時間だけ付き合って、酔い過ぎる前に連れて帰ろう。
そう思って軽い気持ちで参加したのだが……。
「おい、ルース……! あの美しい女性は誰だ!?」
まさかの事態に陥ってしまった。
夜会は子爵家の美しい邸宅で行われた。
噂好きで華やかなものが大好きな、まだ40代の当主が取り仕切る子爵家。彼の好み通りの華美は夜会だった。
そこで……アルガーノン様が出会ってしまったのだ。
ギルバートの恋人のレイナ嬢に。
レイナ嬢は夜会に集まった女性の中でも飛びぬけて美しかった。
私も初めて彼女を見たのだけれど、思わず目が吸い寄せられた。
噂に聞いていた銀髪はまるで星の光を織ったようで、深い菫色の瞳はまさに花のようで神秘的。ふわりふわりと体重を感じさせない足取りで歩く姿はまるで妖精だった。
そして彼女を見たアルガーノン様は、雷に打たれたようにびしりと体を固まらせて。たっぷり10秒ほど意識を飛ばした後に、私に詰め寄ると先程の言葉をぶつけてきたのだ。
「ア、アルガーノン様。落ち着いてください」
まさかアルガーノン様が彼女に惹かれてしまうとは。なぜ。
そうか。いままでは彼女は王子主催の舞踏会には来たことはなかったのか。元は平民なのだから当然と言えば当然だ。末端貴族の娘では王子の前にまで顔を見せられない。今日だってきっとギルバートがエスコートしてここに入ったのだろう。
なんで彼女はギルバートと一緒にいないんだ。こんな美しい恋人が一人で歩いていて誰かに見初められないかと心配じゃないのか。
頭の中にぐるぐるとどうしようもないことが渦巻くけれど、この事態を解決する案なんて一つも浮かんでこない。
「ルース! 知っているんだろう!?」
「その……か、彼女は……」
口ごもりながら、彼女の出自と恋人がいることを伝えようとする。
だが、その時にふと今まで自分でも考えたことのないような黒い思考が浮かんできた。
……言ってしまえ。あの女性はまだ未婚だと。
恋人がいてもその親が反対しているなら、結婚の約束すらまだできていないだろう。
アルガーノン様が口説けば、聡明なギルバートのことだ。きっと家のことを考えて身を引く。そうなれば……彼はまた誰のものでもなくなるのだ。
言ってしまえ。アルガーノン様が恋をしたなら、補佐役がその邪魔をしていいはずがない。
それに本当にギルバートと彼女が愛し合っているならば、いくら王子が割り込もうとしても跳ねのけるはずだ。親だって彼女が説得するはずだ。だからもし二人が別れたら……それはその愛が真実ではなかったという証拠だ。私はなにも悪いことなどしていない。
心の中の悪魔が囁く。
アルガーノン様を彼女にけしかけて、ギルバートとの仲にヒビを入れてしまえと。
それでギルバートが傷ついてもいい。いや、傷ついてしまえばいい。
私を散々傷つけた男。私の恋心に気が付きもせず、私の方を見向きもしなかった男。彼の笑顔に、どれだけ私の心が悲鳴をあげたか。
そんな黒い黒い感情が、私の心を覆って飲み込もうとしてきた。
こんな薄暗いものを私は心の裡に飼っていたのか。自分では純粋な恋心だと思っていたのに、どうやらそれはどす黒い怪物だったようだ。
己の醜悪さに嫌気がさしながら、私はそっとアルガーノン様の傍で口を開いた。
「恐れながら王子、あの女性は……」
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