3 / 16
1巻
1-3
しおりを挟む
「ああ」
レイノルドが手を上げてそう言い、それにサディアスが頷いた。
三人揃って寝室へ入ると、そこは、少し意外な空間だった。
サディアスの体に見合った大きなベッド。その上には天蓋が垂れ下がっている。貴族の寝室に天蓋は珍しくないが、この部屋のものにはいくつもの小さな魔石がぶら下がっていた。
灯り用のその魔石は弱い光を出すので、光の落とされた寝室の中はまるで星空のようだ。サイドテーブルには香を焚く炉がいくつも置かれ、更に足元には魔法陣のような模様の絨毯が敷かれている。
客間は落ち着いた色合いでまとめられているのに、寝室はやたらとごちゃごちゃしている。その異様さにメリルは首を捻った。
これが趣味なのか? いや、違う。
炉から漏れ出てくる香の煙を見た彼は、この匂いがなんなのかを思い出した。
(この匂い、どこかで嗅いだと思ったら薬草の一種だ)
炎症止めとして使われる葉の匂いだ。煎じて飲んでも効果があるが、燻すと鎮静効果がある。なるほど、サディアスなりに不眠を解消しようとしているのだろう。
(だとしたらこの魔法陣と魔石も? いや、でも不眠に効く魔法陣なんて聞いたことない。魔石も邪魔なだけな気がするけど……)
じっと室内を見ていると、レイノルドに肩を叩かれた。
「メリルさん? どうかした?」
「あ、なんでもないです。すみません」
ぼうっとしている間に、サディアスがベッドに着いている。ベッドの上で胡坐をかき、メリルが来るのを待っていた。メリルは慌てて彼らに向き直る。
「レイノルド副将軍は、近くにいてもいいのですができるだけお静かに」
「はいはい」
メリルが言うと、レイノルドは一歩後ろに下がった。そしていくつか呼吸をするうちに、彼の気配はすぅ、と空気の中に消えていく。見事に気配を消す彼に驚くものの、今はサディアスだと、メリルはベッドに意識を集中させた。
「……始めますね」
ふ、と小さく息を吐く。催眠術をかける瞬間はいつも緊張する。
メリルが目配せすると、サディアスはごろりとベッドに横になった。
「目を軽く閉じて、力を抜いてください」
無言で瞼を閉じるサディアス。その呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、メリルは静かに言葉を続ける。
「サディアス将軍。まず将軍の睡眠を妨げているもの、それを探しますね」
彼の睡眠への思い込みを外してあげれば、すぐに眠りに落ちることができるはず。そう思って言ったのだが……
「駄目だ」
「え?」
先程まで静かに呼吸をしていたサディアスが、ぱちりと目を開いてしまった。
駄目? 眠りにはつきたいが、『睡眠を妨げているものを探す』ことは嫌だと言うのか。それともメリルと話したくないだけ?
「サディアス将軍? それは、どういうことでしょうか……?」
問いかけると、サディアスは少し気まずそうに顔を歪める。その顔が『駄目』の理由を詳しく話す気はないと物語っていた。
それならば仕方ない。今までも、催眠術なんて信用できない、と心を開いてくれない患者は沢山いた。……彼らにはあまり術がかからなかったが、サディアスも同じだろうか。
「分かりました。では深く眠れるようにだけ、催眠術をかけます」
サディアスも、やはり催眠術は嫌いなのかもしれない。ほんの少し心の中で落胆したが、気を取り直して彼に向き直る。
心が閉じていても、体を緩めてもらえれば、一時的な眠りを齎すだろう。根本的な治療にはならないが。心に立ったさざ波を悟られないように、メリルは意識して静かな声を出す。
「もう一度、目を閉じてください。今から、深呼吸をしてもらいます」
催眠術には、引き金がいる。特殊な器具や、匂い、音楽を使う者もいた。
メリルの場合は声と言葉だ。
「息を吐いた後、少しずつ体の力を抜いていきます。もし上手く力が抜けないのなら、一度強く体に力を入れて、それから抜いてみてください」
サディアスがメリルの言葉に従って、少しずつ脱力していく。
「額に意識を向けてください。眉間からゆっくりと緊張がとれていきます」
彼の額から力が抜けた。その瞬間を狙って、メリルはそっと魔力を言葉に練り込んでいく。といっても、ごくごく微量の、普通の人なら気が付かない程度の量だけれど。それを彼の耳に吹き込み、心の中に入り込んでいった。
(……ちゃんと心に隙間が空いている)
メリルの魔力は跳ねのけられることなくサディアスの中に入ったようだ。不眠の一番の原因は探らせてもくれなかったが、無意識下の心の、その表面にだけは触れさせてくれるらしい。
「もっとゆっくり呼吸を繰り返します。すると体が重くなっていきます。少しずつ、手足が温かくなります。手足の力が抜けて、体がベッドに沈み込んでいきます」
言葉を少しずつ彼の中に入れていく。意識に守られた殻を破り、彼の無意識の中へ浸していくのだ。彼に警戒されないように、そっとそっと。意識の殻は固く、隙間はごく僅かしかない。
(なんとか……上手くいくだろうか)
『何か』がサディアスの心を固く閉ざしている。それはとても強く、彼は休んではいけないと言わんばかりだ。その意識の殻を、メリルは根気よく何度も撫でた。
「意識が一緒に沈み込んでいきます。そして眠ることを躊躇していた気持ちが消えていきます」
じっくりと流し込んだ魔力が、柔らかい彼の潜在意識に触れた気がする。その穏やかな吐息を聞いて、メリルも安堵の息を吐く。
「……お休みになりました」
「マジで」
後ろに控えていたレイノルドが驚きの声を漏らす。それを「しっ」と口元に指を当てて諫めると、メリルはベッドを離れた。レイノルドと連れ立って客間に移動する。サディアスが起きる気配がないのを確認してから、声を潜めて口を開いた。
「眠りの催眠は一番初歩的なものなので、上手くかかってくれました。でも今日の催眠は一時的なものだと思います。きっとまたすぐに眠れなくなるでしょう」
「え? 催眠術って、効果がそこまで薄いの?」
「いえ。人によっては不眠程度でしたら一度の施術で治るのですが……何かがサディアス将軍のわだかまりとなり、睡眠を妨げているようです」
サディアスの心の殻はひどく固い。もしメリルが駆け出しだった頃なら、とても入り込めなかっただろう。それほどに、彼は『何か』に囚われているようだった。
その『何か』の思い込みを取り外せれば、きっとすぐにでも不眠は治るに違いない。だがまるで呪いのように、彼の心には大きなしこりがある。しかも、本人にそれを話す気がない。
「敵にかけられた幻覚魔術か何か?」
「いえ。それでしたら魔術抵抗を感じるはずですが、それはありませんでした。おそらく、ご本人に眠りに対する恐怖心や……抵抗があるのかと……。理由までは分かりませんが」
メリルの言葉を聞き、レイノルドは唸りながら顎を撫でる。
「抵抗ねぇ……」
「お心当たりは?」
「ないんだよな。……でも今日はよく眠れそうで良かった。また頼んでもいい?」
「分かりました。もちろんです」
レイノルドの言葉にメリルは強く頷いてみせた。
サディアスは恐ろしいし、レイノルドもどこか気が抜けない。正直なところ緊張する。
だが……この部屋に来た時から、メリルの心にはあることが浮かんでいた。
(今日はレイノルド副将軍が警戒していたから無理だったけど、そのうち油断するかもしれない。そうしたら……恋の催眠術をかけることができるかも……)
今まで話しかけることもできなかったサディアス。これで彼の部屋に入る立派な理由ができたのだ。計画が一歩進んだことに、緊張からか背中がぞくりと粟立つ。
(いや、焦るな。不審な行動をしたらすぐに捕まる)
相手は歴戦の英雄。更にはその腹心の部下も目を光らせている。焦って尻尾を出したら、すぐに捕まえられる。彼らの監視が緩んだ隙を見つけないと。
(……機会を待たなければ)
どくどくと高鳴る心臓。
その音が部屋中に響いている気がして、メリルはぎゅっと服の上から胸を押さえた。
――朝の冷たい空気が充満する医務室で、メリルは薬品棚に忙しなく薬を補充していた。
まだ治療魔術師は誰も来ていないが、もうあと半時もしたら兵士たちが医務室に駆け込んでくるだろう。本当なら忙しい一日の始まりとして、無心で準備をしている時間だ。
だが、重たい薬品瓶を運ぶメリルの顔色は冴えなかった。
昨日の夜は、深夜にサディアスの私室に呼び出され、問答の末に催眠術をかけることになったのだ。自室に戻れたのは、真夜中を二時間程過ぎた時間だった。起きたくないとベッドにしがみつく体を引き剥がすのは骨だ。
(今の私よりもサディアス将軍のほうが顔色が悪かったな……本当に彼はほとんど眠れていないんだろう)
メリルはぼんやりとサディアスの顔を思い出す。薄暗い部屋でも分かるほど、彼の顔には疲れが見えたし、目元には濃い隈があった。昨日はすんなりと入眠していたものの、中途覚醒はしなかっただろうか。
(やはり本格的に彼の不眠症を治すなら、もっと根本的な原因を……)
メリルがサディアスのことを考えていると、不意に後ろから不機嫌そうな声がかかった。
「おい、メリル」
「え、あ、あに……いえ、ジューダス様。おはようございます」
振り返るとそこに立っていたのは、兄のジューダスだ。尊大に腕を組み、メリルを睨みつけている。
彼がこの医務室に来ることは珍しくてメリルは軽く目を見開いた。このザカリアに赴任した当初から『野蛮な兵士に治癒魔術なんてかけていられるか』と言い捨てて自室に籠りっきりだったのだ。仕事もせず護衛もつけず、だが時折、街には下りているらしい。買い物をしたり、何やら勝手に部屋を改造したりしているとも聞いた。好き勝手な振る舞いだが、名家出身で治癒魔術師のジューダスには誰も意見ができない。
「寝不足か? ただでさえ陰気臭い顔が余計に見苦しいな」
「申し訳ありません」
「ふん、体調管理すらまともにできないのか」
ジューダスは呆れたように鼻から息を吐いた。そしてきょろきょろと辺りを窺うと、近くに人がいないことを確認して、そっとメリルの傍に寄る。
「で、少しは近づけたか? 最近、この砦の人間に取り入っているだろう」
「……いえ。その、まだです」
本当はサディアスの部屋まで行ったのだけれど、そのことを何故か言う気になれず、メリルは言葉を濁す。そんなメリルの答えに、ジューダスは舌打ちした。
「早くしろ。お前があんまりのろまだと、他の手を打たないといけなくなる」
「え? 他の手ですか? 他の手があるのですか?」
ジューダスの口から出てきた言葉に、メリルは驚いて声を上げた。
打つ手がないから、男の自分が恋の催眠術をかける羽目になったと思っていた。もし他の手があるのならば、ぜひお願いしたいくらいだ。
食いついたメリルに、ジューダスは冷たい瞳を向けた。
「他の手もある。だが、……お前も英雄殺しの汚名を着せられたくないだろう?」
「英雄殺し!?」
「馬鹿が! 声が大きい」
大声を上げたメリルの口を、ジューダスがべしりと叩くようにして止める。
「とにかく、王女に何も報告できないままでは俺の評価まで下がる。いいな、無理やりでも催眠術をかけてこい」
「で、ですが……!」
たった一人で、そう簡単にサディアスに恋の催眠術はかけられそうにない。せめてそれを分かってほしい。
それに、ジューダスの言った『英雄殺し』の言葉も気になる。まさか言葉通りの意味ではないだろう。さすがにそれはやりすぎだ。
しかしジューダスはこれ以上は会話をする気はないようで、さっさと医務室を出ていく。
「待って、待ってください……!」
引き止めようとメリルも足を踏み出したところで、扉が廊下側から開いた。
「うわ、と」
急に開かれた扉にぶつからないように避ける。同時に、カルロスが入ってきた。
「メリル先生! おはようございます~!」
「……カルロスくん。おはよう」
朝から元気が良すぎるほど元気な挨拶だ。ジューダスを追いかけたい気持ちはあったが、医務室に人が来た以上は対応しなければいけない。メリルは数歩下がって、薬品棚に近づいた。
「薬草かな? それとも湿布?」
見たところ大きな怪我はしていないようだ。気持ちを切り替えて穏やかな笑みを浮かべて尋ねると、カルロスは少し歯切れ悪く話し出した。
「いえ……。その、実は……別件で用事がありまして」
「別件?」
「はい。メリル先生の催眠術のことを隊の奴らに言ったんですよ。凄い術なのに、知られていないなんてもったいないでしょう? そしたら、みんなが催眠術なんて信じられないって言って」
「……え?」
「悔しいんで、連れてきちゃいました」
へらりと笑い、背にしていた扉を再び開く。そこには五名の兵士がずらりと並んでいた。
薄汚れた兵士服を着た男たち。その圧力に、メリルは後ずさりそうになる。彼らはメリルの顔を見ると、口々に「あの人が?」「思ってたよりも若いな」「めちゃくちゃ細いけど、大丈夫なのか?」などと呟いていた。沢山の瞳に見つめられて、メリルは思わずカルロスに詰め寄る。
「え、え、ええ? カルロスくん!?」
メリルを値踏みしていた男たちが不満そうな声を上げた。
「おい、カルロス。こいつが、お前が言ってた『凄い人』? 随分と頼りねぇけど」
「本当に催眠術なんて役に立つのか?」
「無理だろ、無理。そもそも王都の人間だ。後で金でも取られるんじゃねぇか?」
ただでさえ凶悪な顔をした男たちの、とげとげしい言葉。向けられる視線も猜疑心に満ちていて、友好的とは言いがたい。
「俺たちだって忙しいんだよ」
「だいたい、治癒魔術師が駄目だから催眠術師……って言うなら、この催眠術師に他の治癒魔術師に治癒してくれるよう頼んでもらえよ」
口々に不満を述べる男たち。
それはそうだろう。自分たちは毎日必死に働いて国を守っているのに、王都から来た人間は温かい室内でのうのうと過ごしている。できるはずの治癒もしない。不満が溜まっても仕方がなかった。
だが、カルロスはそう思っていないようだ。
「はぁ? お前らふざけんなよ。ちゃんと効くって言ってんだろうが!」
メリルにはいつも穏やかで陽気な顔しか見せたことのない彼が、額に青筋を立てて怒り出す。
「どうだかな」
馬鹿にした返事に、ますますカルロスの雰囲気が尖る。
自分の催眠術を巡って言い争う兵士たちに、メリルは慌ててカルロスを宥めた。
「カルロスくん、その、無理に催眠術をかけるのは良くないから……ね?」
「でも、メリル先生の術はちゃんと効くんですよ! 侮られたままだと悔しいじゃないですか!」
真面目な表情からはメリルを困らせようとか、からかおうなんて思いは一切感じられない。本当によかれと思って他の兵士を連れてきたようだ。
しかし困って眉を下げるメリルを見て、彼は急に叱られた犬のようにしょぼんと肩を落とした。
「もしかして、駄目でした……?」
「いや……その、私は治癒魔術師ではないよ」
なりたかったけど、治癒魔術師ではない。なれなかった。魔力がないのだから……
「催眠術しかかけられない……彼らと、君の期待には応えられないと思う」
治癒魔術師なら良かった。もし治癒魔術師だったら、メリルは惜しみなく兵士に治癒をして回っただろう。魔力の使いすぎで疲労するくらい気にしない。
だけど違うのだ。治癒したくてもできない。カルロスの期待に応えられないことが申し訳なくて、苦しかった。
催眠術を使って期待外れだと言われることも怖い。
王都でも「治癒魔術師がいなければ使ってやる」と言われていた。もし兵士たちが、治癒魔術師と同等の威力を望んでいるなら、メリルでは力不足だ。
「彼らの言う通り、催眠術はたいしたものではないから」
「そんなことないっすよ」
カルロスは強く首を横に振った。
「俺は催眠術と治癒魔術の違いも分からないんすけど……メリル先生が凄いってことだけは分かります」
首を傾げ、メリルの顔を覗き込む。
自分の心を守りたくて口にした言葉をあっさりと乗り越えられて、メリルは目を見張った。
(……どうせ、治癒魔術師と比べられるだけなのに)
カルロスの黒い瞳を見ながら、メリルの脳裏に王都の記憶が浮かんでは消えていく。その間も、他の兵士たちの視線が横顔に突き刺さる。
断ってしまおう。ここの兵士には、催眠術ではなくて、薬草で心身を癒してもらえばいい。催眠術を試してみて、やっぱり使えない、と言われるよりもそのほうがマシだ。
だが、メリルが口を開こうとした時、不意に廊下にいた兵士たちが慌て出す。
「おい! カルロス! 整列!」
「できないなら直立しろ、直立! ぼうっとするな馬鹿!」
「へ?」
カルロスに怒声を飛ばした兵士たちが一気に静まり返り、その姿を消す。察するに、廊下に整列したようだ。どうしたのだろうかとメリルとカルロスが顔を見合わせていると、ぬぅ、と逞しく大きな体が入り口を塞いだ。
「あ! サディアス将軍……!」
叫んでしまった口を塞ぎ、カルロスが慌てて直立する。
さっき廊下でバタバタしていたのは、サディアスが来たせいだったのか。
サディアスはぎろりとその鋭い瞳をカルロスに向ける。それからゆっくりと視線を動かして、メリルに合わせて止めた。
「メリル殿。少し、いいだろうか」
「え、私ですか!?」
「ああ。カルロス、外してくれ」
「はい!」
その言葉にカルロスは飛び上がり、小走りで医務室を飛び出していく。部屋を出る瞬間、心配そうにちらりとメリルを見た。だがそれも一瞬で、すぐに扉は閉められ、メリルは部屋にサディアスと二人きりで取り残される。
(私に……用事?)
緊張に、つぅと背筋を汗が伝う。催眠術で何か失敗していたのだろうか。それとも、やはり計画が知られてしまった?
「メリル殿」
ひぇ、と小さく漏れそうになった悲鳴を呑み込む。青くなりながらサディアスの顔を窺うと、彼は鋭い瞳のまま……メリルに向かって小さく頭を下げた。
「昨日は助かった」
「…………え?」
何を言われているのか一瞬分からなくて聞き返す。すると、サディアスは先程よりもしっかりと伝えた。
「催眠術だ。あんなに早く眠りにつけたのは、五年……いや十年ぶりかもしれない」
バレたわけではなかったのか。メリルは胸を撫で下ろして、ほっと息を吐く。
「催眠術ですか……」
それにしても、わざわざ礼を言いに来るとは。王都の文官たちとは大違いだ。じんわりとそのことが胸に響く。
サディアスはこの砦で一番忙しいし、医務室は彼の執務室から遠い。わざわざ時間を作り、直接礼を述べてくれたのか。メリルを呼びつけるなり人を遣わせるなりできただろうに、自ら足を運んで。
彼の言葉に感動するのと同時に、それほどまでに眠れていなかったのかと心が痛んだ。彼の顔は昨夜よりも幾分、血色が良い。
「そうですか……十年……。お辛かったでしょう」
「いや」
強がりなのか、それとも本当に心が強いのか。彼は軽く首を横に振る。
「あの後、朝まで眠れましたか? 中途覚醒は?」
「日が昇る前に目が覚めた。その……悪夢を見て」
「悪夢? いつも見るのですか?」
悪夢なんてそれほど連続して見るものではない。それが彼に不眠を齎している原因かもしれなかった。彼が不眠に悩んでいる期間は、数日ではなく十年にも及ぶらしいのだ。夢こそ無意識の産物。もしかして、これは呪いなのか。だけど怪しげな気配は感じなかった。
「どんなものか、お聞きしても?」
その悪夢を知れば、確実に不眠を治す手掛かりになる。思わず、メリルはずいと体をサディアスに寄せた。
しかし彼は、途端に口を引き結んでしまう。
固くなった彼の表情に自分の失敗を悟り、メリルは口元を押さえた。
「あ……すみません。出すぎたことでした」
「いや、こちらこそすまない」
「今日も眠りのお手伝いをしますね。よろしければ、ですけど」
「頼む。いや、頼んでもいいか」
悪夢の内容を話せないことに、少し気まずそうにサディアスは口元を歪めている。だがまた催眠術をかけようかと申し出ると、食いつくように返事をした。その様子に自然とメリルの頬は緩む。
「もちろんです」
「多忙だというのに申し訳ない。感謝する」
この砦で一番偉いはずのサディアスは、メリルの薬臭い両手をぎゅっと握って頭を下げた。その真摯な態度にメリルの胸の中にさざ波が立つ。
今まで、どれだけ文官たちに催眠術をかけても、心から感謝されることなんてなかった。一方、サディアスは格下である自分にも礼を述べてくれる。
噂で聞いていた血に濡れた将軍像とは大違いのその姿に、戸惑って瞳が揺れた。
(こんな人に、催眠術で恋をさせろだなんて……していいのかな……)
王女の命令を無視して王都に帰るなんてことはできない。第一、メリルが失敗したら、ジューダスが何をするか分からなかった。
けれど目の前のサディアスは恐ろしい顔立ちでありながら、誠実な内面を持った男だ。
(マリアローズ王女も、彼とちゃんと話したら好きになるかもしれないのに……)
血まみれ将軍なんていう色眼鏡を外し、彼と話してみれば印象が変わるかもしれない。彼女は熊だ獣だと吐き捨てていたが、サディアスは柔らかな性格の、品のある男なのだ。そして、人に弱みを見せることを良しとせず、しかし立場に驕ることなく感謝のできる男だ。
(少しの間だけでも……平穏な眠りを届けてあげたい)
サディアスの固く温かい掌の感触を感じながら、メリルはそっと心の中で誓った。同時に、サディアスの期待を裏切らないといけないことに、ちくりと心が痛む。
「メリル殿。そういえば先程の兵士たちは?」
「あ、……えっと、催眠術をかけてみてほしいと、カルロスくんに言われたんです」
そう告げると、優しく蕩けていたサディアスの目が吊り上がった。
「すまない、忙しいのに。メリル殿の手を煩わせないように伝えておく」
「いえ。……催眠術で良ければ、みなさんにかけてみようと思います」
「平気なのか?」
「はい。催眠術は魔力をほとんど使わないので、力が枯渇することもありませんし」
メリルは力強く頷く。
本当は、さっきまで臆病風に吹かれて、催眠術をかけることは断ろうと思っていた。だけどサディアスがこうしてメリルに礼を言いに来てくれて、気持ちが変わる。
単純かもしれない。だけど、サディアスに背中を押された気持ちに勝手になっていた。
「私の術を求めてくれる人がいるかもしれません。百人に一人……それ以下かもしれませんけど、誰かの役に立てるかもしれないなら、力を尽くしたいと思ったんです」
サディアスのおかげで、そう思えた。その言葉は胸にしまっておいたものの、メリルは彼の黒い瞳に向かって微笑みかける。
ザカリアはサディアスの大事な土地。彼の言動から、痛いほどそれが伝わってくる。その土地の人々を少しでも助けたい、と願いはじめていた。
第三章 恋の催眠術
転機というものは、願うよりも早く訪れるものらしい。それこそ、心の準備ができないほど早く。
狼の遠吠えも聞こえない夜半過ぎ。魔石に照らされた薄暗い廊下を進み、メリルはサディアスの部屋を訪れていた。
(もう、この廊下の暗さにも慣れてきたな)
早いもので、来訪も五度目となっている。
最初こそ遠慮がちだったサディアスも、三度目辺りからは催眠術をかける前に『明日も頼めるか?』と聞いてくるようになった。部屋の前に立つ護衛の兵士も慣れたもので、地味なローブからメリルの銀髪が見えると、すんなりと道を開けてくれる。
「失礼します」
「あ、メリルさん。いらっしゃい」
その晩も慣れた手つきでノックをしてメリルが部屋に滑り込むと、レイノルドが客間の椅子に座っていた。彼はいつも、催眠術をかける時はこの客間で待機している。本来の部屋の主であるサディアスは寝室にいるようで、姿が見えない。
メリルが扉を閉めたのを確認すると、レイノルドは微笑んだ。
「ちょうど良かった」
「どうかしましたか?」
「いやね、悪いけど今日は俺、席を外すから。それを言っておこうと思って」
「……え? レイノルド副将軍、いらっしゃらないんですか?」
「うん。調理場のほうでいざこざが起きちゃったみたいでさ~。行かなくちゃいけなくて」
そう言うと彼は、組んでいた長い足を床に下ろし、軽やかに立ち上がる。
「強面の大男と二人きりにして申し訳ないが、よろしくね。大丈夫? 怖い? 嚙みつかないとは思うんだけど」
「い、いえ。もちろん大丈夫です。私のほうは問題ありません」
「じゃあ頼んだよ」
サディアスにやや失礼なことを言った彼は、メリルが頷くのを見ると、再び甘く微笑む。それからメリルの肩をポンと叩くと、あっさりと扉に向かった。
その後ろ姿を見送ったメリルは、サディアスがいる寝室にそっと足を進める。
しんと静まり返った室内。寝室からはサディアスらしき人の気配が少しだけする。その静寂の中で、メリルの掌にじわりと汗が滲んだ。
(これは……もしかして、またとない好機じゃないか?)
今までサディアスには四回催眠術をかけていて、いくらか彼の心はメリルに対して開いているはず。そして監視していたレイノルドは不在。唾を呑み込むと、ごくりと喉が鳴った。
もしバレたら……と考えかけるが、それよりもジューダスの言葉が頭に浮かぶ。
『英雄殺しの汚名を着せられたくないだろう?』
その言葉が本気なのかは分からないが、ジューダスはサディアスを害することも厭わない。彼にとっては、マリアローズの命令が何よりも重いのだ。国を守る英雄の命よりも、ずっと。
(殺されるくらいなら……私と恋に落ちてもらおう)
緊張に震えそうになる足を叱咤し踏ん張ると、メリルは寝室に続く扉の前に立つ。扉は開け放たれているので、サディアスはメリルがこの部屋にいることに気が付いているだろうが、念のため声をかける。
「サディアス将軍、失礼します」
「入ってくれ」
すぐに返事があり、メリルは中を覗き見た。サディアスはいつものように上半身裸のまま、ベッドに腰掛けている。その手には書類の束。メリルが入ってくると、それをさっとサイドテーブルの引き出しにしまった。
「お仕事中でしたか?」
「いや、もう終わらせる」
「そうですか。寝る寸前まで書類を見るのはおすすめしませんよ。眠りにつきにくくなります」
「そうなのか……。他にやることがないと、つい」
「お忙しいですものね。でも、ゆっくりと休むことが、今は何よりも大事ですよ」
意見しようものなら斬り捨てそうな顔をしているのに、メリルの言葉にサディアスは素直に頷く。
「……それでは、催眠術をかけますね。ベッドに横になってください」
普段通り。普段通り。メリルは心の中でそう唱える。でないと、緊張で声が裏返りそうだ。
平静を装って足を進める。ベッドに寝ころんだ彼の傍に立って見下ろした。
「目を閉じて、深く呼吸を繰り返してください。呼吸をする度に、体がゆっくりと重くなっていきます。額に意識を向けてください。眉間からゆっくりと緊張がとれて、力が抜けていきます」
いつもよりも更に慎重に、だが不自然にならないように意識する。集中してなけなしの魔力を言葉に乗せた。それを丁寧に練り、彼の意識の奥にまで入り込ませる。意識の殻をかいくぐり、その先の無意識の領域にまで。
「体が重くて、ベッドに沈み込んでいきます。瞼も開きません。意識も一緒に沈み込んでいきます。そして眠ることに躊躇していた気持ちが、消えていきます」
ここまではいつもと一緒だ。サディアスがゆったりとした眠気の波にもう呑まれているのが見えた。前よりも心が緩んでいる。
――今ならいける。
そう確信して、今までとは違う催眠術を口にした。
「ゆったりと眠り……目が覚めたら、サディアス将軍は、私――メリル・オールディスのことが好きになります」
ぴく、と彼の小指の先が揺れた気がする。だが起きる気配はない。緊張したままメリルは文言を続け、彼の心に入り込み続ける。
レイノルドが手を上げてそう言い、それにサディアスが頷いた。
三人揃って寝室へ入ると、そこは、少し意外な空間だった。
サディアスの体に見合った大きなベッド。その上には天蓋が垂れ下がっている。貴族の寝室に天蓋は珍しくないが、この部屋のものにはいくつもの小さな魔石がぶら下がっていた。
灯り用のその魔石は弱い光を出すので、光の落とされた寝室の中はまるで星空のようだ。サイドテーブルには香を焚く炉がいくつも置かれ、更に足元には魔法陣のような模様の絨毯が敷かれている。
客間は落ち着いた色合いでまとめられているのに、寝室はやたらとごちゃごちゃしている。その異様さにメリルは首を捻った。
これが趣味なのか? いや、違う。
炉から漏れ出てくる香の煙を見た彼は、この匂いがなんなのかを思い出した。
(この匂い、どこかで嗅いだと思ったら薬草の一種だ)
炎症止めとして使われる葉の匂いだ。煎じて飲んでも効果があるが、燻すと鎮静効果がある。なるほど、サディアスなりに不眠を解消しようとしているのだろう。
(だとしたらこの魔法陣と魔石も? いや、でも不眠に効く魔法陣なんて聞いたことない。魔石も邪魔なだけな気がするけど……)
じっと室内を見ていると、レイノルドに肩を叩かれた。
「メリルさん? どうかした?」
「あ、なんでもないです。すみません」
ぼうっとしている間に、サディアスがベッドに着いている。ベッドの上で胡坐をかき、メリルが来るのを待っていた。メリルは慌てて彼らに向き直る。
「レイノルド副将軍は、近くにいてもいいのですができるだけお静かに」
「はいはい」
メリルが言うと、レイノルドは一歩後ろに下がった。そしていくつか呼吸をするうちに、彼の気配はすぅ、と空気の中に消えていく。見事に気配を消す彼に驚くものの、今はサディアスだと、メリルはベッドに意識を集中させた。
「……始めますね」
ふ、と小さく息を吐く。催眠術をかける瞬間はいつも緊張する。
メリルが目配せすると、サディアスはごろりとベッドに横になった。
「目を軽く閉じて、力を抜いてください」
無言で瞼を閉じるサディアス。その呼吸が落ち着いてきたのを見計らって、メリルは静かに言葉を続ける。
「サディアス将軍。まず将軍の睡眠を妨げているもの、それを探しますね」
彼の睡眠への思い込みを外してあげれば、すぐに眠りに落ちることができるはず。そう思って言ったのだが……
「駄目だ」
「え?」
先程まで静かに呼吸をしていたサディアスが、ぱちりと目を開いてしまった。
駄目? 眠りにはつきたいが、『睡眠を妨げているものを探す』ことは嫌だと言うのか。それともメリルと話したくないだけ?
「サディアス将軍? それは、どういうことでしょうか……?」
問いかけると、サディアスは少し気まずそうに顔を歪める。その顔が『駄目』の理由を詳しく話す気はないと物語っていた。
それならば仕方ない。今までも、催眠術なんて信用できない、と心を開いてくれない患者は沢山いた。……彼らにはあまり術がかからなかったが、サディアスも同じだろうか。
「分かりました。では深く眠れるようにだけ、催眠術をかけます」
サディアスも、やはり催眠術は嫌いなのかもしれない。ほんの少し心の中で落胆したが、気を取り直して彼に向き直る。
心が閉じていても、体を緩めてもらえれば、一時的な眠りを齎すだろう。根本的な治療にはならないが。心に立ったさざ波を悟られないように、メリルは意識して静かな声を出す。
「もう一度、目を閉じてください。今から、深呼吸をしてもらいます」
催眠術には、引き金がいる。特殊な器具や、匂い、音楽を使う者もいた。
メリルの場合は声と言葉だ。
「息を吐いた後、少しずつ体の力を抜いていきます。もし上手く力が抜けないのなら、一度強く体に力を入れて、それから抜いてみてください」
サディアスがメリルの言葉に従って、少しずつ脱力していく。
「額に意識を向けてください。眉間からゆっくりと緊張がとれていきます」
彼の額から力が抜けた。その瞬間を狙って、メリルはそっと魔力を言葉に練り込んでいく。といっても、ごくごく微量の、普通の人なら気が付かない程度の量だけれど。それを彼の耳に吹き込み、心の中に入り込んでいった。
(……ちゃんと心に隙間が空いている)
メリルの魔力は跳ねのけられることなくサディアスの中に入ったようだ。不眠の一番の原因は探らせてもくれなかったが、無意識下の心の、その表面にだけは触れさせてくれるらしい。
「もっとゆっくり呼吸を繰り返します。すると体が重くなっていきます。少しずつ、手足が温かくなります。手足の力が抜けて、体がベッドに沈み込んでいきます」
言葉を少しずつ彼の中に入れていく。意識に守られた殻を破り、彼の無意識の中へ浸していくのだ。彼に警戒されないように、そっとそっと。意識の殻は固く、隙間はごく僅かしかない。
(なんとか……上手くいくだろうか)
『何か』がサディアスの心を固く閉ざしている。それはとても強く、彼は休んではいけないと言わんばかりだ。その意識の殻を、メリルは根気よく何度も撫でた。
「意識が一緒に沈み込んでいきます。そして眠ることを躊躇していた気持ちが消えていきます」
じっくりと流し込んだ魔力が、柔らかい彼の潜在意識に触れた気がする。その穏やかな吐息を聞いて、メリルも安堵の息を吐く。
「……お休みになりました」
「マジで」
後ろに控えていたレイノルドが驚きの声を漏らす。それを「しっ」と口元に指を当てて諫めると、メリルはベッドを離れた。レイノルドと連れ立って客間に移動する。サディアスが起きる気配がないのを確認してから、声を潜めて口を開いた。
「眠りの催眠は一番初歩的なものなので、上手くかかってくれました。でも今日の催眠は一時的なものだと思います。きっとまたすぐに眠れなくなるでしょう」
「え? 催眠術って、効果がそこまで薄いの?」
「いえ。人によっては不眠程度でしたら一度の施術で治るのですが……何かがサディアス将軍のわだかまりとなり、睡眠を妨げているようです」
サディアスの心の殻はひどく固い。もしメリルが駆け出しだった頃なら、とても入り込めなかっただろう。それほどに、彼は『何か』に囚われているようだった。
その『何か』の思い込みを取り外せれば、きっとすぐにでも不眠は治るに違いない。だがまるで呪いのように、彼の心には大きなしこりがある。しかも、本人にそれを話す気がない。
「敵にかけられた幻覚魔術か何か?」
「いえ。それでしたら魔術抵抗を感じるはずですが、それはありませんでした。おそらく、ご本人に眠りに対する恐怖心や……抵抗があるのかと……。理由までは分かりませんが」
メリルの言葉を聞き、レイノルドは唸りながら顎を撫でる。
「抵抗ねぇ……」
「お心当たりは?」
「ないんだよな。……でも今日はよく眠れそうで良かった。また頼んでもいい?」
「分かりました。もちろんです」
レイノルドの言葉にメリルは強く頷いてみせた。
サディアスは恐ろしいし、レイノルドもどこか気が抜けない。正直なところ緊張する。
だが……この部屋に来た時から、メリルの心にはあることが浮かんでいた。
(今日はレイノルド副将軍が警戒していたから無理だったけど、そのうち油断するかもしれない。そうしたら……恋の催眠術をかけることができるかも……)
今まで話しかけることもできなかったサディアス。これで彼の部屋に入る立派な理由ができたのだ。計画が一歩進んだことに、緊張からか背中がぞくりと粟立つ。
(いや、焦るな。不審な行動をしたらすぐに捕まる)
相手は歴戦の英雄。更にはその腹心の部下も目を光らせている。焦って尻尾を出したら、すぐに捕まえられる。彼らの監視が緩んだ隙を見つけないと。
(……機会を待たなければ)
どくどくと高鳴る心臓。
その音が部屋中に響いている気がして、メリルはぎゅっと服の上から胸を押さえた。
――朝の冷たい空気が充満する医務室で、メリルは薬品棚に忙しなく薬を補充していた。
まだ治療魔術師は誰も来ていないが、もうあと半時もしたら兵士たちが医務室に駆け込んでくるだろう。本当なら忙しい一日の始まりとして、無心で準備をしている時間だ。
だが、重たい薬品瓶を運ぶメリルの顔色は冴えなかった。
昨日の夜は、深夜にサディアスの私室に呼び出され、問答の末に催眠術をかけることになったのだ。自室に戻れたのは、真夜中を二時間程過ぎた時間だった。起きたくないとベッドにしがみつく体を引き剥がすのは骨だ。
(今の私よりもサディアス将軍のほうが顔色が悪かったな……本当に彼はほとんど眠れていないんだろう)
メリルはぼんやりとサディアスの顔を思い出す。薄暗い部屋でも分かるほど、彼の顔には疲れが見えたし、目元には濃い隈があった。昨日はすんなりと入眠していたものの、中途覚醒はしなかっただろうか。
(やはり本格的に彼の不眠症を治すなら、もっと根本的な原因を……)
メリルがサディアスのことを考えていると、不意に後ろから不機嫌そうな声がかかった。
「おい、メリル」
「え、あ、あに……いえ、ジューダス様。おはようございます」
振り返るとそこに立っていたのは、兄のジューダスだ。尊大に腕を組み、メリルを睨みつけている。
彼がこの医務室に来ることは珍しくてメリルは軽く目を見開いた。このザカリアに赴任した当初から『野蛮な兵士に治癒魔術なんてかけていられるか』と言い捨てて自室に籠りっきりだったのだ。仕事もせず護衛もつけず、だが時折、街には下りているらしい。買い物をしたり、何やら勝手に部屋を改造したりしているとも聞いた。好き勝手な振る舞いだが、名家出身で治癒魔術師のジューダスには誰も意見ができない。
「寝不足か? ただでさえ陰気臭い顔が余計に見苦しいな」
「申し訳ありません」
「ふん、体調管理すらまともにできないのか」
ジューダスは呆れたように鼻から息を吐いた。そしてきょろきょろと辺りを窺うと、近くに人がいないことを確認して、そっとメリルの傍に寄る。
「で、少しは近づけたか? 最近、この砦の人間に取り入っているだろう」
「……いえ。その、まだです」
本当はサディアスの部屋まで行ったのだけれど、そのことを何故か言う気になれず、メリルは言葉を濁す。そんなメリルの答えに、ジューダスは舌打ちした。
「早くしろ。お前があんまりのろまだと、他の手を打たないといけなくなる」
「え? 他の手ですか? 他の手があるのですか?」
ジューダスの口から出てきた言葉に、メリルは驚いて声を上げた。
打つ手がないから、男の自分が恋の催眠術をかける羽目になったと思っていた。もし他の手があるのならば、ぜひお願いしたいくらいだ。
食いついたメリルに、ジューダスは冷たい瞳を向けた。
「他の手もある。だが、……お前も英雄殺しの汚名を着せられたくないだろう?」
「英雄殺し!?」
「馬鹿が! 声が大きい」
大声を上げたメリルの口を、ジューダスがべしりと叩くようにして止める。
「とにかく、王女に何も報告できないままでは俺の評価まで下がる。いいな、無理やりでも催眠術をかけてこい」
「で、ですが……!」
たった一人で、そう簡単にサディアスに恋の催眠術はかけられそうにない。せめてそれを分かってほしい。
それに、ジューダスの言った『英雄殺し』の言葉も気になる。まさか言葉通りの意味ではないだろう。さすがにそれはやりすぎだ。
しかしジューダスはこれ以上は会話をする気はないようで、さっさと医務室を出ていく。
「待って、待ってください……!」
引き止めようとメリルも足を踏み出したところで、扉が廊下側から開いた。
「うわ、と」
急に開かれた扉にぶつからないように避ける。同時に、カルロスが入ってきた。
「メリル先生! おはようございます~!」
「……カルロスくん。おはよう」
朝から元気が良すぎるほど元気な挨拶だ。ジューダスを追いかけたい気持ちはあったが、医務室に人が来た以上は対応しなければいけない。メリルは数歩下がって、薬品棚に近づいた。
「薬草かな? それとも湿布?」
見たところ大きな怪我はしていないようだ。気持ちを切り替えて穏やかな笑みを浮かべて尋ねると、カルロスは少し歯切れ悪く話し出した。
「いえ……。その、実は……別件で用事がありまして」
「別件?」
「はい。メリル先生の催眠術のことを隊の奴らに言ったんですよ。凄い術なのに、知られていないなんてもったいないでしょう? そしたら、みんなが催眠術なんて信じられないって言って」
「……え?」
「悔しいんで、連れてきちゃいました」
へらりと笑い、背にしていた扉を再び開く。そこには五名の兵士がずらりと並んでいた。
薄汚れた兵士服を着た男たち。その圧力に、メリルは後ずさりそうになる。彼らはメリルの顔を見ると、口々に「あの人が?」「思ってたよりも若いな」「めちゃくちゃ細いけど、大丈夫なのか?」などと呟いていた。沢山の瞳に見つめられて、メリルは思わずカルロスに詰め寄る。
「え、え、ええ? カルロスくん!?」
メリルを値踏みしていた男たちが不満そうな声を上げた。
「おい、カルロス。こいつが、お前が言ってた『凄い人』? 随分と頼りねぇけど」
「本当に催眠術なんて役に立つのか?」
「無理だろ、無理。そもそも王都の人間だ。後で金でも取られるんじゃねぇか?」
ただでさえ凶悪な顔をした男たちの、とげとげしい言葉。向けられる視線も猜疑心に満ちていて、友好的とは言いがたい。
「俺たちだって忙しいんだよ」
「だいたい、治癒魔術師が駄目だから催眠術師……って言うなら、この催眠術師に他の治癒魔術師に治癒してくれるよう頼んでもらえよ」
口々に不満を述べる男たち。
それはそうだろう。自分たちは毎日必死に働いて国を守っているのに、王都から来た人間は温かい室内でのうのうと過ごしている。できるはずの治癒もしない。不満が溜まっても仕方がなかった。
だが、カルロスはそう思っていないようだ。
「はぁ? お前らふざけんなよ。ちゃんと効くって言ってんだろうが!」
メリルにはいつも穏やかで陽気な顔しか見せたことのない彼が、額に青筋を立てて怒り出す。
「どうだかな」
馬鹿にした返事に、ますますカルロスの雰囲気が尖る。
自分の催眠術を巡って言い争う兵士たちに、メリルは慌ててカルロスを宥めた。
「カルロスくん、その、無理に催眠術をかけるのは良くないから……ね?」
「でも、メリル先生の術はちゃんと効くんですよ! 侮られたままだと悔しいじゃないですか!」
真面目な表情からはメリルを困らせようとか、からかおうなんて思いは一切感じられない。本当によかれと思って他の兵士を連れてきたようだ。
しかし困って眉を下げるメリルを見て、彼は急に叱られた犬のようにしょぼんと肩を落とした。
「もしかして、駄目でした……?」
「いや……その、私は治癒魔術師ではないよ」
なりたかったけど、治癒魔術師ではない。なれなかった。魔力がないのだから……
「催眠術しかかけられない……彼らと、君の期待には応えられないと思う」
治癒魔術師なら良かった。もし治癒魔術師だったら、メリルは惜しみなく兵士に治癒をして回っただろう。魔力の使いすぎで疲労するくらい気にしない。
だけど違うのだ。治癒したくてもできない。カルロスの期待に応えられないことが申し訳なくて、苦しかった。
催眠術を使って期待外れだと言われることも怖い。
王都でも「治癒魔術師がいなければ使ってやる」と言われていた。もし兵士たちが、治癒魔術師と同等の威力を望んでいるなら、メリルでは力不足だ。
「彼らの言う通り、催眠術はたいしたものではないから」
「そんなことないっすよ」
カルロスは強く首を横に振った。
「俺は催眠術と治癒魔術の違いも分からないんすけど……メリル先生が凄いってことだけは分かります」
首を傾げ、メリルの顔を覗き込む。
自分の心を守りたくて口にした言葉をあっさりと乗り越えられて、メリルは目を見張った。
(……どうせ、治癒魔術師と比べられるだけなのに)
カルロスの黒い瞳を見ながら、メリルの脳裏に王都の記憶が浮かんでは消えていく。その間も、他の兵士たちの視線が横顔に突き刺さる。
断ってしまおう。ここの兵士には、催眠術ではなくて、薬草で心身を癒してもらえばいい。催眠術を試してみて、やっぱり使えない、と言われるよりもそのほうがマシだ。
だが、メリルが口を開こうとした時、不意に廊下にいた兵士たちが慌て出す。
「おい! カルロス! 整列!」
「できないなら直立しろ、直立! ぼうっとするな馬鹿!」
「へ?」
カルロスに怒声を飛ばした兵士たちが一気に静まり返り、その姿を消す。察するに、廊下に整列したようだ。どうしたのだろうかとメリルとカルロスが顔を見合わせていると、ぬぅ、と逞しく大きな体が入り口を塞いだ。
「あ! サディアス将軍……!」
叫んでしまった口を塞ぎ、カルロスが慌てて直立する。
さっき廊下でバタバタしていたのは、サディアスが来たせいだったのか。
サディアスはぎろりとその鋭い瞳をカルロスに向ける。それからゆっくりと視線を動かして、メリルに合わせて止めた。
「メリル殿。少し、いいだろうか」
「え、私ですか!?」
「ああ。カルロス、外してくれ」
「はい!」
その言葉にカルロスは飛び上がり、小走りで医務室を飛び出していく。部屋を出る瞬間、心配そうにちらりとメリルを見た。だがそれも一瞬で、すぐに扉は閉められ、メリルは部屋にサディアスと二人きりで取り残される。
(私に……用事?)
緊張に、つぅと背筋を汗が伝う。催眠術で何か失敗していたのだろうか。それとも、やはり計画が知られてしまった?
「メリル殿」
ひぇ、と小さく漏れそうになった悲鳴を呑み込む。青くなりながらサディアスの顔を窺うと、彼は鋭い瞳のまま……メリルに向かって小さく頭を下げた。
「昨日は助かった」
「…………え?」
何を言われているのか一瞬分からなくて聞き返す。すると、サディアスは先程よりもしっかりと伝えた。
「催眠術だ。あんなに早く眠りにつけたのは、五年……いや十年ぶりかもしれない」
バレたわけではなかったのか。メリルは胸を撫で下ろして、ほっと息を吐く。
「催眠術ですか……」
それにしても、わざわざ礼を言いに来るとは。王都の文官たちとは大違いだ。じんわりとそのことが胸に響く。
サディアスはこの砦で一番忙しいし、医務室は彼の執務室から遠い。わざわざ時間を作り、直接礼を述べてくれたのか。メリルを呼びつけるなり人を遣わせるなりできただろうに、自ら足を運んで。
彼の言葉に感動するのと同時に、それほどまでに眠れていなかったのかと心が痛んだ。彼の顔は昨夜よりも幾分、血色が良い。
「そうですか……十年……。お辛かったでしょう」
「いや」
強がりなのか、それとも本当に心が強いのか。彼は軽く首を横に振る。
「あの後、朝まで眠れましたか? 中途覚醒は?」
「日が昇る前に目が覚めた。その……悪夢を見て」
「悪夢? いつも見るのですか?」
悪夢なんてそれほど連続して見るものではない。それが彼に不眠を齎している原因かもしれなかった。彼が不眠に悩んでいる期間は、数日ではなく十年にも及ぶらしいのだ。夢こそ無意識の産物。もしかして、これは呪いなのか。だけど怪しげな気配は感じなかった。
「どんなものか、お聞きしても?」
その悪夢を知れば、確実に不眠を治す手掛かりになる。思わず、メリルはずいと体をサディアスに寄せた。
しかし彼は、途端に口を引き結んでしまう。
固くなった彼の表情に自分の失敗を悟り、メリルは口元を押さえた。
「あ……すみません。出すぎたことでした」
「いや、こちらこそすまない」
「今日も眠りのお手伝いをしますね。よろしければ、ですけど」
「頼む。いや、頼んでもいいか」
悪夢の内容を話せないことに、少し気まずそうにサディアスは口元を歪めている。だがまた催眠術をかけようかと申し出ると、食いつくように返事をした。その様子に自然とメリルの頬は緩む。
「もちろんです」
「多忙だというのに申し訳ない。感謝する」
この砦で一番偉いはずのサディアスは、メリルの薬臭い両手をぎゅっと握って頭を下げた。その真摯な態度にメリルの胸の中にさざ波が立つ。
今まで、どれだけ文官たちに催眠術をかけても、心から感謝されることなんてなかった。一方、サディアスは格下である自分にも礼を述べてくれる。
噂で聞いていた血に濡れた将軍像とは大違いのその姿に、戸惑って瞳が揺れた。
(こんな人に、催眠術で恋をさせろだなんて……していいのかな……)
王女の命令を無視して王都に帰るなんてことはできない。第一、メリルが失敗したら、ジューダスが何をするか分からなかった。
けれど目の前のサディアスは恐ろしい顔立ちでありながら、誠実な内面を持った男だ。
(マリアローズ王女も、彼とちゃんと話したら好きになるかもしれないのに……)
血まみれ将軍なんていう色眼鏡を外し、彼と話してみれば印象が変わるかもしれない。彼女は熊だ獣だと吐き捨てていたが、サディアスは柔らかな性格の、品のある男なのだ。そして、人に弱みを見せることを良しとせず、しかし立場に驕ることなく感謝のできる男だ。
(少しの間だけでも……平穏な眠りを届けてあげたい)
サディアスの固く温かい掌の感触を感じながら、メリルはそっと心の中で誓った。同時に、サディアスの期待を裏切らないといけないことに、ちくりと心が痛む。
「メリル殿。そういえば先程の兵士たちは?」
「あ、……えっと、催眠術をかけてみてほしいと、カルロスくんに言われたんです」
そう告げると、優しく蕩けていたサディアスの目が吊り上がった。
「すまない、忙しいのに。メリル殿の手を煩わせないように伝えておく」
「いえ。……催眠術で良ければ、みなさんにかけてみようと思います」
「平気なのか?」
「はい。催眠術は魔力をほとんど使わないので、力が枯渇することもありませんし」
メリルは力強く頷く。
本当は、さっきまで臆病風に吹かれて、催眠術をかけることは断ろうと思っていた。だけどサディアスがこうしてメリルに礼を言いに来てくれて、気持ちが変わる。
単純かもしれない。だけど、サディアスに背中を押された気持ちに勝手になっていた。
「私の術を求めてくれる人がいるかもしれません。百人に一人……それ以下かもしれませんけど、誰かの役に立てるかもしれないなら、力を尽くしたいと思ったんです」
サディアスのおかげで、そう思えた。その言葉は胸にしまっておいたものの、メリルは彼の黒い瞳に向かって微笑みかける。
ザカリアはサディアスの大事な土地。彼の言動から、痛いほどそれが伝わってくる。その土地の人々を少しでも助けたい、と願いはじめていた。
第三章 恋の催眠術
転機というものは、願うよりも早く訪れるものらしい。それこそ、心の準備ができないほど早く。
狼の遠吠えも聞こえない夜半過ぎ。魔石に照らされた薄暗い廊下を進み、メリルはサディアスの部屋を訪れていた。
(もう、この廊下の暗さにも慣れてきたな)
早いもので、来訪も五度目となっている。
最初こそ遠慮がちだったサディアスも、三度目辺りからは催眠術をかける前に『明日も頼めるか?』と聞いてくるようになった。部屋の前に立つ護衛の兵士も慣れたもので、地味なローブからメリルの銀髪が見えると、すんなりと道を開けてくれる。
「失礼します」
「あ、メリルさん。いらっしゃい」
その晩も慣れた手つきでノックをしてメリルが部屋に滑り込むと、レイノルドが客間の椅子に座っていた。彼はいつも、催眠術をかける時はこの客間で待機している。本来の部屋の主であるサディアスは寝室にいるようで、姿が見えない。
メリルが扉を閉めたのを確認すると、レイノルドは微笑んだ。
「ちょうど良かった」
「どうかしましたか?」
「いやね、悪いけど今日は俺、席を外すから。それを言っておこうと思って」
「……え? レイノルド副将軍、いらっしゃらないんですか?」
「うん。調理場のほうでいざこざが起きちゃったみたいでさ~。行かなくちゃいけなくて」
そう言うと彼は、組んでいた長い足を床に下ろし、軽やかに立ち上がる。
「強面の大男と二人きりにして申し訳ないが、よろしくね。大丈夫? 怖い? 嚙みつかないとは思うんだけど」
「い、いえ。もちろん大丈夫です。私のほうは問題ありません」
「じゃあ頼んだよ」
サディアスにやや失礼なことを言った彼は、メリルが頷くのを見ると、再び甘く微笑む。それからメリルの肩をポンと叩くと、あっさりと扉に向かった。
その後ろ姿を見送ったメリルは、サディアスがいる寝室にそっと足を進める。
しんと静まり返った室内。寝室からはサディアスらしき人の気配が少しだけする。その静寂の中で、メリルの掌にじわりと汗が滲んだ。
(これは……もしかして、またとない好機じゃないか?)
今までサディアスには四回催眠術をかけていて、いくらか彼の心はメリルに対して開いているはず。そして監視していたレイノルドは不在。唾を呑み込むと、ごくりと喉が鳴った。
もしバレたら……と考えかけるが、それよりもジューダスの言葉が頭に浮かぶ。
『英雄殺しの汚名を着せられたくないだろう?』
その言葉が本気なのかは分からないが、ジューダスはサディアスを害することも厭わない。彼にとっては、マリアローズの命令が何よりも重いのだ。国を守る英雄の命よりも、ずっと。
(殺されるくらいなら……私と恋に落ちてもらおう)
緊張に震えそうになる足を叱咤し踏ん張ると、メリルは寝室に続く扉の前に立つ。扉は開け放たれているので、サディアスはメリルがこの部屋にいることに気が付いているだろうが、念のため声をかける。
「サディアス将軍、失礼します」
「入ってくれ」
すぐに返事があり、メリルは中を覗き見た。サディアスはいつものように上半身裸のまま、ベッドに腰掛けている。その手には書類の束。メリルが入ってくると、それをさっとサイドテーブルの引き出しにしまった。
「お仕事中でしたか?」
「いや、もう終わらせる」
「そうですか。寝る寸前まで書類を見るのはおすすめしませんよ。眠りにつきにくくなります」
「そうなのか……。他にやることがないと、つい」
「お忙しいですものね。でも、ゆっくりと休むことが、今は何よりも大事ですよ」
意見しようものなら斬り捨てそうな顔をしているのに、メリルの言葉にサディアスは素直に頷く。
「……それでは、催眠術をかけますね。ベッドに横になってください」
普段通り。普段通り。メリルは心の中でそう唱える。でないと、緊張で声が裏返りそうだ。
平静を装って足を進める。ベッドに寝ころんだ彼の傍に立って見下ろした。
「目を閉じて、深く呼吸を繰り返してください。呼吸をする度に、体がゆっくりと重くなっていきます。額に意識を向けてください。眉間からゆっくりと緊張がとれて、力が抜けていきます」
いつもよりも更に慎重に、だが不自然にならないように意識する。集中してなけなしの魔力を言葉に乗せた。それを丁寧に練り、彼の意識の奥にまで入り込ませる。意識の殻をかいくぐり、その先の無意識の領域にまで。
「体が重くて、ベッドに沈み込んでいきます。瞼も開きません。意識も一緒に沈み込んでいきます。そして眠ることに躊躇していた気持ちが、消えていきます」
ここまではいつもと一緒だ。サディアスがゆったりとした眠気の波にもう呑まれているのが見えた。前よりも心が緩んでいる。
――今ならいける。
そう確信して、今までとは違う催眠術を口にした。
「ゆったりと眠り……目が覚めたら、サディアス将軍は、私――メリル・オールディスのことが好きになります」
ぴく、と彼の小指の先が揺れた気がする。だが起きる気配はない。緊張したままメリルは文言を続け、彼の心に入り込み続ける。
43
お気に入りに追加
2,864
あなたにおすすめの小説

白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。