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6.怖い人たち
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他の客はだいたいが単独。来ても二人程度でグループはいない。それに視線の先の席にはバニーボーイは誰も付いていないようで、彼らがこの店を楽しみに来たようにはあまり思えなかった。
「そうなんだよ……。言いにくいけど、怖い人たちだから粗相のないようにね。まぁ、変なことしなければ何もされないから」
怖い人。この夜の世界で怖い人、といえばヤのつく職業だろう。そんな人たちがこの店に来るのか。今までの人生で関わることがなかった人種の話に、現実感がない。普段俺はキャバクラも風俗も使わないから分からないけど、やっぱり夜の街はああいった人たちが仕切っているのだろうか。
「VIPルームに入ってくれればいいんだけど、新しい若頭が店の様子をチェックしたいらしくてねぇ」
「お、俺、あそこもお酒運ばないとなんですか?」
「いや、リツとか慣れたキャストがするから大丈夫だよ。そ・の・代・わ・り、そろそろ接客入ってもらおうかな。キャスト足りなくなってきたし」
ああヤクザの席には酒を運ばなくていいのか……。っていや、今店長は何て言っていた?
「え、俺が、ですか?」
「当たり前だよ~。これからも働くんだし、少しづつ慣れればいいから」
ヤクザのことでため息をついていた店長は、ふたたび丸顔に笑顔を乗せて明るく言う。だけど俺はもう辞めると伝えるつもりだったのに。ここで流されちゃいけない。
「いや、俺は……」
もう辞めます。接客は無理です。そう言おうとした時、いらっしゃいませという明るいキャストの声が店の入り口から聞こえてきた。
「丁度いいね。はーい、じゃあ七番テーブル、スナオ君はいりま~す! スナオ君ほら、お客さんお待たせしないでね。大丈夫だよ~、今日が初めてって言えば優しくしてくれるから」
強く肩を掴まれて、くるりと客席の方へと向けられる。そのままポンと尻を叩かれて進むように促された。
視線の先にはゆったりとした仕草で席に案内されるお客さん。どっしりとした体にスーツを着込んだ、よく日に焼けた中年男性。高そうなスーツは、彼が社会的に高い地位にいることをうかがわせる。こちらを向いて俺のことを頭のてっぺんからつま先までジロジロと見ると……にやりと笑って手招きをした。その仕草にぞっとする。
行かなきゃいけないのか?ここで逃げ出したら……いやバニーボーイの姿でどうやって逃げるんだ。このまま外に出たら変態だ。嫌ですと店長に縋りつく?でもさっきの調子だと助けてくれなさそうだ。それに視線の先のお客さんは俺のことを待っているみたいで、こちらを見たままにやにやと笑っている。
どうしよう。でも、きっとちょっと話すだけだし……みんな大丈夫だって言っているし。そう思いながらおずおずとホールに足を進める。かつんかつんとつるつるの硬い床にバニーブーツがぶつかって音を立てる。
あと少しで席に着く、その時。
誰かに強い力で腕を引かれた。
「……え?」
店長?それとも木津根だろうか。顔をあげて腕の先を見る。すると、そこには見たことのない顔が、俺のことを見下ろしていた。
「そうなんだよ……。言いにくいけど、怖い人たちだから粗相のないようにね。まぁ、変なことしなければ何もされないから」
怖い人。この夜の世界で怖い人、といえばヤのつく職業だろう。そんな人たちがこの店に来るのか。今までの人生で関わることがなかった人種の話に、現実感がない。普段俺はキャバクラも風俗も使わないから分からないけど、やっぱり夜の街はああいった人たちが仕切っているのだろうか。
「VIPルームに入ってくれればいいんだけど、新しい若頭が店の様子をチェックしたいらしくてねぇ」
「お、俺、あそこもお酒運ばないとなんですか?」
「いや、リツとか慣れたキャストがするから大丈夫だよ。そ・の・代・わ・り、そろそろ接客入ってもらおうかな。キャスト足りなくなってきたし」
ああヤクザの席には酒を運ばなくていいのか……。っていや、今店長は何て言っていた?
「え、俺が、ですか?」
「当たり前だよ~。これからも働くんだし、少しづつ慣れればいいから」
ヤクザのことでため息をついていた店長は、ふたたび丸顔に笑顔を乗せて明るく言う。だけど俺はもう辞めると伝えるつもりだったのに。ここで流されちゃいけない。
「いや、俺は……」
もう辞めます。接客は無理です。そう言おうとした時、いらっしゃいませという明るいキャストの声が店の入り口から聞こえてきた。
「丁度いいね。はーい、じゃあ七番テーブル、スナオ君はいりま~す! スナオ君ほら、お客さんお待たせしないでね。大丈夫だよ~、今日が初めてって言えば優しくしてくれるから」
強く肩を掴まれて、くるりと客席の方へと向けられる。そのままポンと尻を叩かれて進むように促された。
視線の先にはゆったりとした仕草で席に案内されるお客さん。どっしりとした体にスーツを着込んだ、よく日に焼けた中年男性。高そうなスーツは、彼が社会的に高い地位にいることをうかがわせる。こちらを向いて俺のことを頭のてっぺんからつま先までジロジロと見ると……にやりと笑って手招きをした。その仕草にぞっとする。
行かなきゃいけないのか?ここで逃げ出したら……いやバニーボーイの姿でどうやって逃げるんだ。このまま外に出たら変態だ。嫌ですと店長に縋りつく?でもさっきの調子だと助けてくれなさそうだ。それに視線の先のお客さんは俺のことを待っているみたいで、こちらを見たままにやにやと笑っている。
どうしよう。でも、きっとちょっと話すだけだし……みんな大丈夫だって言っているし。そう思いながらおずおずとホールに足を進める。かつんかつんとつるつるの硬い床にバニーブーツがぶつかって音を立てる。
あと少しで席に着く、その時。
誰かに強い力で腕を引かれた。
「……え?」
店長?それとも木津根だろうか。顔をあげて腕の先を見る。すると、そこには見たことのない顔が、俺のことを見下ろしていた。
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