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5.雰囲気の違う客
しおりを挟む「スナオ君。これ六番テーブルね」
「はい!」
「それ終わったら、こっちのおしぼり四番のキャストに持っていって」
「はい!」
「居酒屋じゃないんだから、もうちょっと返事は小声で」
「はい……!」
リツ君の言葉に返事をすると、そっとグラスを持ち上げる。繊細なグラスを傷つけないように慎重にラウンドトレーに乗せ、客席の合間をそろりそろりと進んだ。
はじめはこんな格好で人前に立つのも恥ずかしかったのに……慣れって怖いな。たった数時間しかいないはずだけれど、可愛らしい容姿をしたリツが思ったよりも体育会系で、ぽんぽん仕事を投げてくるのでいつの間にか緊張が解けてしまった。外は終電もないような時間だというのに店内は大盛況だった。
高級クラブじゃないって言っていたけど……ここは一体どういう店なんだろう。大分肩の力が抜けて、グラスを運びながらそっと辺りに視線を這わせた。
ダークカラーを基調とした店内の照明は薄暗く、なのにシャンデリアや客のグラスがチカチカと反射して眩しい。高級感のあるソファはゆったりと広いが、客はほとんどが一人で来店している男性のようだった。その客の隣には、色々なタイプのバニーボーイが座って楽し気に話している。リツと似たタイプの愛らしい華奢な者もいれば、俺よりも遥かに背が高くマッチョなバニーもいる。少年のように若い者も、やや高齢な者もいる。共通点は、みな露出度の高いバニーボーイの制服を着ている、ということくらいだった。
……たしかに普通のキャバクラでもクラブでもなさそうだけど……思ったよりは、普通かも、な。
「失礼します」
「ああ……ありがとね」
テーブルの傍に膝をつき、運んだグラスをテーブルに置くと、客の男がちらりとこちらを見る。運んだのはキャスト用のドリンクだったが、小さく礼をしてその場から去ろうとすると……さわりと生温かい何かが尻を這った。
「……! 失礼します……!」
「またね」
にやにやと笑う客に一瞬頭に血が上るが、こんなところで騒ぐこともできずに大股でバーカウンターへと戻る。
くそ! やっぱり普通じゃない!
同性同士の慣れ慣れしさなのかこの店が特殊なのか。ここでは普通の水商売と違ってボディタッチが許されているようで、客席の近くを通るたびに足を撫でられ尻を触られ、挙句の果てには股間にすうと指先を伸ばしてくるものさえいた。木津根の言っていたケツを撫でられるなら、というのは比喩でもなんでもなかったようだ。
やっぱりこれ以上は無理だな。店長に言って辞めさせてもらおう。
酒を運ぶだけでこれほど触られるなら、接客したらどれほどなのだろうか。他のキャストはうまく躱しているのかもしれないが、俺には無理そうだ。時給は下がるかもしれないが、それでもいくらかは貰えるだろう。
今度こそ流されないぞ、と決意を胸にバーカウンターへ戻る。すると、なにやら店長がリツに難しい顔をしてあれこれと忙しなく言いつけている。
「店長」
「あ、スナオ君、お疲れ。だいぶ慣れたみたいだね~」
やや丸い顔をした店長は、忙しそうな雰囲気のままやや早口にそう告げる。いやいや忙しそうだからってひるむな。そうやって相手の様子を伺って空気を読もうとした結果が今のこの状況だ。俺はもう辞めます、と一言いえば済むことなんだから。
「店長、すみませんが……」
意を決し一歩踏み出す。
が、店長はそんな俺にきがついているのかいないのか。俺の肩を握るとバーカウンターの奥へといざなった。
「スナオ君、ちょっと。こっち来て。あそこのテーブル。気が付かれないようにこっそり見て」
耳元でひそひそと小声で囁かれる。まるで何かを恐れているように。
一体何だろうか。言われるがままにそうっとカウンターの影から店の奥を覗くと、他の客席から少しだけ離れた場所に、他よりも一際高級そうなソファ席があった。そこになにやら数名の男性たちが群れるように座っている。幾人かはまるでボディーガードかなにかのように席を立ったまま辺りを見回している。その中心には、薄暗くて顔はよく見えないが、どうやらまだ若そうな男。
「あれ、なんか……雰囲気違いますね」
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