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3.ラビットホール
しおりを挟む『お兄サン、困った顔してるね~! どうしたの?』
真っ黒のスーツに撫でつけた金髪。引き締まった体型をしているけれど、肌は嫌に白くてどこか不健康そうだ。男は、片手に持っていたタバコを無造作に投げ捨てるとニコニコ笑いながらこちらへと近寄ってきた。明るいトーンだがどこか迫力のある声に、彼は夜の商売を生業にしているのだということがそれとなく伝わってくる。
『あ、えーっと。大丈夫です』
『全然大丈夫って顔じゃないよ~。当ててあげようか? お兄サン、お金に困ってるんでしょ』
キャバクラか風俗の客引きかな。そう思って曖昧な笑顔で誤魔化そうとするが、男はニコニコの笑顔のまま、するりと俺の傍まで寄ってくる。そして、ずばりと言い当てられて思わず口を噤んだ。そんなに分かりやすく金に困った顔をしていただろうか。黙り込んだ俺を見て、男は笑みを深める。
『スーツだし真面目そうなのに、……ギャンブル? 女?』
『いや、そういうのじゃなくて、ちょっと同僚に貸しただけで』
男が放った言葉にぎょっとして慌てて首を振る。金に困ってはいるけれど、そこまで深刻に使い込んだわけじゃない。ただ、今夜一晩しのぐためのお金がないというだけだ。だが俺の言葉に、男は俺よりももっと面食らった表情をした。
『え? 連帯保証とかそういう系? それはヤバいねぇ。お兄サン駄目だよ、他人なんて信用しちゃあ』
違う違う。そこまでアウトなことはしていない。誤解を解こうかとも思うけれど、思い込みの強そうな男とこれ以上話し込むのも面倒な気がする。はぁ、と曖昧に頷いて一歩そろりと後ずさろうとすると__男にがしりと二の腕を掴まれた。
『ねぇ。良かったらウチの店でバイトしてかない? 即日現金日払い、時給保証もあるよ』
『バイト?』
『そうそう。簡単な接客なんだけど』
なんと新人さんなら時給これだけ払えるよ、と男に耳打ちされて、俺は俺は目を見開いた。たった数時間で、サラリーマンとしての俺の日給分くらい稼げる。それだけあれば家までタクシーで帰ることもホテルに泊まることもできてしまうじゃないか。
俺の気持ちがぐらりと揺れたのを察したのか、男は畳みかけるように言葉を重ねた。
『いや、でも……』
『お金ないんでしょ? ほらほら行こう行こう』
『いやでもそんな高給、怪しいっていうか』
『大丈夫、大丈夫。とりあえず見てみて、嫌だったら帰ればいいよ。この街でもこれだけ時給保証できる店は少ないよ』
『それでも、俺接客なんてしたことないし、』
『別に高級クラブとかじゃないから心配いらないって。ニコニコしていてくれればいいから。ね、最近キャスト減っちゃって大変なんだ。俺を助けると思ってさ~。あ、俺、木津根って言うの。お兄サンは?』
『右崎、です』
『右崎さんね。よろしく~』
手を握られて彼が向かった先は、看板の出ていない雑居ビル。押したエレベーターのボタンから、地下に進むのだということがうかがえた。ゆっくりとエレベーターの箱が持ち上がる音がする。音もなく開いた扉。そこを一歩くぐると、木津根は目を細め、まるで内緒話をするかのように囁いた。
『秘密クラブ、ラビットホールへようこそ』
きっと普通の人ならついていかないだろう。頭の隅で警鐘が鳴る。だけどやや強引に繋がれた手を、俺は振り払うことができなかった。
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