1 / 11
1. お人よし
しおりを挟む『あんまりお人よしが過ぎると、いつか酷い目に遭うぞ』
そんな言葉を投げかけられたのは、小学校の頃だった。
それほど仲が良かったわけでもないクラスメイトに、掃除当番の場所を変わってくれと言われた。くじで決まった俺の掃除場所は裏庭。一番先生の目が届きにくく、しかもその時の掃除のペアはクラスで一番かわいいと評判の女の子だった。一方、変わってくれと頼んできた彼の掃除場所は職員室で……正直あまり気が進まなかった。普通なら断るだろう。だけど俺は、小学校の時点で自覚するほどに、断れない性格だったのだ。
別に特殊な家庭環境だったわけじゃない。だが頼まれたら嫌とは言えないし、どうにかお願いだ、と畳みかけられると思わず頷いてしまう。小学校に入りたてくらいの、本当に幼かったころは、相手のことが可哀そうだと思っていた。そうして安請け合いしていくうちに、相手の要求を呑むことに慣れ過ぎてしまって、断って相手を嫌な気持ちにさせるのが怖くなった。それからさらにしばらく経つと、友人たちは俺が頼みごとを断らないのだと信じ切って、頼り切った態度で願い事を口にするようになった。そうなると急に嫌だと言うことが過剰反応のようで恥ずかしく、言い出しにくくなった。そんなことを積み重ねて、俺は一歩一歩、ある意味着実に断れない男になっていた。
掃除当番の交代。心の中ですこし、嫌だなと思いながら了承した。別に掃除場所くらいたいしたことじゃない。そう考えて自分を慰めようとしていると、『おい』と、別のクラスメイトの声がした。
『掃除場所変わるなって先生に言われてるだろ。勝手なまねするなよ』
不機嫌さを露わにした声は、その時の学級委員長のものだった。こっそり交代しようとしていたのに、目ざとく俺たちが話しているのを見つけて、聞き耳を立てていたようだった。スポーツ万能成績優秀、さらに顔立ちも小学生なのに非常に整っていた学級委員長。なぜか大人である教師たちも少し恐れをなしている。そんな彼に逆らえるはずもなく、俺に掃除場所の交代を迫っていたクラスメイトはばつが悪そうな顔をしてそそくさといなくなった。
あんなに簡単に断るなんてすごいな。その時、胸に浮かんだのは純粋な感心だった。まるでしっしと犬でも追い払うかのようにクラスメイトの要求を退けた委員長。どうすればそんなに堂々と意見を言えるのだろうか。彼は同性だと言うのにどきどきと鼓動が早くなる。なんでだろうか。
ともかく礼を言おうと委員長に向かって笑いかけると……
じろりと厳しい目つきで睨まれ言われたのだ。『あんまりお人よしが過ぎると、いつか酷い目に遭うぞ』と。
それから早十五年。俺のお人よしは変わっていないし、彼の予言通りにどうやら『酷い目』に遭いそうだった。
「いや~いいね! 似合う似合う! 制服、ぴったりじゃないか!」
「はぁ……、ありがとうございます」
目の前のスーツ姿の男は、俺の格好を見てまるで手でも叩きそうなほど喜んだ。人から喜ばれることは嫌いじゃない。お人よしの性で思わずありがとうと口にしてしまう。だけど……今回ばかりは素直に嬉しがっていられない。なかなか学習しない俺の抜けた頭でもそれは分かった。なぜなら俺が着せられている『制服』とやらは、……バニーボーイの服なのだから。
81
お気に入りに追加
734
あなたにおすすめの小説


別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる