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1. お人よし

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『あんまりお人よしが過ぎると、いつか酷い目に遭うぞ』

 そんな言葉を投げかけられたのは、小学校の頃だった。
それほど仲が良かったわけでもないクラスメイトに、掃除当番の場所を変わってくれと言われた。くじで決まった俺の掃除場所は裏庭。一番先生の目が届きにくく、しかもその時の掃除のペアはクラスで一番かわいいと評判の女の子だった。一方、変わってくれと頼んできた彼の掃除場所は職員室で……正直あまり気が進まなかった。普通なら断るだろう。だけど俺は、小学校の時点で自覚するほどに、断れない性格だったのだ。

別に特殊な家庭環境だったわけじゃない。だが頼まれたら嫌とは言えないし、どうにかお願いだ、と畳みかけられると思わず頷いてしまう。小学校に入りたてくらいの、本当に幼かったころは、相手のことが可哀そうだと思っていた。そうして安請け合いしていくうちに、相手の要求を呑むことに慣れ過ぎてしまって、断って相手を嫌な気持ちにさせるのが怖くなった。それからさらにしばらく経つと、友人たちは俺が頼みごとを断らないのだと信じ切って、頼り切った態度で願い事を口にするようになった。そうなると急に嫌だと言うことが過剰反応のようで恥ずかしく、言い出しにくくなった。そんなことを積み重ねて、俺は一歩一歩、ある意味着実に断れない男になっていた。

 掃除当番の交代。心の中ですこし、嫌だなと思いながら了承した。別に掃除場所くらいたいしたことじゃない。そう考えて自分を慰めようとしていると、『おい』と、別のクラスメイトの声がした。

『掃除場所変わるなって先生に言われてるだろ。勝手なまねするなよ』

 不機嫌さを露わにした声は、その時の学級委員長のものだった。こっそり交代しようとしていたのに、目ざとく俺たちが話しているのを見つけて、聞き耳を立てていたようだった。スポーツ万能成績優秀、さらに顔立ちも小学生なのに非常に整っていた学級委員長。なぜか大人である教師たちも少し恐れをなしている。そんな彼に逆らえるはずもなく、俺に掃除場所の交代を迫っていたクラスメイトはばつが悪そうな顔をしてそそくさといなくなった。
 
 あんなに簡単に断るなんてすごいな。その時、胸に浮かんだのは純粋な感心だった。まるでしっしと犬でも追い払うかのようにクラスメイトの要求を退けた委員長。どうすればそんなに堂々と意見を言えるのだろうか。彼は同性だと言うのにどきどきと鼓動が早くなる。なんでだろうか。

ともかく礼を言おうと委員長に向かって笑いかけると……
 じろりと厳しい目つきで睨まれ言われたのだ。『あんまりお人よしが過ぎると、いつか酷い目に遭うぞ』と。

それから早十五年。俺のお人よしは変わっていないし、彼の予言通りにどうやら『酷い目』に遭いそうだった。





「いや~いいね! 似合う似合う! 制服、ぴったりじゃないか!」
「はぁ……、ありがとうございます」

 目の前のスーツ姿の男は、俺の格好を見てまるで手でも叩きそうなほど喜んだ。人から喜ばれることは嫌いじゃない。お人よしの性で思わずありがとうと口にしてしまう。だけど……今回ばかりは素直に嬉しがっていられない。なかなか学習しない俺の抜けた頭でもそれは分かった。なぜなら俺が着せられている『制服』とやらは、……バニーボーイの服なのだから。



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