【BL】魔王様の部下なんだけどそろそろ辞めたい

のらねことすていぬ

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12.受け視点:魔王様の部下を辞めたら嫁にされました

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 ゼー将軍に言われたことに私が頭を抱えていると、ノックもなく扉が開かれた。不機嫌さを纏った魔王様が眦を吊り上げてずかずかと室内に入ってくる。魔王様の発する魔力で一気に室内の空気が重くなり息が苦しくなった。

「おい、ゼー。いつまで話しているつもりだ」
「悪い悪い。もう終わった」

 ゼー将軍は床から立ち上がると、私から2、3歩離れて姿勢を正す。そんな彼をちらりと見た魔王様は、寝台の上の私をじろりと睨んだ。
 
「レヴィス、こいつに変なことは言われてないだろうな」

 怒気をぶつけられているわけでもないのに、体がぶるぶると震えそうになる。見つめられているだけで魔王様の圧倒的な強さが伝わってきて、私はいつものように顔を青くしてこくこくと頷くしかできない。だがその魔王様の後で、ゼー将軍が口をぱくぱくさせながら何やら私に伝えようとしてきた。

『レヴィス! 早く! 打ち合わせ通りにやれ!』

 そうだった。
 でも怖すぎる。いや、やるって決めたんだから、ゼー将軍にも絶対やれって念を押されたし……。だけど怖い。ただでさえ魔王様、機嫌悪そうなのに。
 ぐるぐると思考が回って固まってしまいそうになったけど、奥歯を噛んで腹を決めた。

 私は勇気を振り絞って、くるまれたシーツの隙間から手を伸ばすと。
 
「ま、魔王様! お帰りなさい!!」
「…………レヴィス?」
「魔王様と離れていて、さ、ささ、寂しかったです!」

 そう言いながら伸ばした腕を魔王様の腰に巻き付けて、勢いのままに抱き着く。飛びつくように強く抱き着いて、魔王様の腹に顔をうずめるとぎゅうぎゅうと腕に力を込めた。
 
 ゼー将軍に言われたこと。ゼー将軍の作戦と言うべきそれは『魔王様に甘えて油断させる』ということだった。
 魔王様が帰ってきたら抱き着いて、離れようとするなら行かないでと縋ってみせろ。他の魔族の名前を口にしたら拗ねてみせ、撫でられたら喜んで笑う。そして甘えて甘えて甘え倒して、魔王様が油断したところで我儘を装って自由を強請ってみせろ、ということだった。

 そう言われたのだけど、今まで口にしたことのないセリフにギクシャクと体が固まってしまう。
 
 本当にこれでいいんですよね!? ゼー将軍!? 冗談だったとかナシですよ!
 こんな不遜な態度を取って、怒った魔王様に消し炭にされてしまうんじゃないか? という恐怖が背中をせり上がってきたころ、抱き着いた私の頭にぽんと柔らかいものが置かれた。魔王様の掌だ。

「……そうか」
「へ」
「悪かった。これからはできるだけ離れないようにしよう」
「は」

 不愉快だと怒るかと思った魔王様は、相変わらずの無表情で私の頭を撫でている。するりとその掌が耳に降りてきて、耳朶を柔らかく揉まれて。彼は抱き着いている私をそっと引き剥がすと寝台の私の横へと腰掛けた。
 ついでとばかりに、ちゅ、と柔らかい音を立てて頬にキスを落とされる。

『ほら見ろ! そのまま続けろ!』

 口をぱくぱくさせて指示を飛ばしてくるゼー将軍。ぽかんと口を開けて呆けていた私は、あわてて打ち合わせていた言葉を思い出す。
 
「いえ! その、一緒にいられるのも嬉しいんですが……! レヴィスは執務に邁進する魔王様がとっても格好いいと思います!」
「執務?」

 訝し気に眉を寄せる魔王様に、すかさずゼー将軍がそらぞらしく呟く。
 
「あ~、そう言えば、最近寝室に籠りっぱなしで書類が溜まっているって侍従が言っていたような~」
「それは大変です! 格好いい魔王様、どうぞ私はここで待っていますので!」

 さすがにこんな安い演技では無理があるだろう。ゼー将軍も結構棒読みじゃないか。やっぱり消し炭……と私が白目を剥きかけたところで、私の隣の魔王様が、なんと頷いたのだ。
 
 魔王様が寝台からゆっくりと立ち上がると、呼応するように床から触手が生えてくる。そのおぞましい姿に、私は立ち上がった魔王様に縋るような憐れな声を出した。

「あ、あの、触手は少し怖いです……それに触られるのは魔王様だけがいいです……」
「分かった。ゼー、あまり変な真似をするなよ」

 意外なほどあっさりと触手を消した魔王様は、ゼー将軍を少しだけ睨むと、ゆっくりとした足取りで寝室から出て行った。今まで私がどれだけ嫌だと言っても聞いてくれなかったのに、あっさり過ぎるほどの態度に私は呆然とその後姿を見送る。

「な、言った通りだろ?」
「……信じられません」

 部屋に残ったゼー将軍がにやにやとこちらを見ている。だけどまだ信じられない。今まで抵抗していた時とは全く違う魔王様の様子に気持ちがついていかない。なんでこんな……まるで私に甘えられて嬉しいみたいな態度になるんだろう。
 
「レヴィス。上手く褒めて甘えて旦那を操れよ。我儘言い過ぎも注意な。外出のおねだりは慎重にな」
「はい……って、え? 旦那?」
「細かいことはいいんだよ。まぁお前が旦那様~って呼んだら喜びそうだな」
「それはちょっと……」
「何言ってんだ。俺の言うことを聞いて上手くいっただろ?」
「たしかに……」

 計画を聞いた時は絶対に無理だと思ったし、死んでしまうかと思ったけれど、たしかにゼー将軍の作戦は上手くいった。むしろ上手くいきすぎて怖いくらいだった。触手に弄られることもなくのんびりと寝台に座っていられるなんて、いつぶりだろう。
 でもだからってそんな調子にのった真似は、長年小姓をしてきた身としては抵抗がある。この間まで私になんて見向きもしなかった魔王様に、淫魔のように甘えるなんて……。とそこまで考えてふと頭を上げる。

「あれ? 魔王様、淫魔たちにべたべた甘えられるのが面倒だっておっしゃってて……色っぽいのはお嫌いなんだと思ってました」
「安心しろ。お前には色気はない」
「ええ?」

 じゃあ何で? ますます分からない。私が頭を抱えていると、ゼー将軍は大きな口を開けて笑った。
 
「まぁ魔王様が戻ってくるまでに少しでも休んでおけよ。さっきも言ったけど、お前が壊れたら取り返しがつかねぇんだから」
「はい!」
 
 ゼー将軍はそう言うと、寝室の扉に向かって体を向けて。だけど言い忘れたことがあるとばかりに一歩寝台の方へと戻って来た。
 ずい、と大きな体が寄せられる。その顔は相変わらずおおらかな笑顔だけど、瞳は真剣だった。

「いつかは、魔王様に好きって言ってやれよ」

 好き。魔王様に好きだと伝える。
 その言葉にはすぐに、はい、と言えなくて曖昧にうなずく。
 
 魔王様に好きだなんて絶対に言えないと思っていた。魔王様は私には手の届かない相手なんだから。私はただの小姓で、魔王様は私に見向きもしないで他の子を選ぶと思っていた。
 
 だけどあの魔王様の様子を思い出すと、ほんの少しだけ勇気が湧いてくる。優しく頭を撫でてくれた穏やかな掌。頬に落とされた唇。そのどれもが、私を甘く包んでくれるもので、もしかしたら好きだと言っても嫌がられないんじゃないか。それどころか……魔王様も私のことを好きだと思ってくれるんじゃないか。

 そう考えると、幸せな予感に心臓がぎゅうと甘く苦しく高鳴った。


 そんな私がちゃんと「好き」と伝えられるようになるのは、もう少し先の話。



 

 
 ……そしていつの間にか外堀がしっかりと埋められていて、魔王様の妃にされるのも、もう少し先の話。
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