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5.魔王様
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「……失礼いたします」
扉を軽くノックし、返事がないことを確かめてから重い扉をゆっくりと押す。
僅かに開けた隙間からするりと中に入り込み、水差しを机に置くと、続きの部屋にある魔王様の寝台までゆっくりと足を進めた。
部屋中が強い魔力で満ちている。
この部屋にいるだけで、魔王様の魔力に影響されて少しづつ魔力が溜まっていくような、不思議な感覚。
初めは強すぎる刺激にすら感じていたそれは、今はもう心地よい。
もう感じられることのない感覚だと感傷に浸りながら……そっと寝台の側に膝をついた。
「魔王様、おはようございます。本日もご政務の時間が迫っておりますよ。お目覚め下さい」
真っ白いシーツに流れる、絹のような黒髪。
長く尖った耳がぴくりと動いて……だけど起きる気配はない。
それに私は苦笑して彼の肩を優しく揺する。
何度か根気よく揺すり続けると、ようやく煩わしそうに魔王様は瞳を開けた。
「……レヴィスか」
掠れた声。
とろりと溶けた赤い瞳。
寝ている時は彼は服を身に着けないから、首筋も胸元もその白い素肌が露出している。
ぞくぞくするような色気を纏わせた彼に心が跳ねるけれど、顔に出さないよう注意して再び挨拶を口にした。
「おはようございます。朝食は既にご用意されております。どうぞお召し変えを」
「ああ……」
まだ少し寝ぼけているのだろうか。
私の顔をじっと見つめ、魔王様はその腕を私に伸ばしかけて……触れる前に降ろした。
何だったんだろうか。
訝しく思いながらも彼の支度を手伝おうと床から立ち上がる。
すると私の動きを追うように魔王様もベッドから上半身を起こし、その逞しい体が露わになった。
赤い瞳が、ただじっと私に向けられる。
ほんの少しの恐怖すら感じ始めたところで、魔王様はおもむろに口を開いた。
「最近、お前の様子がおかしいとゼーから聞いた。何かあったのか?」
「私の、様子、ですか……?」
その言葉に、先日交わしたゼー将軍との会話を思い出した。
粗暴そうに見えて意外と細やかな男だ。
魔王様の身の回りの変化は、どれだけ小さなことでも報告しているのだろう。
一瞬、私がイレス少年を害そうとしているのだと言いつけられたのかと思ったが、そんな私の考えを否定するかのように魔王様は言葉を重ねた。
「ああ。何か悩んでいるような様子だと言っていたな。困っていることでもあるのか?」.
いつも感情の起伏のない魔王様からかけられる、穏やかな言葉。
その響きは、本当に私のことを気遣ってくださっている様子が分かって……私はそのことによろけるほどの衝撃を受けた。
こんなに優しくしてもらっておきながら、私はどれだけ浅ましいんだ。
触れて頂けない、抱いてもらえないと、どろどろと胸の中で巣くっていた想いはどれほど醜く愚かしいことか。
魔族を束ねる存在でありながら、こんな弱い悪魔にまでお心を配っていただける。
こんなお人の傍にいるのに、私は自分勝手で不埒な気持ちを持て余すなんて。
「……悩んでなんておりません。魔王様にお仕えできて、毎日本当に幸せです」
早く、早く自分のような存在は消えなければ。
彼の優しさを与えられるなんて、この身に余る。
ただただその想いだけで、言葉が口をついて出た。
「ですが、魔王様。急なお願いで申し訳ないのですが、……わたくし本日で小姓を辞めさせて頂きたく存じます」
扉を軽くノックし、返事がないことを確かめてから重い扉をゆっくりと押す。
僅かに開けた隙間からするりと中に入り込み、水差しを机に置くと、続きの部屋にある魔王様の寝台までゆっくりと足を進めた。
部屋中が強い魔力で満ちている。
この部屋にいるだけで、魔王様の魔力に影響されて少しづつ魔力が溜まっていくような、不思議な感覚。
初めは強すぎる刺激にすら感じていたそれは、今はもう心地よい。
もう感じられることのない感覚だと感傷に浸りながら……そっと寝台の側に膝をついた。
「魔王様、おはようございます。本日もご政務の時間が迫っておりますよ。お目覚め下さい」
真っ白いシーツに流れる、絹のような黒髪。
長く尖った耳がぴくりと動いて……だけど起きる気配はない。
それに私は苦笑して彼の肩を優しく揺する。
何度か根気よく揺すり続けると、ようやく煩わしそうに魔王様は瞳を開けた。
「……レヴィスか」
掠れた声。
とろりと溶けた赤い瞳。
寝ている時は彼は服を身に着けないから、首筋も胸元もその白い素肌が露出している。
ぞくぞくするような色気を纏わせた彼に心が跳ねるけれど、顔に出さないよう注意して再び挨拶を口にした。
「おはようございます。朝食は既にご用意されております。どうぞお召し変えを」
「ああ……」
まだ少し寝ぼけているのだろうか。
私の顔をじっと見つめ、魔王様はその腕を私に伸ばしかけて……触れる前に降ろした。
何だったんだろうか。
訝しく思いながらも彼の支度を手伝おうと床から立ち上がる。
すると私の動きを追うように魔王様もベッドから上半身を起こし、その逞しい体が露わになった。
赤い瞳が、ただじっと私に向けられる。
ほんの少しの恐怖すら感じ始めたところで、魔王様はおもむろに口を開いた。
「最近、お前の様子がおかしいとゼーから聞いた。何かあったのか?」
「私の、様子、ですか……?」
その言葉に、先日交わしたゼー将軍との会話を思い出した。
粗暴そうに見えて意外と細やかな男だ。
魔王様の身の回りの変化は、どれだけ小さなことでも報告しているのだろう。
一瞬、私がイレス少年を害そうとしているのだと言いつけられたのかと思ったが、そんな私の考えを否定するかのように魔王様は言葉を重ねた。
「ああ。何か悩んでいるような様子だと言っていたな。困っていることでもあるのか?」.
いつも感情の起伏のない魔王様からかけられる、穏やかな言葉。
その響きは、本当に私のことを気遣ってくださっている様子が分かって……私はそのことによろけるほどの衝撃を受けた。
こんなに優しくしてもらっておきながら、私はどれだけ浅ましいんだ。
触れて頂けない、抱いてもらえないと、どろどろと胸の中で巣くっていた想いはどれほど醜く愚かしいことか。
魔族を束ねる存在でありながら、こんな弱い悪魔にまでお心を配っていただける。
こんなお人の傍にいるのに、私は自分勝手で不埒な気持ちを持て余すなんて。
「……悩んでなんておりません。魔王様にお仕えできて、毎日本当に幸せです」
早く、早く自分のような存在は消えなければ。
彼の優しさを与えられるなんて、この身に余る。
ただただその想いだけで、言葉が口をついて出た。
「ですが、魔王様。急なお願いで申し訳ないのですが、……わたくし本日で小姓を辞めさせて頂きたく存じます」
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