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のらねことすていぬ

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「フレーチャー中隊長~! 飲んでますかぁ~!」

「ああ、飲んでるよ。飲みすぎたくらいだ」


完全に酔っ払った部下に絡まれながら、酒を注がれる。
新人歓迎の宴会に参加したのは、実に5年ぶりだが……相変わらずの阿鼻叫喚ぶりだ。
普段は上下関係にうるさく、さらに常に市民の模範たれと厳しい規律を敷かれている騎士団だが、宴会の時は別だ。
まだ宵の口だというにに、既に飲みすぎて転がっている奴すらいる。

いざという時は輩後輩、上司部下なんて関係なくお互いの命を預けあう関係だ。
酒の席ではざっくばらんに語り、腹に抱えるものがないように、というのが普段は品行方正な騎士団の伝統らしい。
そのおかげか団員の仲はおおむね良好だ。

だが酒席がどうにも苦手な私は、隊長職にあることを言い訳に、しばらく逃げ回ってきていた。
騒がしい店内も、強すぎる酒と人の匂いも、あまり好きになれない。
気を遣っているのか部下があれこれと酒をついだり話を振ったりしてくれるのも、どうにも気まずい。


「中隊長はぁ、どんな人が好みなんですかぁぁぁ?」

「あ、それ俺も気になります! 全然、普段女の子の話とかしませんよね!」

「あー……そうだな。どちらかと言うと、あんまり口数が多くなくて、控えめな感じが好き、かな?」


頭の中にリチが女だったらどうだろうと思い浮かべながら答える。
どうしてもゴツイ女にしかならなくて、想像だけで小さく笑いそうになった。


「へー、大人しい感じが好きなんすね!」


大人しいというか、寡黙というか朴訥というか。
答えようがなくてあいまいに笑う。


「俺も、大人しくって可愛い子に朝ごはんとか作ってもらいたいっす! で、行ってきますのチューとか、夢だなぁ!!」

「私はそれは逆だな」

「逆? ……え、もしかしてそれって、つまり終わったらさっさと出てって欲しいってことですか?」


それは違う。
できれば私だって好きな相手とはずっと一緒に居たい。
だが私はただでさえダメなだらしない男で、あっちは何かと気が付く男だ。
もし長居なんてされたら年上であるにも関わらずずぶずぶとどこまでも依存してしまう。
嫌がられても頼り、帰るなと駄々をこねて迷惑をかけるだろう。

私が黙っていると、彼は口をパクパクと開いたり閉じたりした。


「さ、さすが氷の中隊長……」


そういうと、私のテーブルの部下たちはすっかり黙ってしまった。

シューと違って、笑えるような話の一つもできなくて悪いな。
すっかり真っ赤になっている部下を眺めつつ、心の中で謝る。
彼は私とそれほど酒量は変わらないはずだが……もしかして、だいぶ酒に弱いんだろうか。


その時、視界の端でリチが席を立つのを捕らえた。
一つ離れたテーブルで飲んでいた彼は、ゆっくりとした足取りで店の隅に移動している。
おそらく厠へ行くんだろう。

ドクンと鳴る心臓を抑えて、私も何気ない仕草を装って席を立つ。


「少し……失礼するよ」


ポケットに財布がちゃんと入っていることを確認して、目立たないよう壁伝いにリチの後を追う。
この店は何度か来たことがあるが、広い店内に反して厠は狭く一つしかないうえ、店の隅の奥まった薄暗い廊下の先にある。
だから厠に誰か入っていても気づきにくく、廊下の先にさえ気を配っていれば、他人と鉢合わせすることはない。

私は厠の扉の前で何度か深呼吸をすると、壁に抱き着くようにして寄り掛かかった。
ほどなくして厠の扉が開き、私を見て驚いた顔をしたリチが出てきた。


「……フレーチャー中隊長?」


怪訝に名を呼ばれる。
それはそうだろう。
こんなところで上司が半ばうずくまっていたら、一体どうしたものかと思うだろう。


「中隊長、どうかされたんですか?」


気遣わしげな声に、彼はまだそれほど酔っていなかったのかと心の中で舌打ちをする。
だがこの機会を逃すわけにはいかない。


「飲みすぎたのかな……あまり、気分が良くないんだ」

「おまちください。すぐに、水を持ってきます」


いつもより弱弱しげな声を出すと、リチは慌てたように店内に戻ろうとする。
だがその手を強引に掴んだ。


「水はいい。いらない」

「中隊長、ですが、」


いつも強い視線で見てくる男が、困ったような顔をしている。
そのことにどうしようもなく焦れて、顔を彼の耳に近づける。


「家まで、送ってくれないか?」


明日、彼が非番だということは知ってる。
もちろん私も非番だ。
こんなあからさまな誘い、男女だったらあり得ない。
だが男同士の関係では回りくどいことは嫌われる。
ヤルことは一緒なんだ、いいから早く股を開けと何度も言われてきた。


「イブリース隊員、いいだろう?」


囁きながら瞳に欲を乗せて彼を見やると、薄闇の中の彼はますます困った顔をして。
それからコクリと頷いた。

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