2 / 12
2.
しおりを挟む
「フレーチャー中隊長~! 飲んでますかぁ~!」
「ああ、飲んでるよ。飲みすぎたくらいだ」
完全に酔っ払った部下に絡まれながら、酒を注がれる。
新人歓迎の宴会に参加したのは、実に5年ぶりだが……相変わらずの阿鼻叫喚ぶりだ。
普段は上下関係にうるさく、さらに常に市民の模範たれと厳しい規律を敷かれている騎士団だが、宴会の時は別だ。
まだ宵の口だというにに、既に飲みすぎて転がっている奴すらいる。
いざという時は輩後輩、上司部下なんて関係なくお互いの命を預けあう関係だ。
酒の席ではざっくばらんに語り、腹に抱えるものがないように、というのが普段は品行方正な騎士団の伝統らしい。
そのおかげか団員の仲はおおむね良好だ。
だが酒席がどうにも苦手な私は、隊長職にあることを言い訳に、しばらく逃げ回ってきていた。
騒がしい店内も、強すぎる酒と人の匂いも、あまり好きになれない。
気を遣っているのか部下があれこれと酒をついだり話を振ったりしてくれるのも、どうにも気まずい。
「中隊長はぁ、どんな人が好みなんですかぁぁぁ?」
「あ、それ俺も気になります! 全然、普段女の子の話とかしませんよね!」
「あー……そうだな。どちらかと言うと、あんまり口数が多くなくて、控えめな感じが好き、かな?」
頭の中にリチが女だったらどうだろうと思い浮かべながら答える。
どうしてもゴツイ女にしかならなくて、想像だけで小さく笑いそうになった。
「へー、大人しい感じが好きなんすね!」
大人しいというか、寡黙というか朴訥というか。
答えようがなくてあいまいに笑う。
「俺も、大人しくって可愛い子に朝ごはんとか作ってもらいたいっす! で、行ってきますのチューとか、夢だなぁ!!」
「私はそれは逆だな」
「逆? ……え、もしかしてそれって、つまり終わったらさっさと出てって欲しいってことですか?」
それは違う。
できれば私だって好きな相手とはずっと一緒に居たい。
だが私はただでさえダメなだらしない男で、あっちは何かと気が付く男だ。
もし長居なんてされたら年上であるにも関わらずずぶずぶとどこまでも依存してしまう。
嫌がられても頼り、帰るなと駄々をこねて迷惑をかけるだろう。
私が黙っていると、彼は口をパクパクと開いたり閉じたりした。
「さ、さすが氷の中隊長……」
そういうと、私のテーブルの部下たちはすっかり黙ってしまった。
シューと違って、笑えるような話の一つもできなくて悪いな。
すっかり真っ赤になっている部下を眺めつつ、心の中で謝る。
彼は私とそれほど酒量は変わらないはずだが……もしかして、だいぶ酒に弱いんだろうか。
その時、視界の端でリチが席を立つのを捕らえた。
一つ離れたテーブルで飲んでいた彼は、ゆっくりとした足取りで店の隅に移動している。
おそらく厠へ行くんだろう。
ドクンと鳴る心臓を抑えて、私も何気ない仕草を装って席を立つ。
「少し……失礼するよ」
ポケットに財布がちゃんと入っていることを確認して、目立たないよう壁伝いにリチの後を追う。
この店は何度か来たことがあるが、広い店内に反して厠は狭く一つしかないうえ、店の隅の奥まった薄暗い廊下の先にある。
だから厠に誰か入っていても気づきにくく、廊下の先にさえ気を配っていれば、他人と鉢合わせすることはない。
私は厠の扉の前で何度か深呼吸をすると、壁に抱き着くようにして寄り掛かかった。
ほどなくして厠の扉が開き、私を見て驚いた顔をしたリチが出てきた。
「……フレーチャー中隊長?」
怪訝に名を呼ばれる。
それはそうだろう。
こんなところで上司が半ばうずくまっていたら、一体どうしたものかと思うだろう。
「中隊長、どうかされたんですか?」
気遣わしげな声に、彼はまだそれほど酔っていなかったのかと心の中で舌打ちをする。
だがこの機会を逃すわけにはいかない。
「飲みすぎたのかな……あまり、気分が良くないんだ」
「おまちください。すぐに、水を持ってきます」
いつもより弱弱しげな声を出すと、リチは慌てたように店内に戻ろうとする。
だがその手を強引に掴んだ。
「水はいい。いらない」
「中隊長、ですが、」
いつも強い視線で見てくる男が、困ったような顔をしている。
そのことにどうしようもなく焦れて、顔を彼の耳に近づける。
「家まで、送ってくれないか?」
明日、彼が非番だということは知ってる。
もちろん私も非番だ。
こんなあからさまな誘い、男女だったらあり得ない。
だが男同士の関係では回りくどいことは嫌われる。
ヤルことは一緒なんだ、いいから早く股を開けと何度も言われてきた。
「イブリース隊員、いいだろう?」
囁きながら瞳に欲を乗せて彼を見やると、薄闇の中の彼はますます困った顔をして。
それからコクリと頷いた。
「ああ、飲んでるよ。飲みすぎたくらいだ」
完全に酔っ払った部下に絡まれながら、酒を注がれる。
新人歓迎の宴会に参加したのは、実に5年ぶりだが……相変わらずの阿鼻叫喚ぶりだ。
普段は上下関係にうるさく、さらに常に市民の模範たれと厳しい規律を敷かれている騎士団だが、宴会の時は別だ。
まだ宵の口だというにに、既に飲みすぎて転がっている奴すらいる。
いざという時は輩後輩、上司部下なんて関係なくお互いの命を預けあう関係だ。
酒の席ではざっくばらんに語り、腹に抱えるものがないように、というのが普段は品行方正な騎士団の伝統らしい。
そのおかげか団員の仲はおおむね良好だ。
だが酒席がどうにも苦手な私は、隊長職にあることを言い訳に、しばらく逃げ回ってきていた。
騒がしい店内も、強すぎる酒と人の匂いも、あまり好きになれない。
気を遣っているのか部下があれこれと酒をついだり話を振ったりしてくれるのも、どうにも気まずい。
「中隊長はぁ、どんな人が好みなんですかぁぁぁ?」
「あ、それ俺も気になります! 全然、普段女の子の話とかしませんよね!」
「あー……そうだな。どちらかと言うと、あんまり口数が多くなくて、控えめな感じが好き、かな?」
頭の中にリチが女だったらどうだろうと思い浮かべながら答える。
どうしてもゴツイ女にしかならなくて、想像だけで小さく笑いそうになった。
「へー、大人しい感じが好きなんすね!」
大人しいというか、寡黙というか朴訥というか。
答えようがなくてあいまいに笑う。
「俺も、大人しくって可愛い子に朝ごはんとか作ってもらいたいっす! で、行ってきますのチューとか、夢だなぁ!!」
「私はそれは逆だな」
「逆? ……え、もしかしてそれって、つまり終わったらさっさと出てって欲しいってことですか?」
それは違う。
できれば私だって好きな相手とはずっと一緒に居たい。
だが私はただでさえダメなだらしない男で、あっちは何かと気が付く男だ。
もし長居なんてされたら年上であるにも関わらずずぶずぶとどこまでも依存してしまう。
嫌がられても頼り、帰るなと駄々をこねて迷惑をかけるだろう。
私が黙っていると、彼は口をパクパクと開いたり閉じたりした。
「さ、さすが氷の中隊長……」
そういうと、私のテーブルの部下たちはすっかり黙ってしまった。
シューと違って、笑えるような話の一つもできなくて悪いな。
すっかり真っ赤になっている部下を眺めつつ、心の中で謝る。
彼は私とそれほど酒量は変わらないはずだが……もしかして、だいぶ酒に弱いんだろうか。
その時、視界の端でリチが席を立つのを捕らえた。
一つ離れたテーブルで飲んでいた彼は、ゆっくりとした足取りで店の隅に移動している。
おそらく厠へ行くんだろう。
ドクンと鳴る心臓を抑えて、私も何気ない仕草を装って席を立つ。
「少し……失礼するよ」
ポケットに財布がちゃんと入っていることを確認して、目立たないよう壁伝いにリチの後を追う。
この店は何度か来たことがあるが、広い店内に反して厠は狭く一つしかないうえ、店の隅の奥まった薄暗い廊下の先にある。
だから厠に誰か入っていても気づきにくく、廊下の先にさえ気を配っていれば、他人と鉢合わせすることはない。
私は厠の扉の前で何度か深呼吸をすると、壁に抱き着くようにして寄り掛かかった。
ほどなくして厠の扉が開き、私を見て驚いた顔をしたリチが出てきた。
「……フレーチャー中隊長?」
怪訝に名を呼ばれる。
それはそうだろう。
こんなところで上司が半ばうずくまっていたら、一体どうしたものかと思うだろう。
「中隊長、どうかされたんですか?」
気遣わしげな声に、彼はまだそれほど酔っていなかったのかと心の中で舌打ちをする。
だがこの機会を逃すわけにはいかない。
「飲みすぎたのかな……あまり、気分が良くないんだ」
「おまちください。すぐに、水を持ってきます」
いつもより弱弱しげな声を出すと、リチは慌てたように店内に戻ろうとする。
だがその手を強引に掴んだ。
「水はいい。いらない」
「中隊長、ですが、」
いつも強い視線で見てくる男が、困ったような顔をしている。
そのことにどうしようもなく焦れて、顔を彼の耳に近づける。
「家まで、送ってくれないか?」
明日、彼が非番だということは知ってる。
もちろん私も非番だ。
こんなあからさまな誘い、男女だったらあり得ない。
だが男同士の関係では回りくどいことは嫌われる。
ヤルことは一緒なんだ、いいから早く股を開けと何度も言われてきた。
「イブリース隊員、いいだろう?」
囁きながら瞳に欲を乗せて彼を見やると、薄闇の中の彼はますます困った顔をして。
それからコクリと頷いた。
134
お気に入りに追加
958
あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。


白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。



振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる