ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

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出血

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 道にべったりとこびりついていたどす黒いもの。これは……血、だろうか。地面を引き摺るように汚している。

 どす黒く地面を汚すそれは、おそらく屋敷に続いていると思われる通路からこの部屋まで続いている。屋敷との間にある扉はこちら側から鍵と鎖、そのうえ巨大な岩なんかも置かれて開かないように厳重に閉ざされていた。

「……どうやら、この道で正解だったみたいだな」
「この匂い、確かにアズラーク団長のものです」

さっとその場に跪いたイレリオさんが頷く。

「この出血……。まずいな、急ごう」

 血痕はかすれて細くなりながらも、地下道を辿るようにして暗闇の奥へと続いている。こんなに血が出てアズラークは無事なんだろうか。まさか、なんてことが脳裏に浮かぶ。ルアンさんに抱きかかえられていなかったら倒れてしまったかもしれないほど動揺したけど、だけど彼は強い獣人だからと自分を落ち着かせようと何度も心の中で呟く。

 ルアンさんの言葉に俺たちは、暗く続く一斉に駆けだそうとした。
 ……だけど。

「まさか、本当に追っ手が来るとはなぁ」
「しかも近衛兵団じゃねぇか。話が違うぜ……まぁ、誰にせよここは通さないけどよ」

 俺たちが進もうと思った方向から、どこかしわがれた声が響いた。視線を向けると闇の中から現れたのは、体の大きな獣人が数人。熊やイノシシの獣人なんだろうか、筋肉と脂肪の混ざったような大きな体を揺らして俺たちを睨みつけている。彼らは騎士のような皺のない制服ではなく薄汚れ着古した服を身に纏い、鈍い光を放つ巨大な剣を手にしていた。その姿全てが、彼らが騎士のように守る職業に就いているのではなく、略奪する者だと伝えているようだった。

「ルアン団長、ここは俺たちが引き留めます。どうか先にアズラーク団長のところへ」

 イレリオさんとその部下の人たちが、腰から剣を引き抜き構える。

 出血の多いアズラーク。こんなところで足止めをされているわけにはいかない。イレリオさんの言葉にルアンさんは無言で頷くと、俺を抱えなおした。

「サタ、走るぞ。揺れるけど我慢しろよ」
「……っ、うん!」
「行くぞ!」

 ルアンさんの声を皮切りに、イレリオさんたちが一気に男たちに切りかかる。怒声とそれに混ざって金属のぶつかり合う音が酷く恐ろしい。こんなことに巻き込んじゃってごめんなさい。どうか、誰も怪我をしないように。何もできない自分に奥歯を噛みしめながら、俺は祈るように、遠くなる彼らの姿を見つめていた。






 彼らの怒声が聞こえなくなるぐらい遠く離れた先に、再び階段が見えた。だけどさっきの数段程度のものとは違い、長く伸びたそれは地上まで続いているようだった。


「ここの、奥か?」
「うん、……っていうか俺もここまで来ることなかったし、スラムの地下道がこんなに長いって知らなかった」

 ひた走っていたレオンが少しだけ驚いたように鼻をひくひくさせている。

「おいレオン、方向的にここまで来ると貴族街じゃないか……?いや、だがそんなはず……」
「いいから登ろうよ。急がないと」

 ルアンさんが何やら口の中でぶつぶつと呟いている。だけどレオンは早く先に進みたいようで、言葉よりも早くさっさと上を目指して足を進めている。軽々と飛ぶように階段を駆け上がっていく。ルアンさんもしなやかな足取りであっという間に階段を登りきり、レオンのすぐ後ろへと並び立つ。階段の先に見えたのは大きな扉だった。どこか重厚で……スラムから続いている道には不釣り合いな。

 そのすぐ先に誰かが控えていたとしてもすぐに飛びかかれるように、と俺はルアンさんの腕の中から降ろされた。そしてルアンさんとレオンが頷き合い、その扉に手を掛ける。
 だけど、重たい音を立ててその扉を開いた瞬間……。

「……っ、!」
「な……! クソ、これ、」

 ルアンさんとレオンが、小さな悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。

「え?なに、」

 戸惑う俺を置いて二人は荒い息を吐きながら床に膝をついている。

 俺は全く何も感じていないのに、二人だけ。二人に声をかけるけど『匂いが』と苦し気な言葉を吐き出すばかりで。赤く染まった顔。荒い吐息。体の力が入らないようで、耳も尻尾もくたりと垂れ下がっていた。

 一体なにが起こったんだろうか。開いた先の扉からは薄っすらと光が差し込んでいて、しかし誰かが待ち伏せている様子はなかった。だというのに一体なにが。俺はどうしたらいいんだ。

 二人の体を抱き起そうとしながら、混乱した頭で考える。床に転がる二人の体からは力が抜けていて、まるで麻薬でも吸わされたようだ。助けないと、どうにかしないとと反射的に思って彼らの傍らに膝を付くけど、でも……ここに居たって、俺は役立たずだ。

「ごめん、二人とも。すぐに誰か呼んでくるから!」

 俺がここに居たって何もできない。医者じゃないし、二人を抱えて走れるほど強いわけじゃない。だったら俺にできることを少しでもしないと。自分の役立たずっぷりに嫌気がさしながら、それでも俺は立ち上がると扉の先へと足を踏み出した。
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