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ルアン

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 お願いだから、力を貸してほしい。強い視線でルアンさんを見上げる。
 俺は獣人じゃない。爪も牙もないし、ここへ走ってくるだけでふらふらになってしまうほど弱いニンゲンだ。俺がどれだけ騒いでアズラークを探そうとしたところで徒労に終わる……どころか足手纏いなのは俺でも分かる。だからアズラークと同じくらい強い獣人で、しかも近衛兵団の団長だと言う彼に頼りに来たんだ。

 短い俺の言葉に、ルアンさんは黒光りのする耳をぴくりと動かした。尻尾も彼の後で探るように揺らめいている。

「サタ君、アズラークのことは聞いたよ。でもまだ姿を消してから一晩も経っていない。騎士団が動いているから、君は屋敷に戻るんだ。またこっそり抜け出してきたんだろ?」
「ルアンさんも、戻って大人しく待っておけって言うの?」
「君にできることはないだろう?」

 俺が悔しさに歯を噛みしめると、ルアンさんはため息を吐いた。

「俺だって助けてやりたいさ。アズラークのことは親友だと思っているし心配だ。それでも俺の動かせる近衛兵団は王族のための部隊で、勝手な真似はできないんだ」

 言いながら彼は俺に再び手を伸ばしてくる。さっきは振り払えたけれど、俺を確実に捕まえようという意思を持った手からは逃げることはできないだろう。その手が俺の肩に触れる直前に、俺はすっと息を吸い込んだ。

 「ルアンさんは、俺がニンゲンだって知ってますよね。しかも知ってて黙っててくれた」

 俺の言葉にルアンさんは黒い耳をぴくりと動かして、『そうだね』と言って首を傾げた。ルアンさんは黙っていてくれた。ニンゲンだとバレたら、王族の元でずっと閉じ込められて死ぬまで外に出られなくなる。そのことを知っていたから黙っていてくれた。それはきっと、誰よりも王族の近くにいる近衛兵団の団長だから……彼は普通の獣人や、それこそ騎士団長のアズラークが知らないような、王族の深く暗い闇の部分を知っているからだろう。だから俺をそんな牢獄のような境遇に落とすことを、少しでも可哀そうだと思ってくれたんだろう。

「その恩を仇で返すようですけど、アズラークを探すのを協力してくれないなら、この耳、取って城に行きます」
「は……? 何言ってるんだ。そんなことしたら、君はあっという間に捕まって……」
「ええ、王族のペットにされるでしょうね。それか種馬かな?」

 ずっと狭い部屋に閉じ込められて、王族だけのニンゲンとして弄ばれるか。それとも獣性の薄い子を産ませようと、男の俺だったらひたすら他の雌を宛がわれられるか。分からないし考えたくもない。だけど今の俺が使えるのは、この手しかないと思った。

「捕まったら、俺、ルアンさんに今まで捕らえられてたって言います。近衛兵団の団長がニンゲンを匿ってたなんて知られたら大ごとですよね、きっと。王族への反逆だって、出世どころかこの家だって潰されるんじゃないですか?」

 これは脅しだ。しかもこんな自分を盾にするような脅し方なんて自分でも最悪だって思う。ルアンさんが俺を王族に引き渡さなかったのは俺とアズラークへの優しさだ。親友のアズラークが俺を匿っていたから、俺を売ることはしなかったんだろう。それなのに、優しさを逆手に取ったようなこんな真似をするなんて最低だ。俺がルアンさんだったら、俺のことを怒鳴りたくなるし殴りたくなる。

 でも今の俺はなりふり構っていられない。アズラークを助けるためにはなりふりなんて構っていられないんだ。

「……自分を盾にするのは感心しないな」

 じっとルアンさんを見つめていると、彼は張りつめていた肩の力を抜いて、どこか呆れたように笑った。俺に向かっていたはずの大きな掌で、彼は自分の頭を掻く。

「なんとでも言ってください。……俺には牙も爪もない。でもアズラークを助けるためなら、何でもしますよ」
「だったら、助けてくれたら俺の番になるとか言ってくれればいいのに。色気で落とそうとかはないの?」

 そう笑って言いながらルアンさんはくるりと背中を向けた。

「支度してくるから、ちょっと待ってて」

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