42 / 54
ルアン
しおりを挟むお願いだから、力を貸してほしい。強い視線でルアンさんを見上げる。
俺は獣人じゃない。爪も牙もないし、ここへ走ってくるだけでふらふらになってしまうほど弱いニンゲンだ。俺がどれだけ騒いでアズラークを探そうとしたところで徒労に終わる……どころか足手纏いなのは俺でも分かる。だからアズラークと同じくらい強い獣人で、しかも近衛兵団の団長だと言う彼に頼りに来たんだ。
短い俺の言葉に、ルアンさんは黒光りのする耳をぴくりと動かした。尻尾も彼の後で探るように揺らめいている。
「サタ君、アズラークのことは聞いたよ。でもまだ姿を消してから一晩も経っていない。騎士団が動いているから、君は屋敷に戻るんだ。またこっそり抜け出してきたんだろ?」
「ルアンさんも、戻って大人しく待っておけって言うの?」
「君にできることはないだろう?」
俺が悔しさに歯を噛みしめると、ルアンさんはため息を吐いた。
「俺だって助けてやりたいさ。アズラークのことは親友だと思っているし心配だ。それでも俺の動かせる近衛兵団は王族のための部隊で、勝手な真似はできないんだ」
言いながら彼は俺に再び手を伸ばしてくる。さっきは振り払えたけれど、俺を確実に捕まえようという意思を持った手からは逃げることはできないだろう。その手が俺の肩に触れる直前に、俺はすっと息を吸い込んだ。
「ルアンさんは、俺がニンゲンだって知ってますよね。しかも知ってて黙っててくれた」
俺の言葉にルアンさんは黒い耳をぴくりと動かして、『そうだね』と言って首を傾げた。ルアンさんは黙っていてくれた。ニンゲンだとバレたら、王族の元でずっと閉じ込められて死ぬまで外に出られなくなる。そのことを知っていたから黙っていてくれた。それはきっと、誰よりも王族の近くにいる近衛兵団の団長だから……彼は普通の獣人や、それこそ騎士団長のアズラークが知らないような、王族の深く暗い闇の部分を知っているからだろう。だから俺をそんな牢獄のような境遇に落とすことを、少しでも可哀そうだと思ってくれたんだろう。
「その恩を仇で返すようですけど、アズラークを探すのを協力してくれないなら、この耳、取って城に行きます」
「は……? 何言ってるんだ。そんなことしたら、君はあっという間に捕まって……」
「ええ、王族のペットにされるでしょうね。それか種馬かな?」
ずっと狭い部屋に閉じ込められて、王族だけのニンゲンとして弄ばれるか。それとも獣性の薄い子を産ませようと、男の俺だったらひたすら他の雌を宛がわれられるか。分からないし考えたくもない。だけど今の俺が使えるのは、この手しかないと思った。
「捕まったら、俺、ルアンさんに今まで捕らえられてたって言います。近衛兵団の団長がニンゲンを匿ってたなんて知られたら大ごとですよね、きっと。王族への反逆だって、出世どころかこの家だって潰されるんじゃないですか?」
これは脅しだ。しかもこんな自分を盾にするような脅し方なんて自分でも最悪だって思う。ルアンさんが俺を王族に引き渡さなかったのは俺とアズラークへの優しさだ。親友のアズラークが俺を匿っていたから、俺を売ることはしなかったんだろう。それなのに、優しさを逆手に取ったようなこんな真似をするなんて最低だ。俺がルアンさんだったら、俺のことを怒鳴りたくなるし殴りたくなる。
でも今の俺はなりふり構っていられない。アズラークを助けるためにはなりふりなんて構っていられないんだ。
「……自分を盾にするのは感心しないな」
じっとルアンさんを見つめていると、彼は張りつめていた肩の力を抜いて、どこか呆れたように笑った。俺に向かっていたはずの大きな掌で、彼は自分の頭を掻く。
「なんとでも言ってください。……俺には牙も爪もない。でもアズラークを助けるためなら、何でもしますよ」
「だったら、助けてくれたら俺の番になるとか言ってくれればいいのに。色気で落とそうとかはないの?」
そう笑って言いながらルアンさんはくるりと背中を向けた。
「支度してくるから、ちょっと待ってて」
45
お気に入りに追加
1,221
あなたにおすすめの小説
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
獣人彼氏のことを童貞だと思って誘おうとしたら、酷い目にあった話
のらねことすていぬ
BL
異世界トリップして、住人の9割が獣人の世界に住み始めたアラサーのアオ。この世界で仕事も恋人もできて問題ない生活を送っている……ように見えたが、一つ不満があった。それは恋人である豹の獣人、ハンスが彼と最後までセックスしないことだった。彼が童貞なのでは?と思い誘ってみることにしたが……。獣人×日本人。♡喘ぎご注意ください。
異世界で大切なモノを見つけました【完結】
Toys
BL
突然異世界へ召喚されてしまった少年ソウ
お世話係として来たのは同じ身長くらいの中性的な少年だった
だがこの少年少しどころか物凄く規格外の人物で!?
召喚されてしまった俺、望月爽は耳に尻尾のある奴らに監禁されてしまった!
なんでも、もうすぐ復活する魔王的な奴を退治して欲しいらしい。
しかしだ…一緒に退治するメンバーの力量じゃ退治できる見込みがないらしい。
………逃げよう。
そうしよう。死にたくねぇもん。
爽が召喚された事によって運命の歯車が動き出す
魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。
柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。
そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。
すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。
「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」
そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。
魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。
甘々ハピエン。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
奴の執着から逃れられない件について
B介
BL
幼稚園から中学まで、ずっと同じクラスだった幼馴染。
しかし、全く仲良くなかったし、あまり話したこともない。
なのに、高校まで一緒!?まあ、今回はクラスが違うから、内心ホッとしていたら、放課後まさかの呼び出され...,
途中からTLになるので、どちらに設定にしようか迷いました。
母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~
トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。
しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる