ハロウィントリップ!〜異世界で獣人騎士に溺愛された話〜

のらねことすていぬ

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脱走

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早めに夕食を終えて太陽が沈みかけた夕闇の中、俺は広い部屋から窓の外を眺めた。



頭の中に浮かぶのは、昨日の夜のルアンと名乗った男との会話だった。

聞いたばかりは『なぜ俺にそんなことを』という疑問が渦巻いていたし、アズラークと話している時はまだ混乱していた。
だけどハロルドさんと共に机に向かって日常に戻ったら、頭が冷えてきたようだ。
そして確かに、落ち着いて考えれば考えるほどこの世界は歪だ。

自由に町を闊歩する獣人。
だが同時にまったく同じ種族であるはずの、ただの獣も存在する。
人間とサル、のような『似ている』ものではなくて、完全に同じ種族の獣人と獣。
その2種類が同時に存在している。

そして異常なまでの『獣性の薄い者』に対する愛情。
その異常性はこの世界に来てからひしひしと感じる。
突然現れた俺でも、何をするにも優遇されて誰何されることすらなかった。

どちらも理解しがたく、突然変異か環境の変化か何かが原因かと思っていたけれど……。
彼らの進化の系譜が無理やり作られ、歪められたものであるなら。
滅びたニンゲンによって人工的に仕組まれたものなら、納得ができる。
それだけの科学力を、この世界の昔のニンゲンは持っていたということなんだろう。
ハロルドさんと話していて分かったように、一般的な獣人とはけた違いの知力を持って、彼らを創り出すことができるくらい。


そうか。
この世界はニンゲンに創られた、異常な世界なのか。
でも確かに……でなければアズラークだって俺をここに匿いなんてしない。

ふ、と視線を落としてため息をついた。

思えば、アズラークは出会った時から優しかった。
夜の街で俺は薄汚くて、はっきり言って安い男娼だった。
汚れを落とした今でも別に顔立ちだって良いわけじゃないし、体も貧相だ。
そんな俺をなんで彼が買ってくれたんだろうかと思っていたけど、ニンゲンが心に細工をしたというルアンの言葉をじわじわと理解していく。

きっとそれはどの獣人でも同じで……決して、俺に対して特別優しいわけではない。
俺がニンゲンだから優しくする、という本能に縛られているだけだ。

何で俺をここに閉じ込めるんだと考えた、少し前の自分が馬鹿らしい。
番にしてくれないのに、なんて図々しいことをよくも考えられたものだ。
俺のどこに番にしたいような魅力があるっていうんだ。
金もなければ体力もなく、定職にもついていなくて、この世界では一般常識すらもない。
上流階級の男が、そんな何も持っていない俺なんて相手にするはずがない。

それなのに外に出たいだなんて我儘を言って怒らせて……俺は本当に迷惑な存在でしかない。
獣性の強い彼が、俺のことを庇護しようとするのは本能なのに。
それを分からずにまるで執着されているように勘違いして、思い上がりも良いところだ。

そのことにようやく気が付いて、俺は頭をうなだれた。

だがすぐに、何に対してショックを受けているんだと自嘲に似た思いが湧き上がってくる。

最初から自分でも分かっていただろう。
俺と彼では釣り合わない。
最初の夜こそ、男娼だった俺のことを買って抱いたけれど、結局はそれきりだ。

彼だって俺がニンゲンじゃなかったら、こんな風に丁重に扱ったりなんかしなかっただろう。
アズラークに抱かれた次の日の、豪華なベッドに一人で目覚めたことを思い出す。
彼はとても手慣れていて遊び慣れていて、俺のことだってただの男娼として扱った。
少し優しい客ではあったけど、勝手に勘違いして惚れたのは誰のせいでもなく俺の馬鹿さが招いたことだ。

この屋敷に住ませてもらってから、好きだと言われたどころか、俺は手すら握られていないんだ。
最初にセックスしたことの方がなにかの間違いだった。
そう考える方がずっと自然な気がする。


こんな異世界で失恋なんてついていない。

もし仮にこの世界にずっといることになったら、俺は再び誰かを好きになることがあるんだろうか。
次は、獣性さえ弱ければ誰でもいいって言う様な獣人を好きになろう。
そうすればこんな虚しい想いを抱えなくて済むのだから。

深い深いため息を吐くと、ふと閉じられた扉に視線を向ける。

朝、アズラークはこの扉から俺に挨拶してきて、そして俺の我儘に怒って鍵を閉めていった。
今はもう夕方を過ぎたような時間だ。
アズラークは今日は遅くなるって言っていたけど、いつ帰ってくるんだろうか。

犯罪者の組織って言ってたけど、きっとそれは危ない仕事なんだろう。
逞しくて強そうな彼は大丈夫だと信じているけど万が一と言うこともある。
アズラークはここの所、俺のせいで忙しくて疲れているみたいだし……。

考えれば考えるほど不安が思考の中に折り重なっていく。
そして何気なしに扉に近寄って、ドアノブを回すと……カチリと軽い音とともに、扉が薄く開いた。


「あれ? 開いてる」


アズラークは確か外鍵をかけていった。
だけどその後にハロルドさんが入って来て、彼は施錠していくのを忘れたんだろうか。

そっと扉を押すと、廊下には誰の気配もしない。

どくりと心臓が鳴る音がする。

……なにもこのまま逃げようというわけじゃない。
ただすこしだけルアンの所に行って、レオンが無事なのを確認して帰ってくればいいんだ。
そうすればアズラークに我儘を言って付き合ってもらうこともないし、心配も迷惑もかけない。
この街はそう広くないんだから、明日の朝までに戻ってくれば誰にもバレることはない。

だから……俺が一人で外に出ても大丈夫じゃないか。
俺はそう自分に言い聞かせると、そっと足音を立てないように廊下に踏み出した。




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