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ニンゲンと、作られた獣人

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「この世界には獣人とただの獣の二種類がいることは知っているよね? 家畜や山を這う獣たちだ。では、なんで獣は、俺たち獣人のように二本足で歩き言葉をしゃべらないと思う?」

「突然変異が起こったか、それとも進化をしたのか、ですか?」

「みんなそう思ってるけど、違う。俺たち獣人は作られたんだ。ニンゲンに」

「……なに、言ってるんですか?だって、この世界にはニンゲンはいないって」

「ああ、今は『ほとんど』いない。滅ぼされてしまったから」

「……滅ぼされて?」

「そう。その昔、ニンゲンは途轍もなく高い知能をもっていた。自由に生き物の『種』を操作して、他の生き物と組み合わせることができるくらいに。それでニンゲンは思った。これほど頭のいいニンゲンと、力の強い獣を組み合わせたら、きっとより素晴らしいニンゲンが産まれるだろうと。

実験は半分成功で、半分失敗だった。作り出された獣人はニンゲンとは明らかに違う上に、純粋なニンゲンと交わっても子供は獣人の特徴を色濃く残した。

ニンゲンは考えた。これではニンゲンの数より獣人の方が多くなってしまう。いつかか弱いニンゲンは滅ぼされてしまうかもしれない。危険を感じたニンゲンは、それだったら獣人は絶対にニンゲンに逆らえないように、作り出す獣人の心に二つの細工をしようと決めたんだ。

一つ目は獣人がニンゲンを無条件で敬い、愛し、従うように。そうすれば数が少なく腕力が弱いニンゲンでも、傷つくことなく獣人をまとめられるからね。二つ目は、獣人はたった一人のみを「番」と決め、一度決めたら他の個体への性的反応が乏しくなるようにさせた。むやみやたらに繁殖しないようにさせるためにね。そう『本能』に刷り込んだんだ」

ルアンが鋭い爪の生えた指で、自分の胸をトントンとたたく。

「でもまぁ、この通りその目論見は失敗に終わった。本能をいじくられた獣人たちは、ニンゲンに猛烈に求愛をしだした。俺たちは振られたから諦める、なんて繊細な心は持ち合わせていない。無理やり攫って、縛り付けてでも愛を乞う。それで子供は獣人しか生まれないんだったら、必然的に次の世代は獣人だらけだ。考えたらわかることなのにね。こうして、ニンゲンはあっという間に数を減らしていった。残ったのはニンゲンの面影を求める憐れな獣たちだけだ」

「そん……な、ことが」

「長い年月のなかで、ニンゲンが残した知恵も徐々に薄らいでいっている。そうやって、いつしかニンゲンっていう存在そのものがお伽噺になってしまったってわけ。まぁ、昔話はこれでおしまい」


ルアンはにっこりと笑うと、呆然としている俺の頭をぐりぐりと撫でまわした。


「……なんで、俺にそんなことを?」


俺は確かにニンゲンだけど、この世界のニンゲンじゃない。
ルアンは、俺が異世界人だって知っているのかもしれない。
でも、それでもこんな重要で……俺には抱えきれないような獣人の秘密を教えられる理由が分からなかった。


「うーーーーん。君が思った以上に純粋そうで、かわいそうだったからかな」

「……かわいそう?」

「うん。君もじきに分かるよ。この獣人の国でニンゲンとして暮らしていくうちにね」


ぐりぐり撫でられていた手が頭から離れ、ルアンは少しだけ真面目な顔をした。


「それより本題にはいろうか。君は、レオンに会いたい?」

「会いたい!」


レオンに会える。
あんな別れ方をしちゃっていたし、積もる話もめちゃくちゃある。
あのまぶしいほどの笑顔のレオンに会えると思ったら、思わず声が大きくなった。
そんな俺の様子を、ルアンは子供を見るような生温い視線を向けてくる。


「わかった。じゃあ行こう。その色の服だと目立つから、着替えとかある?」

「え……? ちょっと待って。今から会いに行くの?」

今は夜中だ。
たぶん深夜0時をとっくに回っている。
そんな時間に居候の俺が外に出ていくのは、この屋敷の人にだいぶ迷惑じゃないか?
戸惑う俺をよそに、ルアンはベッドから降りると窓辺に向かって視線を向ける。


「当たり前だろ?あ。もう帰れないから、必要なものはちゃんと持ってね」

「へ?なんで??ここ、もう帰れないの?」

「だってサタ君はアズラークに番認定されてるでしょ?他の雄に会わせるために“巣”の外に出すことなんて許されないよ。殺される」

「番認定……って俺が!?いやいやいや!そんなのありえないから!」


俺は思わず大きく首を振る。
番は獣人にとっては生涯たった一人と決めた相手だ。
俺はたしかにアズラークのことが好きになっちゃったけど、アズラークは絶対にそんなこと思ってない。


「え? あんなにあいつは君に夢中なのに?」

「夢中って……勘違いだよ。アズラークは優しいし、俺を丁重に扱ってくれるけど、番とかそういうのじゃないよ。絶対ない」

俺は自分で言って、なんだか少し落ち込んでしまう。
こっちの世界だとニンゲンってだけですごく魅力的らしいのに、アズラークにまったく見向きもされない俺って相当魅力ないんだろうな。
確かに地味な日本人顔だし、身体も薄っぺらいししょうがないけど。


「あー……サタ君。うん。君がそう思ってるんだったら別にいいけど……アズラークも以外とバカだな」


ルアンの唇が、変な形に歪んでひくひく動いてる。
吹き出したいのを我慢しているみたいだ。


「ともかく、君を日中に俺の屋敷に連れていくことはできない。レオンと会うならそのまま俺の屋敷に匿ってあげるけど、もうアズラークのところへは戻せないよ」

「そんなこっそり逃げるような真似できないです……」


アズラークには、最初こそ無理やり連れてこられたけど、それからはめちゃくちゃ良くしてもらってる。
十分すぎるほど衣食住は与えられてるし、俺の帰る方法を探したりしてくれてるのに。


「あらら……じゃあ残念ながら交渉は決裂だね」


まったく残念そうな顔をしていないルアンが、にっこりとほほ笑む。
そのままするりと胸元に手を差し込むと、小瓶を取り出して


「ちょっと目を瞑って……。うん、これでいい」
「なにしたんですか?」
「臭い消し。獣人の嫉妬は怖いからね」


微量の水にしか見えないものが、辺りに振りかけられる。

「じゃあレオンには君が元気そうだってことだけ伝えておくよ。レオンがアズラークに負けないくらい強い成獣になったら、また会えるかもね」


それだけ言い残すと、ルアンはあっという間に窓から深い闇夜に消え去ってしまった。
引き留める間もなかく黒い影が見えなくなる。
俺の心には、レオンに会えなかったこと。それからルアンに聞かされた色々なことがずっしりと圧し掛かって、どうしようもなくため息をついた。




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