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サタ視点

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サタに視点が戻ります



◇◇◇◇◇











俺の猫耳が取れて、ちゃちなそれはアズラークの掌の上に乗っかっていた。
アズラークは、その薄汚れた猫耳を呆然として見て、一言も発しない。



それはそうだろう。

俺には牙も爪もないし、尻尾だってないことはこの間見られている。
獣人の証がひとつもない……俺が人間だってのはもう明白だ。


そうなると俺って、やっぱりこのまま王宮行きなのか?
レオンに言われた、「一生、王宮で飼い殺し」の言葉が頭の中をぐるぐると回る。

今だって別に好きな暮らしをしているわけじゃない。
男娼まがいのことをしているし、身分証はないから他の職にはつけないし、こっちの世界の常識もないし。
生活が楽になりそうな兆しは見えない。
もしかしたら、あと何年かしたらきっとレオンにもお荷物に思われるかもしれない。
でも一生狭い部屋……もしかしたら檻とか……から出してもらえないような生活は、とてつもない恐怖だ。
実験動物みたいな扱いよりは、汚くて危なくてもスラムのほうがまだマシだ。


「サタは、ニンゲンなのか?」


絶望に顔を青くしていると、俺が想像したよりずっと落ち着いた表情のアズラークが視線を合わせてきた。
さっきまでの怒りの表情でもなく、ただ静かに戸惑いを受け入れようとしている。
その目があまりにも静かで、俺はこんな時だっていうのにまた心がずきりと痛むのを感じた。


「……はい」

「両親は?」

「ここには居ません」

「他国から来たということか?」


当たり前すぎる質問に、俺は「いいえ」と首を振った。
嘘をついてももう無駄だろう。
薄っぺらいその場しのぎなんて、きっと矛盾がすぐにばれる。

そう思って俺は大きく息を吸い込んだ。

「……荒唐無稽な話かもしれませんが、聞いてもらえますか?」

そして今までのことを、俺が知っていること全てを洗いざらい話した。









「……つまりサタは、この世界の住人ではないということだな?」

俺の話を一通り聞き終えたアズラークは、小さくため息をつくとそうつぶやいた。
その言葉に小さくうなずく。

「サタの世界にはニンゲンが大勢いる、というのか……。王族が聞いたら涎を垂らすだろうな」

やっぱり飼い殺しにされるのか、と小さく体が跳ねる。
だがアズラークは、そんな俺の様子に焦ったように耳を動かした。

「すまん。怯えさせるつもりはなかった。ただ、獣人にはニンゲンは魅力なんだ。力尽くで浚(さら)ってでも自分のものにしたいと思うくらいには」

そう言いながらアズラークの手のひらが、ゆっくりと俺の頭をなでる。


「サタが男娼でなく……ニンゲンである以上、俺には何も強制はできない。無理やり連れてきた俺が言うのは滑稽かもしれないがサタ、お前の望むようにしよう」

「俺の、望むように?」

「ああ。ニンゲンであれば王族の番にだってなれる。自由に生きたいというのなら……男娼はさせられないが、生活の手配をしよう。もし元の世界に戻りたいなら、方法は分からないが戻る手立てを探そう」


元の世界に戻る方法。
その言葉に、俺は弾かれたように顔を上げた。

考えなかったわけじゃない。
俺がこっちに来たんだったら、戻る方法もあるんじゃないかって。
でもこの世界は獣人はいるくせに「魔法」はなくて、科学も発展していない。
レオンに聞いても「異世界なんて聞いたことない」と言われて、俺はいつしか「帰れるかもしれない」と思うことをやめていた。
希望を持つと、ダメだったときに辛いから。


「も、もしかして今まで、異世界から来た人とかっているの……?」

「いや。俺が聞いた限りでは、いない」


あっさり言い切ったアズラークの言葉に、やっぱりとうなだれる。
でもそんな俺に、アズラークは膝をつき顔を覗き込んだ。


「だが、前例がないからって諦めるのは早すぎる。最善を尽くそう……俺を信じてくれ」


アズラークはそう言って小さく笑った。
俺は、初めて見たアズラークの笑顔に、こんな時だっていうのに胸が高鳴るのを感じた。














それからの生活はせわしなかった。

レオンと住んでいた所はそうとう治安が悪かったらしく、戻ることは頑なにアズラークが許さなかった。
せめてレオンに挨拶だけでもしたいと懇願したが、あれ以来レオンの姿は街角から消えてしまったらしい。
住んでいた部屋はそのまま残っているが、アズラークの部下が何日待ってもレオンが現れることはなかったという。

あまりにも突然の別れに、俺は落ち込んだ。
さんざん迷惑だけかけておいて、俺には彼になにもしてやれなかった。
明るいレオンの性格のおかげで忘れていたが、身寄りもなく男娼をして生計を立てているレオンに、俺を助ける余裕なんてあるはずもなかったのに。
落ち込んで後ろばかり見てもしょうがないと、分かっていても気落ちするのは止められなかった。



それからアズラークに頼んで少しづつこの世界の勉強を始めた。
俺が読み書きできないと言ったらアズラークはとても驚いて、それが少し悔しかったのもある。



そして、アズラークと一緒に住み始めて……俺は、自分の恋心が完全に育ち切っていることを嫌でも認めなきゃいけなかった。
顔を見れば心臓が跳ねる。
優しく声をかけられれば、胸が苦しくなる。
忙しい時間の合間を縫って、一緒に夕食を摂ってくれたり、散歩なんかに連れ出してくれたり。
穏やかに笑いかけられて、好きにならないわけがなかった。

だけどアズラークは一度も俺に、そういった意味では触れてこなかった。
一度は寝たこともあるのに、今ではきっちり距離を取って、ごくたまに爪の先が俺の髪を掠めるくらい。

まあ俺は男で、美形でもなんでもないし当たり前だ。
アズラークが俺を買ったのはなにかの間違いだったんだろう。
そう自分に言い聞かせたけど、それでも胸はじくじくと痛んだ。


しかも、だ。
アズラークは驚くほど熱心に俺の『帰る方法』を探してくれていた。
アズラークはもともと滅茶苦茶忙しいんだろう。
それなのに更に俺のために時間を割いてくれているから、まさに寝る間を惜しんで駆けずり回ってくれていた。
それも俺の心を苦しめた。

精悍な目元に、深い隈ができているのを見るたびに罪悪感がつのった。
俺は何もできずに好きな人を苦しめて、俺はなにをやっているんだ。
そんな思いばかりが頭を巡った。





そしてひと月も経ったころ。
小さな変化が俺たちに忍び寄ってきた。

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