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捕獲
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「あれ?」
白い|鬣(たてがみ)にも見える豊かな銀髪に、鍛え上げられた逞しい体躯。遠くからでも分かるくらいの凍える様な眼差しの美形。間違えるわけがない。アズラークだ。もう二度と見ることができないと思っていた姿に、思わず視線が惹きつけられてしまう。
派手な馬に乗った集団の中でも、さらに目立つ彼。周りの騎士団員から報告を受けているんだろうか、多くの男たちが入れ代わり立ち代わり彼の周りに集ってくる。
「……やっぱり格好いいなぁ」
そう思って見つめていたら……やばい。目があった気がする。慌てて窓の陰に隠れるが、もし彼にも気が付かれていたらマズイ。彼には俺が男娼だってバレてしまっているし、彼は『獣性が薄くても特別扱いしない』らしいから、もしかしなくてもしょっ引かれてしまうんじゃないか。
マズイ。それはマズイ。さっきまで考えていた、王宮の狭い一室で死ぬまで|飼殺(かいごろ)される未来が、一気に現実的になる。そう言えば、さっきレオンが「アズラークが娼婦に何か盗まれた」とか言ってなかったか?俺はなにも盗んでいない……はず。それとも気が付かないうちに何かしでかしてしまっていたのだろうか。あの食事が俺のためとかじゃなくて、誰か大事な人のために用意したものだったとか?
嫌な予感がぐるぐる頭の中を回る。大丈夫、彼は俺なんかのこときっと忘れているはずだと自分に言い聞かせて、それでも猫耳を付けて部屋の鍵をチェックする。
それから5分もたっていないだろうか。窓も締め切って息をひそめていたら、誰かが床を軋ませながら階段を上ってくる音がした。踏みしめるように一歩一歩俺の部屋まで近づいてきて―――――コンコン、と響く静かな、いや静かすぎるほどのノックがした。
このあたりの住人で、こんなに静かなノックをする獣人はいない。呼吸すら忘れて扉を見つめていると、何度も静かなノックが繰り返される。俺は根競べのようなそれに負けて……俺はふらふらと扉に近づいた。
もしかしたらただの近くの住人かもしれない。もしアズラークでも、別に俺を捕まえようとしてるわけじゃないかもしれない。一度寝た程度の、小物の俺を捕まえようなんてするはずない。たぶん。ただの騎士団員だったら、俺が男娼しているかどうかなんてわからないし、子供だから身分証は分からないと言ってごまかせるかも……。
そう思って鍵をカチリと回すと、強い力で扉が開かれた。そして立ちふさがるように現れたのは、見上げる程大きな男……アズラークだった。
「……見つけた」
「ひっ……!」
温度のない、凍える様な声。射抜くような視線。昨夜は鷹揚とも言えるほどの態度だったのに、今はただ恐ろしい。無理に逃げ出そうとすれば、それこそ斬り捨てられてしまうんじゃないかと思う程の怖さがある。俺は気が付かない内に、それほどのことをしてしまったんだろうか。恐怖に固まる俺に、アズラークは自嘲するように顔を歪めた。
「見つけるのに時間がかかってしまったな……来い」
「……っや、やめ、」
大きな手が伸びてきて、反射的に一歩下がるが、あっという間に強く二の腕を掴まれる。俺の態度が気に入らなかったんだろうか、彼の威圧的な雰囲気がびりびりと肌を刺す。
「俺から逃げられるとでも思ったのか? こんな細い脚で? それとも俺を煽ろうとわざとやっているのか?」
「ちが、っ……!」
あんたの怒りを煽ろうなんてしていない。頭を必死に左右に振るが、アズラークは冷たい視線で俺を射抜くだけだ。グルル、と低いうなり声が彼の喉元から響く。
「若い雄の匂いがするな……ここに番と住んでいるのか?」
スン、と彼が鼻を鳴らして部屋の中を見回す。ああそう言えば、獣人は人間の俺より何十倍も鼻が利く。レオンが、匂いだけで相手の種族もだいたいの歳も、相手の強さまで分かると言っていた。
「ちが、い、ます……」
恐怖に張り付く喉をなんとかこじ開けて口を動かす。俺とレオンは番なんかじゃない。番になるというのは、人間でいう結婚すると似た意味合いだけど、少し違う。心変わりはほとんどなく、番となった相手のことを狂信的なまでに愛するらしい。番にしたいかどうかは獣人なら本能で分かるらしいけど、俺は人間だから番にはなりえない。
「庇うのか?こんなに濃く匂いを付けさせておいて」
アズラークは俺の首筋に顔を近づけると、忌々しそうに呟く。不意に感じた体温に、そんな場合じゃないと思っていても顔が紅潮する。そんな俺を冷めた目線で見つめたアズラークは、凶悪な笑顔で微笑んだ。
「まあ、どのみち関係ない事だ……ここにはもう二度と帰さない。」
それって、もしかして俺は投獄されるってこと?くるりと向きを変えられたと思ったら、後ろ手に柔らかい布で拘束される。こんなことしなくても、獣人の、しかも騎士団長から逃げられるわけなんてない。宿に連れて行かれた時のようにマントにくるまれ抱き上げられ、彼がゆっくりと階下へ降りていく。昨日の夜は、優しげで甘やかな空気を漂わせていたアズラークから、今は刺すような怒りしか感じない。
レオンが見つからなくてよかった。捕まるのが俺だけで済んだから。なんとかそう思って自分を慰めようとするけど、震えが止まらなかった。
白い|鬣(たてがみ)にも見える豊かな銀髪に、鍛え上げられた逞しい体躯。遠くからでも分かるくらいの凍える様な眼差しの美形。間違えるわけがない。アズラークだ。もう二度と見ることができないと思っていた姿に、思わず視線が惹きつけられてしまう。
派手な馬に乗った集団の中でも、さらに目立つ彼。周りの騎士団員から報告を受けているんだろうか、多くの男たちが入れ代わり立ち代わり彼の周りに集ってくる。
「……やっぱり格好いいなぁ」
そう思って見つめていたら……やばい。目があった気がする。慌てて窓の陰に隠れるが、もし彼にも気が付かれていたらマズイ。彼には俺が男娼だってバレてしまっているし、彼は『獣性が薄くても特別扱いしない』らしいから、もしかしなくてもしょっ引かれてしまうんじゃないか。
マズイ。それはマズイ。さっきまで考えていた、王宮の狭い一室で死ぬまで|飼殺(かいごろ)される未来が、一気に現実的になる。そう言えば、さっきレオンが「アズラークが娼婦に何か盗まれた」とか言ってなかったか?俺はなにも盗んでいない……はず。それとも気が付かないうちに何かしでかしてしまっていたのだろうか。あの食事が俺のためとかじゃなくて、誰か大事な人のために用意したものだったとか?
嫌な予感がぐるぐる頭の中を回る。大丈夫、彼は俺なんかのこときっと忘れているはずだと自分に言い聞かせて、それでも猫耳を付けて部屋の鍵をチェックする。
それから5分もたっていないだろうか。窓も締め切って息をひそめていたら、誰かが床を軋ませながら階段を上ってくる音がした。踏みしめるように一歩一歩俺の部屋まで近づいてきて―――――コンコン、と響く静かな、いや静かすぎるほどのノックがした。
このあたりの住人で、こんなに静かなノックをする獣人はいない。呼吸すら忘れて扉を見つめていると、何度も静かなノックが繰り返される。俺は根競べのようなそれに負けて……俺はふらふらと扉に近づいた。
もしかしたらただの近くの住人かもしれない。もしアズラークでも、別に俺を捕まえようとしてるわけじゃないかもしれない。一度寝た程度の、小物の俺を捕まえようなんてするはずない。たぶん。ただの騎士団員だったら、俺が男娼しているかどうかなんてわからないし、子供だから身分証は分からないと言ってごまかせるかも……。
そう思って鍵をカチリと回すと、強い力で扉が開かれた。そして立ちふさがるように現れたのは、見上げる程大きな男……アズラークだった。
「……見つけた」
「ひっ……!」
温度のない、凍える様な声。射抜くような視線。昨夜は鷹揚とも言えるほどの態度だったのに、今はただ恐ろしい。無理に逃げ出そうとすれば、それこそ斬り捨てられてしまうんじゃないかと思う程の怖さがある。俺は気が付かない内に、それほどのことをしてしまったんだろうか。恐怖に固まる俺に、アズラークは自嘲するように顔を歪めた。
「見つけるのに時間がかかってしまったな……来い」
「……っや、やめ、」
大きな手が伸びてきて、反射的に一歩下がるが、あっという間に強く二の腕を掴まれる。俺の態度が気に入らなかったんだろうか、彼の威圧的な雰囲気がびりびりと肌を刺す。
「俺から逃げられるとでも思ったのか? こんな細い脚で? それとも俺を煽ろうとわざとやっているのか?」
「ちが、っ……!」
あんたの怒りを煽ろうなんてしていない。頭を必死に左右に振るが、アズラークは冷たい視線で俺を射抜くだけだ。グルル、と低いうなり声が彼の喉元から響く。
「若い雄の匂いがするな……ここに番と住んでいるのか?」
スン、と彼が鼻を鳴らして部屋の中を見回す。ああそう言えば、獣人は人間の俺より何十倍も鼻が利く。レオンが、匂いだけで相手の種族もだいたいの歳も、相手の強さまで分かると言っていた。
「ちが、い、ます……」
恐怖に張り付く喉をなんとかこじ開けて口を動かす。俺とレオンは番なんかじゃない。番になるというのは、人間でいう結婚すると似た意味合いだけど、少し違う。心変わりはほとんどなく、番となった相手のことを狂信的なまでに愛するらしい。番にしたいかどうかは獣人なら本能で分かるらしいけど、俺は人間だから番にはなりえない。
「庇うのか?こんなに濃く匂いを付けさせておいて」
アズラークは俺の首筋に顔を近づけると、忌々しそうに呟く。不意に感じた体温に、そんな場合じゃないと思っていても顔が紅潮する。そんな俺を冷めた目線で見つめたアズラークは、凶悪な笑顔で微笑んだ。
「まあ、どのみち関係ない事だ……ここにはもう二度と帰さない。」
それって、もしかして俺は投獄されるってこと?くるりと向きを変えられたと思ったら、後ろ手に柔らかい布で拘束される。こんなことしなくても、獣人の、しかも騎士団長から逃げられるわけなんてない。宿に連れて行かれた時のようにマントにくるまれ抱き上げられ、彼がゆっくりと階下へ降りていく。昨日の夜は、優しげで甘やかな空気を漂わせていたアズラークから、今は刺すような怒りしか感じない。
レオンが見つからなくてよかった。捕まるのが俺だけで済んだから。なんとかそう思って自分を慰めようとするけど、震えが止まらなかった。
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