上 下
12 / 54

捕獲

しおりを挟む
「あれ?」

 白い|鬣(たてがみ)にも見える豊かな銀髪に、鍛え上げられた逞しい体躯。遠くからでも分かるくらいの凍える様な眼差しの美形。間違えるわけがない。アズラークだ。もう二度と見ることができないと思っていた姿に、思わず視線が惹きつけられてしまう。

 派手な馬に乗った集団の中でも、さらに目立つ彼。周りの騎士団員から報告を受けているんだろうか、多くの男たちが入れ代わり立ち代わり彼の周りに集ってくる。

「……やっぱり格好いいなぁ」

 そう思って見つめていたら……やばい。目があった気がする。慌てて窓の陰に隠れるが、もし彼にも気が付かれていたらマズイ。彼には俺が男娼だってバレてしまっているし、彼は『獣性が薄くても特別扱いしない』らしいから、もしかしなくてもしょっ引かれてしまうんじゃないか。

 マズイ。それはマズイ。さっきまで考えていた、王宮の狭い一室で死ぬまで|飼殺(かいごろ)される未来が、一気に現実的になる。そう言えば、さっきレオンが「アズラークが娼婦に何か盗まれた」とか言ってなかったか?俺はなにも盗んでいない……はず。それとも気が付かないうちに何かしでかしてしまっていたのだろうか。あの食事が俺のためとかじゃなくて、誰か大事な人のために用意したものだったとか?

 嫌な予感がぐるぐる頭の中を回る。大丈夫、彼は俺なんかのこときっと忘れているはずだと自分に言い聞かせて、それでも猫耳を付けて部屋の鍵をチェックする。

それから5分もたっていないだろうか。窓も締め切って息をひそめていたら、誰かが床を軋ませながら階段を上ってくる音がした。踏みしめるように一歩一歩俺の部屋まで近づいてきて―――――コンコン、と響く静かな、いや静かすぎるほどのノックがした。

 このあたりの住人で、こんなに静かなノックをする獣人はいない。呼吸すら忘れて扉を見つめていると、何度も静かなノックが繰り返される。俺は根競べのようなそれに負けて……俺はふらふらと扉に近づいた。

 もしかしたらただの近くの住人かもしれない。もしアズラークでも、別に俺を捕まえようとしてるわけじゃないかもしれない。一度寝た程度の、小物の俺を捕まえようなんてするはずない。たぶん。ただの騎士団員だったら、俺が男娼しているかどうかなんてわからないし、子供だから身分証は分からないと言ってごまかせるかも……。

 そう思って鍵をカチリと回すと、強い力で扉が開かれた。そして立ちふさがるように現れたのは、見上げる程大きな男……アズラークだった。

「……見つけた」
「ひっ……!」

 温度のない、凍える様な声。射抜くような視線。昨夜は鷹揚とも言えるほどの態度だったのに、今はただ恐ろしい。無理に逃げ出そうとすれば、それこそ斬り捨てられてしまうんじゃないかと思う程の怖さがある。俺は気が付かない内に、それほどのことをしてしまったんだろうか。恐怖に固まる俺に、アズラークは自嘲するように顔を歪めた。

「見つけるのに時間がかかってしまったな……来い」
「……っや、やめ、」

 大きな手が伸びてきて、反射的に一歩下がるが、あっという間に強く二の腕を掴まれる。俺の態度が気に入らなかったんだろうか、彼の威圧的な雰囲気がびりびりと肌を刺す。

「俺から逃げられるとでも思ったのか? こんな細い脚で? それとも俺を煽ろうとわざとやっているのか?」
「ちが、っ……!」

 あんたの怒りを煽ろうなんてしていない。頭を必死に左右に振るが、アズラークは冷たい視線で俺を射抜くだけだ。グルル、と低いうなり声が彼の喉元から響く。

「若い雄の匂いがするな……ここに番と住んでいるのか?」

 スン、と彼が鼻を鳴らして部屋の中を見回す。ああそう言えば、獣人は人間の俺より何十倍も鼻が利く。レオンが、匂いだけで相手の種族もだいたいの歳も、相手の強さまで分かると言っていた。

「ちが、い、ます……」

 恐怖に張り付く喉をなんとかこじ開けて口を動かす。俺とレオンは番なんかじゃない。番になるというのは、人間でいう結婚すると似た意味合いだけど、少し違う。心変わりはほとんどなく、番となった相手のことを狂信的なまでに愛するらしい。番にしたいかどうかは獣人なら本能で分かるらしいけど、俺は人間だから番にはなりえない。

「庇うのか?こんなに濃く匂いを付けさせておいて」

 アズラークは俺の首筋に顔を近づけると、忌々しそうに呟く。不意に感じた体温に、そんな場合じゃないと思っていても顔が紅潮する。そんな俺を冷めた目線で見つめたアズラークは、凶悪な笑顔で微笑んだ。

「まあ、どのみち関係ない事だ……ここにはもう二度と帰さない。」

 それって、もしかして俺は投獄されるってこと?くるりと向きを変えられたと思ったら、後ろ手に柔らかい布で拘束される。こんなことしなくても、獣人の、しかも騎士団長から逃げられるわけなんてない。宿に連れて行かれた時のようにマントにくるまれ抱き上げられ、彼がゆっくりと階下へ降りていく。昨日の夜は、優しげで甘やかな空気を漂わせていたアズラークから、今は刺すような怒りしか感じない。

 レオンが見つからなくてよかった。捕まるのが俺だけで済んだから。なんとかそう思って自分を慰めようとするけど、震えが止まらなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

【R-18】僕のえっちな狼さん

衣草 薫
BL
内気で太っちょの僕が転生したのは豚人だらけの世界。 こっちでは僕みたいなデブがモテて、すらりと背の高いイケメンのシャンはみんなから疎まれていた。 お互いを理想の美男子だと思った僕らは村はずれのシャンの小屋で一緒に暮らすことに。 優しくて純情な彼とのスローライフを満喫するのだが……豚人にしてはやけにハンサムなシャンには実は秘密があって、暗がりで満月を連想するものを見ると人がいや獣が変わったように乱暴になって僕を押し倒し……。 R-18には※をつけています。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

社畜サラリーマンの優雅な性奴隷生活

BL
異世界トリップした先は、人間の数が異様に少なく絶滅寸前の世界でした。 草臥れた社畜サラリーマンが性奴隷としてご主人様に可愛がられたり嬲られたり虐められたりする日々の記録です。 露骨な性描写あるのでご注意ください。

異世界の飼育員でさえてんてこ舞いなのにNo.1獣人にサービスしないといけなくて困ってます。(てん獣)

蒼空 結舞(あおぞら むすぶ)
BL
異世界に飛ばされた月読 愛美(つきよみ まなよし)。神によって”ギャップ”と呼ばれた世界で愛玩動物としてもてはやされている”獣人”と呼ばれた獣たちの飼育と接客を任されてしまった。 この世界に来て1ヶ月。少しずつ慣れてきた愛美(通称マナ)だが、慣れないことが1つ。 それは獣人きってのNo.1ではあるが高額すぎて落札されない、美麗ではあるが最低クズ野郎である虎の獣人、アリッストの世話をする事。 いつもクズ呼ばわりされ挙句の果てには”種付け”として行為を迫る絶倫獣人にマナは太刀打ちが出来ないでいる。 最低クズだが美麗獣人と健気かつどこか闇を持った眼鏡イケメンの異世界飼育日記が始まる。

社畜が男二人に拉致されて無人島性活

ASK.R
BL
【完結】社畜主人公が、仕事帰りに男二人に拉致される話。車でヤられ、無人島へ軟禁されて、男二人の慰み者に!?と、思いきや意外と性生活を楽しんでしまう主人公と、高学歴・高収入・高圧的の3Kスパダリ?総攻め、世話焼き料理上手なリバマッチョの無人島エンジョイ性活 出だしこそバイオレンスですが、わりとギャグで、ちゃんとハピエンです! 【22年10月下旬までBOOTHで販売していた作品の掲載です、販売時から一部改稿しております】 ---------- 特殊性癖作品なので、下記に地雷がある方は、閲覧をご遠慮ください。 犯罪行為・拉致・監禁・拘束・暴力・強姦・薬物投与・キメセク・濁音喘ぎ・♡喘ぎ・ストーカー・輪姦・3P・攻めフェラ・イマラチオ・ソフトSM・噛みつき・マッチョ受け・リバ・スパンキング・パイパン・青姦・年の差・ショタおに・溺愛・甘々セックス・中出し ※スケベシーンは激しめ&下品です、数珠繋ぎ・2本挿しあります この作品はPixiv、ムーンライトノベルズ、fujossy、BLoveにも掲載しております。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

処理中です...