上 下
7 / 7

告白

しおりを挟む




乱れたシーツの上で、淡い間接照明に照らされた天井を見上げる。

腰が立たなくてベッドの上で寝転がったままの俺を清めたマティアスが、そっと俺の腕を撫でた。


「・・・・痛むか。」


シャツでとはいえなかなかの時間にわたって縛られて、さらに体重までかかった腕にはくっきりと痣が付いている。
それを痛まし気な目で見たマティアスは重ねて『すまない』と苦しそうに呟く。


「いや、大丈夫だ。それほど痛みはないよ。俺も鍛えてるし。」


まだ若干痺れる腕を伸縮させて、問題はないと苦笑した。
そんな俺を見下ろしたマティアスは・・・弱々しく言葉を吐きだす。


「こんなこと、するつもりじゃなかったんだ・・・本当にすまない。」

「気にするなって。まぁ、俺も確かに驚いたけど。」


どう表情を取り繕っても、頬が引き攣って声が震える。

するつもりじゃなかったって。
まぁそうだろうな。

結婚相手である俺が他の男とセックスするのがマティアスの貞操観に反していて、それを止めようとしたら、売り言葉に買い言葉でヤっちまったってだけだ。
大丈夫だ。
お互いに不本意だった、あれは事故だったと言って笑えば、また明日からいつも通りに戻れる。

手が届かないはずの惚れた男と結婚できて、更にセックスまでできたんだ。
俺はラッキーとでも思わなきゃいけないだろう。
後悔しているお前を見て、傷ついた顔なんてしちゃいけない。


「こんなのは間違えているっていうのは、分かっていたんだ。お前を抱いたことだけじゃなくて、この結婚自体が、だ。」


深く沈むような暗いマティアスの声に、ずきりと胸が痛む。
やっぱりそもそも俺と結婚したことを後悔してるのか。
上司命令とは言え、それはそうだろうな。
マティアスならいくらでももっとマシな相手を選べただろうし、好きな子だっているらしいし。


「・・・うん、まあ、そうだよな。」


目を掌で覆って、ぼそぼそと呟く。

ずっとずっと好きだったマティアス。
俺の気持ちなんて一生言わないつもりだったし、匂わせもしないつもりだった。
付き合いたいどころか気が付かれさえしないでいいと思ってた。

いつかこいつは出世して地球に帰っちゃうだろうから、そうしたらきっと忘れられるだろうと思ってた。
・・・なのにうっかり抱いたりなんかしやがって。
愛だの恋だので抱かれたんじゃないって分かってるのに、これじゃあ忘れられなくなりそうだ。

きっとこの仮初の結婚生活ももうダメだろうな。
それどころか別れたって、今まで通り友人としてなんて側にいられない。
きっとマティアスだって俺みたいなのに付きまとわれたら嫌だろう。
無理やり笑みの形に吊り上げていた唇が震えて、じわりと目元に涙が滲む。


「だから半年だけで、我慢するつもりだった。・・・・・半年お前を口説いて、ダメなら解放しようと思っていた。」

「ああ、もう無理だよな・・・・・って、口説く?」


てっきり早めに出ていくように言われると思って、そう身構えていたのに。
想像していた終わりの言葉とまったく違う言葉がマティアスの口から紡がれて脳みそが処理しきれなくて、俺は目を覆っていた掌の隙間からマティアスを思わず見上げる。

今、俺をこいつ口説くって言わなかったか?
幻聴か。
そうだよな。
だってマティアスは好きな相手がいるんだし、ノンケだし、俺になんて興味ないはずだし。


「ああ。だが3ヶ月経ってもお前は何の反応もない。それどころか他の男に抱かれようとするから・・・はらわたが煮えくり返りそうだった。」

「え、いや、ちょっと待てよ。何言ってるんだ。」

「お前が過去に恋人がいたことは責めない。だが、婚姻している限りは俺だけにしてくれ・・・あと3ヶ月しかないとしても。性欲だけなら、俺でも処理できるだろう?」


ベッドの端に座ったマティアスの掌が伸びてきて、そっと俺の手をつかむ。
そのまま指先に口づけられて俺は思わず叫んでしまった。


「だからちょっと待てって!マティアス・・・・・それだと、その、勘違いだとは思うけど、お前が俺のことを好きみたいに聞こえるんだが。」

「何言ってるんだ。ずっと好きだしアプローチしていただろう。食事に誘ったり休日にデートに連れ出したり、家に呼んだり。」


いや、それ普通に友達だってするだろ。
誰が同性の同僚に仕事後に飯に誘われて、口説かれてると思うよ。
しかも一緒に飯に行っても休日に会ってもマティアスはいたって普通な感じだったし。

それに、こいつは結婚を考えるほど好きな奴がいるんじゃなかったのか。


「ユーリエ嬢に、『結婚を考えている相手がいる』って言ったんだろ!?」

「そうだ。お前と付き合っていなくても結婚を考えたら悪いか。」


別に悪くはない。
考えることは個人の自由でたとえ俺とこいつの間にそれまで恋愛的な関係性が一切なくても、悪いことではない。
だからマティアスの言っていることは何一つとして間違ってはいないのだけど・・・抱えきれなくなってきた話に、俺はため息をついて目を閉じた。

突然すぎることに頭がパンクしそうだ。
こいつに抱かれたことだって俺の中では一大事件だっていうのに、まさか同じ想いを持っていたというのか。

黙りこくった俺の頬に、マティアスがそっと手を滑らせる。


「レイン。いくら上司命令でも、俺は好きでもない男と婚姻はしない。お前と違って、そこまでお人よしじゃない。」


目を開くと、いつもの無表情だけど美形な顔が俺のことを覗き込んでいる。
・・・・この無表情から、こいつの感情が読み取れるようになったのは、いつの頃だっただろうか。

いつもと変わらない冷たい瞳が、少しだけ不安に揺れている。
だけど同時に酷く真剣で___情熱的な炎が奥に潜んでいるようだ。
そのことに勇気づけられて俺は彼の手に自分の手を乗せた。


「俺だってそうだよ・・・マティアス、お前だから結婚したんだ」


俺がほほ笑むと、彼の目が僅かに見開かれる。
その顔に俺は思わず小さく噴き出した。


「なんで俺ら、好きだって言う前に結婚してるんだろうな?」





__そうして長年封じ込めていた好きだという言葉を、彼に耳に甘く囁いた。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

初めてを絶対に成功させたくて頑張ったら彼氏に何故かめっちゃ怒られたけど幸せって話

もものみ
BL
【関西弁のR-18の創作BLです】 R-18描写があります。 地雷の方はお気をつけて。 関西に住む大学生同士の、元ノンケで遊び人×童貞処女のゲイのカップルの初えっちのお話です。 見た目や馴れ初めを書いた人物紹介 (本編とはあまり関係ありませんが、自分の中のイメージを壊したくない方は読まないでください) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 西矢 朝陽(にしや あさひ) 大学3回生。身長174cm。髪は染めていて明るい茶髪。猫目っぽい大きな目が印象的な元気な大学生。 空とは1回生のときに大学で知り合ったが、初めてあったときから気が合い、大学でも一緒にいるしよく2人で遊びに行ったりもしているうちにいつのまにか空を好きになった。 もともとゲイでネコの自覚がある。ちょっとアホっぽいが明るい性格で、見た目もわりと良いので今までにも今までにも彼氏を作ろうと思えば作れた。大学に入学してからも、告白されたことは数回あるが、そのときにはもう空のことが好きだったので断った。 空とは2ヶ月前にサシ飲みをしていたときにうっかり告白してしまい、そこから付き合い始めた。このときの記憶はおぼろげにしか残っていないがめちゃくちゃ恥ずかしいことを口走ったことは自覚しているので深くは考えないようにしている。 高校時代に先輩に片想いしていたが、伝えずに終わったため今までに彼氏ができたことはない。そのため、童貞処女。 南雲 空(なぐも そら) 大学生3回生。身長185cm。髪は染めておらず黒髪で切れ長の目。 チャラい訳ではないがイケメンなので女子にしょっちゅう告白されるし付き合ったりもしたけれどすぐに「空って私のこと好きちゃうやろ?」とか言われて長続きはしない。来るもの拒まず去るもの追わずな感じだった。 朝陽のことは普通に友達だと思っていたが、周りからは彼女がいようと朝陽の方を優先しており「お前もう朝陽と付き合えよ」とよく呆れて言われていた。そんな矢先ベロベロに酔っ払った朝陽に「そらはもう、僕と付き合ったらええやん。ぜったい僕の方がそらの今までの彼女らよりそらのこと好きやもん…」と言われて付き合った。付き合ってからの朝陽はもうスキンシップひとつにも照れるしかと思えば甘えたりもしてくるしめちゃくちゃ可愛くて正直あの日酔っぱらってノリでOKした自分に大感謝してるし今は溺愛している。

バイバイ、セフレ。

月岡夜宵
BL
『さよなら、君との関係性。今日でお別れセックスフレンド』 尚紀は、好きな人である紫に散々な嘘までついて抱かれ、お金を払ってでもセフレ関係を繋ぎ止めていた。だが彼に本命がいると知ってしまい、円満に別れようとする。ところが、決意を新たにした矢先、とんでもない事態に発展してしまい――なんと自分から突き放すことに!? 素直になれない尚紀を置きざりに事態はどんどん劇化し、最高潮に達する時、やがて一つの結実となる。 前知らせ) ・舞台は現代日本っぽい架空の国。 ・人気者攻め(非童貞)×日陰者受け(処女)。

涙は流さないで

水場奨
BL
仕事をしようとドアを開けたら、婚約者が俺の天敵とイタしておるのですが……! もう俺のことは要らないんだよな?と思っていたのに、なんで追いかけてくるんですか!

俺のかつての護衛騎士が未だに過保護すぎる

餡子
BL
【BL】護衛騎士×元王子もどきの平民  妾妃の連れ子として王家に迎え入れられたけど、成人したら平民として暮らしていくはずだった。というのに、成人後もなぜかかつての護衛騎士が過保護に接してくるんだけど!? ……期待させないでほしい。そっちには、俺と同じ気持ちなんてないくせに。 ※性描写有りR18

お試し交際終了

いちみやりょう
BL
「俺、神宮寺さんが好きです。神宮寺さんが白木のことを好きだったことは知ってます。だから今俺のこと好きじゃなくても構わないんです。お試しでもいいから、付き合ってみませんか」 「お前、ゲイだったのか?」 「はい」 「分かった。だが、俺は中野のこと、好きにならないかもしんねぇぞ?」 「それでもいいです! 好きになってもらえるように頑張ります」 「そうか」 そうして俺は、神宮寺さんに付き合ってもらえることになった。

【短編/R18】親友からホワイトデーにお返しもらったけど全く心当たりない

ナイトウ
BL
モテモテチャラ男風巨根イかせたがりDD攻め×平凡攻め大好き全肯定系DD受け 傾向: 両片想いからのイチャラブ、イかせ、前立腺責め、PC筋開発、精嚢責め、直腸S状部責め、トコロテン、連続絶頂、快楽漬け、あへおほ 両片思いだった大学生ふたりが勘違いの結果両思いになり、攻めの好きゲージ大解放により受けがぐちゃぐちゃにされる話です。

【完結】子爵の息子は体を売る。ざまあ後の不幸を少なくするために覚悟を決めたら愛されました。

鏑木 うりこ
BL
 ある日突然、私は思い出した。この世界は姉ちゃんが愛読していたテンプレざまあ小説の世界だと。このまま行くと私の姉として存在している娘は公爵令嬢を断罪するも逆にざまあされる。私の大切な家族は全員悲惨で不幸な道を歩まされる。  そんなのは嫌だ。せめて仲の良い兄妹だけでも救いたい。私は素早く行動した。  溺愛気味R18でさらさらと進んで行きます。令嬢ざまぁ物ではありません。タイトルのせいでがっかりした方には申し訳なく思います。すみません……。タグを増やしておきました。  男性妊娠がある世界です。  文字数は2万字を切る少なさですが、お楽しみいただけると幸いに存じます。  追加編を少し加えたので、少し文字数が増えました。  ★本編完結済みです。 5/29 HOT入りありがとうございます! 5/30 HOT入り&BL1位本当にありがとうございます!嬉しくて踊りそうです! 5/31 HOT4位?!BL1位?!?!え?何ちょっとびっくりし過ぎて倒れるかも・:*+.\(( °ω° ))/.:+ビャー!  HOT1位になっておりま、おりま、おりまし、て……(混乱) 誠に!誠にありがとう!ございますーー!!ど、動悸がっ!! 6/1 HOT1位&人気16位に置いていただき、感謝感謝です!こんなに凄い順位をいただいて良いのでしょうか・:*+.\(( °ω° ))/.:+  最近沈んでいたので、ものすごく嬉しいです!(*‘ω‘ *)ありがとーありがとー!

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

処理中です...