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攻め視点 2

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 それからの2年間はただ必死だった。
 国を守るために全力を尽くした。ユーリス様のために、と得た剣の技量や体力、知力、そして騎士仲間からの信頼。それらが役に立ち、なんとか時間稼ぎをすることができた。自分の功績など大したことはないが、少しは国の役に立ったようでいつの間にか英雄のように祭り上げられていた。

 高度な交渉が繰り広げられたのだろう。少しの時間を置いて停戦、そして和平へと道が開けて……俺は王に呼び出されることとなった。



 王の執務室に入るとにこやかに出迎えられた。柔らかな光の差し込む広い部屋だ。そしてそこには、あのユーリス様が同席していたのだ。

 『何を望んでもその願いに応えよう』

 その王の言葉に合わせて、柔らかく微笑むユーリス様。
 本当に、その瞬間までは欲などなかった。ようやくお役に立てたようで何よりですと告げて退出するつもりだった。本当に。あわよくばユーリス様にねぎらいの言葉を掛けられたい。喜んでもらいたい。その程度だった。

 だが彼がまるで何でも受け入れるかのように微笑むから、……いや、そんなのは言い訳だが、彼の存在を間近に感じた瞬間、自分でも気が付いていなかった欲望が一気に膨れ上がった。強い憧憬や感謝はいつしか恋慕へと変わっていたようだった。

 王は『何でも』と言った。そうだ、ならば彼を欲しいと言ってもいいんじゃないか。不敬だと斬り捨てられるかもしれないが、それならばそれで甘んじて受け入れる。ユーリス様にとっては俺なんて名前すら知らないような男だ。
 白百合のような彼に、薄汚れた武骨な俺は似合わない。それ以前に同性だ。こんな男に恋い慕われても気持ちが悪いだけかもしれない。だけど何があっても守り通すし、何よりも誰よりも大事にする。花を手折るような真似はしない。その場に這いつくばり求婚したくなったが、なんとか耐えると『王家の花が欲しい』と望んだのだ。ただでさえ日に焼けた頬が上気するのが分かった。だが確かに真っすぐユーリス様の瞳を見つめて、彼に求愛をした。明らかに困惑した様子の王とユーリス様は、地位や金では駄目かと打診してきた。本来ならば主君を困らせるような真似はすべきではない。それは分かっていたのに、どうしても自分からは諦めると言えなくて。だがきっぱりと向こうから断られたら、それで俺の恋心は終わりにするから。

 駄目だろうと思っていた。が、その10日後に返事がもらえた。

 天にも昇るような気持ち、とはまさにあの時のことだろう。
 あのユーリス様が手に入る。形としては俺が養子になるのだが、目の前で求婚をしたのだから彼にも想いは伝わっているだろう。そのうえで俺を迎え入れるということは……俺のことも受け入れてくれるということだろうか。

 浮かれた気持ちのまま彼の部屋を整えた。寝具も家具も全て自ら選んで新調した。
 ああ、この屋敷に、この部屋に彼が来てくれるのだ。あの控えめな花のような人が。
 信じられない。
 俺の人生を変えた、あの人が。
 ふわふわとした、雲の上を歩いているような気分だった。

 絶対に優しくしよう。彼の嫌がることは絶対にしない。
 


 なのに。
 そう思っていたのに。


----





「まだ寝ないのか?」


 昔のことを思い出しながらベッドに伏すユーリス様の顔を見つめていると、てっきり眠っていたと思った彼の瞳がぱちりと開いた。
 まだ夜明けまでは遠い。本当ならばもっとずっと抱いていたいが、あまりしつこくすると彼は次の日に立てなくなってしまう。寝不足も、か弱い彼の体には酷なようだ。だから最近はずいぶんと手加減している。彼を害したいわけじゃないんだ。なのに……まだ元気なようなら、もう少しだけ触れてしまおうか。
 だって彼は、俺がいなければ他の人に手を伸ばすかもしれないんだから。そんなことは、たとえ相手が商売女であっても許せない。
 ベッドに横たわったままそんな考えが頭をよぎる。
 

「ヒルベルト、顔が怖い」

「……そうですか?」


 彼がこの屋敷に来た初めての夜のことを思い出していると、ユーリス様はどこか苦く笑った。


「ああ。そんなに睨まないでくれ」

「睨んでなんていません」

「いや……すまない。そうだな、違う。別にいいんだ。睨みたければ睨んでいい。ヒルベルトは何も悪くないよ。君の心は自由だから」
 
 
 そう言いながらユーリス様は俺から視線を外す。目を伏せたその顔はどこか沈むような悲しみの色があった。

 ユーリス様の考えることは、時々俺には難しすぎる。きっと彼の頭の中では俺が想像もつかないことが考えられているんだろう。掴み切れない彼の思考にもやもやとしたものが胸を覆って、彼へと手を伸ばすと顎を掴んだ。できるだけそっと口づけたいのに、苛立ちが現れてしまって軽くその薄い唇に噛みついた。

 このまま抱いてしまおうかとも思ったけれど、彼の体が前よりもまた少し細くなっている気がして、上掛を引っ張り上げると布団の中に押し込んだ。そのまま上掛ごと腕に抱きしめて、欲望から気を逸らすように目を閉じる。すると腕の中の小さな体がもぞもぞと動いた。


「……ヒルベルト、しないのかい?」

「しません」
 

 本当はしたい。このまま乱暴に征服してしまいたい。俺だけのものだと分かってほしい。だけど心の中で相反する思いもあった。優しくしたいし穏やかに眠ってほしい。俺のことを信頼して……ほんの少しだけでも愛してほしい。
 無理やり関係を結んで、貞操帯まで強制するような男には、過ぎた願いなのだろうけど。


「そうか」


 小さな体は動くのをやめ、どこか暗い声でそう呟いた。なにか気に障ることがあっただろうか。顔を覗き込もうとすると、嫌がるように胸に顔をうずめられた。顔を見たかったけれどしょうがない。彼の温かな体にじわりじわりと眠気が襲ってきて、瞼が落ちた。うとうとと夢とうつつの間を揺蕩う感覚が心地いい。


「ヒルベルト、もし君が私に飽きたなら……」

 
 消え入りそうな小さな声。もしかしたら俺の聞き間違いかもしれない。それとも夢なのだろうか。
 だって飽きるなんてこと、そんなことあるわけない。彼は俺の人生全てを賭けて得た相手なんだから。誰にも身代わりなんてできない。絶対にこの腕の中から逃がすことはしない。

 瞳を閉じたまま彼に回した腕に力を込める。
 抱きしめ返された気がしたのは、夢だったんだろうか。
 


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