【BL】身代わり王族は、執着騎士に愛される

のらねことすていぬ

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ヒルベルトという男

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開けたままの窓から、秋の風が部屋に舞い込んできた。
日中は汗ばむほどだった気温はすっかり下がり、薄い寝間着に身を包んだ私は、ぶるりと体が震えて窓を閉める。

すっかり闇に包まれて何が見えるでもないというのに、ただ外を眺めていただけだ。
別に悲しみに暮れていたわけでも、物思いに耽っていたわけでもない。

ただ……何もせずにこの部屋に居ることが、気まずかっただけだ。


気まずいなどと今更思ったところで、何ができるわけでもないのに。


大きなため息が口から零れ出る。
寒さに少し硬くなった体を無理やり動かして、その気まずさの根源である、室内へと視線を戻した。

無駄だと感じるほど広い部屋。
王族である私でさえ驚くほど贅を尽くしているのが分かる、豪奢な家具。
揃えた主人の趣味の良さと……愛情が伝わってくる室内。


これがただ私に与えられた部屋なら別に居心地の悪さなんて感じない。

国土も広くなく、諸国に比べ質素な生活を過ごしている王族の私には、贅沢すぎるほどの部屋。
もともと使っていた王家の部屋よりずっと立派だ。

これがもし、『もし』ただ私に宛がわれた部屋なら……。

そこまで考えて、そんなありもしない話を空想するのは時間の無駄だと頭の中から振り払う。

代わりにのっそりとソファへと足を進めると、なんで私はこんなところにいるのかと、どこで間違えてしまったのだろうかとそのことに内心頭を抱えた。



そうだ。
この身が潰れそうなほどの気まずさには理由があるのだ。



この国は領土が狭い。
たが資源は豊かで、気候も穏やか。
小さな災害や夜盗なんかの諍いはあったが、誰も飢えることなく幸せに暮らすことのできる国だった。

その小さくても幸せな国の平和が壊されたのは、今から2年程前のことだ。
長いこと友好的な関係を築いていた隣国が、私の父であり前王が亡くなったのを機に攻め入ってきたのだ。

国土が狭いということはそれだけ民の数が少なく、それはすなわち兵士の数が少ないということ。
むこうも短期間で一気に叩き潰すつもりだったのだろう。
友好的な仮面の裏で戦力を蓄えていたらしい隣国の圧倒的に差のある戦力に、誰もが絶望した。

最後まで強くあらねばならない王族である私も。
代替わりしたばかりの王私の兄も、誰もが悲観に暮れていた。
方々に手を尽くしていたが策を練ろうにも時間が足りな過ぎた。

その状況を一変させたのが、ヒルベルト・セレン__この部屋の主だった。

もう成人して5年は経つ私よりも、いくつか年下の、まだ若い騎士。
美形揃いの騎士団のなかでもひときわ整った容姿。
分厚い筋肉に覆われた逞しい体。
見た目に恵まれた男は美しいとはいえ、それまではただの一介の騎士に過ぎなかった。
たまに私の部屋の護衛に立ったり、外交の際に警護にあたる、特に出世をしそうもないただの騎士。
むしろ彼の実家は早くに当主である父を亡くしていて、社交界での立ち回りは難しそうだった。
顔立ちが美しい分、余計な反感すら買っていた。
そう言えば彼が騎士団に入るときにも、揉めていたのを覚えている。
後ろ盾のない人間は本人に劣ったところがなくても苦労するものなのか、と他人事ながらに思ったのを覚えている。

だがその一騎士のはずの彼は、それまでどこに隠していたのかというほどの強さを隠し持っていた。
少なすぎる戦力にも関わらず互角以上に戦い、そして部隊を任されてからは巧みな戦略で地の利を生かし、敵の侵攻を食い止めた。

ヒルベルトが時間を稼いでいる間に私たち王族も別の国へと交渉を重ね、隣国と敵対関係にあった国と同盟を組むことに成功したのだ。
単独では弱くとも他国と同盟を組めば隣国と同等程度の戦力になる。

隣国もそれは分かっていたようで、あっさりと和平条約を持ちかけてきた。



永遠の和平ではないだろう。
だが国の危機は去った。

そして国を危機から救ったのは、ヒルベルトだった。

誰の目から見てもそうだった。
王族なんかではなく、騎士である彼が英雄だった。

奇跡的とも言える彼の強さに国民は熱狂した。
それだけ人気のあるヒルベルトに王が褒美を与えるのは当然のこと。
与えなければ暴動がおこる。

若い英雄は何を望むのだろうか。
何を望んでもその願いに応えよう。
土地でも、爵位でも。

王の執務室に彼を呼び鷹揚にそう告げた王に、ヒルベルトは『私なんかが望むのは不敬だと分かっていますが』と前置きし、願いを口にした。

王とともに執務室にいた私は、まだその時のことをはっきりと覚えている。
短く艶のある黒髪の見目麗しい騎士は、日に焼けた頬を照れたように紅潮させて、『王家の花が欲しい』と望んだのだ。

高潔な騎士である彼はあからさまに相手を強請るような真似はしなかったのだけれど、その『花』が本当にただの花であるわけがない。
花。
つまり花のように美しい女性。

今の王家には女性はただ一人、私の妹でもあるローレリーヌしかいない。


その願いを聞いた瞬間、私も王も時が止まったように固まってしまった。

明らかに困惑した様子を見せる私たちに、ヒルベルトも良からぬものを感じ取ったのだろう。
彼はその場に跪き『一生大事にする』『身分が低くても守り通す』と私にまで縋るように告げてきた。

考える時間が欲しいとなんとか彼を宥めてその場は収めた。
だが王も私も頭を抱えた。

ローレリーヌが嫌がるかもしれない、なんて理由ではない。
王族に生まれた以上望まない相手であっても国のためなら結婚するのが当然だ。

だが彼女は既に水面下で婚約が決まっていたのだ。
しかもその相手は同盟を組んだばかりの国の王子だった。
とてもじゃないが婚約破棄などできない。


英雄ともてはやされても一切浮ついたところのない彼は、長年恋い慕っている相手がいる、その相手を守るためにも死ぬ気で戦っていたのだと噂になっていた。
てっきりどこぞの貴族の娘かと思っていたが……まさかローレリーヌだとは。
そんな誠実で純朴な青年騎士に、何と告げればいい?

私も王の弟として、彼の屋敷に赴いて金や地位をそれとなく打診するがヒルベルトは頷いてはくれなかった。
悲しそうに眉を下げて『私の望みは一つです』と繰り返すばかり。

国の外に敵をつくるか。
国の中に敵をつくるか。
どちらも丸く収めることはできないのだろうか。
できるだけ、穏便に。

散々考えたがないようにしか思えない。
思えなかった。
いっそローレリーヌにそっくりな娘でも募ろうか。
攫ってきてしまってもいい。
そんなことすら思っていた時。


『なあ、ユーリス。ヒルベルトは、王家の花をと望んだが__誰とは言っていなかったな』


寝不足のせいか目の下にどす黒い隈をつくった兄が私にそう告げた。
ヒルベルトが望みを告げてから10日も経った頃だった。




そうしてヒルベルトは、私の養子となることが決まった。




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