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それから
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「フェーベ、……傷は痛むか?」
「大丈夫です」
細くて長い指がそっとフェーベの髪をくしけずる。
ベッドに腰掛けたまま、その心地よさにうっとりと目を細めながらフェーベは緩く首を横に振った。
その指先は繊細にフェーベの頬を撫で、そっと首筋の傷を労わる。
温かなそれに確かな愛情を感じてどこか擽ったい。
今までフェーベはずっと真面目すぎる魅力のない淫魔で、誰からも顧みられず孤独だった。
誰にも求められず、心の裡も理解されず、常に身の置き所のない孤独からただ体を小さくしていた。
それなのにこの輝くような男からこんなに大事にされるなんて……。
愛していると囁かれて心がふわふわと飛び立ってしまいそうだ。
「済まない、俺が愚かな嫉妬なんてしたばっかりに……」
傷の痛みなんて大したことはない。
それにもともと刃を己に向けたのはフェーベなのだから、ザキエルが謝らなければいけない謂れはないのに。
ザキエルは眉をきつく寄せると、辛そうに言葉を吐いた。
その響きが実際に傷を負ったフェーベよりも痛々しく、フェーベは慌てて頭を振った。
「いえ、ちゃんと伝えなかった私が悪いのです」
フェーベであっても、もし逆の立場だったら。
もしザキエルが他の誰かとベッドの上で、卑猥な玩具を持っていたら誤解しただろうし、きっと嫉妬に駆られた。
ザキエルと違って怒りをぶつけることはできないだろうけれど、その心が離れたことに絶望して逃げ出してしまったかもしれない。
愛する相手は独占したくなるのだと、ザキエルに出会ってから思い知らされた。
そしてそのことを考えると、ふと別の想いが頭に浮かんだ。
「ザキエル様……、その、私はこの先もずっとザキエル様だけです。この身が朽ちるまで」
フェーベにはザキエルだけだ。
地味な容姿で他の人に求められないという理由だけじゃない。
まだ出会ってからそう時は経っていないけれど、彼がどうしようもなく恋しい。
今回のことがあって、それを身に染みて痛感した。
今まで身分の差や力の差のせいで素直に口に出すことも、心に想うことすら不敬だと思っていたけれど、ザキエルを愛していることはもはや隠しようがない。
自分の気持ちから目を逸らすことができない。
淫魔である自分が、誰か一人を狂おしいほど好きになることがあるなんて、少し前までは想像すらしていなかった。
___だがこの心に巣食った愛とやらは、ただの主従関係にある上では、些か都合が悪い。
フェーベは息を吸うと、しっかりとザキエルの瞳を見つめる。
「でも、もしザキエル様が他に侍らせたい者を見つけたら、すぐに仰ってくださいね。その時はちゃんと消えますから」
もしザキエルが望むのなら、このあたり一帯では手に入らない相手はいないだろう。
今はフェーベのことを愛していると囁いているザキエルも、いつまでもその愛情を自分に傾けてくれるとは思えない。
そもそも、彼の愛情は複数に向けられてもおかしくないものだ。
今まで通り、自分はただ彼の淫魔で意思など関係ないものだと思い続けているなら、他の誰がザキエルに抱かれても我慢できただろう。
だけど好きだと伝え、彼からも愛情を返すような言葉をもらった今は……彼が他の相手を抱くことをとても耐えられそうにない。
誰からも愛されていなかった頃は、愛を得たということでそれを失う恐怖を知ることになるとは思いもしなかった。
もしザキエルに他の誰かができたら、きっと泣きわめいて彼に迷惑をかける。
喪った彼の心を想って狂ってしまう。
ならばそうなる前に静かに消えてしまいたい。
想像するだけで胸が痛いが、彼の手を煩わせるわけにはいかない。
そう強い意志を込めて言葉を紡ぐ。
だがザキエルはそれを聞くと目を剥いた。
「……フェーベ、そんなことあるわけない」
「ザキエル様?」
髪を撫でていた指先が頬を包みこみ、動かないようにしっかりと固定されてしまう。
ザキエルの驚いたような様子にどうしたのだろうかと思っていると、その顔が近づいてきて、そっと唇が触れ合った。
「元が天使だからなのかもしれないが、俺は早々気持ちが変わりはしないしよそ見もしない。それこそ、フェーベが俺を嫌になっても縛り付ける」
鼻先が触れ合うほどの距離で囁かれる。
いつも涼し気なザキエルの瞳が眼前に迫って、心の奥まで覗き込まれそうだ。
「それよりも……お前こそいいのか?俺は魔族と違って浮気は許さない。お前が淫魔だと分かっていても、他の相手の精を摂らせることは絶対にさせない」
それはお前たちにとって辛いことじゃないのか?
静かにそう囁かれる。
「今更嫌だと言われても手放せないが……お前にだけは、俺はあまり心が広くないようだ」
目の前でザキエルの瞳がゆらゆらと揺れている。
まるで戸惑っているかのような、フェーベを縛り付けてしまっているとでも思っているような。
奥底に苦悩の見える瞳に胸が締め付けられる。
「嫌なわけありません」
できるだけ強くそう答えると、つま先立ちになりそっとザキエルの唇に、触れるだけのキスをする。
天使なのに堕ちてきてしまったザキエル。
淫魔なのに愛する人にしか触れたくないと思っていたフェーベ。
フェーベが彼に似つかわしいと思うなんて思い上がりかもしれないけれど、彼の独占欲も執着心も、フェーベにとっては嬉しいものでしかない。
いままでずっと、魔力を得るために、たくさんの相手と寝て来るようにとばかり言われてきた。
両親も、周りの淫魔も皆そうしてきた。
だからザキエルにもしそう言われたら従うつもりだったけれど____彼のことだけを想っていていいのなら、それ以上に幸せなことはない。
「ん……っ、」
触れるだけのキスが、ザキエルの唇に甘く噛みつかれて深くなる。
そっと舌で咥内を撫でられて鼻から抜けるような吐息がでた。
「……フェーベ、今後は他の男になんて頼るなよ。困ったことがあったらすぐ俺に言うように」
唇をぺろりと舐められて至近距離で見つめられる。
小声で『はい』と呟くと、瞳をわずかに緩めたザキエルの唇が再び降ってきた。
「触れてもいいか?」
額、頬、こめかみとあちこちにキスを降らせたザキエルが、そっと囁く。
その言葉にフェーベがきょとんと目を見開くと、彼は慌てたように体を離した。
「すまない、傷が治ってから___」
「あ、ち、違います!」
違う。
ただ、そんな気遣いをされるとは思わなかったから驚いただけだ。
慌ててザキエルに抱きつくと小さく囁く。
「私も……したい、です」
顔に血が上っているのが分かる。
だけどここで手を放したくなくて、精一杯の気持ちを込めて呟くと。
ふわりと体が押されて、後ろに倒れた。
「___できるだけ、優しくする」
顔中にキスが落とされて、甘やかされているような感覚が擽ったい。
さらりとシャツを剥がれて素肌にザキエルの指先が滑る。
敏感な胸の突起をそっと転がされ、フェーベの肌はそれだけで震えた。
「んっ、ぁ、」
頬から首筋、そして胸の尖りを唇が捉えて、舌先で嬲られる。
もとから敏感な淫魔の体はそれだけで溶けてしまいそうだ。
それなのにザキエルの掌は戸惑うことなく薄い腹を撫でて、下肢へと伸ばされる。
薄い茂みに指先を絡められて、恥ずかしさともどかしい快感に腰がびくん、と腰が跳ねた。
「辛くないか?」
気遣うような声が掛けられる。
それは彼の愛情を感じられるし嬉しいことだけれど___。
「フェーベ?」
ザキエルは未だ乳首に唇を触れさせたまま、戯れるように下腹を緩く撫でている。
これは。
これは、彼にそのつもりがなくても、酷い焦らし方じゃないか。
「ザキ、エル、さま……ぁっ、」
耐えられなくて、はしたないと分かっていても、腰を浮かせて彼の掌に陰茎を擦りつけてしまう。
フェーベのその行為に一瞬驚いた顔をしたザキエルは、すぐに露悪的な笑みを見せると長い指を性器に這わせた。
「ん、んぁ!」
「フェーベ、可愛いな」
焦らされて敏感になったそこを、くちくちと水音を立てて扱きあげられる。
同時に乳首にも甘く歯を立てられて、快楽とも痛みとも言えない感覚に嬌声を上げた。
突然与えられた強い快感に涙目になる。
とろとろと先端から蜜が零れ落ちて、今にも弾けてしまいそうだ。
ザキエルはそっとフェーベの後孔も指で撫で上げる。
ゆっくりと長い指が埋め込まれて、内側から神経を撫で上げられた。
気持ちがいい内壁をまさぐられ、中を拡げるように擦り上げられると、射精感がこみあげてきて堪らない。
陰茎も弄ばれているのなら尚更。
「あ、ぁあ、やぁ、……だ、だめ、です、」
もうこのままではイってしまう。
力の入らない指先で、彼の手を止めようとするけれど、ザキエルは悪辣な笑みを深めるばかりでさらに苛んでくる。
ぐちぐちと卑猥な音を立てながら下肢を責められ、そのうえ後孔も指でかき回されて。
だめだと口で訴えながらも、フェーベは目の前が真っ白になるのを止められなかった。
「ああっ、あ、ああああ゛、!」
苦しい、でも脳髄すら焼き切れてしまいそうな快感。
甲高い悲鳴を上げて達すると、シーツの上で跳ねるフェーベを見つめていたザキエルが口づけてくる。
「愛しているよ、フェーベ。お前の口からも、俺が好きだと言ってくれるか?」
「好き、好きです……!私には、ザキエル、様だけ…、」
後孔をまさぐっていた指先が引き抜かれ、ザキエルが己の性器を取り出すと、その熱いものが宛がわれる。
たったそれだけのことで期待に体が震えた。
快感への期待と、早く彼と一つになりたいという思いで足を割り開くと、ゆっくりと長大なそれが押し入ってきた。
「ひっ、ぁあ、ああ゛、あ゛!」
内壁を無理やり押し広げられて、潰れたような声が漏れる。
あれだけ慣らされたというのにそれでもすんなりとザキエルを受け入れられないことに少しの悔しさを感じる。
だけどそれ以上に脳髄まで痺れそうな快感が襲ってきて、フェーベはただ必死にザキエルにしがみついた。
そんなフェーベにザキエルはそっと腕を回すと。
低い声で囁いた。
「フェーベ……これからは恋人として、ずっと傍にいてくれ」
地に堕ちても、たとえ地獄の底までであっても。
ザキエルは消えそうな声でそう呟く。
祈るようなその言葉には、天界から堕ちてしまったザキエルの悲しさがほんの少しだけ混じっているような気がした。
彼の過去はフェーベは知らない。
だけどザキエルと共になら、どこまででも堕ちていこう。
過去は知らなくとも、この堕ちた世界で彼と出会うことができたのだから。
心が震えるのを感じながら、フェーベは強く頷いた。
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