無聊

のらねことすていぬ

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恋人になったその後

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恋人になったその後
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緩やかに奏でられる音楽。
笑いさざめく人々の声。
遠くで響く円舞曲のステップを踏む音。

その雑音の間を縫うように女性たちの軽やかな声が響いた。




「……本当に素敵ね」

「あの凛々しい横顔が緩むところを見てみたいわ」

「こちらを見られなかしら」


まだ年若いどこぞのご令嬢だろう。
落ち着いているとは言い難い言葉と、繰り返される熱いため息。

昼は楚々とした雰囲気を崩さない彼女らも、夜会となると別なのだろう。
浮かれた人々の波にのまれるように小鳥のように高い声で囀っている。


別に今までだったら気にもならなかっただろう。
若い婦人がはしたないと言うほどまだ頭も固くないつもりだ。
むしろ、彼女たちにしかない若々しい言動を好ましくすら思っていたかもしれない。

なのに今はその囁きというには大きすぎる声が耳に入り、その内容に思わず眉をひそめた。
なにしろ彼女たちが熱い視線を送っているのが____つい数ヶ月前に私の『恋人』になった男なのだから。


半ば無理やり近衛兵団に入れたエリオスは、王宮では異質な存在だった。
それはそうだろう。
近衛兵団は鍛えられてはいるが線の細い、優美な男たちが競って就く職業だ。
彼らの主な仕事は王族や貴族の警護で、間違えても彼のように浅黒い肌と実戦で鍛え上げた体躯を持つ男がなるものではない。
だから私の身の回りの警護を主な仕事とするように裏から手を回したが、彼が上手く馴染めるかどうか心配をしていた。

なのに予想外なことに彼は近衛兵団にあっという間に溶け込み、それどころか良い意味で人々を惹き付ける存在となってしまった。
野性的な美貌も、外国の血を感じさせる浅黒い肌も、逞しい体も。
そのどれもが王都では珍しいもので、そして同時に人々の目には魅力的に映ったようだ。

おかげで彼にあからさまな秋波を送る人間が後を絶たず、そのたびに私は言いようのない黒い気持ちが胸に広がるのを感じた。

こんなことに苛ついていても仕方がない。
それは理解しているのに、止めることができない。

これ程までに気持ちが乱されるのは___私が不安だからだろう。




人の波を離れ、壁際に寄ると手にしていたシャンパンを飲み干す。



私はエリオスにどうしようもなく惹かれた。
一目惚れだった。
天幕に呼びつけて、関係を強要しようとすらするほど。
そして内面を知り一層彼のことを好きになって、私の傍に居て欲しいと強く願った。

だが、彼はどう思っているのだろうか。

なぜかエリオスは私と共に居たいと言ってくれたが、私は未だに彼が『なぜ』私と共にいるのか分からない。

もしかして彼も私のことを好きなのではないかと思う瞬間もある。
そっと傍に寄り添ってくれている時や、甘く私の体を溶かしてくれている時。
もしかしてと心が期待に跳ねてしまうのを感じる。
だけどいつも問いかけようと思って___恐ろしさに口を噤んでしまう。
なにしろ、彼からは愛の言葉なんて一つも貰っていないのだ。

私のことを少しでも好きなのかと問いかけて……もし彼の返事が望むものでなかったら。
私はどうなってしまうんだろう。

___いいえ、金のためです。
___地位のためです。
___縋りついてくる王子が、あまりにも憐れだったから。

頭の中でありそうな答えを想像して、やはりそんなことは聞くことはできないと自分に言い聞かせる。
もちろん彼が私の相手と引き換えに金品を望むならば差し出す用意はあるが……しょうがない、といくら自分に言い聞かせても傷ついてしまう未来が容易く想像できた。

当たり前だけれど、彼は私なんかではなく別の人間といずれ恋に落ちるだろう。
もしかしたら、既に恋人がいるかもしれない。

近衛兵団の独身寮に入ってしまったから、毎晩会えているわけではない。
それどころか最近は会えない夜の方が多いくらいだから___彼がどこかで本当の恋人と逢引をしていても、私には知るすべがない。
それに知ったとしてもそれを糾弾する権利なんてないのだ。

なにしろ、彼は私に好きだという一言すらくれない、その程度の関係なのだから。


ふ、と自嘲気味な笑いが漏れる。
再び喉に酒を流し込もうとして、グラスが空なことに気が付いた。


「君、飲み物を……」


丁度通りかかった、ワイングラスをたくさんトレイに載せた給仕に声を掛ける。
すると彼は勢いよく振り返り……そしてそのまま私に衝突した。

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