無聊

のらねことすていぬ

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5.王子視点

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王子視点
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小姓が自分の身代わりに矢を受けて死んだ。


突如として彼が私の上に覆いかぶさって、そうしたらその細い体を矢が貫いた。
私の肩にまで到達したそれは、彼がいなかったら私の命を奪っていただろう。



___良くある話だ。
そう自分を律しようとするが、今日に限ってうまくいかない。


なんとか平常心の仮面を被り、貴族である彼の亡骸を故郷に送る手配をすると、がっくりと体から気力が削がれた。

小姓の少年は良くできた子だった。
あまり大きくない男爵家の次男で、貴族の子息には珍しく謙虚で素直だった。
細かいことにもよく気が付き、明るい笑顔はきっと家族に大事に愛されて育てられたんだろうと思っていた。

私の半分程度の歳しかなくて、こんな戦で命を落としていい存在じゃなかった。
無残な亡骸を見て、彼の両親は、家族はどう思うだろう。

人生の楽しみも知らずに逝ってしまった少年が憐れで、その家族が憐れで、胸が痛い。
天幕に戻り寝台に腰掛けると、深いため息が漏れ出た。

____どうせなら私が矢を受ければ良かったのに。
どうせひ弱な四男など、王族の中でもいなくてもいいような扱いだ。

誰にも顧みられたことはないし、どれだけ努力しても私そのものを慕う人間なんていない。
それなのに愛されている少年が私の代わりに命を落とすなんて、本当に皮肉な話だ。

深く暗い思考に囚われそうになって、頭を振って顔を上げる。


そして___ふと、行軍の時に見た青年を思い出した。

高い背に、がっしりと逞しい体。
浅黒い肌に男らしい黒髪。
端正な顔立ちも、野性の獣のような体つきの彼に、一瞬目を奪われた。

好奇心を露わに私を見る者が多い中、彼だけは落ち着いた表情で私のことを観察していて。
その視線を感じた瞬間、今迄に感じたことのない感覚が胸に沸いた。

だがこれは……決して気がついてはいけない、自分の身の内の気持ちだ。
注意深く蓋をして、誰にも気が付かれないように無かったことにしなければいけない。
そう分かっているのに。
それなのに、今日は抑えられなかった。








青年の特徴を告げると、彼が所属している中隊はすぐに分かった。
副官が酷く苦い顔をしていたけれど気が付かないふりをした。


妙にそわそわと心が落ち着かなくて、いつもは焚かない香まで用意してしまう。

別に閨事が初めてなわけでもない。
彼が、もし男相手が初めてだったり抱けないというのなら、ただ抱きしめて眠るだけでもいい。
ただ少し、少しだけその広い背中に寄り掛かりたいと思った。

夜がすっかり更けた頃に天幕の外から低い声がする。
上擦りそうな声を抑えて彼を招き入れて。

そして彼の顔を見た瞬間_____浮かれていた熱が、一気に冷めた。



エリオスと名乗った彼は、野性的な見た目と裏腹に実に礼儀正しく天幕に入ってきた。
だが彼の仕草の一つ一つから嫌悪感と警戒心が透けて見える。

私は一体、何を勘違いしていたんだ。

一晩だけでいい、ただ傍にいて欲しい。
男らしく強靭な彼に優しく寄り添っていてほしい。
そう思って呼んでしまった。

だが本当に私は___つくづく自分のことしか考えていない男のようだ。
その苦しく歪められた顔を見て、自分の浅はかさに吐き気がする。

私はとんでもない愚か者だ。
こんな欲に塗れた王族に無理やり閨に呼ばれて喜ぶ者がどこにいる。
醜い王族の相手をしなければいけないと、彼が憤るのも当然だ。

嫌がることをするつもりはなかった。
本当に、彼が嫌な気持ちになることをしたいわけじゃなかった。
なのに私の中の弱さのせいで、軽率にも彼を呼びつけてしまった。

なぜだろうか。
なぜか私は、彼だったら私の弱さを支えてくれる……そんな幻想を抱いていたようだ。

誰にも愛されない私を、求める人間なんているわけもないのに。
ずきりと痛む胸を抑えて、どうしようもない嘘をついた。

小姓の死を悼みたかったのは本当だ。
他の小姓候補を推されるのを厭っていたのも。

だけど、ベッドに潜り込まれるのが嫌だなんて___そんなこと、まさに彼をベッドへ引きずり込もうとしていた私が言う台詞ではない。
自分自身に唾を吐きたくなるが、それでも僅かな矜持に縋って詰まらない言葉を吐く。



そしてどうやらエリオスは私の言葉を信用してくれたようで、その夜から私のもとに来るようになった。

それが彼自身の意思ではないことは分かっている。
本当なら私の部屋なんて肩の凝るところは早々に退出して、気の置けない仲間と眠りたいはずだ。


だけど、たとえ表面上だけのものであっても、その優しさに付け込ませて欲しいと思ってしまった。



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