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最後の恋
21. 残業と疑い
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「……本当に遅いな」
リビングのテレビの隅に表示される時刻表示を見て、俺はぽつりとつぶやいた。
俺が帰宅し、風呂と食事を済ませてもまだゼンは帰ってきていない。いつのまにか22時をとっくに超えている。そろそろ23時に届きそうだ。ゼンに一度だけ『もし俺の手も必要だったらいつでも言って』とラインしたけれどそれは既読すらつかなかった。プライベートのスマホを見る暇もないほど忙しいんだろうか。
既読にならないのに追加でラインすることもできず、かといって彼を放って眠ることもできず、俺は紋々としたままスマホを弄る。
少し躊躇した後、普段はあまりラインしない相手の名前を履歴から堀り起こした。
『遊佐さん、お疲れ様です。遅い時間にすみません。なんかトラブル起こったとか聞いてます?』
『おつかれ。耳が早いな』
遅い時間だけど遊佐なら起きているだろう。そう思った俺の勘は当たっていたのか、メッセージを送るとすぐに返信がきた。やっぱり彼なら知っていたかと思っていると、俺が根掘り葉掘り聞く前にピコンと軽い音を立てて彼から次のメッセージが届いた。
『なんか新人が明日期限のデータ、2週間分とか消したんだって。バックアップないのもあったとか』
『うわ、マジですか』
『マジよ。でもゼンがほとんどリカバリーしたらしい。亜人だから眠らなくて平気だって言って上司とかも帰したらしいし、すげぇよな』
ふいに出てきたゼンの名前に指先がぴくりと跳ねる。
そうか。杜田のミス、ほとんどゼンが対応したのか。……それで上司もいなくて、二人っきりで残業してるんだ。
遊佐から見たらただのゼンの優しさだ。けど昼間のこともあるせいで俺の中では嫌なことを勘ぐってしまう。
上司にもいてもらえばいいじゃないか。その方が早く仕事も終わるし、そこまでゼンが抱え込む必要はないし。なんでそんなわざと二人っきりになるようなことするんだ。やっぱり思い違いじゃなくて、杜田のことを好きなんじゃないか? そういえば、俺と親しくなったきっかけも残業だったよな。おんなじやり方で他の男相手にデレデレしてるのかよ。ちょっと雑すぎるだろ。
胸の中でもやもやが一気に膨らんでいく。仕事だからしょうがないとか思っていたのに、ゼンは、引き受ける必要のない後始末に自ら進んで手を挙げたのだ。
『すごいですね』
『だよな。でも差山は真似しないで寝ろよ。人間なんだから』
『当たり前ですよ』
『ソシャゲもほどほどにな』
頭の中の黒い愚痴はとても遊佐に吐けるわけもなく、当たり障りのない内容を送る。遊佐も特に不審に思わなかったようで、ぽんぽんといくつか短いメッセージが届いた後に可愛らしい「おやすみ」というスタンプが送られてきて会話は終了になった。
怒りを押し殺すように、はぁ、と大きなため息を吐くと、スマホを雑にソファへと放り投げた。
「もしかして、もしかするのかなぁ」
ぽつりと一人で呟いた言葉が部屋の中にこだまする。
もしかして、と思っていたゼンの浮気。
だけど彼の行動を見ていると、浮気疑惑では済まない気がする。
問い詰めたくてもゼンは傍にいなくて……それどころか浮気相手の傍にいるんだ。昨日誘った時に寝てたと思ったけど、あれは寝たふりだった? もう俺には飽きた? 同棲なんてしなければ良かったのかな。そう思ったら無性に悲しくなった。
ソファから立ち上がって自分の部屋へと足を進めると、ぱちりと電気をつける。
物の少ない俺の部屋の中の、小さなクローゼット。そこから今日届いたばかりの段ボール箱を引っ張り出した。
まだテープの貼られている箱を乱暴に開けて、中身をぽいぽいと取り出していく。
「こんなものまで買ったのにな……」
自嘲気味に笑いながら、取り出したそれは……昨日のネットで広告を見た大人のオモチャだった。
亜人のセックスの回数や倦怠期についてあれこれ書いてあった後に、『セックスのスパイスに』と載っていたオモチャ。色々と煮詰まっていた俺はいつの間にかポチポチとカートに突っ込んでいて、それが幸か不幸か翌日には配送されてきたのだ。
バイブ、ローター、オナホールに亜人向けの媚薬。それからいつも使っているものよりもキツイ色合いのローションも。そのパッケージには、性感を高めるという文字が躍っている。しまいにはSM風の亜人用の拘束具に、人間用のエロい下着も買ってしまった。
マンネリ対策、という言葉に乗せられるようにして買ったけど、ゼンは俺とこれを使ってくれるんだろうか。昨日だってセックスする素振りもなかったし、そこでこんなヤル気満々なものを見せられたら引かれてしまわないだろうか。
メタリックブラックに輝く際どいビキニスタイルの下着を見ながら、それを俺が身に着けたところを想像して悩みこむ。
ゼンなら似合うだろう。でも、だらしない体の俺がこれを着けても、そそるというより罰ゲームみたいな感じがする。エロいよりも間の悪いコントみたいになりそうだ。
これじゃあ、倦怠期を乗り越えるどころか嫌われてしまうかもしれない。それでやっぱりもっと清純で可愛い杜田の方がいい、なんて言われたら……。
「やっぱり話し合いが先、だよな」
すごすごと段ボール箱を仕舞い直すと、俺は興味のないテレビだけが虚しく歓声をあげるリビングへと戻っていった。
リビングのテレビの隅に表示される時刻表示を見て、俺はぽつりとつぶやいた。
俺が帰宅し、風呂と食事を済ませてもまだゼンは帰ってきていない。いつのまにか22時をとっくに超えている。そろそろ23時に届きそうだ。ゼンに一度だけ『もし俺の手も必要だったらいつでも言って』とラインしたけれどそれは既読すらつかなかった。プライベートのスマホを見る暇もないほど忙しいんだろうか。
既読にならないのに追加でラインすることもできず、かといって彼を放って眠ることもできず、俺は紋々としたままスマホを弄る。
少し躊躇した後、普段はあまりラインしない相手の名前を履歴から堀り起こした。
『遊佐さん、お疲れ様です。遅い時間にすみません。なんかトラブル起こったとか聞いてます?』
『おつかれ。耳が早いな』
遅い時間だけど遊佐なら起きているだろう。そう思った俺の勘は当たっていたのか、メッセージを送るとすぐに返信がきた。やっぱり彼なら知っていたかと思っていると、俺が根掘り葉掘り聞く前にピコンと軽い音を立てて彼から次のメッセージが届いた。
『なんか新人が明日期限のデータ、2週間分とか消したんだって。バックアップないのもあったとか』
『うわ、マジですか』
『マジよ。でもゼンがほとんどリカバリーしたらしい。亜人だから眠らなくて平気だって言って上司とかも帰したらしいし、すげぇよな』
ふいに出てきたゼンの名前に指先がぴくりと跳ねる。
そうか。杜田のミス、ほとんどゼンが対応したのか。……それで上司もいなくて、二人っきりで残業してるんだ。
遊佐から見たらただのゼンの優しさだ。けど昼間のこともあるせいで俺の中では嫌なことを勘ぐってしまう。
上司にもいてもらえばいいじゃないか。その方が早く仕事も終わるし、そこまでゼンが抱え込む必要はないし。なんでそんなわざと二人っきりになるようなことするんだ。やっぱり思い違いじゃなくて、杜田のことを好きなんじゃないか? そういえば、俺と親しくなったきっかけも残業だったよな。おんなじやり方で他の男相手にデレデレしてるのかよ。ちょっと雑すぎるだろ。
胸の中でもやもやが一気に膨らんでいく。仕事だからしょうがないとか思っていたのに、ゼンは、引き受ける必要のない後始末に自ら進んで手を挙げたのだ。
『すごいですね』
『だよな。でも差山は真似しないで寝ろよ。人間なんだから』
『当たり前ですよ』
『ソシャゲもほどほどにな』
頭の中の黒い愚痴はとても遊佐に吐けるわけもなく、当たり障りのない内容を送る。遊佐も特に不審に思わなかったようで、ぽんぽんといくつか短いメッセージが届いた後に可愛らしい「おやすみ」というスタンプが送られてきて会話は終了になった。
怒りを押し殺すように、はぁ、と大きなため息を吐くと、スマホを雑にソファへと放り投げた。
「もしかして、もしかするのかなぁ」
ぽつりと一人で呟いた言葉が部屋の中にこだまする。
もしかして、と思っていたゼンの浮気。
だけど彼の行動を見ていると、浮気疑惑では済まない気がする。
問い詰めたくてもゼンは傍にいなくて……それどころか浮気相手の傍にいるんだ。昨日誘った時に寝てたと思ったけど、あれは寝たふりだった? もう俺には飽きた? 同棲なんてしなければ良かったのかな。そう思ったら無性に悲しくなった。
ソファから立ち上がって自分の部屋へと足を進めると、ぱちりと電気をつける。
物の少ない俺の部屋の中の、小さなクローゼット。そこから今日届いたばかりの段ボール箱を引っ張り出した。
まだテープの貼られている箱を乱暴に開けて、中身をぽいぽいと取り出していく。
「こんなものまで買ったのにな……」
自嘲気味に笑いながら、取り出したそれは……昨日のネットで広告を見た大人のオモチャだった。
亜人のセックスの回数や倦怠期についてあれこれ書いてあった後に、『セックスのスパイスに』と載っていたオモチャ。色々と煮詰まっていた俺はいつの間にかポチポチとカートに突っ込んでいて、それが幸か不幸か翌日には配送されてきたのだ。
バイブ、ローター、オナホールに亜人向けの媚薬。それからいつも使っているものよりもキツイ色合いのローションも。そのパッケージには、性感を高めるという文字が躍っている。しまいにはSM風の亜人用の拘束具に、人間用のエロい下着も買ってしまった。
マンネリ対策、という言葉に乗せられるようにして買ったけど、ゼンは俺とこれを使ってくれるんだろうか。昨日だってセックスする素振りもなかったし、そこでこんなヤル気満々なものを見せられたら引かれてしまわないだろうか。
メタリックブラックに輝く際どいビキニスタイルの下着を見ながら、それを俺が身に着けたところを想像して悩みこむ。
ゼンなら似合うだろう。でも、だらしない体の俺がこれを着けても、そそるというより罰ゲームみたいな感じがする。エロいよりも間の悪いコントみたいになりそうだ。
これじゃあ、倦怠期を乗り越えるどころか嫌われてしまうかもしれない。それでやっぱりもっと清純で可愛い杜田の方がいい、なんて言われたら……。
「やっぱり話し合いが先、だよな」
すごすごと段ボール箱を仕舞い直すと、俺は興味のないテレビだけが虚しく歓声をあげるリビングへと戻っていった。
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