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最後の恋

18. 就寝

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「げ……もうこんな時間じゃん」

 スマホに表示されている時計を見て、思わず潰れた声が漏れた。
 和やかに食事をしたところまでは良かったけれど、食器を洗ったり風呂に入ったりしていたら12時になってしまった。

 くそ、しまった。ゼンの帰りが遅かったのは分かっていたんだから、もっと急いで食事すればよかった。だけど珍しく作った俺の料理に話が弾んで、いつもよりもゆっくりと夕食を摂ってしまったのだ。さらにいつもよりも多い量の洗う皿。俺が出したままにしていた調味料に、油が飛んで片付けないといけないキッチン。料理という一工程が加わったせいでやることが山のように増えてしまったのだ。

 ようやくひと段落ついた、料理したしいつもより疲れた……とベッドへ寝転がった俺はようやくスマホを取り出して、思った以上に遅くなってしまった時間に頭を抱えた。

 これじゃあ今からヤったら終わるのは2時頃とかか? いや、さっさと終わらせてシャワーもさっと体だけ洗えば1時には……。

 思わず爪の先を噛みながら算段する。そこへ何も知らないゼンが寝室へと入ってきた。

「なぁ、ゼン……」
「ん? どうした差山。また眠れないのか?」

 すっかり眠る態勢に入っているんだろう。リラックスした雰囲気の彼はゆるりと柔らかい表情で俺の上に毛布をかぶせてくる。そのままさっさと電光を絞られて、寝かしつけられそうになった俺は慌てて体を起こした。

「違うって、その……あ、マッサージしようか? 最近忙しそうだし、疲れてるだろ?」
「いや、いいよ。たぶん差山だと力が弱すぎるし。むしろ疲れてるなら俺がしてやろうか?」

 なんとかエロい雰囲気に持ち込もうと俺はゼンに手を伸ばすけど、すげなく断られる。たしかにゼンの、人間とは違う硬さのある筋肉質な体は、俺がちょっと押したり揉んだりしただけだと気持ちよくないかもしれない。けど目的はそこじゃない。ただちょっとゼンにぴったりとくっついて、自然な感じでヤろうかみたいになればいいのだ。
 そう考えたら、ゼンにマッサージしてもらうのもアリなんだろうか。どっちにしろ身体接触だし。本当は俺が主導権を握りたいんだけど。

「う、いや、うう……」
「どうしたんだ差山? 今日はなんだか様子が変だぞ」

 俺がうだうだ迷っていると、心配そうな顔をしたゼンが俺に手を伸ばして、ぺたりと俺の額に掌を押し当てた。

「熱はないな。でも疲れてるだろうから早く寝たほうがいい。昨日もなかなか眠れなかったんだろう?」

 違う。疲れてもいないし風邪もひいてない。
 だけど俺がそう言う前に、俺の体はゼンの手によってころりとベッドへと倒された。そのまま再び毛布を乗せられて、さらには電気も完全に消されてしまった。

「おやすみ」
「え。ちょ、ゼン……」

 ポンポン、と布団の腹のあたりを優しく叩かれる。その腕の重たさに、疲れ切った体は一瞬引きずられそうになるが……いやいや今日は寝ている場合じゃないのだ。

 重たすぎる腕をなんとか押しのけて俺はベッドの上に起き上がる。ふー、と気合を入れるために息を吐いて、後戻りできないように部屋着を脱ぎ去った。すこし冷たい空気が肌を撫でて鳥肌がたつけど、それを隠すようにゼンに布団の上から覆いかぶさった。

「ゼン」

 いつもだったら出さないような湿った響きのある囁き声。そういえば俺からこうやって誘うなんて初めてじゃないか? そう思うとなんだかますます緊張してくる。ごくりと唾を飲みこんで、こんもりと山のようになっている布団を撫でた。

「な、ゼンは疲れてる……? 俺、今日ちょっと夜更かししたい気分なんだけど……」

 ふわふわの布団を撫でて、それからゼンの頭のほうへと顔を近づける。でも名前を呼んでも彼からの返事はない。無視なんて絶対する男じゃないのに。声が小さすぎて聞こえなかったんだろうか。そう思って、窓から覗く月明かりだけの暗い部屋の中でそっと彼の顔を覗き込むと。

「ん?」

 しっかりと閉じられた瞼に規則正しく動く胸。すぅすぅと響くのは寝息だろうか。至近距離で見つめてもぴくりとも動かない横顔。

「ゼン、……え、寝た? マジで?」

 軽く揺さぶってみるが、ぴたりと閉じられた瞼は開く気配がない。
 たしかに連日ゼンは残業続き、慣れない新人の世話、さらには俺の面倒も見ていて疲れているとは思う。普通に働いているだけの俺だって毎日クタクタだ。けど、まさか勇気を出して初めて誘ってみたのに寝てるってどういうことだ。

「おい……!」

 ゆさゆさと肩を揺するけれど、ゼンはふが、と間抜けな音を出して口を開くだけで起きる気配はなかった。揺すっても起きないなんて、本当に深い眠りに落ちてしまているんだろう。

「あ~、う~、クソ……!!」

 起こしたい。叩き起こして怒って、抱けよ恋人だろと怒鳴りたい。夜中に出歩いたりしているから週の半ばにそんなに疲れて眠りこけたりするんだよ。そう言ってしまいたい。

 だけど俺もゼンも社会人で、責任のある大人で、相手の状況を思いやることのできるくらいの分別が嫌でもついていて。本当に疲れているのかもしれないゼンのことを思うとこれ以上騒がしくすることもできなくなってしまう。うう、と唸りながら俺はゼンを揺するのをやめ、のそのそとベッドの自分のスペースへと戻った。

 起きてくれないかな。起きて、どうしたんだ差山っていつもの調子で言って。それで一度でいいから抱いてくれれば不安だって吹き飛ぶのに。浮気なんて疑ってごめん、俺もこれからはちゃんとするよって言ってそれで終わりにできるのに。不安だって心の奥に押し込められるのに。

 ベッドで一人で裸でいるのが妙にむなしくて緩慢な仕草で寝間着を身に着ける。自分ばかりがから回ってみっともない。すっかり寝てしまっているゼンと、やる気満々で裸の俺がその対比を示しているようで恥ずかしかった。

 そういえば今日はキスもされなかったな。抱きしめられることもなかった。
 なんでしてくれないんだろう。昔は違ったのに。ただいまのキスだって、いつからなくなったんだっけ。
 
 ……ああ、本当に倦怠期なのかもな。
 浮気はしているか分からないけど、倦怠期は本当にそうなのかもしれない。
 嫌いじゃないけど、昔みたいな情熱はない。そういう関係にいつの間にかなっていたのかもしれない。

 一人でベッドに横になる。亜人用に作られたベッドはやたら広くて、体の大きなゼンが横に居ても圧迫感もない。その広いベッドで、俺はただぼんやりと天井を見つめることしかできなかった。
 
 
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