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11. 攻め視点:寸劇
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大事にしたい、なんて柄でもない。
今までの彼女らしき女たちは付き合ったらその日の内にヤっていた。
今まで短絡的に快感を求めてきた体は、彼を目の前にしてもドロドロと汚い欲望が渦巻く。
彼はもう俺のものなのだ。
だったら手を出しても問題ないだろう。
向こうから俺に堕ちてきたのだから。
そう思うけれど同時に彼に手を伸ばすことに酷く戸惑った。
大きく年の離れた彼の内側にはまだ幼いところがあるだろうし、俺に求めているものはきっと庇護やら安心やらだ。
汚い性欲でも粘つくような恋愛感情ではない。
このまま指を咥えて見ているつもりはないが、あまりに性急に触れるのは躊躇われた。
ましてや彼の意思を無視して組み敷くなんてしていいはずがない。
彼はまだ幼く、少年からようやく脱皮したところなのだから。
じっくり、じっくりと彼の気持ちを育てていけばいい。
……そう思っていたのに、彼は付き合いだして2度目に会った時に誘ってきた。
その夜どこか思いつめたような顔をしていた彼は食事があまり進まないようだった。
まさかこの間のことは気の迷いだったと別れ話でもされるかと思った。
もしそう言われても逃がすつもりなんてなかったが、彼の取った行動は予想外だった。
少し回り道をしようと言われて通りかかった、繁華街の片隅に建つ薄汚れたラブホテル。
その前に立った彼は俺の腕を掴んで中へと引き込んだ。
「は……? いや、ちょっと待て、」
「いいじゃないですか。ここ、男同士でも入れるんですよ」
ぐいぐいと引っ張られてこんな場所じゃ大きな声を出すことも憚られて彼に引きずられるままに足を踏み入れる。
急になぜ。
なんで、こんな。
頭の中に色々と言葉が浮かんだが、彼が発した『大したことじゃない』という言葉に口をつぐんだ。
それは、その言葉の意味は。
いろんな感情が混ざり合っていい歳をして混乱する。
部屋を選ぶのに少しもたついた彼は、扉を閉めた途端、俺をベッドに突き飛ばすようにして座らせてその足の間に跪いた。
「な……、!」
ベルトを少し乱暴に抜き取って股間に顔を押し付けてくる。
ズボンの上からまるで匂いを嗅ぐように鼻先をそこに擦り付けられて、驚いて彼の顔を引っぺがそうとするけれど。
それよりも早くチャックと下着を下ろした彼が陰茎に舌を這わせた。
男のものに戸惑いなく舌を這わせて大きく口を開けて飲み込もうとしている。
戸惑いなく。
そうだ、躊躇することなく、口を開いて。
彼はそれを喉まで受け入れた。
男同士で入れるホテルを知っていて。
セックスすることを大したことないと言い切って。
男の性器にフェラをして。
それが意味することは一つだ。
男と付き合ったことが……誰かに抱かれたことがあるのか。
そのことに気が付いて体が固まった。
陰茎を舐めしゃぶられて熱を持っていくのに、心は冷水を浴びせられたようだった。
俺の考えが正しいと裏付けるように、彼は自分でローションを取り出すと、ズボンを脱いで後の窄まりに指を入れていく。
吸い付くようなフェラの水音と、彼の後孔から漏れ出る粘ついた音。
淫らな姿で跪いた彼を見下ろして腹の底にふつふつと湧き上がったのは__嫉妬だった。
良い歳してそんなものに振り回されるわけないと否定したくてもできないくらい、確かな感情。
誰か忘れられない相手でもいるんだろうか。
こいつを散々開発して、それで捨て去った相手が。
だから俺と付き合ってそいつを忘れようとでも。
指を抜き去った彼は、俺の性器に手早くゴムを付けると服を乱したまま俺の上に乗っかった。
すっかり勃ち上がった性器の上に彼は腰を落としていく。
その顔は少し苦しそうに歪んでいたけれどだけどそこは柔らかく拡がってじわじわと咥え込んでいく。
慣れれば、太い物でも入るようになる。
その言葉を思い出しながら、彼が俺のモノを受け入れているところをただ見つめた。
根本まで飲み込むと、はーはーと、荒い息が彼の口から漏れ出ていた。
あまり気持ちよさそうには思えない表情と呼吸。
狂暴な嫉妬と性欲でおかしくなりそうになりながらも、それでも彼が苦しいんじゃないか、快感をちゃんと拾っているのかと気になって手を伸ばす。
だが青年はそれを煩いとでも言いたげに振り払うと、急き立てられるように腰を揺すりだした。
「っ……、ん、う、」
唇を噛んで、はだけたシャツから素肌をのぞかせて。
まるで俺をただイかせようとだけしているかのように、彼は腰を動かした。
さっきのフェラも技巧があるとは言い難かったし、今も彼の動きはどこかぎこちない。
だけどそんなことを気にすることもできないほど、心が黒く塗りつぶされていく。
誰と。
一体誰と。
一体今、誰を想って俺に抱かれているんだ。
そんなことを俺が思っているとは気が付かなかったのか、彼は俺が射精すると嬉しそうに笑った。
ザーザーとシャワーの音が部屋に響く。
シャワーも浴びずに帰ろうとした彼を風呂場に押し込んだ俺は、彼の前では吸わないようにしていた電子タバコを取り出して咥えていた。
胸の中にはタバコなんかでは誤魔化しきれない消化しきれない感情。
彼が今まで誰かに抱かれたことを責めるなんてお門違いだ。
俺だって今までにセックスした相手の数すら分からない。
男と付き合ったことがないと思っていたのは俺の勝手な思い込みで、確かめたわけじゃなかった。
勝手に壊したくないと泣かせたくないと手を出しあぐねていたのは俺の方だ。
それで過去に嫉妬して責めるなんて、いい大人がすることじゃない。
分かっている。
分かっているのになぜか、酷く狂暴な気分だった。
だけど彼がどんなつもりで俺と付き合っているとしても、彼はもう俺のものだ。
前の相手が忘れられなくても、今まで誰と付き合ってきていても関係ない。
俺の方がいいと思わせればいいし、嫌になっても逃がしてやるつもりはない。
だから嫉妬なんて。
苦い思いをなんとか飲み込んで、気持ちを切り替えようとするが黒い感情は靄のように胸にこびりつく。
シャワーから出てきた彼が『待っててくれたんですか』となぜか驚いた顔で言う。
当たり前だ。
どこの男と比べていやがる。
舌打ちしたい気分だけどそれを堪えて、濡れたままの髪の青年を引き寄せた。
それ以来、彼とは表面上は順調に付き合っている。
あれが欲しいこれが欲しいと強請られるどころか、我儘一つ言わない。
仕事が忙しくて夜にしか会えないというのに文句も言わない。
ただ会った夜は必ずホテルに行きたがった。
若いしヤりたい盛りだからしょうがないのかもしれないけれど、受け入れる側である彼の体が心配になるほど、毎回会うたびに。
最初のころは肌に触れるだけで体を固くしていたけど、少しづつ俺が好きに動いても嫌がらなくなった。
徐々に気持ちよさそうに喘いでイく。
それが可愛いと思うのと同時にもっと酷くしてしまいたくなって、抑えるのに苦労した。
無機質なホテルでヤるだけなのが嫌になって、俺のマンションに連れ込むようになった。
すると彼は俺の部屋に通うようになって、その代わりに外で会うことがなくなった。
週に何度か部屋に来てセックスして帰っていく。
俺が射精したらそれで終わりだとばかりに、言わなければシャワーすら浴びずに帰ろうとする。
だが合鍵を渡した時は、ほんの少しだけ嬉しそうに瞳を輝かせた。
『俺……こんなのもらっちゃったら、入り浸っちゃうよ。引っ越してくるかも』
なんでまるで入り浸ったらいけないような言い方をするんだ。
好きなだけ居ればいいし、明日にでも引っ越してくればいい。
そう思って首を傾げるけれど、彼はなぜか少し寂しそうに笑っただけだった。
渡したはいいが彼はその鍵を使うことは滅多になかった。
仕事で遅れるから先に部屋に居ろと言わない限り、勝手に入ってくることはなかった。
少しづつ、やつれていっているような気がした。
細い体がさらに細くなって顔は青白い。
もとからパサついた髪はさらに艶がなくなっている。
最近バイトがきついのだろうか。
このところメッセージを送ると、前よりも頻繁に今日は仕事があると返ってくる。
それでも終わったら必ず部屋に来るのだから浮気はしていないと思うが__心配でしょうがない。
バイトだと言っているのに店先に立っていないこともある。
だけどいくら職場との通り道だと言ってもそんなストーカーのようなことは聞けなくて。
ただままならない想いに奥歯を噛んだ。
セックスが終わった後、珍しく彼は眠っていた。
いつもはすぐに出ていくのに、今日は果てるのと同時に気を失うようにして眠り込んだ。
疲れが溜まっているんだろうか。
暗闇に浮かび上がるような青白い顔が痛々しい。
それでも穏やかな顔をしていることにほっと息を吐いて、その頬を指先でなぞった。
全部、こいつが悪い。
付き合うと言って、体まであっさり明け渡して。
それなのに心は一向に渡そうとしない。
まだ他の男が心に住んでいるんだろうか。
それとももう忘れたんだろうか。
従順に俺に体を開くくせに、決してそれを望んでいるようには見えない。
最初からそうだ。
なんでこいつが俺と付き合っているのかすら分からない。
うっかり酔った勢いで付き合うと言ってしまって、引き返せなくなったのか。
俺に一言、嫌だとかやめろとか言えば……ああ、それでも無理やり俺のものにしていたかもしれない。
いや、会うたびにセックスしたがるくらいだから、ただ体を慰める相手を求めていただけなのかもしれない。
それで後腐れのない大人として選んだ相手にこんなに執着されているのだとしたら、可哀そうなものだ。
遊び相手に本気になられるなんて。
俺から見たら滑稽な喜劇だし、こいつにとっては俺に付きまとわれるなんてとんだ悲劇だ。
だけど、絶対に逃がすことはしないしできない。
きっと目が覚めたら、彼は帰ると言うんだろう。
それが余計に俺の執着心に火をつけるとも知らずに。
目の前で無垢な子供のように眠る彼の心がどこにあるのか分からない。
だが。
心がここになかったとしても、そんなのは些末な問題だ。
欲しいものは手に入れる。
奪われたなら、奪い返す。
絶対に。
絶対に。
大事にしたい、なんて柄でもない。
今までの彼女らしき女たちは付き合ったらその日の内にヤっていた。
今まで短絡的に快感を求めてきた体は、彼を目の前にしてもドロドロと汚い欲望が渦巻く。
彼はもう俺のものなのだ。
だったら手を出しても問題ないだろう。
向こうから俺に堕ちてきたのだから。
そう思うけれど同時に彼に手を伸ばすことに酷く戸惑った。
大きく年の離れた彼の内側にはまだ幼いところがあるだろうし、俺に求めているものはきっと庇護やら安心やらだ。
汚い性欲でも粘つくような恋愛感情ではない。
このまま指を咥えて見ているつもりはないが、あまりに性急に触れるのは躊躇われた。
ましてや彼の意思を無視して組み敷くなんてしていいはずがない。
彼はまだ幼く、少年からようやく脱皮したところなのだから。
じっくり、じっくりと彼の気持ちを育てていけばいい。
……そう思っていたのに、彼は付き合いだして2度目に会った時に誘ってきた。
その夜どこか思いつめたような顔をしていた彼は食事があまり進まないようだった。
まさかこの間のことは気の迷いだったと別れ話でもされるかと思った。
もしそう言われても逃がすつもりなんてなかったが、彼の取った行動は予想外だった。
少し回り道をしようと言われて通りかかった、繁華街の片隅に建つ薄汚れたラブホテル。
その前に立った彼は俺の腕を掴んで中へと引き込んだ。
「は……? いや、ちょっと待て、」
「いいじゃないですか。ここ、男同士でも入れるんですよ」
ぐいぐいと引っ張られてこんな場所じゃ大きな声を出すことも憚られて彼に引きずられるままに足を踏み入れる。
急になぜ。
なんで、こんな。
頭の中に色々と言葉が浮かんだが、彼が発した『大したことじゃない』という言葉に口をつぐんだ。
それは、その言葉の意味は。
いろんな感情が混ざり合っていい歳をして混乱する。
部屋を選ぶのに少しもたついた彼は、扉を閉めた途端、俺をベッドに突き飛ばすようにして座らせてその足の間に跪いた。
「な……、!」
ベルトを少し乱暴に抜き取って股間に顔を押し付けてくる。
ズボンの上からまるで匂いを嗅ぐように鼻先をそこに擦り付けられて、驚いて彼の顔を引っぺがそうとするけれど。
それよりも早くチャックと下着を下ろした彼が陰茎に舌を這わせた。
男のものに戸惑いなく舌を這わせて大きく口を開けて飲み込もうとしている。
戸惑いなく。
そうだ、躊躇することなく、口を開いて。
彼はそれを喉まで受け入れた。
男同士で入れるホテルを知っていて。
セックスすることを大したことないと言い切って。
男の性器にフェラをして。
それが意味することは一つだ。
男と付き合ったことが……誰かに抱かれたことがあるのか。
そのことに気が付いて体が固まった。
陰茎を舐めしゃぶられて熱を持っていくのに、心は冷水を浴びせられたようだった。
俺の考えが正しいと裏付けるように、彼は自分でローションを取り出すと、ズボンを脱いで後の窄まりに指を入れていく。
吸い付くようなフェラの水音と、彼の後孔から漏れ出る粘ついた音。
淫らな姿で跪いた彼を見下ろして腹の底にふつふつと湧き上がったのは__嫉妬だった。
良い歳してそんなものに振り回されるわけないと否定したくてもできないくらい、確かな感情。
誰か忘れられない相手でもいるんだろうか。
こいつを散々開発して、それで捨て去った相手が。
だから俺と付き合ってそいつを忘れようとでも。
指を抜き去った彼は、俺の性器に手早くゴムを付けると服を乱したまま俺の上に乗っかった。
すっかり勃ち上がった性器の上に彼は腰を落としていく。
その顔は少し苦しそうに歪んでいたけれどだけどそこは柔らかく拡がってじわじわと咥え込んでいく。
慣れれば、太い物でも入るようになる。
その言葉を思い出しながら、彼が俺のモノを受け入れているところをただ見つめた。
根本まで飲み込むと、はーはーと、荒い息が彼の口から漏れ出ていた。
あまり気持ちよさそうには思えない表情と呼吸。
狂暴な嫉妬と性欲でおかしくなりそうになりながらも、それでも彼が苦しいんじゃないか、快感をちゃんと拾っているのかと気になって手を伸ばす。
だが青年はそれを煩いとでも言いたげに振り払うと、急き立てられるように腰を揺すりだした。
「っ……、ん、う、」
唇を噛んで、はだけたシャツから素肌をのぞかせて。
まるで俺をただイかせようとだけしているかのように、彼は腰を動かした。
さっきのフェラも技巧があるとは言い難かったし、今も彼の動きはどこかぎこちない。
だけどそんなことを気にすることもできないほど、心が黒く塗りつぶされていく。
誰と。
一体誰と。
一体今、誰を想って俺に抱かれているんだ。
そんなことを俺が思っているとは気が付かなかったのか、彼は俺が射精すると嬉しそうに笑った。
ザーザーとシャワーの音が部屋に響く。
シャワーも浴びずに帰ろうとした彼を風呂場に押し込んだ俺は、彼の前では吸わないようにしていた電子タバコを取り出して咥えていた。
胸の中にはタバコなんかでは誤魔化しきれない消化しきれない感情。
彼が今まで誰かに抱かれたことを責めるなんてお門違いだ。
俺だって今までにセックスした相手の数すら分からない。
男と付き合ったことがないと思っていたのは俺の勝手な思い込みで、確かめたわけじゃなかった。
勝手に壊したくないと泣かせたくないと手を出しあぐねていたのは俺の方だ。
それで過去に嫉妬して責めるなんて、いい大人がすることじゃない。
分かっている。
分かっているのになぜか、酷く狂暴な気分だった。
だけど彼がどんなつもりで俺と付き合っているとしても、彼はもう俺のものだ。
前の相手が忘れられなくても、今まで誰と付き合ってきていても関係ない。
俺の方がいいと思わせればいいし、嫌になっても逃がしてやるつもりはない。
だから嫉妬なんて。
苦い思いをなんとか飲み込んで、気持ちを切り替えようとするが黒い感情は靄のように胸にこびりつく。
シャワーから出てきた彼が『待っててくれたんですか』となぜか驚いた顔で言う。
当たり前だ。
どこの男と比べていやがる。
舌打ちしたい気分だけどそれを堪えて、濡れたままの髪の青年を引き寄せた。
それ以来、彼とは表面上は順調に付き合っている。
あれが欲しいこれが欲しいと強請られるどころか、我儘一つ言わない。
仕事が忙しくて夜にしか会えないというのに文句も言わない。
ただ会った夜は必ずホテルに行きたがった。
若いしヤりたい盛りだからしょうがないのかもしれないけれど、受け入れる側である彼の体が心配になるほど、毎回会うたびに。
最初のころは肌に触れるだけで体を固くしていたけど、少しづつ俺が好きに動いても嫌がらなくなった。
徐々に気持ちよさそうに喘いでイく。
それが可愛いと思うのと同時にもっと酷くしてしまいたくなって、抑えるのに苦労した。
無機質なホテルでヤるだけなのが嫌になって、俺のマンションに連れ込むようになった。
すると彼は俺の部屋に通うようになって、その代わりに外で会うことがなくなった。
週に何度か部屋に来てセックスして帰っていく。
俺が射精したらそれで終わりだとばかりに、言わなければシャワーすら浴びずに帰ろうとする。
だが合鍵を渡した時は、ほんの少しだけ嬉しそうに瞳を輝かせた。
『俺……こんなのもらっちゃったら、入り浸っちゃうよ。引っ越してくるかも』
なんでまるで入り浸ったらいけないような言い方をするんだ。
好きなだけ居ればいいし、明日にでも引っ越してくればいい。
そう思って首を傾げるけれど、彼はなぜか少し寂しそうに笑っただけだった。
渡したはいいが彼はその鍵を使うことは滅多になかった。
仕事で遅れるから先に部屋に居ろと言わない限り、勝手に入ってくることはなかった。
少しづつ、やつれていっているような気がした。
細い体がさらに細くなって顔は青白い。
もとからパサついた髪はさらに艶がなくなっている。
最近バイトがきついのだろうか。
このところメッセージを送ると、前よりも頻繁に今日は仕事があると返ってくる。
それでも終わったら必ず部屋に来るのだから浮気はしていないと思うが__心配でしょうがない。
バイトだと言っているのに店先に立っていないこともある。
だけどいくら職場との通り道だと言ってもそんなストーカーのようなことは聞けなくて。
ただままならない想いに奥歯を噛んだ。
セックスが終わった後、珍しく彼は眠っていた。
いつもはすぐに出ていくのに、今日は果てるのと同時に気を失うようにして眠り込んだ。
疲れが溜まっているんだろうか。
暗闇に浮かび上がるような青白い顔が痛々しい。
それでも穏やかな顔をしていることにほっと息を吐いて、その頬を指先でなぞった。
全部、こいつが悪い。
付き合うと言って、体まであっさり明け渡して。
それなのに心は一向に渡そうとしない。
まだ他の男が心に住んでいるんだろうか。
それとももう忘れたんだろうか。
従順に俺に体を開くくせに、決してそれを望んでいるようには見えない。
最初からそうだ。
なんでこいつが俺と付き合っているのかすら分からない。
うっかり酔った勢いで付き合うと言ってしまって、引き返せなくなったのか。
俺に一言、嫌だとかやめろとか言えば……ああ、それでも無理やり俺のものにしていたかもしれない。
いや、会うたびにセックスしたがるくらいだから、ただ体を慰める相手を求めていただけなのかもしれない。
それで後腐れのない大人として選んだ相手にこんなに執着されているのだとしたら、可哀そうなものだ。
遊び相手に本気になられるなんて。
俺から見たら滑稽な喜劇だし、こいつにとっては俺に付きまとわれるなんてとんだ悲劇だ。
だけど、絶対に逃がすことはしないしできない。
きっと目が覚めたら、彼は帰ると言うんだろう。
それが余計に俺の執着心に火をつけるとも知らずに。
目の前で無垢な子供のように眠る彼の心がどこにあるのか分からない。
だが。
心がここになかったとしても、そんなのは些末な問題だ。
欲しいものは手に入れる。
奪われたなら、奪い返す。
絶対に。
絶対に。
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