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4.携帯?
しおりを挟む「え……?」
携帯?
なんで?
戸惑っていると伊佐島さんは眉間の皺をより一層深くした。
「相手、ここに呼べ。人のもんに手ぇ出したんだ。覚悟ぐらい当然できてるだろ」
「や、なに、」
「嫌じゃねえよ」
伊佐島さんがベッドに乗り上げてきて俺の尻ポケットのスマホを奪おうとする。
ベッドの上を這いあがって逃げようとするけど腰を掴まれてあっさりと引き戻された。
怒ってる様子が怖くてされるがままにスマホを取り上げられてしまう。
無言でロック画面を見せられてやっぱり怖いので逆らわずに解除する。
すると彼は眉間に皺を寄せたまま画面を何度か指でスライドさせた。
メッセージアプリを立ち上げたり電話の履歴でも見ているんだろうか。
しばらくそれを弄って、それから視線を画面から俺に戻すと低く呟いた。
「どいつだ」
そんなの誰かなんて聞かれても困る。
だって伊佐島さんが言っているのは、俺が他に誰かと付き合ってるんじゃないかってことだろう。
でも俺は本当に好きなのは伊佐島さんだけだし、なんなら元から友達も少ないからやり取りしている人はほぼいない。
メッセージアプリを見ても頻繁に連絡とってるのは伊佐島さんだけで、あとはどっかの店の広告みたいなのしか来てない。
「証拠隠してんのか」
「違います……っていうか、本当に俺、好きなの伊佐島さんだけだし、」
「好き?初めて聞いたな。だったら何で別れるんだ」
……あれ?
付き合ってとは言ったけど、好きだとは言っていなかったっけ。
首を傾げる俺の腹の上で鼻を鳴らした伊佐島さんは体重をかけて乗ってくる。
身動きが取れないし重い。
「新しい奴とももうヤったんだろ?慣れてたもんな」
「へ?ヤ、ヤってません!」
「まだってことか?」
「違います!」
冷めた目で俺を見下ろしてくる伊佐島さんに、俺は首を横に振って叫ぶ。
「俺、本当に……伊佐島さん以外の男としたことないし、こんなに好きになったのも伊佐島さんだけで……」
「嘘つけ」
震える俺の言葉を伊佐島さんはばっさり切るように遮ると舌打ちを零す。
「今更そんな演技しても無駄だ。おっさんがしつこく付きまとっても気持ち悪いだろうけどな、お前から言い出したんだ。簡単に別れられると思うなよ」
「って、ちょ、待って、」
スマホを片手に持ったまま伊佐島さんは俺の首にもう一方の手を這わせた。
長居指先がするりと首を掴み、親指が喉仏を軽く圧迫する。
苦しいほどは締め付けられていないはずなのに……見下ろされて俺はじわりと恐怖が背筋を上る。
咄嗟に両手でその手を掴んだ。
「もう来ないってのは撤回しろ。それから相手との話は俺がつける。呼べないなら俺が行くぞ」
「だから、ちょっと待ってください……!」
なんで、なんでこんなに怒ってるんだ。
俺の知ってる伊佐島さんはいつも感情の見えない表情で、俺が何を言っても小さな笑いを顔に浮かべるだけで。
俺がどれだけ好きで空回りしても素知らぬ顔で、会うって言っても会わないって言っても何も言葉を返してくれなくて。
………俺のことなんてちっとも好きじゃない男のはずなのに。
なんで。
「違います……、俺、本当に伊佐島さんだけ、伊佐島さんだけが好きなんです。男で好きになったのもヤったのも伊佐島さんだけです。っていうか人生でこんなに好きになったの伊佐島さんだけで、でも、ずっと俺ばっかり好きなのが辛くてそれで別れようと思って……きっと伊佐島さんにとっては俺なんていなくても同じだから」
見下ろされる瞳が怖くて、つっかえながらも言葉を喉から絞り出す。
酷く冷たい視線なのに瞳の奥には怒りの炎が燃えるようで、どこか危うげな色を孕んでいる。
今までに見たことのない表情。
今までにない乱暴な口調に仕草。
それからまるで……俺を引き留めようとする言葉。
それが意味することを俺は足りない頭で必死に考えて。
そしてぽろりと言葉が口から零れ落ちた。
「でも、その、伊佐島さんはもしかして、………もしかして俺のこと、好きなんですか?」
いや、まさかそんな訳ないよな。
自分で言っておいてバカみたいだ。
だけど俺の言葉を聞いた伊佐島さんは、ふざけるなそんな訳あるかと切れることはなくて。
なぜか俺の顔をたっぷり5秒ほど無言で見つめた。
「おい……待て、結局、他に相手はいないのか?」
「いません」
だからいるわけない。
首を緩く絞められたまま応えると、彼はなぜか瞳を険しく眇めて俺を睨みつけた。
「嘘だったら容赦しねぇ」
ドスのきいた低く脅すような声が落ちてくる。
だけど彼はそう言って舌打ちすると、俺の首を押さえつけていた手を放した。
ほ、と息を吐く俺の喉を、彼は労わるように指先で数回撫でる。
そうしてなぜか戸惑ったように視線をさまよわせる。
「それと……さっきのお前の質問、俺がお前を好きかっていうの……本気で聞いてるのか」
「あー……すみません。聞くまでもなく、別に好きじゃないですよね」
彼からの言葉に俺は視線を彼の顔から落とした。
ちょっと混乱しすぎて調子に乗ったような変なことを聞いてしまった。
普段の彼の態度から俺に恋情なんてないのは分かっていたのに。
すみませんと重ねて謝ろうとすると、なぜかぎりりと奥歯を噛みしめるような音がした。
「……ふざけんな、好きだよ。自分でも嫌になるほど惚れてる。捨てられそうになって取り乱すなんて、生まれて初めてだ」
伊佐島さんはそう言うと、とても俺のことを好きだとは思えないほど苦い顔をして俺を見下ろしてきた。
俺はその言葉に目を丸くして。
「へ……?え、でも、俺ばっかり次にどこ行きたいとか言ってたし」
「俺が言わせるように誘導してただけだ」
「連絡とかあんまなかったし」
「歳離れた相手に束縛とかされたら引くだろ」
「泊まってけとか言われたことないし」
「……お前の方が体きついのに、泊めたら手ぇだしちまうだろ。疲れた顔で帰るって言われてんのに引き留められるかよ」
俺が言葉を重ねる度に伊佐島さんはどんどん仏頂面になっていく。
だけど凍えるようだった瞳が少しづつ、ほんの少しづつ照れたように緩んでいって、それに俺は体温が上がっていくのを感じた。
「え、待って、……本当に、本当に俺のことが好きなの?」
伊佐島さんは『だからそう言ってるだろ』とどこか悔しそうにため息をついた。
「信じられない。俺、……ずっと俺の片思いだと思ってた」
「俺もだ。ああクソ、どんなコントだよ」
どこか滑稽な響きを持った俺たちの告白は、広い部屋に溶けてなくなっていった。
伊佐島さんは脱力したようにベッドに寝ている俺の上に覆いかぶさってくる。
その重みがどこか俺に甘えているような、心を許しているような気持ちに俺をさせて。
広い背中に手を回してぎゅっと抱きついた。
「……別れないな?」
「うん。ごめんなさい、俺、伊佐島さんが好き。絶対別れたくない」
俺の言葉に伊佐島さんの体がぴくりと動く。
そして太い腕が体にまわってきて抱きしめかえされた。
苦しいくらいに締め付けてくるそれが嬉しくて嬉しくて彼の肩に顔を擦り付ける。
「ほんと好き、だし、好きになってほしかった……ずっと、寂しかった……」
涙が滲んで小さくしゃくり上げてしまう。
苦しかった、悲しかったと呟くたびに、伊佐島さんは小声で『悪かった』と俺の耳元で囁いて。
俺の体の震えが止まるまで、ただ静かに俺のことを抱きしめてくれていた。
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