【BL】寸劇

のらねことすていぬ

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1.出会い

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全部、俺が悪い。





心の底からそう分かっているし、彼を責めるつもりは毛頭ない。

だって本当に俺が全て悪いんだ。



目の前で無表情のままテーブルの上の料理を口に運ぶ男を見ながら、俺は噛んでいた唇を開いた。





「……俺、もうここに来るのやめます」














俺よりも10ほど年上の伊佐島(いさじま) さんと知り合ったのは、バイト先の薬局だった。
いわゆるフリーターをやっていて、でも特に夢とか何もない俺は専門学校を卒業した後に、一人暮らしの家の近所のチェーンのドラッグストアで働いていた。

さほど時給は高くないのに結構仕事は難しくて、しかも最近は外国人のお客が増えてでも俺は英語も中国語もさっぱりわからないしシフトも融通利かないし、正直もう辞めようかと思ってた。
別に好きでこの店で働いているわけじゃないし。
幸いこの大都会なら仕事は溢れかえっていて、まだ若い俺はバイトならすぐにだって見つかる。
次はもっと暇で楽な仕事を探さなければ。

そんな腐った気分で、でもとりあえず今月の家賃のために深夜と呼べる時間に働いていた時、真っ青な顔をして店を訪れた男がいた。

ぴしりと細身のスーツがスタイルの良い体に張り付いている。
艶のある黒髪と良く磨かれた革靴。
若く見えはしないけど顔も整ってるし、水商売の男だろうか。
青い顔は飲みすぎかな。

別に水商売の人間も酔っ払いも掃いて捨てるほどいる。
頼むから店内で吐くなよって思いながら男を見ていると、彼が手に取ったのは風邪薬に栄養ドリンクとチアパックのゼリーで。
よたよたとレジまで歩いてきた男は、苦しそうな吐息を吐きながら手早く会計を済ませていった。


そこまでだったら、良くある話だ。
薬局なんだから体調不良の人間はしょっちゅう来る。
あそこが痛い、ここが辛いどうにかする薬をよこせと店員に喚き散らす奴すらいる。

だから、男前で背の高い男を勝手に酔っ払いだと勘違いした俺は性格が悪いけど、でも別にただ日常が過ぎていくだけだった。

なのに。
それから1時間もして、バイトを上がって帰る道すがらに……その男が倒れていた。



『え、な……!? わ、ちょ、大丈夫ですか!?』



家へ帰る近道で、人通りがなくて薄暗い道。
きっとうずくまったまま横になってしまったんだろう男が、道の上に転がっていた。

もちろんこの大都会なのだから誰かは通りかかったんだろうけど、他の人だって酔っ払いだと思ってスルーしたんだろう。
だってこの時間だし、こんな場所だし。
俺だってさっき彼が店で薬を買い込んでいなければ避けて歩いてそれっきりだ。
警察も救急車も呼ぼうとすらしないだろう。

そんなことはしょうがないけれど……と思いながら焦りまくって彼を抱き起し、辛うじて意識があって救急車は嫌だというからタクシーを捕まえて最寄りの救急病院に付き添った。




そうして、それから1週間後。
まだ不満を抱えながらドラッグストアで働いていた俺のレジの前に、そのスーツの男が再び立ち止まった。

糊のきいたスーツに、良く磨かれた革靴。
僅かに香るコロンの匂い。
バイトの俺でも分かる上等な男はどこか怖い顔をしたまま、俺のことを見下ろして口を開いた。


『この間は助かった。迷惑でなければ、礼がしたいんだが……』



そうして彼は、金品は受け取れないと言う俺を誘って飯を奢ってくれた。
今までに食べたことのない高そうな肉を、店員が目の前で焼いたり切ったりしてくれるやつだった。

伊佐島と名乗った彼は決して饒舌ではないけれど、ゆったりと俺の話を聞いてくれてなぜかそれが俺はとにかく楽しかった。
彼の目つきはほんの少し鋭くて怖くて、でも時折口元には穏やかな笑みが浮かんで。
なんとなく、もっと彼が笑うところが見たいと思った。
もっと、彼の笑顔を見たいと。

だから連絡先を交換したいと言って、無理やりメッセージアプリのIDを教えてもらった。
いやいや俺なんかと飯とか彼は行きたくないだろ、俺ってこんなに空気が読めない奴だっけ?とか思いながらも、勝手に口が動いていた。
さらに会話の中に出てきた別の肉の店に行ってみたいとこれまた空気を読まずに告げて次の約束を取り付けた。

さすがに何度も奢らせてしまうのは悪いだろうと単発バイトを何度か入れて金を作って会いに行ったけれど、また奢ってもらった。
そしてその夜も、俺はなんとか次の約束を取り付けることに成功して。
お礼にかこつけて何度もメッセージを送った。
そんなことを何度も何度も繰り返した。

強面の男は見た目よりもずっと面倒見が良くて、俺の我儘を何度も聞いてくれた。
『いいかげんにしろ』といつ怒られるかと思ったけれどそんなことはなくて、少しだけ眉を寄せることはあったけど最終的には次も俺に付き合うと言ってくれた。

そんな約束を何度繰り返した頃だっただろうか。
べらべらと俺がくだらない話を繰り広げていた時に、不意に恋人の話になった。

彼は今は恋人はいないってことと、好きなタイプは特にないこと。
向こうから押されて付き合うことが多いけど長続きしないこと。

俺は、今までの彼女はどっちかっていうと我儘なタイプが多かったこととか、でも本当は大人しくて優しい子が好きなこと。
そんな話をしているうちに、俺は本当になんとなく『次に付き合うなら年上がいい』と言った。

その言葉に、伊佐島さんは苦く笑った。
そうしろともやめとけとも言わず、ただ苦く。


その笑顔を見た時に……どうやら俺は恋に落ちてしまっていたことを自覚した。


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