1 / 27
1.愛されない
しおりを挟む俺、昼井 宇一(ひるい ういち)は昔から「恋人に大事にされない人間」だった。
別にウジウジしているとか、凄い我が儘とか壊滅的な不細工とかでは多分ないと思う。
普通の性格で、まあまあ大人で、平均的な体に平凡な顔。
ついでに言うと3流大学を出て中小企業に就職してそれほど好きでもない仕事についている。
どこにでもいて他の奴だったら普通に幸せになりそうなのに、でもなぜか俺は大事にされない。
愛されない。
それは俺が男しか好きになれないっていうせいかもしれないけど……それにしても、俺は恋人運が皆無だった。
その原因は俺が見る目がないのか、それとも生まれ持った業でもあるのだろうか。
分からないけど、その日も俺は苦い気持ちを噛みしめながら立っていた。
◇◇◇◇◇
バタン、と大きな音を立ててマンションの扉を開く。
築20年だけど鉄筋コンクリートで、そこそこ綺麗。
駅から徒歩10分で、スーパーや薬局が近くて通勤にも便利。
その分ちょっと家賃は高かったけど、不動産屋に任せっきりにせずに足を棒にして探したお気に入りの部屋だった。
その部屋に、二人で住めば毎日会える、そういって転がり込んできた彼の笑顔が好きだった。
だけど今日ですっかり嫌な記憶がついてしまった。
ため息をつきつつ、わざと大きな足音をたてて廊下を進む。
俺の足音に呼応するようにバタバタとベッドルームから音がする。
覚悟を決めて扉を開けると、中には半裸の男が二人、ベッドの上で慌てて服を身に着けている。
一人は豊かな黒髪にしっかりとした体つき……一応、俺の彼氏だ。
もう一人は線が細くて整った顔立ちをした茶髪の若い男だった。
「……ここ、俺のマンションなんだけど」
俺は声が震えそうになるのを必死でこらえて、喉の奥から声を絞り出す。
俺の言葉に、黒髪の男はわざとらしいため息をついた。
「今日は帰ってこないって言ってただろ?」
男……いや、恋人の言葉に目の前がカッと赤くなる。
ごめんでもなく、言い訳でもなく、俺が非難されるのか。
わなわなと震える手を握りしめて冷静になれと自分に言い聞かせる。
「予定が変わったって連絡しただろ。既読、つかなかったけどな」
「あー、そうだっけ?」
言い訳するのも面倒だとでも言いたいんだろうか。
彼はベッドの下に落ちていた服から煙草を取り出すと火をつけ、俺の言葉をかき消すように煙を吐いた。
「まぁ、どっちでもいいや」
「っ、どっちでもって……!」
あまりに冷たい言葉に、俺はまさかと喉を詰まらせた。
熱のこもらない視線。
白けたような空気。
少し前までは確かに恋人だった男が、とんでもなく遠く感じられる。
そして俺は、ああ、またかと奥歯を噛みしめた。
「宇一、別れよう」
しんとした部屋に、男の言葉だけが響く。
男が吐いた煙と共にその言葉は部屋中に溶けて充満して、俺を窒息死させてしまいそうだ。
俺は恋人に大事にされない。
ずっと、ずっとそうだ。
大学に入ってはじめてできた恋人も、社会人になって必死になって付き合ってもらった人も、長いことただの知り合いで内面が気に入ったと言ってようやく付き合い始めたこの男も。
俺が付き合う男は全員、付き合うまではそれなりに優しくて甘い言葉を囁いて俺の心を奪っていくのに。
付き合って体を繋げてしばらくたつと、俺に飽きたと公言して他を探し始める。
そして最終的に俺のことをあっさり捨てて去っていく。
中には殴ったり金の無心をしてきたりする奴もいた。
それに比べれば、この男はマシだ。
そう思おうとするけど、鼻の奥がツンとして、胸がつまって息ができない。
内面を好きだと言ってくれた。
平均的でなにも突出したところのない俺でも好きだと言ってくれた彼は違うと思っていたのに。
他にふらふらよそ見をしても、いつかは大事にしてくれると思っていたのに。
どろどろと黒い感情が胸の内から膨れ上がる。
それと同時に、酷いことを言っている男の膝に縋りついて、捨てないでと泣き叫びたい。
こんな男ダメだと分かっているのに、別れることがどうしようもなく苦しい。
最後の理性を振り絞って、俺はくるりと二人から背を向けた。
「分かった。鍵はポストに入れておいて」
「……あ? どこ行くんだよ?」
「俺はちょっと頭冷やしてくる。戻ってくるまでに消えてくれ。次の部屋が決まるまでは、荷物は置いておいてやるよ」
ふたたび足音荒く部屋を出て、がちゃりとドアを閉める。
そこで、ようやく涙がにじみ出てきた。
「………っ、ぃ、!」
好きだったのに。
長いことただの知り合いでも、整った顔立ちの彼にときめかなかったわけじゃない。
でもその頃は恋心なんてなかった。
だけど恋人と別れた俺に優しくしてきて、地味な俺でも内面が好きだって何度も言ってくれて。
好きになってしまったのに。
彼が俺に手を伸ばさなければ、好きなんてならなかったのに。
こんなにあっさり捨てるなら、最初から好きにならなかったのに。
しゃくり上げながら非常階段を下りる。
こんな顔じゃあエレベーターも乗れない。
涙はちっとも止まらなくて、ハンカチなんて持っていないから袖で何度もぬぐう。
その時俺は、涙で前が見えていなかった。
ずるりと足が滑ったと思ったら、……後頭部に強い衝撃を受けた。
薄れゆくた意識の中、俺はぼんやりと思う。
ああ、もしこれで死んでしまうなら、次は俺のことだけを大事にしてくれる人がいる世界がいいなぁ。
恋人として情熱的に愛してほしいなんて言わない。
ただ側にいてくれるだけでもいいから。
冷たい床の上で、俺はそのまま意識を失った。
223
お気に入りに追加
4,310
あなたにおすすめの小説
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

婚約破棄署名したらどうでも良くなった僕の話
黄金
BL
婚約破棄を言い渡され、署名をしたら前世を思い出した。
恋も恋愛もどうでもいい。
そう考えたノジュエール・セディエルトは、騎士団で魔法使いとして生きていくことにする。
二万字程度の短い話です。
6話完結。+おまけフィーリオルのを1話追加します。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】
おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。
転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる
塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった!
特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる