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ワガママ 8.指輪を買って

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◇◇◇





「うう、気が重い……」


俺は狭いクローゼットの中からマシそうな服を引っ張り出してベッドに広げる。
どれも古着屋の中では状態がいいものだったけど、それでも流行りの形ではないし薄汚れている。
どうせ俺の顔じゃあどれを着ても同じだと思うけど、ちょっとでもマシな格好にしたいと思って服を広げて、頭を抱えた。



『次の休日、空いているか?』



騎士は忙しくて、休みの日は貴重な休息日だ。
だから俺は今まで彼の休日を聞いたこともないし、誘ったこともない。
迷惑になるようなことはしたくない。

それでも付き合って当初のころは彼から誘われてどこかへ行くことが何度かあった。
それももう随分前のことで、もうないだろうと思っていたのに・・・突如として、アルジオから誘われた。

俺はそれに馬鹿正直に暇だと答えて、今に至る。
なぜか別れると決意する前より、彼に関わっている気がする。
もうあと少しの関係だというのに・・・このままでは、いつまで経っても彼のことを忘れられなそうだ。
俺は堪えきれないため息をついて、襟も袖も伸びている、それでもまだマシそうな服を身に着けた。








「すみません!お待たせしました」



時間よりも早く待ち合わせ場所に着くいたのに、アルジオは既に来ていた。
ゆったりと首を横に振られるが、その表情はどこか少し強張って緊張しているみたいだ。
俺、なにかしたかな。
そう思って顔を覗き込もうとすると、腕を強く掴まれた。

「買いたいものがある。付き合ってほしい」

そのまま俺の返事も聞かずに無言で腕を引かれて、通りに出ると辻馬車が停まっていた。
体格差がすごいからちょっと引きずるようになりながら、その馬車に二人で乗り込む。

俺も彼も、普段馬車には乗らないから珍しい。
馬車は足腰の弱い女性や老人、それから周りから見られたくない人が乗るものだ。

どこに行くとか買いたいものは何だとか、一切彼は教えてくれなまま、馬車はゆっくりと進み、目的地に着く。
また腕を掴まれて引きずり出された。

着いた場所は所謂高級店が並ぶ通りで、俺は身を固くする。
その通りで比較的ひっそりとした店に、俺はずるずると彼に捕まったまま足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「ああ。無理を言ってすまない」

ふかふかした絨毯が敷き詰められた店内に入ると、老年の店員さんが静かに近寄ってきてアルジオに挨拶をする。
店内には他に人はいなくて、俺はそのことにちょっとほっとして息を吐いた。

外からは分からなかったけど、店は意外と奥行きがあって広い。
ガラスケースがいくつも立ち並んでいて、中にはキラキラ輝く宝飾品、ネックレスや指輪が収められていた。

「うわ、すごい。綺麗」

ガラスケースに触らないように気を付けて、そっと中を覗く。
飾られているものはどれも眩く輝いていて、俺は初めて見る宝石に知らずに魅入られてしまった。
俺が生まれた田舎の村にも宝石商がたまにやって来て指輪なんかを売ってたけど……これとは全然輝きが違う。

「ここは、俺の両親が昔から使っている店なんだ」
「アルジオさんのご両親が?」

側に立ったアルジオが、そっと俺の肩を抱く。
店員さんがいるところ__他人の目があるところで触られることに少し緊張したけど、店員さんは気にしていないのかニコニコとこちらを見るばかりだ。

「ああ、そうだ。だから少し無理がきいて……その、今日は他の客は来ない」
「そうなんですか」

俺は首を傾げる。
お店がお休みのところを無理に開けてもらったんだろうか。
それほどまでして欲しいものを、俺と一緒に暢気に買いにきていいんだろうか。
俺に装飾品を選ぶセンスなんて皆無だから、アドバイスできないし居ても邪魔なだけだ。

「……どれか、いいと思うのはあるか?」

アルジオに視線で促されて、俺は再びガラスケースに目を向ける。
どれもこれも綺麗なものばっかりだ。

俺はその中でも、細い金色の指輪に目が留まった。
細いけれど繊細な彫が施されたそれは、店内の照明を受けてキラキラと光り輝いていて、幸せの象徴みたいだ。

この国では、付き合っている相手に指輪を贈る。
お互いがお互いだけだと言外に主張するために。
それは、お互いを縛る、美しい鎖だと誰かが言っていた。
俺の故郷ではそんなもの邪魔だと着けない人も多かったし、街でも苦手だと言って着けない人もいるけど。

でも確かに、俺は最初にアルジオの指を見て、恋人も奥さんもいないんだろうかと胸を切なくしたのを覚えている。

「それが気に入ったか?」
「へ、いや、そういう訳じゃないんだけど、綺麗だなって」
「それなら、試しに着けてみればいい」

じっと見入っていると、アルジオから声が掛けられる。
値札のついていないそれは、考えるまでもなく俺の手の届くような品じゃない。
慌てて顔を横に振るけど、アルジオは店員さんと視線を交わして、俺を椅子に座らせる。

「失礼いたします。お指のサイズは、これくらいでしょうか。」

あっという間に指輪を用意した店員さんに、嫌だとも言えずに手を差し出す。
さすがというべきか、店員さんが取り出して来た指輪は俺の指にぴったりと嵌った。

「アルジオ様もどうぞ、同じデザインの物です」

俺より一回り大きい指輪をアルジオも自分で嵌める。
同じデザインだけど彼の太い指に嵌ったそれは繊細な美しさと同時に高潔な男らしさも感じられて、俺は少し胸が高鳴ってしまう。
俺は皿洗いで荒れた手や爪が恥ずかしくて、指先を隠すように握った。
アルジオは自分の指と俺の指を眺めて、満足そうに口の端を小さく持ち上げた。

「ああ、いいな……これで、悪い虫がつかないだろう。」

なるほど。
アルジオさんはこの間、女の子に声かけられた時も付いて行かなかったし、積極的な女性が苦手なのか。
だからもう声を掛けられないように、虫よけ代わりに指輪を付けることにしたのか。

そのついでに今のところ『恋人』の俺に、同じものを買って着けろということか。
そのことに、俺は嫌な汗が背中に流れるのを感じた。

「えーと、ちょ、それは……」

それは無理だ。
俺は今日アルジオと会う服すら困る程度の収入しかない。
俺の田舎からしたらそれでも稼いでるほうだし仕送りもしているけど、それでも騎士の収入と比べられたら困る。
彼にとってはそれほど大したことない買い物でも、俺では一か月の給金の全部を使っても買えないだろう。

傷つけないよう慎重に指輪を外して、店員さんに返す。
そんな俺に、さっきまで機嫌が良さそうだったアルジオは眉毛を釣り上げた。

「気に入らなかったか?」
「いや、そういうわけじゃないけど、」
「なら、いいだろう。別のが欲しくなったらまた買いなおせばいい」

いやに強い口調のアルジオさんが怖い。
でもここで頷いたら、とんでもないことになる。

「ごめん、アルジオさん。俺、本当に困るから……」

こんなもの買わされたら、本当に生活に困ってしまう。
なんとか許してもらおうと半泣きで見上げるけど、アルジオは余計苛ついたみたいだった。

「困るって、誰か見られたら困る奴がいるのか」
「そうじゃなくて、」

こんなに高価そうな物、店の人たちに見られたらそれはそれで邪推されそうだけど。
でもそれよりも前に金銭的に困る。
俺もアルジオを好きになっちゃった当初は、お揃いの指輪に憧れたりもした。
でもその時に思っていたのはこんな本物の宝飾品じゃなくて、露店で売っているような安いやつだ。
そんなもの彼にプレゼントする勇気もねだる勇気もなくて、夢のまた夢だったけど。

「だって、……アルジオさんが買ってれるなら、着けるけど」

困り果ててそう口にすると、アルジオは冷たい視線で俺を見下ろしてくる。
それはそうだろう。
いくらなんでも自分のついでだとしても、これ程のものを俺に買い与えるなんてしないだろう。
『冗談です』と言おうと口を開きかけて。
彼の口から出てきた言葉に、俺は固まった。


「当たり前だろう。エーク、はぐらかさないでちゃんと答えろ。誰に見られたら困るんだ」

「へ……? え、……いや、別に見られても困らない、です」

「本当か? そう言ってこっそり外していたら、承知しない」


アルジオはまだ不機嫌そうに眉を寄せて、呆然としている俺の顔をじっと見つめた。

「今日から着けるようにしてくれ」

手をそっと取られて指をなぞられる。
こくりと頷いた俺の横で、店員さんがほっと息をついた。


「……お二人は、少しお話合いが必要なようでございますね」


そして店員さんの苦笑交じりの言葉と、指に嵌った金色の指輪と共に、俺は呆然としたまま店を出た。


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