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ワガママ 7.他の子を見ないで
しおりを挟む「いらっしゃいませー、……あ、え?」
カランと音を立てて扉が開いて、派手な顔立ちの大柄なアルジオが入ってきた。
別にそれだったら、最近はすっかり慣れた光景だ。
だけど今日はいつもと様子が違って、俺は彼の顔をぽかんと見つめた。
いつもは、彼はひっそりと一人でやってくる。
そして静かに食事をして帰っていく。
他の騎士の人たちはいつも大通りの店で飲む。
そっちなら酒や料理の種類も多いし、朝まで営業しているところが多い。
この店は昼は食堂になっているから、深夜までやっているとは言え、夜だけの店に比べたら早い。
だからアルジオも今まで一人で来ているんだと思っていた。
それなりに繁盛しているけど、朝まで飲みたい騎士が来るような店じゃない。
だけど今日のアルジオは、数名のおそらく同僚であろう体格のいい男たちを連れて来ていた。
「4人だが……席はあるか?」
「あ、はい。すみません。いらっしゃいませ4名様ですね」
彼の行動を制約することはできないけど、でも今まで他の騎士の人たちを連れてきたことはなかった。
少し困ったような顔のアルジオに問いかけられて、慌てて空いているテーブルへ案内する。
アルジオの後から店に入ってきた男たちは、物珍しそうにキョロキョロと店内を見回している。
「へー、ここの店初めて来たけど、雰囲気いいじゃん。店員さんも可愛いし」
アルジオのすぐ隣に座った男にひらひらと手を振られて、愛想笑いを浮かべる。
酔客も多い飲食店で、その程度の言葉は毎日のように掛けられるから慣れてる、はず。
だけどアルジオの知り合いだし騎士だし、何て返していいのか困っていたら、アルジオが隣りの男にジロリと冷たい視線を送った。
「おい。早く決めろ、注文するぞ」
「え、なんだよ? 機嫌悪いじゃん、腹減ってんの?」
「うるさい。いいから早くしろ」
「はいはいって」
アルジオたちは席に着くなりあれこれと注文しはじめる。
酒だけ急いで用意して持っていくが、届けた途端、彼らの乾杯の合図とともに飲み干された。
もしかして、今日はめちゃくちゃ忙しくなってしまうのではないか。
頼まれた料理の量も4人前とは思えないほど多かったし、この調子だと飲む量も半端ない。
こんな日に限って他の客も多いし、頑張らなければ。
忙しさで余裕をなくしている姿をアルジオには見られたくない。
小走りで厨房に戻ると、酒や料理を持ってテーブルの間を歩く。
他の客からの注文をもらったり会計をしたりと忙しなく、あっという間に時間が経っていく。
帰った客のテーブルを片付けて食器を持ち上げると、ぬっと大きな体が俺の横に立った。
「お兄さん、可愛いし細いのによく働くねー。そんないっぱい重いでしょ、持とうか?」
少し上気した顔でにこにこと笑う男は、さっきアルジオの横に座っていた騎士だ。
トイレに立った帰りなんだろう。
伸びてきた手をやんわりと避けて、俺は顔に笑顔を張り付けた。
「仕事なんで、大丈夫です」
「頑張るところもいいねぇ。ね、俺はソムって言うんだけど、名前は?」
そっと体で行く手を拒むように立ちふさがれて、俺は密かに面倒だなとため息を飲み込んだ。
からかわれているんだろうけど、アルジオの知り合いにあまり顔を覚えられたくない。
近い未来にアルジオと別れるんだから、彼の周りにできるだけ近寄りたくなかった。
「あー、俺は……」
「お話してるところ、すみませーん。」
どうしようか言いよどんでいたら、不意に高い声が掛けられて俺とソムは揃ってそちらに視線をずらす。
視線の先には、少し婀娜っぽい笑顔を浮かべる綺麗な女性が立っていた。
「どうかしましたか?」
ソムがさっきまでとは違って、騎士っぽい紳士的な声をだす。
その言葉に、女性は後ろのテーブルを指さした。
「私たち、今日偶然ここで飲んでたんですけど」
指さした先には、こちらをくすくすと笑いながら見る女性が2人テーブルに座っている。
貴族の娘ならば夜に外に出るなんてできないだろうが、町娘は違う。
この王都は治安が良いのもあるが、ある程度の年齢を超えたら、友人と食事をしたりと外出できる。
それでも、あまり酒をたくさん飲んだりするのは、褒められることではないけれど。
だが彼女は、うっすらと上気した顔で、にこりと瞳を細めた。
「あっちのテーブルのお兄さんたちも騎士ですよね。こんなところで飲んでるの珍しくて声かけちゃいました。良かったら一緒に飲みませんか?」
「あー、ああ……いいんじゃないかな。念のため聞いてくるよ」
ソムは俺の肩に手を置いて、俺にちらりと視線を向けると自分のテーブルの方へ歩いて行った。
いつの間にかこっちを見ていたアルジオたちと少し言葉を交わすと、合流することにしたらしい。
俺もそちらに駆け寄って行って、グラスや食器を移動するのを手伝う。
「騎士の人たちと一緒に飲めるの嬉しいです」
最初にソムに声をかけた女性が、アルジオの横に腰掛けて頬を染める。
「そうですか?むさ苦しいだけだと思いますよ」
アルジオはにっこりとほほ笑むと、俺が運ぼうとしていた皿を受け取った。
てきぱきとグラスなんかも彼に取り上げられて、俺の腕の中はあっという間に空っぽになって、そのまま注文を受けて追いやられるように厨房に引っ込んだ。
そんなに女の子と早く飲みたいのか。
なぜかモヤモヤする。
アルジオは騎士で、美形で、女の子にもてる。
それは知っていたしどうしようもないことだし、俺が気にしていいようなことじゃない。
もうじき別れるんだから彼が他の子と仲良くするのはいいことだ。
俺と別れたからって別に彼にダメージはないだろうし、すぐに次の恋人ができるならそれに越したことはない。
そうすれば、彼もまた前の笑顔にすぐ戻れるだろう。
そう分かっているのに、心に澱のようなものが溜まっていく。
女の子の話に相槌を打つアルジオの横顔が憎たらしい。
「アルジオさんって、すっごい逞しいですね。騎士の人の訓練って大変そう」
「鍛錬は厳しいですけど、国を守るためなので」
「さすが騎士様って感じですね!」
甲高い声と、それに騎士然とした顔で愛想よく応える後ろ姿にすら、なんだか胸が痛む。
何度かそのテーブルに酒を追加で持っていったら、再び明るい声が耳に入ってきた。
「ここのお店、もうじき閉まっちゃいますよね。他のお店に移りませんか?」
時計に目を向けると、確かももうそろそろ食事も酒も提供を終える時間だ。
今日は時計を見る暇もなかった。
「そうだね、大通りの方に行く?あっちはまだやってるでしょ」
他の騎士が同調するように返事をして、がたがたと音を立てて支度をはじめる。
立ち上がったアルジオの姿に、言いようのない焦燥感を感じる。
でも引き留められるわけない。
彼が誰と飲むのも、遊ぶのも、これから別れる俺には口出しする権利なんてない。
そう思うのに、あの太い腕が他の人を抱くのがどうしようもなく苦しい。
会計をしようと、アルジオがこちらに近づいてくる。
その顔を見上げて、俺はいつの間にか噛みしめていた唇を解いた。
「エーク、……どうした?」
涙目で立ちつくす俺に驚いたように、アルジオは目を見開く。
どうしたって、そんなの分かるだろう。
目の前で好きな人が、他の人と一緒に夜の街に消えそうになっているんだ。
しかも明らかに彼のことを狙っている綺麗な女性だ。
それを暢気に見送って笑えるほど俺の心は強くない。
「い、行かないで」
蚊の鳴くような声で呟く。
俺みたいなのが何言ってるんだって分かっているけど。
でも口から言葉が零れ落ちてしまった。
だけど俺の悲壮な顔を見て、アルジオは不思議そうに首を傾げた。
「元から行くつもりはない」
「え……?でも、次の店に行くって、さっき」
ソムや他の人たちは、既に支度を終えて店の外に出ている。
だが外からまだ声がするから、店の外で待ってるんじゃないか。
「ああ、あいつらは行くかもな。だが俺は行くとは言っていない」
「でも、」
言い募る俺の言葉を遮るように、アルジオは金を俺に手渡してくる。
すっと耳元に顔が寄せられて、小声で囁かれた。
「それより、今日はもう上がりだろう? ……待ってるから、早く支度してくれ」
さっきまで女の子たちと話していたのとは違う、深くて低い声に、ぞくりと腰が痺れる。
そんな俺を見て、にやりと笑うアルジオの表情に、俺は頬が赤くなるのを止められなかった。
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