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ワガママ3. 手をつながせて
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身支度を整えて、連れ立ってアルジオの部屋を出ると、日が昇りかけていた。
でもまだ辺りは薄暗く人通りはほとんどない。
こんなに早く起きたのは初めてかもしれない。
少し冷たい風が頬を撫でた。
騎士は朝から鍛錬があって、昼は巡回や警備やらをして、夕方には書類仕事もあるらしい。
更に有事の場合には誰よりも率先して危険なところに飛び込んでいく。
何日間も遠征に行くことだってある。
それらすべてが騎士をより騎士らしく、強く鍛えるんだと言っていた。
本当に手が届かない……いや、届いちゃいけない人なんだなぁ。
自分に厳しくて、他の人のために戦える人なんだから。
早く彼が自分でちゃんと幸せを掴めるようにしてあげたい。
俺はキョロキョロとあたりを伺って誰もいないことを確認する。
そして意を決して、その大きな掌を掴んだ。
「っ、エーク……?」
驚いた声が高い位置から降ってくる。
当たり前だ。
ここは往来で、今は人がいないとは言えいつ誰に見られるか分からない。
そんなところで手を繋ぐなんて、今までの俺たちには決してあり得なかったことだ。
俺は誰かに感づかれるのを恐れて二人で連れ立って歩くときだって距離を置いていたのに。
騎士の彼が俺みたいなのを連れているなんて不名誉な噂をできるだけたてたくなかったから。
「手、繋がせて」
そう告げた俺の声は強張っていて、これじゃワガママっていうよりも自棄っぱちって感じだ。
確かに自暴自棄になりたい気分ではあるけど、ちゃんと別れられるまではそれはしないつもりだ。
きっとこの手は『やめろ』と振り払われる。
人に見られたらどうする、何を考えていると怒鳴られる。
そして振り払われたその場で『付き合っていられない』と引導を渡されるだろう。
そうしたらその時こそ、一人で自暴自棄になって大泣きしよう。
楽しかったことだけ記憶に残して、最後は本当に仲のいい恋人みたいに手を繋いだんだと思っておこう。
もう騎士様なんかと付き合うことはないと思うから、剣を握る掌がどれだけ固いのか覚えておこう。
怒鳴られても泣きわめかないために、ぐ、と唇を噛みしめた。
……なのに。
彼は無言で、ぎゅ、と手に力を込めてきた。
「……っ!?」
手は繋がれたままで、俺はぎこちなく足を進める。
俺よりアルジオはずっと歩幅が大きいから、繋いだ手はいつの間にか子供が手を引かれているようになってしまった。
だけど手は振り払われない。
なんでと思うけど分からなくて、顔が火照る。
掌に汗をかいている気もする。
なんで彼は繋がれたままにしているんだ。
こんなところで触れられて嫌じゃないのか。
外で触るなと怒鳴らないのか。
心臓が高鳴って痛いくらいだ。
セックスだってしてるのに、手が触れ合っているってだけでどうしようもなくドキドキする。
きっと見られたら困るっていう緊張なんだろうけど、それでも心臓が痛い。
僕は別に、彼と付き合っていることを大っぴらにしたいわけじゃない。
もちろん大声で彼は僕のものだと言えたら嬉しいけど、そんなことが許されるはずはない。
それにもう別れるんだから、彼に変な噂が建ったら困る。
そのことに思い至って、俺は焦って歩みを止めた。
「アルジオさん、俺、こっちに行くから……」
「食堂はまだ先だろう。」
「い、いや、あー、……その、友達のところに寄る、から。」
「こんな時間にか?」
「仲いいから平気、なはず」
苦しい言い訳をしつつ彼を見上げると、秀麗な眉がきゅっと寄せられていた。
そうやって立ち止まって話をする間も、彼の掌は俺の手を握ったままだ。
俺のよりもずっと太くて長い指が手の皮膚を撫でて、違う体温を伝えてくる。
緊張に煮えそうな頭でぼんやりと彼の顔を見ていると、小さくため息を吐かれた。
「……分かった。じゃあ、また」
結局彼から手は振り払われなくて、俺がそっと手を放した。
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