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ワガママ2. 朝ごはんを作って
しおりを挟む結局、他人の体温に慣れない俺はあんまりよく眠れなかった。
しかもただの他人じゃない。
あのアルジオの横で眠ったんだ。
眠る間際に不機嫌になった彼に、てっきり広いベッドの端の方に転がされるかソファにでも移されるかと思ったのに、結局朝までぴったりとくっ付いて寝てしまった。
まだ日が昇る前にそっと肩を揺すられて目を覚ますと、目の前にアルジオの顔があって飛び起きた。
寝起きだっていうのにアルジオはテキパキと動いて身支度をした。
俺が顔を洗っている間に朝からまたシャワーを浴びて騎士団の制服に着替えて、俺が乱したシーツを取り替える。
ぼやけた頭にただ彼を眺めていて、そしてハタと思い出した。
俺、ワガママ言って別れてもらうんだった。
ぼけっと見惚れているなんて、いったい何をしに来たんだよ俺は。
「あー……、俺、お腹減っちゃったなぁ。朝ごはん、作ってよ」
わざと嫌われるように、甘ったれたような声を出す。
無理やり泊っておいて何を言っているんだと自分の発言ながら自分に腹が立つ。
腹が減ったならさっさと帰って自分の家で食べろって感じだ。
だけどそんな発言に、アルジオは不思議そうな視線を俺に投げてきた。
「そのつもりだ」
あっさりそう言い放つと、俺の体をひょいと抱き上げて、ダイニングルームに運ばれる。
シンプルな家具がそろった、綺麗に整えられた部屋で、俺はテーブルの前で降ろされた。
「ここで待ってろ。すぐ作ってやる。」
俺が大人しく椅子に座るのを見届けて、アルジオはキッチンに引っ込んだ。
男の一人暮らしのはずなのに色々な調味料のそろったそこで、アルジオは手際よく卵を溶いたりパンをトーストしたりして。
ものの10分もしないうちにテーブルに並んだ料理に、俺は目を見開いた。
「すげー……」
「簡単なものだけだ」
俺は食堂で働いているけど、厨房は専門のスタッフがいるからあまり入らない。
作るのは飲み物程度だ。
だからこの料理が本当に簡単なものなのかは分からないけど、いい匂いが漂ってきて、そんなことも忘れて俺は目の前のオムレツにフォークを入れた。
「うまっ!」
中から溶けたチーズとマッシュルームが飛び出してきて、口の中を火傷しそうになりながらがっつく。
分厚いベーコンを飲み込んで、柔らかで香ばしいトーストにも噛り付く。
俺のその様子を黙って見ていたは、ミルクをたっぷりと入れたカフェオレを手渡してくれた。
「ちゃんと噛んで食べろよ」
俺は口いっぱいに頬張ったまま頷いて、カフェオレで流し込んだ。
「アルジオさんって、飯作れたんだね」
「騎士は野宿をすることもある。仲間の足を引っ張るわけにはいかないから、なんでも一人でできるようになる。」
そんなもんなのか。
騎士団ってエリート集団だから、てっきり野営でも食事は誰かが用意して優雅にとっているものだと思っていた。
「エークは作らないのか?」
「ああ、俺のところキッチンないから作れないんだよね」
尋ねられて、ちょっと気まずくて頭を掻いて応える。
面倒で作ってないわけじゃないんだけど、残念ながら今の住み込み先にはキッチンはない。
キッチンどころか、シャワーもトイレも他の従業員と共有だ。
特に悪い職場環境だとは思わないけど、騎士様の生活水準と比べられては困る。
その答えをどう取ったのか、アルジオは片方の眉毛を器用に釣り上げた。
「じゃあ、三食とも食堂で食べているのか?」
「いやー、朝は賄いが出ないから、前の日にパンでも買っておくか、食べないか、かなぁ」
パンを買っても乾燥してしまうし温めなおすこともできないから、食べないことが圧倒的に多い。
別に食べなくても水さえ飲んでいれば支障はない。
そう思ってアルジオの方を向くと、意外なほど真面目な顔で見つめられた。
「食事は体作りの基本だ。少しでも口に入れた方がいい。こんなに細いと……心配だ」
いやいや、俺、騎士じゃないし。
誰かと戦ったりもしないし。
たしかにアルジオと比べたら情けないほど細いけど、別に誰かに指摘されるほどじゃない。
そう心の中では思うけど、さりげなくアルジオの指先が俺の手首をなぞってそれが俺の体にぞわりと鳥肌をたてる。
俺はカフェオレを飲むふりをして、赤くなった顔をコップで隠した。
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