奴隷医の奴隷。

隠岐 旅雨

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勝ち取った未来

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「それじゃあ、カツの二次試験合格と! 誕生日を祝してっつーことで、乾杯ッ!」
『カンパーイ』
 乾杯の音頭は、理学療法士の遼である。
 参加者は衛律医科大学の医師ほか五名。
 場所は渋谷区、宇田川町。なぜか馴染みになっているジャズバーだ。
 高弘は一同を不穏な目で見渡した。勝司と遼はいい。令子は許容範囲として、なぜ二橋美夏までもがここにいるのだろうか。
「カツくん、おめでとー!」
「ありがとうございます!」
 美夏は高弘の複雑な胸中を察しはせずに、勝司とハイテンションに乾杯をしていた。
 遼はそれをうらやましそうに眺めている。

「一次試験は余裕だったらしいな」
 ジン・トニックを片手に、遼が勝司の肩をバンバンと叩いた──ちょっと痛そうだ。
「二次の方がキツかったよ、実際」
 二次試験は、論文と面接。だが、なにしろ面接官は看護部長である。
「こっちの弱味とか知られてるワケだろ。何か生きた心地がしないっつーか、もう」
「けっこう評判はよかったと思うけどなぁ」
 令子はロングアイランド・アイスティーを片手に笑んだ。メガネはしていない。
「論文だけだったんでしょう。問題は」
 美夏はオレンジ・ブロッサムを口にした。私服は意外とシックに落ち着いている。
「まあ──コイツは日本語だけはちゃんと書けてたからな。意外にも、最初からな」
 高弘の言に、令子は笑う。
「現代文が弱点のアンタが、よくいうわ」
 美夏が、高弘を意外そうに眺めた。
「高校時代『俺にできないのは、現代文とオンナを抱くことだけだっ!』とか、豪語してたのはどこの誰だったかしらねえ?」
「余計なことをいうな令子。たのむから」
 高弘は、思い切り嘆息する。おそらくは実話なのだろう。
「だから国立大学は、あきらめたんだ?」
 勝司はモスコミュールのグラスを片手に、意外そうな顔をする。
 そういうことだな、と高弘は憮然ぶぜんとした。

「そういえばジョーの話、聞きました?」
 美夏は満面に、喜悦きえつを隠しきれない。
「聞いたわよう。オペ室ナースとの密会がついに奥さんにバレたんでしょう。ふふ」
「オマエらがバラしたんじゃないのか──?」
 高弘がおびえながらいうと美夏は軽やかに、かつ鮮やかに笑ってみせた。
「まさかあ。わたしが、そんな短絡的かつ直球なコトするわけないじゃないですか」
「でも、それらしきコトはしたんスね?」
 遼が聞くと「さてどうかしら?」と美夏はどす黒く笑う。
「ついに外来の看護師も完全に敵ですね。かなり焦ってますよアイツ。ああ楽しい!」
 遼は、美香の真の姿に戦慄する。

「カツくんが今日で二十四歳よね。ていうことは卒業が二十八歳。アンタも大変ね」
「大変なのは、お互い様だろ」
「三十路も過ぎてしまえば早いものよね。美香さん。アナタも、気をつけるのよ?」
「な、何のことですか。センパイ」
「オトコ運の悪そうな相が出てるわよう──?」
 悲鳴を上げるふたりを眺めながら、高弘は盛大に溜息をついた。
「誰だ。コイツらをここに呼んだヤツは」
「スミマセン。おれっス」
「そうか。責任とって生贄いけにえになってこい」
 高弘に席を移されて女医ふたりに挟まれる格好になった遼は、さっそく両サイドから絡まれまくっている。
 猛禽類女子ふたりにとっては、格好の獲物だった。


「五階病棟の助手業務、バイトとしてなら続けてもいいことになったんだってな?」
 勝司はうれしそうに頷いた。
「講義が終わってからだから、夕方からの短時間だけど。師長も、それでいいって」
「奨学金も出ることだし、そんなに必死に稼がなくてもいいんじゃないのか──?」
 いいんだ、と勝司は言う。
「現場の空気に慣れておく方が有利だし、バイト代だってほかよりもワリがいいし」
 高弘は目を細めてみせる。
「それでさ。大学の四年間なんだけど」
「おう。なんだ」
「家賃も少しは出せると思うから。あの家から通わせてもらって、いいんだよね?」
 なにを今さら、と高弘は笑う。
「まさか大学に受かったら出て行くつもりだったのか、オマエは。ひどいヤツだな」
「え──?」
「約束。もう忘れちまったのか、オマエ」

(生きてる限り、ずっと──)

「まさか。忘れるわけないだろ……」
「だったらヘタに遠慮なんかすんな」
 勝司は肩を抱かれ、俯いた。
「うん、ゴメン」
「家賃がどうとか、もう二度と口にするんじゃねえぞ。出世払いでいいんだからな」
「出世なんて、するかな」
「大丈夫だ。俺がするから」
「それじゃ、意味ねえだろー」
 勝司は、屈託なく笑う。


 そのやりとりを物欲しげに見つめるのは、三人の飢えた眼差しである。
「何なのかしら──こう、ピュアな感じが胸に突き刺さるわ。心に痛手いたでっていうか」
 令子は苦しそうに、心臓部に手をあてた。
「わかりますセンパイ。何かこう、自分がどこかに置き去りにしてしまった純粋さ」
 遼は、痛ましいものを見るような表情だ。
「なんかみじめっスね。ひとりモンって」
 その刹那せつな、凶悪な光を放つ鬼女きじょの魔眼が、遼を両側から捕捉した。
「なァ小僧。世の中には、言っていいことと悪いことってのがあるんだがな──?」
「す、すいません」
 遼は発言を、心から後悔した。
「どうやら、お仕置きが必要みたいね?」
 女医二名は顔を見合わせて、唇を舐める。

 本日の主役である勝司と、なぜか泥酔している遼を免除したうえで会計を済ませる。
 スペイン坂から出て、大通りで呼び止めたタクシーに高弘と勝司が乗り込んだ。
 続いて助手席から乗り込もうとする遼の、ポロシャツのえりを令子は後ろから引き掴んだ。
 満面の笑顔で見送る令子と美香に、勝司が手を振って──やがて、車は動きだす。
 そしてタクシーが見えなくなると、歩道の隅に座り込んだ遼を、令子は見下ろした。
「どんだけ空気、読まないつもりなのかしらコイツは」
 美夏も憤慨した様子だ。
「記念日なの。夜は、これからなのよ?」
 令子は、颯爽さっそうとタクシーを呼び止める。
「遼くんは寮住まい、だったわよね」
「──センパイ。今のはちょっと」
「失言よ、忘れなさい」
 運転手には、衛律医科大学までと告げる。
「大学近辺で、二次会と行きましょうか。どうやら、まだまだ教育的指導が必要よ?」
「それもそうですねっ!」
 そうして車は走り出した。
 運転手の目には、さぞかしうらやましい光景に見えたに違いない。
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