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奴隷の日常
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「五味クン、中材に行ってシリンジポンプと輸液ポンプ二台、至急で持ってきて!」
「あ、はい!」
「ねえ、オペ着Mサイズが足りてないから!」
「スミマセン!」
「それが終わったら531号室のベッド、シーツ交換お願い」
「了解ッス!」
手術の朝は、とにかく忙しい。
予想される物品はできるだけ、前日までに準備しておくように心がけてはいる。それでも、在庫が不足していて結局は当日待ちということも、わりとよくある話だ。
四階、中央材料滅菌室──いわゆる「中材」に移動する。まずはポンプの確保。ついでオペ室に立ち寄り、オペ着を調達。その足で病棟に戻ると、指示ナースに物品を渡し病室のシーツ交換に向かう──が。
「カツー、手あいてる?」
「あ、はい」
「個室の加藤さん、オペ前のレントゲンにまだ行ってないみたい。至急、車椅子で頼むわ」
「了解です!」
当然のことだが優先順位は自分で判断し、的確に動かなければ叱責される。シーツ交換はこの際、環境整備──毎朝のベッド周りの清掃──でやるとして、まずは放射線科へ急がなければいけない。
「カツー、後で医事科に寄って会計伝票もらってきてくれるかな。ごめんね、急かされてんだ」
「うっす、了解す」
そうして放射線科へ。十数件のオペがあってこの程度の忙しさなら、むしろマシな方だった。
多い日は二十件ほどのオペがあり、看護師は殺気立ち、人員は不足して仕事は滞る。最初のころ、勝司はこの仕事が自分などに務まるなどとは、とうてい思えなかった。
だが慣れというのは恐ろしいもので、半年を過ぎた頃には物品の名称と位置は記憶していたし、混乱する指揮系統にも自分なりに対処する手段を見出していた。
レントゲン撮影が終わり、患者を病棟へと護送するためエレベーターに乗り込む。すると術衣姿の高弘が早足で駆けこんできた。
「高弘センセイ、おはようございます」
「おう。おはよう」
実は、家を出る時間は勝司のほうが早い。だから今日はまだ、まともに会話すらしていないが高弘はオペを控え集中している。だから、ただ後姿を見守っていた。
四階でエレベーターは停まり、高弘は正面にある中央手術室へと足早に向かう。ドアが閉じようというとき高弘の右手、親指が立てられているのに気づいて、その後姿に勝司は目許だけで笑った。
こういった心遣いのできる高弘の余裕が、勝司には誇らしかった。
「加藤さん、レントゲン終わりましたー」
「おかえりなさい」
ナースステーション窓口に声が掛かると、看護師長が笑顔で出迎える。患者を前にしたとき師長の笑顔は鉄壁だ。内情はどうあれ、完全無欠なまでの微笑はベテランの重みである。
「なにもなければ環境整備に合流します」
「なにもないこともないけど、今はそれでいいわ。後で薬剤科に行ってもらうわね」
「はい!」
師長、武藤は思う。入職してきたばかりの勝司は、どこか影のある──荒んだ空気をまとう若者だった。
礼儀がなっていないというわけではないが愛想がまるでなく、笑顔にはまるで活力がない。その点を注意しても、当の本人は、どこか上の空だった。だからきっと長く続かないだろうと武藤は思っていた。
三ヶ月目くらいからだろうか。顔色がよく雰囲気も明朗快活となり、たとえ愛想にしても上手に笑えるようになったのは。師長として──看護師としての長い年月、多くの人間と接してきた経験からわかる。
おそらく勝司は「裏社会」に身をおいていた人間だったはず。そしてその内実には深い疵があるように思えた。それが、どんな心境の変化か知らないが、医師の紹介で病棟の看護助手などという、いってしまえば裏方の地味な職を選んだ。
そうして彼を変えたのは、多分スタッフの誰でもない。患者なのだという、確信がある。もちろん彼にとっては、良い変化だった。
しかし。寛解して退院していく症例の方が多いとはいえ──元来、病院の根底にあるのは生老病死。彼を変えたのはいったい患者の何だったのだろうと思う。そして、不安になるのだ。
彼が取り戻した明るさが、屈託ない笑顔だとかが実は、薄氷のように危うくもろいバランスで辛うじて保たれているのではないかと。もちろん根拠などない。これは、ただの「勘」だ。こういう余計な心配を老婆心と呼ぶのだろうと武藤は、内心で苦笑したが。
「あ、はい!」
「ねえ、オペ着Mサイズが足りてないから!」
「スミマセン!」
「それが終わったら531号室のベッド、シーツ交換お願い」
「了解ッス!」
手術の朝は、とにかく忙しい。
予想される物品はできるだけ、前日までに準備しておくように心がけてはいる。それでも、在庫が不足していて結局は当日待ちということも、わりとよくある話だ。
四階、中央材料滅菌室──いわゆる「中材」に移動する。まずはポンプの確保。ついでオペ室に立ち寄り、オペ着を調達。その足で病棟に戻ると、指示ナースに物品を渡し病室のシーツ交換に向かう──が。
「カツー、手あいてる?」
「あ、はい」
「個室の加藤さん、オペ前のレントゲンにまだ行ってないみたい。至急、車椅子で頼むわ」
「了解です!」
当然のことだが優先順位は自分で判断し、的確に動かなければ叱責される。シーツ交換はこの際、環境整備──毎朝のベッド周りの清掃──でやるとして、まずは放射線科へ急がなければいけない。
「カツー、後で医事科に寄って会計伝票もらってきてくれるかな。ごめんね、急かされてんだ」
「うっす、了解す」
そうして放射線科へ。十数件のオペがあってこの程度の忙しさなら、むしろマシな方だった。
多い日は二十件ほどのオペがあり、看護師は殺気立ち、人員は不足して仕事は滞る。最初のころ、勝司はこの仕事が自分などに務まるなどとは、とうてい思えなかった。
だが慣れというのは恐ろしいもので、半年を過ぎた頃には物品の名称と位置は記憶していたし、混乱する指揮系統にも自分なりに対処する手段を見出していた。
レントゲン撮影が終わり、患者を病棟へと護送するためエレベーターに乗り込む。すると術衣姿の高弘が早足で駆けこんできた。
「高弘センセイ、おはようございます」
「おう。おはよう」
実は、家を出る時間は勝司のほうが早い。だから今日はまだ、まともに会話すらしていないが高弘はオペを控え集中している。だから、ただ後姿を見守っていた。
四階でエレベーターは停まり、高弘は正面にある中央手術室へと足早に向かう。ドアが閉じようというとき高弘の右手、親指が立てられているのに気づいて、その後姿に勝司は目許だけで笑った。
こういった心遣いのできる高弘の余裕が、勝司には誇らしかった。
「加藤さん、レントゲン終わりましたー」
「おかえりなさい」
ナースステーション窓口に声が掛かると、看護師長が笑顔で出迎える。患者を前にしたとき師長の笑顔は鉄壁だ。内情はどうあれ、完全無欠なまでの微笑はベテランの重みである。
「なにもなければ環境整備に合流します」
「なにもないこともないけど、今はそれでいいわ。後で薬剤科に行ってもらうわね」
「はい!」
師長、武藤は思う。入職してきたばかりの勝司は、どこか影のある──荒んだ空気をまとう若者だった。
礼儀がなっていないというわけではないが愛想がまるでなく、笑顔にはまるで活力がない。その点を注意しても、当の本人は、どこか上の空だった。だからきっと長く続かないだろうと武藤は思っていた。
三ヶ月目くらいからだろうか。顔色がよく雰囲気も明朗快活となり、たとえ愛想にしても上手に笑えるようになったのは。師長として──看護師としての長い年月、多くの人間と接してきた経験からわかる。
おそらく勝司は「裏社会」に身をおいていた人間だったはず。そしてその内実には深い疵があるように思えた。それが、どんな心境の変化か知らないが、医師の紹介で病棟の看護助手などという、いってしまえば裏方の地味な職を選んだ。
そうして彼を変えたのは、多分スタッフの誰でもない。患者なのだという、確信がある。もちろん彼にとっては、良い変化だった。
しかし。寛解して退院していく症例の方が多いとはいえ──元来、病院の根底にあるのは生老病死。彼を変えたのはいったい患者の何だったのだろうと思う。そして、不安になるのだ。
彼が取り戻した明るさが、屈託ない笑顔だとかが実は、薄氷のように危うくもろいバランスで辛うじて保たれているのではないかと。もちろん根拠などない。これは、ただの「勘」だ。こういう余計な心配を老婆心と呼ぶのだろうと武藤は、内心で苦笑したが。
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